昔話ばかりしていてもつまらないので最近の話でもしようか。
俺が今何歳かなんて些細な話だ。特に歳を取らないドールズを相手にしていると自分ばかり年齢を取るのがまったくもって嫌になってしまう。
15歳の頃から蒼星石と暮らしてきた俺もこんな年齢となってしまってはも、若者としていられる時間は長くはない。
若さとは自信である。
もうすぐ若さを失う俺は、それでもなお少女であり続ける蒼星石を目の前にして、今までのように振る舞えるだろうか。
彼女は俺の若さのすべてを一番近いところで見続けてきた。俗っぽい言い方をすれば、蒼星石は俺が一番カッコイイ時間を全部知っていてくれるんだ。
皮肉なものである。母とまで見た彼女に今度は老いの姿を晒さなければならないのだから。
やれやれ…自信を失いかけていること自体が若さを失いかけている証明みたいではないか。
そういえば今日しようと思っていた翠星石との先日の会話の中でもちょうど同じようなことを話したよ。

「やい、カビ人間」
「まだ、人のことをそう呼ぶか。もうカビは無くなったはずだろ」
「ええい!黙れですぅ。翠星石が「カビ人間」と呼びたいのですから、お前はもう誰がなんと言おうとも未来永劫「カビ人間」なんですぅ!」
「呼称の理由なんてどうでもいいから用件を言えよ、翠星石」
「キィィ…お前って奴はどうしょもねぇ奴ですぅ。こんなんに蒼星石が…」
翠星石がヒステリックに騒ぎ立てるが、いつものことなので意に介せずに聞き流す。
「で、翠星石様がカビ人間ごときに何のご用ですかな?」
「むぅ…別にお前を見下そうってわけじゃねーですけど…」
「ご用は?」
俺はできる限りのスマイルで翠星石を見つめた。俺のスマイルはマックの店員も裸足で逃げ出すぜ。…恐怖政治的な意味で。
「ヒィィ…相変わらず、お前って奴は…」
「ご用は?」
相変わらずのスマイル。だからマックの店員も…(ry
「……いいたかねーですけど、お前の性根の悪さはこの翠星石もびっくりですぅ…」
翠星石が諦めたように首を振った。
「それは……ありがたいね。素敵なお嬢さん」
「もう…いいですぅ…」
俺は蒼星石の言葉や一挙一動にはいくら歳をとっても振り回されてしまうだろうなという予感があったが、
この双子の姉の性根の悪さはいくらでも手玉にとって振り回してやる自信があった。
なあに…最悪蒼星石にいいつけてやればいいと考えているから気は楽なものさ。
「で、翠星石様はわたくしめに何のご用ですか?」
「お前…いいたかねーですけど…あからさまにおかしいですよね?」
「さて…何のコトでしょうね?」
「誤魔化そうといったってそうはいかねーですよ、翠星石の可愛くて無垢な蒼星石ならばいざ知らず、
このハイパーでウルトラな翠星石の直感をなめてもらっちゃーこまりますよ」
「世間ではそれをアバズレといいますよ」
自信満々に振る舞う翠星石に対して相変わらずの微笑で俺は応戦した。
俺の微笑に対して翠星石もニコッと微少で返した。
たぶん、今ならバナナで釘を打てるくらいの室温だと思うので試してみたければ試してみるといい。
しばらく、二人の間に慎ましい時間が流れていたが、やがて翠星石が根負けして話を続ける。
「しかたねーですぅ…お前を放っておくと蒼星石まで面倒なことになりますからね。いいですか?翠星石の話を少しは黙ってきくですぅ」
「あれ?蒼星石は俺なんかじゃ迷惑かけようがないって言ったの翠星石じゃなかったけ?」
「今、その話をするですか…」
翠星石があきれるのも無理がない。ふり返るのも馬鹿馬鹿しいので語るのは別の機会に譲るが、これはささやかな翠星石への仕返しだ。
「まぁ…いいです、お前に振り回されていると、日が暮れてしまうですぅ…」
「義姉さんを振り回すだなんてそんな」
「だ~か~ら~!!!未だかつてそんな呼び方したこともねーのにどうしていきなりそんな呼び方をするですか!?」
「いや、wikiの影響だろうな…おっと中の人の都合」
俺のあまりにふざけた態度のせいで、ついに翠星石は歯ぎしりまで始めた。
これはこれで面白い。未だかつて薔薇乙女の歯ぎしりなんて誰も見聞きしたことないだろう。
きっとローゼンだってドールが歯ぎしりをするなんて考えもしなかっただろう。
……そもそも「究極の少女」を目指すローゼンメイデンが歯ぎしりなんてしていいのか?

「……お前のその態度ですよ…翠星石が変だっていうのは」
「はぁ…?」
この翠星石の言葉は俺にとっても想定外であった。思わぬ反撃にため息のような中途半端な返答をしてしまった。コレは悪手だな。
「お前は最近悪ふざけが過ぎるですぅ……お前の決断は確かに大変だったと思うですよ?ドールでもドールなりにわかってるつもりです…」
「さぁ…どうだろうね」
そんなコトはないと言ってしまえば良かったのにもかかわらず、内容を否定できずに曖昧な返答をしてしまった。
「お前が…妙に軽口叩くようになったのはちょうどそのころですよね?翠星石にはわかるのですよ?蒼星石に思い詰めて欲しくないですよね?」
「まあ…蒼星石のあの表情は何年経っても結局慣れなかったからね…」
俺の心には蒼星石の暗く濁ったオッドアイが浮かび上がっていた。想像するだけでも気が重くなる。
「最近のお前は…お前らしくみえないですよ…。幸い蒼星石は純粋だから気がついていないみていですけど、翠星石の目は誤魔化せないですよ」
「いや…たぶん蒼星石は気付いているよ、そして気付かないふりしているんだろうな」
「……お前もそう思うですか」
翠星石が「お前も」と言ったことからすると、俺の行動が空回りをしていることを自覚しており、また、蒼星石がそれを気遣ってあえて何も言わないという、
何重にもねじれた奇妙な生活が続いてしまっているということを正確に気付いているということを示唆していると思って良いだろう。
「翠星石!!」
「な…なんですか…!?」
今までのふざけた雰囲気を一変させた俺の声には翠星石を動揺させるには十分な威圧感が漲っていた。
「これから言うことは独り言だ。誇り高きローゼンメイデンが他人の独り言を盗み聞きしたり、言いふらしたりしないだろうから言う」
「お…おう、もちろん、その通りですよ?ドンとくるです」
翠星石はどうやら俺の妙な雰囲気に飲まれてしまったようだ。蒼星石ならばこうも行かない。やはり彼女は扱いやすい。
「俺は…自信がないだけだ。自分の選択や考えに確証が持てない。」
「そんなこ…」
「翠星石!!!独り言だよ、俺の」
俺は微笑して翠星石を黙らせる。翠星石はわざとらしくそっぽを向き口笛を吹く真似をしていた。
「かつては…俺の考えが正しいかは……蒼星石が全部教えてくれた。いや…そうするように蒼星石に求めていた。だって、蒼星石は俺の母だったから」
「それは…未だに許せないですよ…」
「翠星石…」
扱いやすいという先のセリフは撤回しよう。
再び視線で翠星石を黙らせると俺はこの詰まらない独白を続けた。
「しかし、もうそうもいかない。少年時代は終わったからだ。これからは大人として俺が俺自身で判断して受け止めなきゃならないんだ」
今度はあらかじめ口を挟まれないように翠星石に牽制の視線を向けた。口を開こうとしていた翠星石は慌てて手で口を覆った。
「……まあいい。だがね、少年時代が長すぎたんだ。俺は。気付いたらすっかりこんな歳だ、もう俺も若くない。
若さは自信だ。若ければ自分の可能性を何でも信じられたし、そんなコトだってできる気がした。
長すぎた少年時代の代償に、若々しく青年時代を無駄にしてしまったんだ。一番輝ける時代を逃してしまったんだ。
だからこそ…だ、軽口でも叩いてなければ強気でいられないだろう?」
独り言と宣言しながらもついつい翠星石に同意を求めてしまったのは、我ながら歳をとって自信をなくしているのだと思う。
翠星石は知らぬ顔をしながら律儀に首を立てに振ってくれた……ような気がした。
「しかし、それは偽りの若さ……もっと俗っぽい言い方をすれば「大人げない」んだな。
蒼星石は気を遣いすぎるから何も言ってこない。それはそれでありがたい。でも、もう青年時代は終わったんだ。
真っ正面から向き合わないとな。おとぎ話ではなく現実の人間として生きると決めた以上は避けられないからな。
若さが尽きること、命が尽きること。先延ばしにしても時間を無駄にするだけだからな…」
俺は偉そうに大きな声で独り言を言った。傍にいた翠星石に聞こえたか、また俺の意図が何だったかわかったかは興味がない。
なぜなら、このセリフは俺の独り言だからだ。俺が理解して、満足できればそれでいい。
「翠星石も独り言いうですよ?」
「あん?」
思わぬ一言に気のない返事をしてしまった。
「翠星石のウン十分の一も生きていないガキが年とったとかチャンチャラおかしいですぅ。……でも、頑張るですよ。
!!!!…でも!でも!…蒼星石には迷惑かけたらダメですよ?」

「誰に迷惑かけたらいけないって?翠星石?」
「!!!!!!!!」
俺は蒼星石の後ろで翠星石の方を指さしながら笑っていた。翠星石が非難の目をこちらに向ける。
蒼星石の非難の目と違って彼女の目はなんてことない、受け流してしまえばいい。
「翠星石、また僕がいない間にマスターに何か言ったの?」
「いや…これは…違うですよ?蒼星石……翠星石はただこいつ…」
「ほこり…」
「!!」
「うん?マスター?ほこり?」
「いや、蒼星石、「埃」が帽子についていたよ。」
俺はわざとらしく「ほこり」という単語を繰り返していいながら翠星石を見た。
翠星石は何も言わないがぐぐぐと顔をしかめている。さすがに妹の手前、歯ぎしりはしていない。
「そう…ありがとうマスター!……で、翠星石、何か言いかけてた?」
「いや……何でもねーですよ……」
「前から言っているけど、僕とマスターの関係については……」
蒼星石は翠星石にクドクドとお説教を始める。俺はその様子を腹の底では笑いながら傍観していた。
一通り蒼星石の説経が終わると、翠星石はすごすごと退散していった。
翠星石が退散した後に蒼星石に何を話していたか尋ねられたが俺は
「毒舌と軽口の違いについて」
と誤魔化しておいた。


その日の夜に俺の向こうずねが誰かに思い切り蹴られたのは内緒だ。




タイトルの訳 動物たちの対位法
由来は同名の合唱曲から。歌詞の内容と訳は次の通り。

Nulla fides gobbis
similiter est zoppis.
Si squerzus bonus est,
super annalia scribe.   

せむし男は信用できぬ
ほら吹きが善人なら、歴史書に書き留められる

どんな曲か気になるなら
http://kivius.imeem.com/music/oeo-XVx7/the_kings_singers_contrappunto_bestiale_alla_mente/
でサンプルが聞けるお。