俺は急いで目を拭い、窓を開けた。
銀:「やっと起きたわね、お寝坊さぁん。さ、早くくんくんのDVDを見させてちょうだぁい。」
マ:「ハァ~~~。」
   俺は大きく溜息をつく。
   お前のために俺がどれだけ苦悩したと思ってるんだ。まぁ、俺が勝手に苦悩したんだけどな。
マ:「いいぜ、上がりな。」
   と言って「しまった」と思った。
   蒼星石がすぐ戻ってくるんだった。
マ:「あ、ちょっと待ってくれ。」
銀:「なによぉ?」
   窓から入ろうとした水銀燈が不満気に言う。
   水銀燈と俺が仲良くくんくんを観ていたら蒼星石はどう思うだろうか?
   う~~ん、う~~~ん。

   俺の脳内において緊急会議が開かれた。
   脳内会議室において、脳内円卓に『多数の俺』が座り、熱い議論を交わす。
   討議の題目は
   『本命のドールがいるのに他のドールとくんくんを観るのはどうよ?』

マ:「これはもう浮気だよ。浮気。」
マ:「たかがくんくんを一緒に見るぐらいで浮気ぃ? バカも休み休み言いたまえ。」
マ:「でも蒼星石は水銀燈に嫉妬するんじゃないかな?」
マ:「ショックも受けるやもしれん。」
マ:「じゃあ水銀燈を追い返す?」
マ:「それも可哀想だ。夢に囚われた俺のために動いてくれたようだし。」
マ:「ふむ、これは意外にデリケートな問題やもしれん。」
   なかなか意見が纏まらない。
マ:「ああだ。」
マ:「こうだ。」
マ:「ああだ。」
マ:「こうだ。」
   議論は混迷を呈し始めていた。
マ:「じゃあさ、じゃあさ。蒼星石に許可を貰うってのはどうかな。電話で。」
マ:「なにか、『蒼星石さん、これから水銀燈さんと一緒にくんくんを観ますがよろしいですか?』とでも
   言うのか? ばかばかしい。」
マ:「もっと言い方があるでしょ。」
マ:「腹減った。」
マ:「でもさぁ、別にやましいことをするってわけじゃあないんだよな。くんくん観るだけだし。」
マ:「そうだな、正直に事情を話せば蒼星石もわかってくれるやもしれん。」
議長マ:「じゃ、そうすんべ。」
一同:「了解!」


銀:「ちょっと、いつまで待たせるつもりぃ?」
マ:「ん、ああ、悪い。さ、どうぞどうぞ。」
   俺は水銀燈を病室に招き入れるとDVDを受け取りセッティングを始めた。
   窓際に腰掛けている水銀燈に見えやすい角度にモニターをずらす。
   そしてDVDを再生機にセット。
マ:「ポチっとな。」
   やがて真っ黒だった画面にくんくんが映った。くんくんはあいかわらずマヌケな面構えだ。
   ドールズ達、いったいこのイヌコロのどこがいいんだろうか?
銀:「あ、ああ・・・くんくん、すてき・・・・。」
   水銀燈がうっとりとした声を出してる。
   うはぁ。こりゃ、心底惚れてるな・・・・。
   しかし、あの水銀燈が・・・・。うーむ、くんくん侮りがたし。
マ:「ちょっと電話してくるから大人しく観てろよ。」
銀:「ああ、くんくん・・・。」
   聞いちゃいないな・・・。
   俺はついでに洗面用具を持ち、病室を後にした。


   洗面と歯磨きを済ませた後、病院待合室の公衆電話から柴崎宅に電話を掛ける。
マツ:『はい、柴崎です。』
マ:『どうも、おはようございます。』
マツ:『あ、マスターさんね。おはようございます。どうかしたの?』
マ:『すいません、蒼星石に代わってもらえます?』
マツ:『蒼星石ちゃんなら、朝ごはんをお弁当箱に詰めて、今そっちに出てったところよ。』
マ:『ありゃ・・・。』
マツ:『マスターさんと一緒に朝食を食べたいんですって。なんだか妬けちゃうわね。ふふ。』
マ:『え、あ、いや。お恥ずかしい。』
   なんだか胸騒ぎがしてきた。
マ:『わかりました。ではこれで。』
マツ:『はい。』
   俺は早々に電話を切り、自分の病室へ急いで戻った。


   病室の扉前まで来たところで喧騒が聞こえてきた。
   まさか・・・
蒼:「水銀燈っ、マスターの病室で何をしてるんだ! マスターをどこへやった!?」
銀:「う、うるさいわねぇ・・・。」
   あら~・・・。
   厄介なことになった。俺は暗鬱な気持ちを払いのけ、扉を開ける。
   ガチャッ
蒼:「マスター!」
   蒼星石が水銀燈と距離をとって窓の外からカバンで浮遊していた。
マ:「どうもどうも。」
銀:「・・・・。」
蒼:「マスター、いったいこれは、どういうこと・・・? なんで水銀燈がマスターの病室でくんくんを観てるの?」
マ:「それはなぁ、水銀燈がどうしてもくんくんを観たいって言うから・・・・。」
   と俺が言うと水銀燈が慌てた面持ちで
銀:「あ、あら。私がそんな人形劇に興味なんてあるわけないじゃない!
   そ、その男が無理やり私を連れ込んだのよっ。そして無理やりくんくんを見せられて・・・。」
   と、のたまった。
   ちょちょちょ・・・ちょっと、何言い出すん銀ちゃん?
蒼:「そんな・・・そんな、マスターが・・・!?」
銀:「じゃなきゃ、わたしがこんなところにいるわけないじゃないっ。」
蒼:「そんな・・・マスター・・・酷いよ! 僕というものがありながら水銀燈と二人っきりでくんくんを観ようなんて・・。
   僕とのことは・・・遊びだったんだね!?」
   なんでそうなるの?
   ちょっと蒼星石、昼ドラの見過ぎじゃないか?
蒼:「う、う、・・・うわぁーーーん。」
   蒼星石は泣きながら猛スピードではるか彼方へ飛んでいってしまった。
マ:「蒼星石ぃーーー!」
銀:「ふう、これでゆっくりくんくんを観られるわぁ。」
   す、水銀燈! こ、こいつ、やっぱり殺しておくべきだった!
銀:「あらぁ、蒼星石を追いかけなくていいのぉ?」
マ:「ぐっ・・・ 帰ったら覚えとけぇ!」
   俺は点滴を外し、急いで寝巻から普段着へ着替える。
銀:「ちょ、ちょっと。こんなところで着替えないでよ。」
   銀ちゃん、意外にも男の裸に免疫が無いらしい。取り乱してる。
マ:「あほ、ここは俺の病室だろが。」
   そう言うや、俺は病室を飛び出した。


   蒼星石はどこへ飛んでいったのか?
   病院を抜け出し、まず向かったのは柴崎宅だった。
マ:「蒼星石は戻ってませんか!?」
   俺は店先に入るや、店番の爺さんに聞く。
元:「なんじゃ、やぶからぼうに。もう退院したのか?」
マ:「あ、いえ、特別外出です。蒼星石は?」
   本当は無断外出だけどね。
元:「まだ帰っとらんよ?」
   爺さんはポカンとした表情で答えた。
マ:「わかりました。また!」
   俺は足早に立ち去った。
   となると、・・・・桜田宅か・・・・。


   桜田宅に着いた俺はさっそくチャイムを鳴らした。
の:「は~い。」
   制服姿ののりちゃんが出てきた。これから学校にいくわけだな。
の:「あら、もう治ったんですかぁ?」
マ:「いや、特別外出でね。蒼星石いるかな?」
   俺は扉の隙間越しに目を配らせながら、柴崎の爺さんについた嘘をまたついた。
の:「蒼星石ちゃんはきてないですよ?」
   桜田家にもいないだと?
の:「?」
   ううむ、のりちゃんが嘘をついてるとも思えない。
マ:「そうか・・。ありがと。」
翠:「蒼星石がどうかしたですか? アホ人間。」
   うお、蒼星石の名を聞きつけて暴君姉君がやってきた。
マ:「いや、なんでもないよ。」
   病院での顛末を知られたら厄介だ。
翠:「蒼星石ならおじじのとこじゃないですか?」
マ:「あ、ああ、そうだな。うん。行ってみよう。」
翠:「・・・なにかあったですか?」
マ:「なんもない!なんもないよお!」
   そう言いながら俺はその場から足早に去った。
翠:「あ、待つですぅ!」


   はてさて、柴崎さん、桜田さんとこにいないとすると・・・
   まさかみっちゃんのとこか? ん~~・・・・。
   あ・・・。肝心な場所を忘れてた。
   自宅か!
   俺は駆け出した。


   自宅の玄関の扉を開ける。
マ:「蒼星石、いるか~~?」
   返事は無かった。
マ:「・・・・。」
   リビングへ足を踏み入れる。いない。
   キッチンも。
   寝室に向かってみた。
   扉を開ける。
マ:「・・・・。」
   いた。
   俺のベッドが盛り上がってる。丁度蒼星石が収まるぐらいの膨らみだ。
マ:「蒼星石。」
   俺はベッドの膨らみへ近づき手をかけようとした、その時
蒼:「わぁーん。」
   蒼星石が泣き泣き飛び出した。
マ:「あ、おい。」
   そして、俺の手をかいくぐり走り出した。
蒼:「わぁーん。」
   トテテテテ・・・
マ:「待てって。」
   俺は蒼星石を追いかける。
   ドタドタドタ・・・
蒼:「わぁーん。」
   トテテテテ・・・
マ:「まて~。」
   ドタドタドタ・・・
   トテテテテ・・・・
   ドタドタドタ・・・
   トテテテテ・・・・
   家中駆け回る俺と蒼星石。
   術後二日目なのに何やってんだ俺は。
   患部に手を当てた。うう、熱を帯びてきてる・・・。
   手術のせいでロクなもん食ってないし、貧血気味でもある。
マ:「ハァー、ハァー、待ってくれ、蒼星石。」
   俺はついに両膝と両手を廊下の床についてしまった。
蒼:「・・・? あ、マスター!」
マ:「ハァー、ハァー。」
蒼:「大丈夫、マスター!?」
マ:「大丈夫だよ・・・。」
   俺は蒼星石の腕を掴んだ。
マ:「捕まえたぞ、蒼星石。ハハ。ふぅー。」
   俺は壁を背もたれに座り込んだ。
   額には汗が噴出しているだろう。
蒼:「マスター・・・。ごめんなさい。」
マ:「いいんだ。何も謝ることはないさ。俺も誤解を招くようなことしちゃったしな。」
   俺は蒼星石を抱き寄せた。
   蒼星石は抵抗しなかった。
蒼:「ごめんなさい・・・・。」
   逆に、俺にピッタリと顔をくっつかせてきた。
マ:「よしよし・・・。」
   俺は蒼星石の頭を優しく撫でた。
マ:「誤解するなよ、蒼星石。水銀燈の言ったことはデタラメだから。
   水銀燈がどうしてもくんくんを観たいって言うから、観させてあげてただけだからな。」
蒼:「うん・・・。」
   しかし、蒼星石の声は何か思いつめてるような感じだった。
マ:「本当だって。水銀燈のあのくんくんに対する思い入れは真紅並み・・・」
   蒼星石の手の、俺をギュッとする力がより一層こもった。
蒼:「・・・・僕の知らない所で、一人で背負い込んじゃやだよ・・・。」
   蒼星石の声から、とても不安がっていることが感じられた。
   俺と水銀燈が見知っていたこと。俺がうなされてたこと。夢の世界の俺の言動。
   特に、夢の世界のあの時の俺、怖かったろうな。
   そして俺の病室でくんくんを観てる水銀燈。色々びっくりさせてしまった。
マ:「蒼星石・・・。わかった。今日はごめんよ。本当にごめん。でも安心してくれ、もうあんなことは無いから。
   もし何かあったとしてもちゃんと蒼星石に言うから。」 
蒼:「うっう、ぐす、うっ・・・。」
   蒼星石はとても臆病で泣き虫な女の子だ。
   しかしそれは、俺と出会う前の蒼星石を知ってる者からするととても信じられないことらしい。
   一度、真紅に言われたことがある。
   「蒼星石はあなたと出会ってから泣き虫になった」と。
   その時、俺はどう返事したものか困ったが、真紅はさらにこう付け加えた。
   「つまり、あの子は泣いてもいい相手が見つかったってことね。」と。
マ:「・・・・・。」
   俺もより一層強く蒼星石を抱き締めた。
   やがて・・。
マ:「落ち着いたかい?」
蒼:「もう少し、もう少しこのままでお願い・・・。」
マ:「わかった・・・。」


   病室に戻った俺と蒼星石。
   俺は病院側に無断外出をこってり絞られることとなった。
マ:「すんません。すんません。」
   俺はもう抜け出さないと誓約書を書かされ、医者と看護婦は病室から出ていった。
   蒼星石と水銀燈が窓から顔を覗かせる。
蒼:「マスター、僕のためにごめんなさい・・・。」
マ:「気にするな。」
銀:「さぁ、くんくんの続き観させてくれなぁい? 本当は人形劇なんて興味無いけれどせっかく途中まで見たからには
   最後まで見ないと気分が悪いのよねぇ。」
   もう帰ってくれよ!
マ:「もう蒼星石にはバレてるぜ、お前がくんくんの大ファンだってこと。」
銀:「! な、何を言っているの? この水銀燈がこんな犬のぬいぐるみの大ファンだなんて。」
マ:「この期に及んでまだ言うか・・・。」
銀:「し、失礼しちゃうわねぇ。今日はもう帰るわぁ。」
   水銀燈はそう言うとそそくさと窓から出て行った。
   この分だとまた来るかもな・・・。
蒼:「彼女も意外と可愛いとこあるんだね。」
   可愛いとこあったか?
蒼:「なんか水銀燈。マスターに心を許してる気がする・・・。」
マ:「そうなのか・・・?」
   よくわからん。
   けどあの子と接していて、一つわかったことがある。
   話に聞いていたほど、悪いドールではないということだ。   
   いつか真紅達と和解できるといいが・・・・。
マ:「さて・・・。」
   汗をかいたのでシャワーを浴びたいところだが、まだ医者から許可がでていない。
   しかもこの蒸し暑い時期・・・汗疹になんねえだろうな。
蒼:「マスター、どうしたの?」
マ:「シャワー浴びたいんだが、医者の許可が出て無くてな。」
蒼:「じゃあ僕がマスターの体拭いてあげるよ。」
マ:「え。いや、いいよ。」
蒼:「汗疹になっちゃうよ。遠慮しないで。」
マ:「いや、でも。」
蒼:「あれ、マスター。もしかして恥ずかしいの?」
   蒼星石は恥ずかしくないのか?
マ:「いや、後で自分で拭くよ。」
蒼:「そう、やっとマスターのお世話できると思ったんだけどな・・・。
   僕はマスターの役に立ちたいのに・・・。」
マ:「・・・・。」
   そう言われたら、断れないじゃないか。
マ:「じゃあお願いするよ・・・。」
蒼:「うんっ。」


   俺は洗面器に水を汲んできた。
   蒼星石がタオルを浸して絞る。
   長いこと蒼星石と暮らしてきたが裸を見せるのは初めてだ。
   裸といっても上半身だけだが。
   俺はベッドに座りながら上半身裸になると蒼星石の方を向いた。
   あー、ちと照れくさいな。
マ:「む?」
   蒼星石、恥ずかしそうに俯いてるではないか。
マ:「おいおい、自分で言い出しといて恥ずかしいのか?」
   俺はにやにやしながら訊いた。
蒼:「う・・ん、でも・・・マスターのためだから。」
   ふふ、たかが男の上半身裸で。
   蒼星石が背中に回りこむ。
蒼:「・・・じゃ、拭くよ・・?」
   いちいち断りを入れてくるのが蒼星石らしい。
マ:「ああ、お願い。」
   実際、点滴してて融通が利かない身だから蒼星石が拭いてくれるのはありがたい、だが
マ:「うひゃっ」
蒼:「あ、ごめんなさい?」
   最初、俺が蒼星石の拭いてくれるという申し出を渋った理由、照れくささもあるが
   それに加え、実は俺はかなりのくすぐったがりなのだ・・・。
マ:「いや、大丈夫だよ。なんでもない。気にしないで続けてくれ。」
蒼:「う、うん。」
   ごしごし・・・
   俺はくすぐったいのを我慢して耐える。
蒼:「マスター、震えてるよ? 大丈夫。」
マ:「あ、ああ・・。」
蒼:「もしかして・・・マスターって、くすぐったがりやさんなの?」
   まずい、感づかれたか?
   その瞬間
マ:「おおう!?」
   不意に蒼星石に指で背中をツツーっとなぞられた!
蒼:「やっぱりっ。マスターってくすぐったがりさんなんだね♪」
   蒼星石がくすくすと嬉しそうに言った。
マ:「やめとくれ。手術の傷に障るから~。」
   ほんと弱いのよ。しかも蒼星石の小さい指でなぞられたら・・・・
蒼:「あ、そうだね。ごめんなさい。でも・・・・。」
マ:「ん?」
蒼:「マスターの弱点、見つけちゃった・・・♪」
   この子は~!
   俺は蒼星石に体を向けるとグイっと引き寄せた。
蒼:「あ!?」
マ:「おしおきだっ。」
   こちょこちょこちょ
蒼:「あ、ひゃひゃひゃひゃひゃっ」
マ:「どうだっ。」
蒼:「やめてぇ、マスター! 離してえ!」
マ:「こっちはどうかな?」
   こちょこちょこちょ
蒼:「ひゃひゃひゃひゃ!」
   俺はくすぐりの刑から蒼星石を開放した。
マ:「なんだ、蒼星石もくすぐったがりじゃないか。」
蒼:「はぁはぁはぁ、もう~~~~マスタ~~~!」
マ:「蒼星石さん、そんな睨まないで。怖いよ。俺は病人なんだからもっと労わっておくれ。ゴホゴホ。」
蒼:「もう、退院したら酷いんだから!」
マ:「退院したら、どう酷いんだい?」
蒼:「え? ・・・んと、その、毎日・・・。」
マ:「毎日?」
蒼:「・・・・・抱っこして。」
   たはー。


                                             終わり