石原吉郎(詩文)

      狙撃者
暗い鏡のまえで
青銅の銃身を
しきりになめまわしていた
おお わかい狙撃者の
かがやいた その飢餓
それから――

夜を蹴おとした
昼を蹴おとした
火が投げられた
旗が踏まれた
招きもせぬ勇気が
ドアにもたれてはなだれてきた

旧い鏡のおくの
赤い光の輪のなかで
銃座は僕に そのときから
据えらえたままなのだ
銃口は
永遠にめざめている
そして引き金はもう
どこをさがしても
みあたらない




      オズワルドの葬儀
死んだというその事実から
不用意に重量を
取り除くな
独裁者の栄光とその死にも
われらはそのように
立会ったのだ
旗に掩われた独裁者の生涯は
独裁者の死と
いささかもかかわらぬ
遠雷と蜜蜂のおとずれへ向けて
ひとつの柩をかたむけるとき
死んだという事実のほか
どのような挿話も想起するな
犯罪と不幸の記憶から
われらがしっかりと
立ち去るために
ただその男を正確に埋葬し
死んだという事実だけを
いっぽんの樹のように
育てるのだ





      花であること
花であることでしか
拮抗できない外部というものが
なければならぬ
花へおしかぶさる重みを
花のかたちのまま
おしかえす
そのとき花であることは
もはや ひとつの宣言である
ひとつの花でしか
ありえぬ日々をこえて
花でしかついにありえぬために
花の周辺は的確にめざめ
花の輪郭は
鋼鉄のようでなければならぬ



      食事
すべて食事には
証人を立てねばならぬ
食事は単純な
契約であるから
食事を重ねるごとに
さらに証人を
加えねばならぬ
食事は完全な空白であり
空白であることの
余儀ない納得であり
納得することへのいわば
歯ぎしりであるのだから
さらに食事は
陰惨な継承であり
この世へ置きつづける
くらい根拠であり
哀切をきわめた
儀式であるのだから
いわばはるかな
慟哭のなか
わらうべき一切は
わらうべきその位置で
ささえねばならぬ



      待つ
憎むとは 待つことだ
きりきりと音のするまで
待ちつくすことだ
いちにちの霧と
いちにちの雨ののち
おれはわらい出す
たおれる壁のように
億千のなかの
ひとつの車輪をひき据えて
おれはわらい出す
たおれる馬のように
ひとつの生涯のように
ひとりの証人を待ちつくして
憎むとは
ついに怒りに到らぬことだ
最終更新:2016年08月10日 01:09