793 :食べ残しはご馳走だ:2009/08/06(木) 20:27:41 ID:0idgt3oI
 食べ残しはご馳走だ


 龍門渕家にはメイドが何人か雇われている。
 そのほとんどが透華の独断によって選ばれたので、歳も高校二年生の透華に近い者ばかりだ。
 井上純もそのメイドの一人で、彼女は麻雀の腕を買われたついでに屋敷で働いてた。

「純、お水をちょうだい」
「へーい」
「返事は『はい』でしてよ」
 今は食事中。テーブルには高価な食器と美味しそうな料理が並ぶ。
 屋敷の食堂で、透華が残り少ない水が入ったグラスを見やる。
 叱られた純は、ぽりぽりと鼻の頭を掻く。
 背の高い彼女のメイド服姿は、髪が短いのもあって、少しミスマッチだった。執事と同じ服装の方が似合いそうだ。
 同僚の横柄な態度に、もう一人のメイドのはじめは苦笑いをした。
 純は銀製の水差しを礼儀正しく持って水を注いだ。
「はい、お嬢様」
「よろしい」
 言うことを聞いた純に満足し、透華はグラスを優雅に口へ運ぶ。
 水を一口飲んでグラスを置くと、口の汚れを拭いた。
「ごちそうさまですわ。片付けお願い」
「まだ残ってるぜ」
 純に言われ、透華はテーブルのお皿を見る。いくつかのお皿にまだ料理が残っていた。
「もう満腹ですの」
「もったいねーな。オレが食べていいか」
「はしたない真似はよしなさい」
「残すほうがオレはいけねーと思うけど」
 透華は言い返され、眉間にしわを寄せた。
 はじめは、主人に口答えする純を見てハラハラしていた。
 純は、主人を正面から見据えて一歩も引かない。
 結局、透華が折れた。彼女はわがままだが、人の話を聞かないわけではない。
「いいですわ。けど、ここで食べないように。見つからないようにするのよ」
「じゃあ、片付けるとするか」
 純はひょひょいとお皿を回収して食堂を出て行った。
 透華は聞き分けのないメイドに頭を痛ませ、もう一人の従順なメイドを見ようとした。
「……はじめは?」
 だが、そのメイドの姿も一緒に消えていた。
 透華は肩を落として「はあ……」と大きなため息を吐いた。


 純は食べ残しを片付けるべく、厨房の裏でお皿を広げた。食べ物を粗末にするのは純のポリシーに反する。
 その後ろに、はじめがそろそろと現れた。
 どういう訳か、はじめまで付いてきていた。はじめは透華専属のメイドだ。そうそう主人から離れる訳にはいかない。
「お前、透華のとこはいいのか」
「いや……よくはないんだけど、ボクも片付けるの手伝おうと思って」
「これぐらい余裕で食えるぞ」
「少しでいいんだ。その、お皿の……」
 はじめがちらちら見たのは、小皿に残されたスープだった。
 純は理由が分かってニヤリと笑った。

「これ、透華が直接食べてた皿だよな。それって間接――」
「――言わなくていいって! もう、分かってるならくれよ」

 純の言葉をかき消して、真っ赤な顔をするはじめ。はじめの目的は、純の言う通りだった。
 純ははじめの純情な所がおかしくて笑った。
「別にいいけど、こんなのいつでもできねーか。はじめは透華付きだからよ」
「できるけど、ボクはできないの! これはほら、透華が食べていいって言ったから……」
 はじめは隠れてやろうと思えばできるのに、透華が嫌がると思うとできなかった。
 そんな真面目なはじめを、純は感心し、そしてかわいいと思ってしまった。
 純は小皿をはじめの前に出した。
「ほれ、やるよ」
「う、うん」
 小皿を受け取ったはじめは、入っているスープをじっと見ていた。
 ついさっき、透華がこれを食べていた。スプーンを何度も口に付けて皿に入れていた。その光景を思い出して、生唾を飲み込んだ。

 純は小皿を前に動けないはじめを見て笑みを浮かべていた。彼女ははじめの行動を楽しんでいた。
「食べないのか」
「た、食べるって」
 はじめはスプーンを持ち、小皿のスープをすくった。
 興奮と背徳を感じながら、恐る恐る口に運ぶ。
 口を開け、スプーンの先端を口の中に入れた。
 スプーンを傾け、スープを口に注ぎ込む。
 流れ込んだスープが舌の上を滑り降りる。
 はじめは口を閉じ、スープを舌の上でころがした。
 口内に広がるスープの香りが、脳髄まで刺激するようだ。
 次々と分泌する甘い唾液で満たされ、はじめはある種の感動を覚えた。
 はじめの涙腺が緩む。
「おいしい……」
「おいおい泣くなよ」
 はじめはスプーンを唇に当てたまま、目尻に涙を光らせた。
 間接キスで泣く同僚を見て、純はやや呆れた。

「さーて、オレも食わねーとな」
 純がむしゃむしゃと残りを食べ始める。この調子だとすぐに食べ終えるだろう。
 対してはじめは、小皿のスープを少しずつ、大事に大事に胃に収めていた。




「はじめったら、どこで油を売ってるのかしら」
 食事を終えた透華は、自室でカリカリしていた。メイド二人に馬鹿にされた気分だ。
 腕を組んで、床を靴のつま先でトントンと叩く。
 はじめが戻ったのは、しばらくしてからだった。
 はじめが顔を赤くして部屋に入る。
「ごめん、透華」
「どこへ行ってましたの」
 はじめは答えようとして透華を見て、そのままある一点で視線が止まった。
 透華の唇をどうにも意識してしまう。あのきれいな唇の味を、どうしても思い出してしまう。
 はじめは、透華の唇の動きから目を離せなかった。
「どうして黙ってますの」
「――ご、ごめん、純と一緒に片付けてた」
 それを聞いた透華の眉がつり上がる。純には最初、「やめろ」と言ったのだ。
「あなたも食べましたの?」
「うん、透華の食べたスープ、純に取られたくなかったから」
「はあ?」
 意味不明な受け答えに、透華は品のない声を上げてしまった。
 はじめは気にすることなく、顔を赤くしてもじもじ答えた。

「だって、あのスープは透華の味がするんだよ。純になんてあげられないよ」

 透華の顔は瞬時に発火した。はじめの顔が正面から見えない。
「な、何を言ってますのっ」
「透華のスープ、おいしかった」
「やめなさいっ」
 はじめの大胆な発言で、透華の怒りはどこかへ飛んでいってしまった。
 この後、透華はしばらく、はじめの唇を何度も見てしまうのだった。


 終


純を書こうとしてたらいつのまにか一透にw

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2009年08月08日 14:41