【奥林匹克・足球観戦記@人民国】
第8話)同一个夢

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8月16日。早くも人民国滞在の最終日となってしまった。上海スタジアムの準々決勝はオランダvsアルゼンチンに決定。キックオフが21:00と随分遅いが、スーパースターのメッシ(アルゼンチン)を生で見られると思うとワクワクする。

豫園
名所・豫園もオリンピック・デコレーション

夕方までは、豫園や新天地など市内の観光スポットをふらふらし、宿に戻りシャワーを浴びていざ最後の出陣である。

準々決勝はチケットが高い。例えばA席の正規料金の場合、予戦で150元(約2,300円)のものが、いきなり350元(約5,300円)に跳ね上がる。ダフ屋との交渉も気合を入れねば!と気持ちを引き締め、地下鉄に乗った。

上海は、中国を代表する都市だけあって、何もが別格である。街の見栄えも天津・瀋陽の何倍も垢抜けている。そのうえ地下鉄が発達しているので大変便利だ。スタジアムに地下鉄で行けるのはここだけだが、厳戒態勢中なのでいちいちリュックの中身をチェックされるのがかったるい。

駅を降りると、スタジアム周辺は解放軍兵士が20m間隔に直立不動でにらみを利かせていたが、彼らの足元にも、これまた20m間隔でペットボトルの水が置かれているのが微笑ましい。このクソ蒸し暑い中、本当にご苦労さまである。

さて、僕は解放軍の一人に「チケット売り場はどこか?」と英語で尋ねてみた。「?」と一見おっかない兵士が困った表情を見せる。「Ticket!」と何度も尋ねるが埒が明かない。「票」とメモ書きしてやっと意味が分かったようで、「Ticket!」と売り場の方向を指差した。兵士の顔は、まるでど忘れした英単語を思い出した中学生のように、満面の笑みを浮かべていた。

正規チケットが売り切れなのは百も承知である。今までの経験からダフ屋はチケット売り場のそばにいると分かっていたから、そこをまず探したのだ。

 「Do you want a ticket?」

おおさすが上海。ダフ屋も英語を話せるのか!と思ったら一般人であった。「僕たちも試合を観るんだけど、チケットが1枚余ってるから買わないか」という話である。見るとそれは150元のC席である。サッカーの席は、CとかDになるとゴール裏が相場で、試合展開が分かりづらいのが難点である。しかし、150元という値段は魅力的であったので、「OK」とうなずいて僕は150元を渡した。すると、

 「いや、200元だ。」

おい一般人民。50元の利益を乗せるのか!それはオリンピック精神に反しないか!
「同一个世界 同一个梦想(One World One Dream)」が北京オリンピックのテーマだろう。こらから始まるドリームマッチが、お前とオイラで値段が違ったら、「同一の夢」ではなくなるじゃないか!

「俺たちはこのチケットを買うのに3時間も炎天下に並んだのだよ。」と彼は言う。なるほど、その3時間をオイラは省略しているのだから、追加の50元は仕方がない、手を打とう。僕は彼らとチョットだけ違う夢を見ることにした。

上海スタジアム

彼らと一緒にスタジアムに入る。中は、オランダのオレンジシャツやアルゼンチンの水色ストライプを着たにわか人民サポーターであふれかえっていた。キックオフまでの時間を不気味な大会キャラクターやら美女ボランティアと写真を撮ったりして過ごす。

不気味マスコット
足を踏むな、不気味マスコットよ!

夜9時キックオフの試合は、期待どおりアルゼンチンのスーパースター、メッシの超高速ドリブルがオランダを切り裂き先制点をゲット。巨大スクリーンがVIP席のマラドーナの歓喜を映しだすと6万の大観衆がさらにドッどよめいた。

このまま1‐0で終了かと思われたが、オランダがラッキーな同点ゴールを決める。まずい!延長戦の予感。

 なぜ延長戦がまずいのか。

それは帰りの電車である。延長になれば、試合終了は11時半ごろ。地下鉄の大混雑が予想され、あぶれたら人民とのタクシーを巡る闘争に巻き込まれかねない。翌朝、早朝の便で帰国する僕にとって、今日確実に宿に戻ることは最重要課題なのだ。

ええい、アルゼンチンよ。さっさと勝ち越してくれ!の願いも虚しく、ゲームは延長戦に突入した。延長前半アルゼンチンが加点、こうなれば後半終了まで見届けたいところだが、「じゃ、俺たち帰るから」とチケットを僕に売った一般人民もスタジアムを後にした。

最後まで見届けたい、でも宿にも帰りたい。残念ながらここC席は3階席だ。3階と言っても、スタジアムの3階席はビルなら10階分に相当する。この階段を下りなければならないのだ。終了5分前、僕は席を立った。スタジアムの階段を下りる途中、歓声が上がるたび何が起こったのか気が気でなかったが、スタジアム出口が混雑する前に地下鉄に飛び乗れた。

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スタジアムの熱狂とは打って変わって、宿の前の南京路は人通りもまばらだった。上海一の繁華街も、この時間はうら寂しい。駅から宿まで暗くなった夜道を小走りに駆ける。

 おや?

通りの軒下には、そこかしこにホームレスたちが寝ている。オリンピック開催都市の別の一面がそこにはあった。

「同一个世界 同一个梦想(One World One Dream)」

華やかに打ち上げたテーマの陰で、同じ国のなかですら人々と同じ夢を見ることができずに眠る人民たちが、そこにはいた。

(劇終)


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最終更新:2016年08月27日 08:38