【やっぱりボラれた-ベトナム旅行記】
第9話)バスは進むよホイアンへ

||ベトナム旅行記|ハノイ|フエ|ホイアン||

フエからホイアンまではツアーバスで移動する。本来3ドルなのにハノイのホテルで10ドルで買ってしまったデラックスバスのはずだが、、、実際はかなりくたびれた韓国製の中古バスである。

満員の外国人旅行客を詰め込んでバスは朝8:00過ぎにフエの街を離れた。

15分ほど経ったであろうか。バスはのろのろと街はずれで停止した。運転手と助手が車の下にもぐり込み、なにやらエンジンのあたりを点検しだしたゾ。5分経つ、バスは動かない。10分経つ、まだ動かない。

そのうちバスの床下から、なにやらガンガン金槌を打つ音が聞こえ始めた。「何事だ」と乗客がぞろぞろ見物しに降りてくる。運転手と助手は床下でドロだらけになって、なにやらパーツを交換している。オイオイ大丈夫かぁ、このバス。

乗客も「これはすぐには修理できんな」と諦めたのか、近くの屋台でメシを食い始める者もちらほら。僕も煙草を一服しながら、バスの修理を眺めていた。なんかパイプから水が漏れているようだ。

しばらくすると不良品のパイプが外された。「これは部品交換だな」と誰もが思ったその瞬間、運転手は意外な行動に出る。

運転手はその辺に転がっていたビニール袋を亀裂の入ったパイプに巻き付け出した。続いて近くの自転車屋でゴムチューブを購入。はさみで開いてゴムテープを作り、それをまたぐるぐる巻いて補強する。さらにどこからか針金を調達し、固定。そんなんで修理完了かぁぁぁ、と思ったら本当にそれで終わりだった。

ウソみたいな修理を終えたパイプは、バス後方座席の床下に再び取りつけられた。あの~、そのパイプの真上って僕の座席なんだけど、、、

1時間後バスはやっと走り出した。はたしてこのバスで難所のハイヴァン峠を超えられるのだろうか?

途中ランコーという海辺の村の食堂で休憩する。ここはフエからホイアンへ向かうツアーバスとその逆のバスがともに立ち寄る。反対側から来た旅行者が「いやー峠で結構バスがエンコしてましたよ、ハハハ」などとのたまう。不安である。

ところでランコー村は、元ベトナム在住のKさんもお勧めの、落ち着いたいい感じの村であった。もう一日時間があればぜひ一泊したかったが、、、残念だが日程が足りなかった。 

そのランコー村を離れ、いよいよバスはハイヴァン峠の急な坂道に挑みだす。右に左に迂回する山道を上ってゆく。海ギリギリまで山が迫り、眺めがとてもすばらしい。が、ところどころで故障して動けなくなってるバスを見かける。やっぱり不安だわさ。

ハイヴァン峠
難所、ハイヴァン峠

ともかくバスは峠を上り切った。峠の上でまた休憩だ。すると少数民族の物売りたちがあれ買え、これ買えと集まってきた。ひとりの少年がやってきた。

 少年:「おまえ日本人だろ」
 僕 :「そうだよ」
 少年:「これは何ドルだ?」

少年は370円程の日本のコインを差し出すではないか。日本人観光客からもらったのだろう。

 少年:「3ドルくらいだろ、ドルと交換してくれ。日本のコインはベトナムでは交換でき
    ないんだ。お前なら国に帰って使えるだろ」

なんと、こんな子供なのにしっかりドル円レートを知っている。大したものである。

ふと、ここで僕はある実験を思いついてしまった。今日は2002年の1月3日。1月1日から事実上欧州以外では交換できなくなったあの仏フランを試してみよう!いったいどんな反応をしめすのだろうか?

 僕 :「仏フランでどうかな。」
 少年:「だーめだよ、そんなのもう使えないよ。」

おおお、この子供。仏フランが使えないことまで知っている。あっぱれである。いったい日本の子供でドル円レートを知っている子供が何人いるだろう、いや日本の大人ですら仏フランが使えないことを知らなかったりするのに。。。。

休憩が終わり、バスは峠を下る。麓はベトナム第3の街ダナンである。が、乗客の旅行者はほとんど下りない。みなホイアンを目指すのだ。

ダナンから程なくバスは最終目的地ホイアンに到着した。

(続く)


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最終更新:2016年08月19日 00:14