648 :名無しさん@秘密の花園:2009/08/03(月) 21:47:39 ID:k8GNQVGU
自分で書いていて何をしたい変わらなくなった気もするけれど、龍門渕のみんなが仲良しならいいなーという話。

「あれ?なにしてるの、ともきー?」

望月の夜は深く眠れない。
それはやはり、あの夜の恐怖が蘇ってくるから。
衣とは随分と仲良くなれたし、彼女のことは大好きだけれど、そんな感情とは全く別のところで、僕はまだ彼女のことが少しだけ怖いんだ。
けれど、自然に流れていく時と、一歩ずつ一歩ずつ彼女の力へと近づこうとする努力が、いつの日かそれもなくしてくれるはず。
だから僕は、いつかこの怯えた心を払拭できるまでは、眠れない夜にはホットミルクを飲むんだ。
あの夜に透華がつくってくれたことを思いだして。

そういう訳で僕はキッチンでホットミルクをこさえると、いつも通りにソファーにでも座って心を落ち着かせようと思っていたんだ。
けれど、ふと気づくと、部屋に明かりがついている。
萩原さんが管理しているのだから、消し忘れなどということはまずないだろう。
つまりそれは僕以外に誰かが起きているということ。
よくよく見ると、確かに部屋にあった人影は、夜の帳のように漆黒で、そして長い髪をもっている。
龍門渕家には僕以外にも何人も住み込みのメイドがいるけれど、その誰にも当てはまらない。
この広い屋敷の中で、麗しい鴉の濡れ羽色をした長髪なのは彼女だけ。
だから僕は、躊躇わず彼女に声をかけた。

「聞こえなかった?おーい、ともきー。」

僕は存外に彼女のことが好きだ。むしろとても好きと言ったほうが語弊がないくらい。
いつも落ち着いていて、それでいて実に可愛らしい側面も持っている。
言葉数が少ないのは口下手だからなだけ。嫌われている訳じゃない。
それに僕は少しだけ彼女に憧れているんだ。
お淑やかな仕草とか…ほら、その…スタイルとかさ。

「気づいている。少し驚いただけ。」

少しだけうわずったような声。
いきなり声をかけちゃまずかったかな?
しかし珍しい。ともきーがこれぐらいで動じるなんて…。
その理由はすぐに分かった。不思議には思っていたんだ。
だって十分に広いはずのソファーなのに、ともきーは一番はじっこにポツンと座っているのだから。
ぐるっと迂回して、ソファーの正面へ向かうと、ともきーの頬が桜色に染まっている。
あぁ、そういうことか…。思わずびっくりしてカップを落とすとこだったけれど、なんとか落ち着いてそれをテーブルへと置く。

僕の早合点は、ともきーが一人でいると思い込んだこと。
まず、部屋中にカタカタというキーボードを叩く音が響いてないことに気がつくべきだったのだ。
ともきーお気に入りのノートパソコンには、ぐるぐると謎の幾何学模様。
それは、かなり長時間持ち主が触れていない証。
それも致し方ない。こんな状況じゃ、いくらともきーだってパソコンをいじっている場合じゃない。

はぁ…僕はこういったことには敏感な方だと思っていたのだけれど、どうやらそれは勘違いだったらしい。だってほら、こんなに近くのことにも気がつかない。
ともきーの膝の上、正確には太ももの上だと思うのだけれど便宜上こう称した方が相応しいそこには、間の抜けた顔で爆睡する純の姿があった。
いつもなら、くかーといびきをたてているくせに、そこは随分と心地がよいのか、ときおり頭の位置を直す以外は嘘みたいに大人しい。
そう思ったらいきなり、純はすりすりと気持ちよさそうに、ともきーの太ももに頬ずりを始めるのだからなぜだか無性にいらっとした。
純のヤツ、起きているんじゃないか?そうやって僕をからかっているの?
もうっ!それにともきーもともきーだよ!!なんで教えてくれないのさ。
僕はともきーのこと大事な大事な友達だと思っていたのに。
むっとした視線を送ると、ともきーは困ったようにもじもじとする。

どうして。どうしてそうしようと思ったかは分からない。
けれどなんとなく。それこそ、そうすることがそのときの僕にとっては自然であったかのように、僕はともきーの後ろへと回り込んだ。
背の低い僕だけれど、座ってさえいれば、さして長身の部類ではないともきーよりは頭一つ分目線が高い。

「ともきーはずるいなぁ。」

わざとらしく、少しだけ嫌味っぽく耳元で囁きながら、僕は彼女の首に腕をまわす。
さらさらとした黒髪が首筋をなぞってこそばゆい。

「ねぇ…いつからなのか教えてよ。全然気がつかなかった。」

だってほら。僕たちは友達じゃないか。
僕が透華と付き合い始めたときには、しっかりと君に教えたもの。
秘密も嘘もズルも僕は嫌だよ。

「三時間ほど前から。」

鏡がないから分からないけれど、鳩が豆鉄砲撃たれたみたいな顔というものが真に存在するのならば、多分僕はそんな顔をしていたんだろうと思う。
淡々と、けれど僕になら分かるぐらいには緊張した口調でともきーが告げたそれは、僕を驚かせるには十分すぎた。
きっと彼女も困っただろう。たった数時間前のことを伝えなかったぐらいで不機嫌になられたらたまらない。
ごめんね、と今更言うのもなんだか情けないような気がしたから、代わりに僕は、彼女の首にまわした腕に込める力をほんの少しだけ強めた。

「その割にはこなれてるね。」

すやすやと眠りこける純の頭をなんだか幸せそうに撫でるともきーには、あまり緊張とかそういった類の感情がみられない。
すごく落ち着いていて、まるでこことは別個の空間を…それこそ入り込めないような空間を形成しているようだ。
初々しさというよりは、なにかそうあることが当然であるような雰囲気をまとっている。

「月が欠けていないから。」

随分と抽象的な言葉だ。けれど僕になら分かる。

「満月は怖い?」
「少しだけ…。」

僕に透華がいたように、ともきーには純がいたんだ。
彼女たちは少しだけ衣に近いから。月が満ちることが怖い僕たちには随分と眩しい。
だから望月の夜には、僕が透華に縋ったように、ともきーの時は純と共にあったのだろう。
でもそれでも…

「衣のことは好き?」

さっきの問いの後では、少しヒドい言葉なのかもしれない。
けれどきっと彼女も僕と同じだと思うから。

「とても大切。」

ほら。やっぱり僕たちは似ている。
キミも彼女が怖くて、そして大好きなんだ。
だってそれは当たり前。衣はもう僕らにとっては家族だから。
いや、衣だけじゃない。少し歪かも知れないけれど、それでも僕はこの、透華の集めてくれたメンバーが大好きだ。
そしてたぶん、それは僕だけの気持ちじゃないと思う。ね、キミも同じ気持ちでしょう?
腕に感じる彼女の身体はやはり暖かくて、怯えた心は少しだけ消えたみたいだった。

Fin.


皆様GJです。
たしかこれで5作目くらい。龍門渕と鶴賀は家族みたいで好きです。

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最終更新:2009年08月08日 13:57