【そして牛を巡る冒険/奄美群島の旅】
第7話)牛を巡る冒険 ③ ― 激突
《旅行記|徳之島|闘牛|亀津|伊仙|なくさみ館》
島を周回するバス通りから500m程山側に入った辺りに、闘牛会場の「なくさみ館」はそびえ立っていた。銀色の鉄筋の屋根を持つ立派なドーム型スタジアムだ。
夕方6時半の戦闘開始を前に、島唄のコンサートが会場の雰囲気を高めている。
場内にはハチマキを絞めた農家のオッサンもいれば、ヴィトン(風?)のバックを抱えたお姉さんもいる。闘牛場には老若男女を問わず、島んちゅが大集合しているのであった。
今日は軽量級の試合が10番行われる。軽量級と言って侮ることなかれ。闘牛の階級は、ミニ軽量級(~750kg)/ 軽量級(~850kg)/ 中量級(~950kg)/ 無差別級(950kg~)と別れているが、軽量級でも体重750~850kgと1トン近い牛が激突するのだ。
華々しいフアンファーレとともに1頭の巨大な牛が入場してきた。筋骨隆々とした闘牛専用の牛の逞しさは、素人の僕が見ても分かる。
やや間をあけ、テーマソングとともに対戦相手の牛も登場。勢子(せこ)と呼ばれる囃し手の男たちが、それぞれの牛に声を掛け、野生の闘争心に火をつける。互いに相手を確認した牛たちは、ツノとツノを突き合わせ、激しくぶつかる。
ガチッ!!
1トン近い牛の激突は迫力満点。そしてがっぷり四つに組んだ牛は凄まじい力で押し相撲の体勢に入る。
牛たちの息づかいが荒くなる。巨大な牛の腹が呼吸に合わせ大きく揺れているのが観客席からでもよくわかる。苦しそうだ。
一瞬のスキを付いて片方の牛が回り込み、相手の脇腹を捕らえる。バランスを崩した牛は、相手に尻尾を向けてしまった。
こうなるともう勝負あり。一度相手に後ろ姿を見せてしまった牛は、急速に戦意を失い、スタコラサッサと逃げ出していく。その勝敗は素人でも明確に識別できる。
そして勝った方の牛の応援団は狂喜乱舞。
「ワイド、ワイド、ワイド、ワイド」
と、声を掛け合い、会場内になだれ込む。手舞いと呼ばれる勝利の踊りを舞い、勝ち牛の背中に次々と馬乗り(牛乗り?)になって、記念撮影に興じる。
こんな取り組みが10番続くのだが、対戦によって試合内容も様々だ。
中には試合が始まった途端、闘う気力すら見せず逃げ出す牛もいる。
その一方で、全力で闘い、全身の力を振り絞り、振り絞るあまり、ボタボタと"雲古"まで垂らして頑張る牛も少なくない。「フンばる」という言葉の語源はここから来ているのではないかと思ってしまった。
また、激しい衝突でツノが折れてしまうシーンもあり、流石にこれには驚愕してしまった。
そうこうするうち、結びの一番・軽量級の横綱戦を迎える。
チャンピオン牛の「仲興業」に対し、チャレンジャー「亮太號」が挑むという図式は、熱戦の末チャレンジャーが勝利。新チャンピオンの誕生だ。
勝った方の応援団の喜びようといったら言葉にならない。鐘や太鼓が鳴り響き、ステージに人がなだれ込む。紙吹雪が舞うなか、勝利の手舞いはいつまでも終ることがなかった。
- - - - - - - - - - - - - - - - - - -
前日の興奮が冷めやらぬまま、翌朝の大会を迎えた。今日はミニ軽量級と全島一(=無差別級)の大会だ。
そして昨日同様、激しい戦闘が繰り広げられ、いよいよ結びの一番、無差別級チャンピオンを決める大一番がやって来た。
元・中量級チャンピオン「邁進龍」と、元・全島一チャンピオン「牧山號」の対決だ。二階級制覇か、チャンピオン返り咲きか。場内アナウンスが会場のボルテージを一気に高めたところで、いざ対決。
さあ勝つのはどっちだ。会場が固唾を飲んで激突の瞬間を見守り、さあ、戦闘開始!! と思った矢先、想定外の出来事が起こった。
「邁進龍」の姿を見た「牧山號」。なんと、それだけでいきなり戦意喪失。
イヤイヤと首を振って、相手に少しも触れることなく、スタコラサッサと逃げ出してしまったのだ。
不戦勝である。
失笑に溢れる観客席と、落胆に暮れる負け牛の応援団。そして不戦勝だろうが何だろうが勝ちは勝ち。ドッと会場になだれ込む勝ち牛の応援団は勝利の歓喜に酔いしれる。
三者三様の喜怒哀楽をまぶたに焼付け、僕は闘牛会場を後にしたのであった。
最終更新:2016年08月24日 20:59