「マスター!ますたぁぁぁぁぁ…遅すぎるよ…ぅぅぅ」
「ごめんな…遅くなって…仕事でな。」
「仕事だからって連絡の一つや二つぐらいしてよぉ…」
「…分かったよ蒼。今度から遅くなる日はちゃんと連絡するよ。」
「ぐすん…約束だよ?」
「ああ。絶対だ。今日はゆっくり寝て、明日に備えるよ。」
「……うん!分かった。おやすみなさい。」
―次の日―
「マスター…」
―数時間後―
「ただいまー」
「おかえりなさいマスター」
「あぁ今日も疲れたよ…ご飯にして。」
「うん、分かった。」
数分後、机の上には美味しそうな料理が並んでいた。俺の目にはいつにも増して旨そうに見えた。
「蒼~。ありがとな。」
「うん。たくさん食べてね。」
「んじゃ…いただきまーす。」
俺は躊躇なんてしなかった。
温かい夕食を食べる事になんて。する必要すら無いだろ?
じゃあ何でこんな事を思っているんだ?
疲れか?迷いか?幻覚か?
なんだ?なんだかもう分からない。ひたすら問う事しかできない。
時間に取り残された気分だ。
意味が分からない。
心に穴が開いたかのような虚脱感。
そして脳を一瞬かすめたのが―
孤独なる絶望。
「がはぁ!」
「…!どうしたのマスター」
「蒼か…?どうしたんだ?」
「…マスターこそどうしたの?」
「はぁはぁ…さっきのは…何なんだ?」
「一体どうしたのマスター…今日はもう寝たら?」
「ああ…そうするよ…」
暗い寝室に秒針が時計を刺す音が響き渡る。もう深夜になったのだろうか。外は大雨のようだ。
ガコン
「…!何だ…今の音…」
…戸締まりしたっけ?
一回気になりだすと止まらないんだよな…しょうがない、行くか。
確か…今…『玄関』から聞こえたような。
キィィ
ゆっくりとドアを開けた。周りは不気味な程静寂だ。
まぁ深夜だから当然か。
俺は玄関に向かった。
ピンポーン
「…誰だ?こんな夜中に?」
はっきり言ってかなり驚いた。
こんな夜中に…
ピンポーン
何だよ一体?
俺は恐る恐るドアの鍵口を覗いた。
見えたのは…まさか…蒼星石?
どうして大雨にも関わらず外に居るんだ!
俺は迷いも無く、ドアを開けた。
俺の目に入って来たのは…蒼星石だった…だが、いつもと違うのは…
持ち手まで血がべっとりついた、鋏を持っていた事だ…
「蒼…?」
「…」
蒼は無言だった。というより…これは蒼なの…か?俺が一歩近付いた途端、蒼は反応した。図太い鋏を構える事により…
蒼は俺目掛けて一直線で鋏を振り下ろしてきた。
俺はすぐさま玄関に入り、ドアを盾にする。
ガキィィィン
もの凄い衝撃が、ドア越しに伝わって来る。
その衝撃で、前のめりになるぐらいだ。
俺は机に体重をかけ、立ち上がろうとしたその時、
ドンドン ガンガン
ドア越しに聞こえた。俺は急いでチェーンを掛けた。
開けたら殺されるのは直感的に分かっていたからだろう。
「マスター…開けてよマスター…」
その声は…どこか寂しげな声だった。二階の窓から聞こえた。同じくたたく音が広がって聞こえた。
じ、じゃあこの玄関のは誰?
ガンガン
裏口からも音がする。
…!…一体、なにがどうなってるんだ?なんなんだ?
「開けて!開けてよマスター?僕だよ僕!」
この声…
「助けて!入れてよマスター!」
裏口から聞こえた。俺はすぐさま裏口へ向かった。
「…蒼?」
「…!…マスターなの!?開けて!開けて!」
俺はドアを開けた。そこから転がり落ちてきたのはまぎれもない蒼だった。
俺はすぐさま鍵をかけた。
蒼はずぶ濡れだった
「何があったんだ!一体…」
「僕には分からないよ…」
「まぁいい、とりあえずタオルを探すから。」
ガサガサ…
「ほら」
「あ、ありがとう…」
後は何か…暖まる物を…
「ねぇマスター…」
「何?」
俺は手で物を探しながら言った。
「人間って…脆いんだよ…鋏で一突きすれば一瞬、本当に弱いのは人間なんだ。」
「………な、何を言ってるんだ蒼?」
「だから…僕は僕であって僕では無いんだよ…」
どんどん蒼の発言がおかしくなる。
「マスターは…良い人だよ。だからと言って、人形に寂しい思いをさせすぎちゃあ…いけないよね…」
鋏を手に取る蒼。
鋏についていた血で絨毯が真っ赤に染め上がる。
「おい…蒼、お前まさか…」
「僕も…歪んでいたのかもしれないし、そうでもないのかもしれない。だって、歪むって字は、不に正。分からないから。」
「待て!蒼!!!」
「終わらせなきゃいけない…自分の手で…」
目の前に広がるのは―暗い、瞼を閉じている時の景色。何も無い。見えない。感じない。
光を近付けても残りはしない…よほど大きな光で無ければ。
…ああこの光だ。この光は残る。ずっと。
ああ…目が痛い…目の前に広がるのは…太陽?
「ああ…マスターごめ…ん…な…さい…」
泣きじゃくりながら俺にしがみ付く。
…蒼?
「…最近マスター、仕事が忙しくなって…ひっく…僕の事をあんまり構ってくれなくなっていくような気がして…とっても…不安だったんだ…」
「…」
「せっかく寂しさが消えていったのに…また寂しさがやってくるのかと思うと…とっても…怖くて…ひぐっ…だから…マスターに夢を見させれば…もっと僕と一緒に居てくれると…思ったんだ。最初の内は…そうだった…けど…うなされるマスターを見て…ようやくその間違いに気付いたんだ…」
「…」
「ごめんね…マスター…もう僕なんて嫌い…だよね…さようなら…ぅぅ…」
「待て蒼!」
「…?」
「それは何も蒼だけのせいじゃない…俺も蒼の気持ちに気づいてやれなかったから…」
「ううん…僕のわがままの性だよ…マスターの優しさに甘えすぎたんだ…」
「違う!」
「………」
「確かに蒼は寂しげな顔をしていた時があった。その時、俺は仕事を理由に逃げていたんだ。」
「…」
「俺には、蒼が必要なんだ!どんな時でも…」
「僕が…?ううん…そんなの慰めだよ…」「慰めじゃない!俺は蒼とずっと一緒に居たいだけだ。」
蒼の目からは大粒の涙が零れ落ちていた。
「…えっぐ…ひっぐ…僕も…ずっと一緒に居たいよますたぁぁぁ…」
「ああ…これからもよろしくな…」
「マスターは…優し過ぎるよ…ばかぁ…」

―数日後―
「蒼ー今日も一緒に寝ような。」
「…今日も?本当?」
「あぁ…寂しい思いをむやみに蒼にさせたくないしな。」
「…ありがとうマスター…僕ももう…マスターとずっと一緒だ…あぁ…マスター…暖かい…」
「これなら蒼の寝顔も見られるしな。それにー」
「それに?」

「幸せだしな。」