帰りの車中、蒼星石はすこぶる上機嫌だった。
蒼:「ねぇマスター、今度はみんなで行きたいなぁ。」
マ:「そうだな、今度また行くときに誘ってみるか。」
桜田家の連中や時計屋の爺さん婆さんを乗せるとなるとワゴン車借りなきゃ駄目だな。
そんな風なことを考えながら運転してると
蒼:「あのぅ、マスター。来た道と違わないかな。この道。」
マ:「え? あ、いかん。まちごうた。」
俺としたことが、考え事していたら曲がる道を一本間違えたらしい。
蒼:「マスターが道間違えるなんて珍しいね。」
と蒼星石はクスクス笑いながら言った。
マ:「ふ、猿も木から落ちるさ。まぁ、このまま進んでも次の交差点を曲がればちゃんと家に着くから無問題。」
この時、良からぬ企みが俺の脳裏にもたげてきた。
この先に幽霊が出るとかで一部の間で有名なお化けトンネルがあるのだ。
それを利用して一丁、蒼星石を怖がらせてその反応を楽しんでやるとしよう。ゲヘゲヘ。
マ:「蒼星石、この先にトンネルがあるんだけどな。」
蒼:「うん。」
マ:「その、トンネルでな。『出る』んだよ。」
蒼:「『出る』って? 何が?」
マ:「お化け。」
蒼:「えぇえ!? 引き返そうよマスター! 今すぐ!」
マ:「今更引き返すのも面倒くさいし、いいだろ別に。大丈夫、お化けなんてただの噂だよ。」
蒼:「えぇ~? 嫌だなぁ。」
蒼星石はゲンナリした声を出した。
蒼星石はお化けや幽霊の類がかなり苦手らしい。
前に俺が何気なく怪奇現象特集の番組を見てた時、蒼星石に無理やりチャンネルを変えさせられた。
マ:「それに、今引き返したらクンクンの放送に間に合わなくなるぞ。」
蒼:「うう~。」
くくく、観念したようだな。トンネルまであともう少し。どれ、さらに恐怖を煽ってやるか。
マ:「でな、幽霊が出るポイントなんだけどな。」
蒼:「嫌だ。聞きたくないよ!」
蒼星石はかぶりを振り、手で耳を塞いでしまった。
マ:「怖がりやさんだなぁ、蒼星石は。」
程なくして、車はトンネルに入った。
ごつごつした岩肌の壁にモルタルが塗っているだけの非常に古いトンネルだ。
蒼星石は相変わらず手で耳を塞いだままで、目まで瞑っている。そんなに幽霊嫌いか。
マ:「ほら、もうトンネル抜けたぞ。何もなかったろう?」
耳を塞いだ蒼星石に聞こえるよう、少し大きめな声で言った。
おそるおそる目を開ける蒼星石。だが、
蒼:「嘘つき!まだトンネルの中じゃないかぁ!」
俺はそれに応じず、スッとトンネル左壁付近を指差した。
蒼:「え?」
つられてそこに視線を移す蒼星石。
蒼:「わ、わぁ!?」
そこに白い着物を着た女の人が立っていた。
全体の輪郭がはっきりせず、おぼろげだが確かに女の人に見える。
だがこれは単なる壁の染みとひび割れが生み出した偶然のイタズラだ。
染みと汚れが偶然女の人の姿に形作ってるだけなのだ。
だがそれだけでも十分トンネル内の雰囲気も手伝って、怖い。まぁ、俺も初めて見たときはちとビビッたしな。
車はあっという間に問題の箇所を通り過ぎた。
マ:「ニハハハ、どうだ、驚い・・・わ、わぁ!」
今度は俺が驚く番だった。
いきなり蒼星石が助手席からいつの間にシートベルトを外したのだろうか、運転席の俺に飛びついてきた。
蒼:「怖いよお!マスター!」
マ:「ちょっ!」
車は反対車線に少し飛び出してしまった。慌てて切り返す俺。対向車がいたら少しヤバかったかも。
蒼:「マスタァアア~~。」
蒼星石は俺に抱きついたままだ。
マ:「危ねぇから運転中に抱きつくな!離れろ!」
つい怒鳴ってしまった。怒鳴ってしまってから俺は深く後悔した。
蒼星石は体をビクンと震わせると静かに俺から離れノロノロと助手席に体を戻し・・・シクシクと泣き始めた。
俺は車を停め、蒼星石に謝る。
マ:「蒼星石、ごめん。ほんとごめん。」
あああああ~~~~。俺はすっかり動揺していた。顔も真っ青になってたろう。
動揺し過ぎてろくな謝罪の言葉も出てこない。
蒼星石は泣きながら言う。
蒼:「マスターは、僕を素敵な場所に連れて行ってくれたりするけど、・・時々僕に意地悪して・・・
なんか時々マスターのことが、・・・お父様のように、わからなく、なって、すごく不安になって・・」
俺は頭の中が真っ白になった。
そして俺は無意識に蒼星石を抱き寄せた。
マ:「ごめんよ。俺はただ蒼星石のことが好きだから・・・」
言葉が続かない・・・。俺はこの子をそんなにも不安にさせていたのか・・・? 俺は・・
俺は愕然となった。
蒼:「マスタぁあ。うう、っうううう~~。」
俺の胸の中で泣きじゃくる蒼星石。
俺は自然と優しい声になった。
マ:「もうこんなバカなことしないよ。今までもこれからもいつでも蒼星石のこと愛してるから。
愛してるから蒼星石の色んな顔を見たくて、ついあんな馬鹿なこと考えちゃったんだ。
不安になる必要なんか全然無い。安心してくれ。」
蒼:「本当?」
潤んだ瞳の蒼星石が俺の顔をまっすぐ見据えた。
マ:「ああ、本当に本当だ。俺は蒼星石を不安にさせたくない。不安にさせない。約束する。」
残りの帰りの車中、運転席の俺と助手席の蒼星石は終始無言だった。心が痛い。
さて、家についた。なんかどっと疲れが噴き出してきた。自業自得だが。
帰ってきてからいそいそとくんくん探偵を観だす蒼星石。
くんくん探偵のOPが終わり、CMに入る。俺は遠くからそれを眺めていたが、
蒼:「マスター、こっちにきて。」
そして蒼星石はテレビ閲覧用に配置してあるソファを指差した。
マ:「?」
蒼:「座って。」
俺は黙ってそれに従う。
すると蒼星石はチョコンと俺の膝に座ってテレビを見始めた。
マ:「おい。」
蒼:「今日、あんなに怖い目に遭ったからすごく不安なんだ。だから黙って座っててね。」
蒼星石は真面目な顔で言ってるようだが、明らかに目が笑っている
マ:「了解。」
俺はどんな顔をしていいかわからず、ただ素直に返事した。
番組の中ほどのCM中、俺はトイレに行こうと席をたったが、蒼星石がトイレの前までついてくる。
俺がトイレに入る直前、蒼星石に抗議の視線を投げかけると、
蒼:「不安だから。」
蒼星石はにっこり笑いながら答えた。
マ:「あのなぁ、さっきも説明したろ。あのトンネルのは染みとヒビがたまたまあんな風に見える
ようになってただけだって。」
蒼:「思い出したらまた不安になってきたよ、マスター。」
マ:「・・・・・。まぁ、俺が全面的に悪かったしな。」
俺はそそくさとトイレに入る。
そして、夜。布団に入ろうとすると蒼星石が有無を言わさず俺の布団に入ってきた。
マ:「おい。」
蒼:「不安だから。ね、一緒に寝よう。」
蒼星石はにっこり笑いながら答えた。
マ:「へいへい。」
ん~~、断れない。帰りの車の中で約束したもんなぁ。
蒼星石は布団のなかで俺のパジャマの上着の裾付近をぎゅっと掴んでいた。
俺は蒼星石の手を優しく握ってやった。
反対の手で電気を消す。
蒼:「おやすみなさい、マスター。」
マ:「おやすみ、蒼星石。」
やがて、そのまましばらくすると蒼星石の寝息が聞こえる。
俺は蒼星石が起きないよう慎重に、そっとカバンの中に戻してやる。
カバンの蓋を閉める間際、蒼星石の寝顔をまじまじと見つめる。
やはり、この健やかなで可憐な顔が不安に苛まれるなど耐えられない。
数日ほど蒼星石の「不安だから」は続いた。
俺は不必要にベタベタするのは嫌いなのだが、まぁ、たまにはこういう日々も悪くないか。
後日談
桜田家に蒼星石と遊びに行った際、うっかり喋ってトンネルでの件がバレてしまった。
翠星石に向こう脛を思い切り蹴られた。まだジンジンする。
終わり
最終更新:2006年07月14日 16:32