名前: ◆UOt7nIgRfU 投稿日:2009/05/09(土) 17:14:20 Ix0l4FMP
短編。

「あ、あのっ、キャプテン…!みんな見てますから!」
「そんなことどうでもいいわ……華菜、あなたは本当によく頑張ったわ。
 今はそれを、全力で褒めてあげたいの」
決勝が滞りなく済んだ風越女子の控え室。戻ってきた池田に一番
最初に飛びついたのは他でもない、福路キャプテンだった。
「でも……私…また去年と同じ失態を……」
しっかりと抱き締められるその優しさと暖かさが、逆に心を締め付ける。
次から次から、溢れ出る涙が止まらない。
「いいのよ、華菜。同じじゃない、同じじゃないわ」
「でも……でも……!」

美春も文堂も目を腫らして泣き濡れる。深堀ですら大粒の涙だ。

「あの面子にして、心折れずに果敢に挑んでいった華菜の姿、
 風越女子麻雀部の脳裏に焼き付いたわ…単なる負けじゃない、
 そこが去年と同じじゃなかったのよ」
幼子を宥めすかすような響きを持ちながら、戦友を鼓舞する含みを
持った調べが、ささくれ立った池田の心を修復してゆく。

「そんなあなたが引っ張っていくのなら、常勝風越の復権は約束された
 ようなもの……私も安心して後を任せられるわ。大丈夫、華菜は
 強いんだから!」
いつもと変わらぬふんわりとした口調。唯一違うのは、こぼれる涙だろうか。

「キャプ…テン、キャプテン……ごめんなさい…インターハイ……
 連れていけなくて………」
池田のその言葉に、微笑んで首を横に振る。
「来年、OGのコーチとして付き添うから、連れて行ってもらわないと、ね」

福路の未来予想図に感情の限界を超え、号泣と称しても過言ではない
ほどに声を上げて池田は泣いた。しばし、涙の合唱が繰り広げられている
ところに、けたたましく扉を開け放つ音が場の空気を切り裂く。

「池田ァァァァァ!」

大仰な音の余韻に浸るドアの向こう、肩で息をするコーチの姿が
そこにあった。
まっすぐ池田にロックオンし、ツカツカと音を立てて近づく。
その姿、まるで雪崩のごとく勢いで……
「―――ヒッ!………コーチ……!」
トラウマにすら昇格されている鬼コーチの接近に身を強張らせ、
ガクガクと震えだした池田の肩を、福路はそっと抱く。そしてクスっと
微笑んで、池田に耳打ちする。

「…大丈夫よ」
「……えっ?」

一瞬、何を言われたか分からなくて、逃げるのが遅れた池田に対し、
恐怖の対象は右手を大上段に振り上げる。


ぽふ。

「……………………?」
恐る恐る目を開けた池田の目に飛び込んできたのは、今までに
見たこともないような、優しいコーチの表情だった。

「池田。お前は成長したな」
聞き慣れない言葉と共に、コーチは池田の頭を撫でる。
「あの絶望的な状況でも、自棄にならず、勝負を投げずに牙を剥いて
 闘牌を楽しんだ。それが出来ず、散漫になって振り込んで負けた
 去年のお前とは大違いだ。その姿勢、忘れるなよ」
言葉の締めでまた厳しい表情に戻り、きびすを返して控え室を出ていく。

「…コーチ、去り際に嬉しそうだったね」
「うん、あんな顔、初めて見た……」

コソコソと耳打ちし合う文堂と吉岡。その顔には安堵の色が宿っていた。

「華菜。コーチが怒っていたのはね? あなたのメンタルの弱さにだったの。
 でも今回でそれを乗り越えた。何が華菜を変えたのかしらね?」
「……きっと、多分。心が常に、キャプテンとつながっていたからだと
 思います。後半戦が始まる前、キャプテンが来てくれたこと。あれは
 本当に支えになったんです……そして、終わって、キャプテンに
 褒めてもらおうって強く強く願ってました」
ぴょこんと猫耳を生やして、福路の胸に顔をうずめた。
そんな池田の様子に対し、優しく頭を撫でることで応えた。
「ありがとう、華菜。私も、卓を囲んでるあなたのそばに寄り添ってる
 気持ちで見ていたんだからね…?」
池田の肩も、福路の肩も震え出す。心の奥の深い位置でつながっている
二人の魂が、さらに強く結ばれた瞬間だった。


メンバー全員で強固にした絆。これを以てすれば、来年の全国大会
県予選も灼熱の戦い必至だろう。

今はただ、心許したもの同士の胸の中で、闘いの疲れを癒す。
それは誰も、神すら咎めることは出来ない。絆以上の何かを形成して
しまったこの二人なのだから……。

ーENDー

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最終更新:2009年07月11日 16:20