82 :4局-716:2009/07/25(土) 23:38:49 ID:ObAERP6E
前スレ711-716にて部キャプの大学生話を書いたものです。
今更ながら前スレ790(部長が打ち方でもめて特待で入った風越から出ていく話)の妄想話ができたので投稿。
当然部×キャプです。長さはレス3つ分。真中が長いのは仕様です。

 副将戦が終わると同時に、久は控室を出た。理由は単純。次は自分の出番だからだ。
(そうでなくても、あの空気はねえ)
 暗く沈んだ控え室を扉越しに見て、肩をすくめた。
 やれやれと会場へ向かう途中、廊下の向こうから副将戦を終えた、彼女が現れた。
 福路美穂子。久にとって色々な意味で特別な存在である彼女は、いつも通り右目を閉じている。
申し訳なさからか、久からわずかに目をそらしたまま歩み寄ってきた。
 久の目の前に来た美穂子は、顔を俯かせて、それでも閉じていた右目を開けて、久を上目遣いに見上げた。
「――ごめんなさい」
「何を謝ってるの?」
 穏やかに笑いながら、美穂子の頭を撫でる。その手から伝わる温もりの感情に、美穂子の両目が滲み始めた。
 泣かない泣かない、と久は美穂子の涙をぬぐい取り、
「美穂子は十分やったでしょ。副将戦だけ見れば、貴女は負けてないわよ」
「でも、勝ってもいないわ」
「十分よ」
 強い断定の口調に、美穂子はでも、と反論しようとして、口元に添えられた久の指に止められた。
思わず見つめた指の先、久は勝気な笑みを浮かべている。
「状況は良くないけれど、貴女のおかげで最悪にはなってない。私にも勝ちの目が残っているなら、十分なのよ」
 久の言葉に慰められ、安堵しそうになって、美穂子はぶんぶんと頭を振ってそれを追い出した。
(相変わらず頑固ね)
 嘆息した久は、強引に美穂子を抱きよせ、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「貴女は、私の期待に応えてくれたわよ」
「――っ。ありがとう」
 堰をきって涙をあふれさせる美穂子の背を、久は一度だけ静かに撫で、そっと身を離した。
無理やり涙をおさめた美穂子が、指で目に残る涙を拭いた。
「それじゃ、行ってくるわ」
 すれ違いざまに美穂子の肩をぽんと叩いていく久を、
「あ、待って、久」
 美穂子が引きとめる。「ん?」と振り向く久の頬を両手でおさえ、
「――――」
 唇を合わせた。
 呆気に取られたように立ち尽くす久に、美穂子は若干のおかしみを伴う笑みを返す。
「最後まで、見ているから」
 久は二色の瞳をじっと見つめて、口の端をわずかに押し上げた。
「最後まで、見ていなさい。きっと、貴女の期待に応えてみせるから」



「――――え?」
 告げた言葉に、小首をかしげながら混乱している美穂子。きょとん、という擬音そのままに、
開いた両目をぱちくりと無意味に瞬かせている。可愛い反応だなぁ、と久は変に感心した。
 大会を終えてから半月ほどたったある日、久は美穂子を部屋に招いていた。
 話があると招かれた美穂子は、内容を気にする以上に久の部屋に一人で行くという事実に緊張していたし、
実際に足を踏み入れてからも落ち着かない様子だった。
 足の低いテーブルを挟んで向かい合って座り、その様に内心苦笑しながら久が告げた内容に対するのが、
先の美穂子の呟きだった。
 久の言葉が続く。
「OGから非難囂々らしいのよね。大将があんな打ち方するから負けたんだって。
もとからコーチは私の打ち方気にいってなかったし」
「だからって――っ。試合に出さないなんて!」
 混乱した感情がそのまま爆発したように、美穂子は涙を流しながら怒気をたっぷりと含んだ声音を発した。
 美穂子の言葉は、少し正確さに欠けている。正確には、
『貴女がその打ち方を続ける限り、風越は貴女を表に出すことはない』
 久の打ち方――悪待ちをやめて普通に打つことで試合に出るか、悪待ちを通して試合から降りるか。
「ま、私の打ち方は外から色々言いやすいからね。とくに、期待虚しく負けた時にはね」
「久は、私の期待に応えてくれたわ」
 美穂子の思わぬ強い訂正に、久は一瞬虚をつかれ、すぐに嬉しそうに笑みをこぼした。
テーブルに両腕をのせて、気持ち前かがみになる。
「本当? あれだけ大口叩いといて、負けたのに?」
「口にしなきゃ分からない?」
 笑いながら、久は背を伸ばし両手をあげて降参の意を示す。
(閉じ忘れじゃないのね、って言ったら、怒るわよね)
 久の視線が向かうのは、開かれた美穂子の右の瞳。その視線を感じた美穂子は、
臆することなく右の目で久を正面から見据えた。
 共に思い出すのは、去年のこと。
 どちらが言ったのかすら忘れてしまった、けれどその内容だけは決して忘れられない一つの約束。
『美穂子が右目に映すのは、大切に思っているものだけ』
 以来美穂子は久と二人でいるときはどんな時でも右目を開いていた。
 そして、それは今この瞬間も変わらない。
「ありがとう、でいいのかしら?」
「当たり前のことに感謝もなにもないでしょう?」
 改めて感じる美穂子の全幅の信頼が照れくさくて、久はかすかに頬を染めて数瞬視線を外した。
その視線が戻るのを待って、美穂子が口を開いた。
「――それで、どうするの?」

 そうね、と呟いて、久は思案顔になって悩むそぶりを見せた。しばらく何を言おうか悩んだ後、
おもむろに美穂子に尋ねる。
「美穂子の信じる私なら、どうすると思う?」
 軽く聞こえる声音の中に隠れた深刻な響きを、美穂子は聞き逃さない。
 そもそも美穂子の信じる久は、このような時に人の意見を頼りにすることはない。だから、美穂子はすぐに悟る。
 久の結論は、それをためらう程度には、美穂子にとっていい結果を生まないものである、と。
「そうね――」
 久に負けじと深刻さを気楽さで覆い隠し、美穂子は素直な答えを返す。
「少なくとも、自分のやり方を変えることはないと思う」
 さらに続けて、
「そして、試合に出なくて満足することもない、と思う」
 軽い口調とは裏腹に、睨むぐらい強い意志をこめて久の目を見つめる。
 久は美穂子の目に気圧され少しのけぞった後、盛大に溜息をついた。
「本当に、貴女は誤魔化せないわ」
「貴女が素直すぎるんじゃない?」
 くすりと暖かく微笑むと、「とにかく」と久は声とともに前に乗り出し、強引に話を打ち切った。
そのままじっと美穂子を見据え、美穂子が聞く態勢をとるのを待ってから、言う。
「もう分かってるみたいだけれど、けじめとしてはっきり言っておくわね」
 久はそこで一拍間をあけて、美穂子への視線をさらに強くする。
「私は、ここを辞める。美穂子たちを置いて、特待生の看板を蹴って、私だけのために、ここを出ていくわ」
 言いきって、どんな反応も受け入れようと、美穂子を見る目をわずかなりとも揺らがせない。
 それから、数秒、数十秒。ただ見つめ合う時間を動かしたのは、美穂子だった。
「そう」
 嘆息し、すぅっと瞼を下ろして、一言だけ呟いた。
「そうって、それだけ?」
 拍子抜けした久が眉根を寄せる。しかし美穂子が目を閉じたことの意味を思い、
自分の決断にも拘らず眉根のしわを疑問から痛みへと変えた。
「それだけで十分よ」
 だって、と美穂子はそこで両目を静かに開き、久の痛みを溶かすように柔らかく微笑む。
「やっぱり、貴女は変わらずに私の大切な久なんだもの」
 久は、今日のために固めた自分の武装が消えていくのを感じた。残るのは、むき出しになった己の気持ち。
それが暖かな涙となって頬を滑り落ちていく。
 慌てて涙をぬぐっても、流れる涙は一向に止まらない。気づいた時にはテーブルを回った美穂子が隣にいて、
久の涙の跡をそっと撫でていた。
 涙で滲む視界の向こうで、美穂子の目まで潤んでいるのを見て、久は笑った。
「なんで貴女まで泣いてるのよ」
 すると美穂子は心外そうに唇を尖らせる。
「置いていかれるんだから、泣いたっていいじゃない」
 言葉に詰まる久に美穂子が笑うと、その動作で溜まった涙がこぼれた。
 互いに相手の泣き笑いが可笑しくて、くすくすと笑い続ける。
「――――ねえ、久」
「なに?」
「お願いがあるの」
「言って」
「あのね」
 美穂子は久の首に両腕を回し、唇を合わせ、耳元で願いを囁いた。
「私はここを任されたんだって、貴女に置いて行かれたんじゃなくて、信じて任されたんだって、
――そう、信じさせて」
 久は美穂子の背に腕をまわして、導くように抱き寄せた。
「信じさせてあげる。私がどこに行っても、貴女のことを信じてるって、――そう、信じさせてあげる」


 年が変わり、学年が変わった初夏。
 清澄の制服を身に包んだ久が、県予選会会場に足を踏み入れた。
 予定の集合場所で全員無事に集まり一息ついたところで、入口からざわめきが起こる。
(――来たわね)
 風越高校。県下随一の名門校、その先頭を歩むのは、微笑を常とする右目を閉じた少女――福路美穂子。
 視線が合う。立ち止まる彼女の向こう、見覚えのある顔が何人か。久を見て驚いた顔をしている。
 挑戦的に口の端をあげて、久は己の右目を指し示す。
(貴女の期待に、応えてあげたわよ)
 美穂子は、親しい人が見てやっと分かる程度に笑みを深くし、後ろにいるメンバーを促した。
 清澄と風越が交差する瞬間。久と美穂子が最も近づいた刹那。
 美穂子の右目が開き、久をその瞳に捕らえた。
 久がそれを認識した時には、美穂子は瞳を閉ざして久の後ろを歩いている。
「いいんか?」
 風越が去った後、久がどこから来たかを知っているまこが尋ねる。
「いいのよ」
 答えはもうもらったし。声に出さずにそう答えて、もう一つの答えを声に出した。
「これから風越も龍門渕も倒して全国に行くんだから。
そうしたらお祝いの言葉でも貰いに挨拶してもいいけれどね」
 さて、と区切りの言葉を発し、久は清澄のメンバーへと振り向いた。
「それじゃ、行きましょうか」

途中長すぎで怒られたので一つ増えました(^^;)。
以上これと合わせてレス6つ分お借りしました。キャプテンの右目の使い勝手のよさは異常。
これ以前の話とかこれ以降の話とかは別の誰かにお任せします。個人的にはここから前スレ942につながる展開を希望。
勝手ながらネタに使わせていただいた前スレ790氏に感謝します。

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最終更新:2009年08月03日 18:21