第9話

あなたはこの物語が希望に届く物語だと考えているかもしれない。
それでもパレードが祭りのフィナーレを飾るとは限らないように。
それでも人よ、せめてもの派手な宴を望む咎人よ。
さらばおおせのままに、絶望の宴をひろげて差し上げよう。
まずはその幕を。


第9話 カーニバルを要す


戦い終わって一段落。
それはつまり次の戦いへ向けての、親交の儀式の時間を意味している。
円山が核鉄による治癒回復を実行しつつ、物陰から現れた一人の少女に声をかけた。
「やっぱり、アナタのくれた情報そのものからして罠だったのね」
その言葉はガスマスクの少女に向けられていた。
「はい、本当にごめんなさい」
戦士・毒島がふかぶかと頭を下げる。
今回、毒島が剛太たちに頼まれた任務は再殺部隊の誘導までであった。戦闘そのものには参加しなかったのは、“いなくてもいい”と剛太たちが判断したことに因る。勿論、毒島の武装錬金なら待ち伏せが可能だったが、それでは再殺部隊が死んでしまうからだ。毒島の武装錬金は、火渡のような「毒ガスを焼き払える」武装錬金でもない限り、そう易々と戦闘には使用できないルール。
しかしながらそれでも、再殺部隊がこんな山中に集ったのは、やはり毒島が千歳の協力の下で流した偽情報による功績である。まさか毒島が火渡のコトで嘘を話すとは思えなかった再殺部隊が、その偽情報にまんまとひっかかっるのも已む無しであろう。
「わざわざ戦士・千歳と一緒に来てくれた情報なものだからね、見事に騙されちゃったわ」
円山がそう言って嘲る。犬飼や根来も同じ気持ちであった。
「そういえば戦士・千歳がこの場にはいないわね。彼女はどうしたのかしら?」
「あの人はなるべくブラボーから目を離したくないみたいでな。あの人も協力は惜しまないが、できることは俺たちだけでやれって感じのスタンスっぽいと思う」
剛太が憶測を存分に加味しながら、千歳がこの場にいないことを再殺部隊に説明した。要するに戦士・千歳はひととおり毒島に協力した後、再び別行動を取る道を選んだということらしい。つまりそれもまた、彼女もひとつの戦う意志を携えてひとつの覚悟を決めた戦士であったということだ。
「ていうか、戦士・戦部さんにも御前様を経由してある程度のお話はつけていたんですけどね」
「なっ!」
さりげなくボソっと言った桜花の問題発言にリラックスムードだった犬飼や円山が大きく反応した。二人して空を殴りつける音すら響きそうな速度で戦部の方へ顔を向ける。
「確かにオレはひととおり話を聞かされてはいた。腕づくで従えてやるから勝負しろ、なんて言うものだから、こちらもそれには応えねばなるまいて」
戦部が豪快に笑いながら悪びれなく言ってのける。それを見て呆れたような素振りを円山が見せた。
「ホムンクルス撃破数最多を誇る記録保持者にまでケンカを売るだなんて、本当にいい度胸してるじゃないの」
「戦部さんがいなければ、犬飼さんを倒す算段がつかなかったんですよ。武藤クンと剛太君がやった戦法と同じやり方が通じるとは思えませんでしたし」
そういって桜花はあくまでも慈愛に満ちた笑顔で犬飼に優しく微笑んだ。なんという腹黒、これには流石の再殺部隊もびっくりだ。そこまでの高評価をされては、犬飼とてまんまとよい気分に浸ってしまいますね、そうですね。
気かつけば戦部の豪快な声と桜花の優しい(そして腹黒い)微笑みが、なんともいえない空気をこの場につくり出していた。その居心地は全ての者にとって、そうは悪くない。
「まあ確かにここまで酷い目にあわされるとは予想していなかったな」
一通り笑い終えた後、戦部はそう言って身を翻し席を立った。
「弁当もないし、オレはいったん戦団へ帰還するぞ。だが約束だ。何かあれば直ぐにでも馳せ参じるから心配するな」
「まあまあ、勝手な人ねえ。自由奔放というべきかしら」
弁当については何も知らない円山が言う。しかし今の戦部は度重なる自動修復により、実は結構いっぱいいっぱいだったりであった。
「…ああいう男だ」
戦部が弁当を食っている間中ずっと潜っていたこともある根来が言う。戦部は自分勝手だから去ったのではない。ただ、彼が戦う為にはどうしてもセレモニーが必要だったのだ。この先に必ず待ち受ける祭を存分に味わうための儀式が―――。
御前様がホムンクルスを喰っている戦部を思い出し、ちょろっと粗相をしたのやら、しなかったのやら。

戦闘終わって、誰もがこれから攻勢に出られると考えていた。
後手後手にまわっていてはいけない。先手を取らなければいけない。
ならばここからが剛太たちのターン、反撃の態勢が整ったと言っていいだろう。
まず毒島や犬飼、それに桜花の情報網を駆使して火渡の行方不明になるまでの行動をあぶり出し、意地でも居場所を嗅ぎ出すのが最善の一手だろう。嗅ぎ出した火渡の現所在地にヴィクトリアやムーンフェイスがいればその場で即決戦、いなくてもそこに残された残り香を追えばきっと黒幕には辿り着けるという算段。
いや、辿り着くんだなんとしても。絶対に。それが戦士の覚悟というものだ。
最悪をねじ伏せる意志、最悪を決めつけない覚悟、信念。

だが、戦士たちは理解と把握が足りなかった。
一見、錬金の戦士とホムンクルスの一大総力戦に思えるこの戦争も、きっかけを辿れば一人の少女が行動を起こしたからによるものに過ぎない。だから、ヴィクトリア・パワードが些細な気まぐれ一つを起こすだけで、戦争は彼女の小さい掌から零し捨てられる。なぜなら彼女の行動は、決して野望や野心といったものから来ていないのだから。
だからだろう。
理解と把握に欠けた戦士たちは、これから起こる思いもよらぬ事件により完全に後手の立場を決定される事になる。

きっかけはヴイクトリア。要石はムーンフェイス。
どちらへ行きますか、お月様。
どこへ行くんですか、お月様。
あなたたちはどこへ向かおうとしているのですか。

空を見上げて。
「むーん、どうやら戦争はキミの狙い通りに進んでいるようだよ」
全世界で繰り広げられるホムンクルス対錬金戦団の戦い。徐々に戦団が押している傾向にあるが、それは同時にホムンクルスが持ちこたえているとも言える状況だった。武装錬金はホムンクルスにとって殺す風となりうるが、同時にホムンクルスは人間にとって殺す嵐である。互いが表社会から隔絶しておきたい秘密裏の存在による、繰り広げられるは闇の戦争。長期戦は、始まる前から必至だった。
ヴィクトリアは笑いもせずに、ムーンフェイスに応える。
「…そう。それはなによりね」
そしてまた、二人の間を隙間風だけが吹き抜ける。
ヴィクトリアは数日間をこの月と行動を共にして理解したことがあった。――ムーンフェイスは、決して“パパ”の友達なんかじゃあないという事。…錬金術師、それ以上でも以下でもない冷酷で冷徹な、あの時代ならどこにでもいた錬金術師。
「最近、あなたは部屋に引きこもって何かをしているみたいだけど、一体何をしているのかしら?」
「珍しいね、キミから私に話題を振るなんて。まあいいさ、別に隠すこともない。ちょっと核鉄が足りないから、それを補充するための“戦力”を作っているのさ。研究もかねて、ね」
ヴィクトリアによる不快感を露骨に示しながらの探りに対し、ムーンフェイスが嫌みたらしい大人の貫録をわざとらしく晒しながら答えた。ヴィクトリアはさらなる嫌悪感を憎悪として強めることになった。
―――まだ不幸を見物し足りないのだろうか、この月は。
目的のためとはいえ、どうにも厭な手段と手を組んでしまったらしいと改めて自覚させられる。
「あなたが何をやりたいかはなんとなくわかってきたわ。反吐が出るわね、ホムンクルス」
「それはお互い様さ。キミだって自分のちっぽけな目的のために、たくさんのホムンクルスと人間を死に追いやろうとしているのだからね。ホムンクルス」
うるさいうるさいうるさい。
あなたに何がわかるというのか人でなしのホムンクルスよ。いつだって見ているだけのお月様気取り。ヴィクトリアにとって、ホムンクルスがどうなろうと知ったことではないのだ。
その今宵、ヴィクトリア率いるムーンフェイスとホムンクルスの“小隊”がとある場所を襲撃を開始する。

あなたはこの物語が希望に届く物語だと考えているかもしれない。
だけど希望とは絶望を抱えている人にだけ射す光だ。
その光は遥か遠くて、手を伸ばすだけじゃ決して届かない。
だからだろう、この物語では決して希望には届かない物語。
でもそれでも手を伸ばす物語なのである。
苦しくてても悲しくても絶望しながらも、それでも喜劇を演じようじゃないか。
結末はきっと誰にもやさしいものだから。
さあ顔を上げて、月の導く方へ。
お月様お月様。
どこへ行くんですか。

ちょっと病院まで。






それぞれの思惑ほとばしり、それぞれの思惑駆け駆け巡る。
その思惑の全てが戦いを呼び起こすのだろう。
全てが再び、廻り始める。巡り巡って、巡り合う。
月が、新たなモンスターを呼び起こそうと動き出していた。
自身本来の核鉄を求めて。
52番の核鉄をそえて。

そのカウントダウンもまた、既に始まっている。





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最終更新:2010年04月26日 21:37
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