夏の面影を思い出させてくれるようなよく晴れた暑い日。季節はずれの風邪をひき、今日は学校を欠席した。
心配してくれた蒼星石は薬局で風邪薬を買いに行ってくれているので今は居ない。テレビも何にもない部屋で寝ているので蒼星石の帰りが待ち遠しかった。
俺が一眠りでもしようかとまぶたを下ろした瞬間、隣の部屋(居間)でガッシャーンと聞きなれた破裂音がする。
ヴーンと何か唸る音がしてスライド式のドアをぶち破って直方体が侵入してくる。こんな状態に来てもらわれても困る。
「マッドサイエンティスト翠の登場ですぅ」
また何かに影響されたのだろう。怪しげな単語を名前の前につける。
そして傍らで手をゴソゴソさせて小さい鞄を取り出す。鞄の中に鞄。マトリョーシカを思い出す。
「風邪と聞いて翠星石が と っ て も よく効く薬を持ってきてやったですぅ」
翠星石はやけに「とっても」という言葉を強調する。何か悪いことが起きそうだ。
と、翠星石が鞄から降りて俺に怪しげな薬を飲ませようとする。必死で抵抗する俺。翠星石は俺の鼻をぐっとつまむ。
まるでデグチホソナールに入ってしまった気分だ。俺は我慢の限界を迎え口を呼吸のためにあけてしまった。
そのとき翠星石の目が光る。慣れた手つきで俺の口内に怪しいカプセルを放り込む。俺はそれを飲み込んでしまった。
「投薬かんりょーですぅ。ではお大事にですぅ」
魔女を思わせる笑みを俺に見せた後さっさと鞄に乗って入ってきたところから帰っていった。
 しばらくすると俺の体に変化が現れた。体が熱い。まるで内側からコトコト弱火でじっくり煮られているようだ。
それが、しだいに強火で一気にあぶるような感じになる。俺は体が縮まるような感覚を覚え、気を失っていった。

 俺は体に感じる違和感で目を覚ました。記憶がはっきりしない。翠星石に怪しげなカプセルを飲まされて、まで覚えてる。
体に違和感を感じるが先ほどまでの倦怠感は感じない。俺は布団から起き、顔を洗いに洗面所へ向かおうとした。
しかし一歩足を踏み出したところでずっこける。良く見ると自分の服を足で踏んでいた。
俺は錯乱し、洗面所へ向かった。が、洗面所がすごく大きく感じられた。
この家が成長して大きくなったのか?それはない。
頑張って洗面台へ登り鏡を見る。そこには誰か知らない小学一年生くらいの生意気そうなガキが居た。
いや、知らないわけではない。なぜならその顔が俺の幼少期の顔にそっくりだったからだ。
俺は全身を見ようと二階にある大きい鏡のある部屋へ向かうことにした。
階段で2,3階こけて落ちたがそれでもめげずに階段を攻略した。そして鏡の前に立つ。
「こっこれは俺かぁーうぇうぇ」
俺は錯乱レベルがマックスに達し、奇声を上げる。なんでこんなことになったんだ?
……
翠星石が俺の口に薬をぶち込んだシーンがフラッシュバックする。どう考えてもあれが原因としか思えない。
とりあえず一階に降りてVIPで質問するしかない。しかしまたも階段が俺の行く手を阻む。俺は決心を固めた。
「階段を一歩一歩踏まずに下りる方法を知っているか?それは"落ちる"」
と俺は階段からごろごろ落ちた。予想以上に痛かった。しかし小さい体なので骨などには異常はなさそうだ。
俺は廊下を歩き居間へ入ろうとしたそのとき、ドアがガララッ、と開く。蒼星石が帰ってきたのだ。バッドタイミング!
蒼星石は一瞬託児所に収容されているおじさんを見ているかのような目をしたがすぐに正気を取り戻したのだろうか。
俺に駆け寄って自分と同ぐらいの身長(むしろ俺の方が少し小さい)である俺の目の前に立つ。蒼星石が大きく感じられる。
蒼星石はしばらくしてから忘れていたかのように俺に問い掛ける。
「君、どこの子?それより何で僕のマスターの服を着てるんだい?」
ああ、それは俺がお前のマスターだからだ。なんて言ったらどうなるんだろう。
頭はいいが純粋すぎる蒼星石は俺と話をしてくれなくなるような気がする。とりあえずここは誤魔化そう。
「えーっと・・・ジョン・スミスです」
ああ、ライトノベルの読みすぎだ俺。蒼星石の質問にそぐわない回答をしてしまう。
「ふーん。おもしろい子だね。とりあえず上がる?」
流石蒼星石だ。見た目は子供、実際は○○○歳(自己規制)だけはある。蒼星石に手をとられて俺は居間へ入る。
俺の家に居るはずなのになぜか落ち着かずに正座をする。蒼星石は台所でお茶を淹れてくれてるのだろう。
しばらくすると蒼星石が緑茶の入った湯飲みを持ってきてくれた。そして俺の顔を覗き込んでくる。
「・・・誰かに似てるんだけど・・・誰だろ?」
正体がばれなくてよかったのか、蒼星石が俺を思い出してくれない悲しみが俺の心の中でせめぎあう。
「とりあえず、着替えようか。その服は僕の大事な人の服なんだ。」
そう言うと蒼星石はちゃっちゃと着替えの服を持ってきた。ってそれ俺の子供時代の服じゃないか。蒼星石はちょっと立って、という。
俺は素直に立ち上がる。蒼星石が俺の着ていたぶかぶかの服を脱がそうとする。
が、自分と同じ身長の人間から脱がすので悪戦苦闘している様子。しばらくするとようやくTシャツが俺の体から抜けていく。
ああ、蒼星石に脱がされている・・・。
そして蒼星石が子供用のTシャツを俺に着せる。次に蒼星石がズボンを脱がそうとする。それは流石にまずいぞ。
ちょっ、おま、やめ・・・アッー!

 着替え終了。俺はナニまで小さくなっていたことに大きな絶望を感じながらも蒼星石の淹れてくれたお茶をすする。
「ところで君、なんでここにいたの?」
蒼星石が核心をついた質問をする。俺は、
「禁則事項だよ」
と答えてしまった。頭は完全にライトノベル依存症だな。末期の。温厚で優しい蒼星石は小さく吹き出し、こう答えた。
「そうなんだ。じゃあしばらく家にいる?」
いるもなにも俺の家だが。黙秘するのもあれなんでコクコクと顔を縦に振る。そんな俺に母性本能でも芽生えたのか絵本を持ってきた。
タイトルは"せいきょういくのえほん"。なんと蒼星石はその重大性を知らずに本を開こうとしていた。
「ちょっ!やめ、蒼星石!」
俺はつい口走ってしまった。蒼星石は同じく口走ってしまった容疑者を見る探偵のような目になる。
「・・・ってそこの猫が言ってたよ!」
と、俺はちょうど居間に居た猫(クラウス)を指差す。俺は余計に場の雰囲気を濁していく。誰でも言いから助けてくれ。
俺の願いが天に届いたのか?再び窓が割れるような破裂音が響く。
「さーて、そろそろあの人間も小さ」
「ぎゃー、わー、どわー」
俺は禁断の言葉を発しようとしている翠星石をついつい押し倒す。性的な意味ではない。
しかし体が縮こまって身体能力も低下している俺を蹴り飛ばすのは翠星石でも充分なようだ。蹴り飛ばされた俺は宙を舞って床へ墜落する。
虫の息である俺をよそに翠星石が蒼星石に本当のことを伝えようとする。俺の人生終了までヘタすりゃあと数秒。
それを阻止すべく俺のとった行動とは――――――
"逃げる"
阻止できていない気がするが今は現実逃避をして生き長らえることが重要だ。さようなら蒼星石。