第5話

手を繋ぐ行為は未来を繋ぐ行為に似ている。
立ち上がる意志は誰にも否定出来やしない。


第5話 THE ANOTHER SECOND,and THIRD


カラカラと風が吹く。
聖サンジェルマン病院の階段踊り場。剛太は斗貴子にここまで付き添った後、帰るわけでもなく俯き座りこんでいた。
中村剛太は心を振り返る。
最初の任務、始まりが終わり、終わりが始まった日。―――『中村剛太。今夏より晴れて、先輩と同じ錬金の戦士です!』。思い出すのもどこか辛い、笑っていた自分。希望と期待と願いに満ちた笑顔。思えば、あの日を最後に、だった。
あの日以来のいつだって、あんなふうに晴れやかには笑えてない。笑顔を失った「先輩」を見ていて、それに気がついた。
あの夜、任務に失敗した。その後、火渡戦士長に立ちふさがって敗走した。先輩や武藤の逃避行に付き合って、再殺部隊と死闘を繰り返し、火渡戦士長の炎で死ぬところだった。ブラボーが守ってくれた。逃避行の果て、ニュートンアップル女学院で真実を知った。そして海上でのヴィクターとの戦いの中で、決して許すわけにはいかない武藤の決断を目の当たりにした。
最近剛太は時々思う。あの日、初めての任務、「先輩」の足止めに成功して、そして武藤カズキの再殺で全てが終わっていたら、どうなっていただろう。
どうしても考えてしまう。そのままブラボーと「先輩」と、共に錬金の戦士として戦っていたのだろうか。きっとそれは彼が戦士として望んでいた世界かもしれない。でも、そんな世界になりえなかった事を今の剛太は理解していた。
きっと「先輩」は、今以上に笑顔を失うことになっていただろうって、それだけじゃすまない。「先輩」はきっと自分で自分に始末をつけていたに違いない。ブラボーの覚悟も、死を天秤の両翼に掛けて武藤カズキの再殺に臨んでいたものだった。やはり“居なくなっていた”だろう。
剛太が直面する結果論。結果、共に闘う仲間はいないだろう過程の未来という現代(いま)。
武藤カズキが命を簡単に諦めていたらの未来、きっと剛太は戦う目的もなくホムンクルスの死を撒き散らす存在になっていただろう。何も疑問を持つこともなく、ただ抜け殻のように。そしてどこかで死ぬ。
「…ハ。ハハ。ハハハ…」
その世界はきっと、今よりはるかに抜け殻の未来だ。

でも世界はそうはならなかった。たとえそれがこの様だとしても、だ。
気がつけば、共に戦う仲間は「先輩」と「武藤」だった。三人一緒はとても辛かった、そう思っていた時期もあった。だけどどうしてだろう。
あの日から―――。
あの日から今日まで本当にいろいろあったけど、今はもう楽しかったコトしか思い出せない。
楽しかったコトしか―――。
誰もまさかこんなコトになるなんて、夢にも思わなかった。一人になってしまった…。 もう多分これから先三人で戦うコトは…。

「立てー!!!!ゴーチン!!!!!!」
病院では大きな声を出さないでください。でも、出さずにはいられなかった、見ていられなかったから!
「…御前……、様?」
驚きを見せる剛太の前に、桜花が立っていた。付き合いは長くないかもしれないが、それでも見ていれば剛太の気持ちは桜花にもすぐにわかった。辛いほどに。痛いほどに。それでも彼女を想い慕う剛太の気持ちに、武藤クンとは違う優しさを見た。
「コンバンワ、剛太君」
早坂秋水と桜花が剛太の前に立っていた。あのファイナルから何回か顔を合わせたが、正直言ってこの二人と顔を合わせるのは辛い。武藤を思い出す。武藤と「先輩」を思い出してしまう。
あの日、武藤が言っていた「元・信奉者」の仲間。
正直言って、合わせる顔が、わからないのだ。俯いたままの剛太に、桜花はそっと微笑むと口を開いた。
「大戦士長・坂口照星から、任務を言付かっています」
「…ッ………」
―――なんでオレを?わざわざ任務を伝達に使える人間が二人もいるのなら、その二人にさせればいいじゃないか。 先輩がいない。武藤もいない。プラボーは倒れた。オレにはもう共に戦ってくれるような仲間はいないんだぞ。
「…世界中のホムンクルスがね、一斉蜂起をしたようなの」
「ッ!!!!!?」
さらっととんでもないことを告げる桜花に対し、俯いていた剛太が顔を上げる
そんな剛太に桜花は優しく微笑み、そして言葉を続けた。
「大戦士長・坂口照星からの命令をそのまま伝えるわ。戦士・剛太、あなたに任務を与えます。任務は今回の一件の首謀者と思われる、ムーンフェイスとヴィクトリア・パワードの捜索、および制圧。そして、現在行方不明の火渡戦士長の捜索と救出」
「なっ!?」
怪訝そうな顔をする剛太の為に、秋水が口を挟む。
「世界中で一斉蜂起したコミューン、その全てで先日戦団を脱走したムーンフェイスが確認されている。さらにヴィクトリア・パワードが不審な動きをしているのを姉さんが確認済みだ。二人にはヴィクターという接点がある。故に今回の戦争の中心に二人が居るのは間違い無いと見たのが大戦士長の判断だ」
「いや!そうじゃなくて!!どうしてオレなんかがそんな重要な任務に!?」
困惑を隠せない剛太に苦笑いを向けながら、桜花が説明を続ける。
「現在の戦団は、世界中で蜂起しているホムンクルスの制圧を主力作戦と考えているの。大戦士長も“大事な決戦に命令遵守出来ない未熟者は連れて行く訳には行きません”。“それに今は人手不足ですから、人材は適材適所に活用しませんと”、って」
錬金術の世界は徹底的に秘匿されなければいけない。錬金術がそんな簡単にみんなを幸せにしたりはしないのだから。しかしまったく、どこかで自分が言ったことをしれっと再度使い古してくれる人もいたものである。
「それこそなんでオレが!!」
剛太の当然の疑問。未熟者と呼ばれた人間に与えられるには重大すぎる過ぎた任務だ。戦況を左右する、未来が双肩にかかる重すぎる責務。だが桜花は、そんな大戦士長の真意を理解していた。静かに微笑みを向けて、優しい声を作る。
「今言ったのは、きっと大戦士長なりの建前なのよ。こっそりと毒島さんが教えてくれたわ。今回の任務は、キャプテン・ブラボー直々の推薦があったからだって」
現在行方不明となっている再殺部隊の面々。だが戦士長・火渡の行方不明を知って、すぐに帰ってきた者もいた。それが毒島だった。そしてブラボー。戦えない体になってしまったブラボー。
「あなたには、“私達のリーダーとして”、ひとつの権限が与えられているわ。“手の空いている戦士”なら部下として何人でも選抜していいって。」
「…え?!いや、ていうかまずリーダーってどういうことだよ??」
さっきから剛太は質問してばっかりである。そんな剛太をクスクスと笑いながら、桜花が言葉をそのまま繰り返す。段々とこちらのペースに引きこめてきたぞ、と微笑みは呟く。秋水も真っすぐ剛太を見据えていた。
「剛太君が、私達のリーダーってコト。秋水クンはまだ戦士になってあなたよりも日が浅いし、私にいたっては戦士と呼ぶには微妙な立場だったりするもの。――私たちもあなたと同じ任務を受けているの」
「元・信奉者の人間と組みたくない、一人でやるというのなら止めはしない。だが、それでもどうか、俺達も一緒に戦わせてもらいたい」
―――何もかもが、突然すぎる。誰か時間をくれよ。考える時間を、決断する時間を。
「立ち上がりなさい、中村剛太」
再び顔を伏せようとする剛太に対し、ぴしゃりと桜花が冷たい声を発した。
「傍に居るばかりが、誰かを守る手段ではありません。あなたが津村さんを想う気持ちはわかります。それでも、狭い世界に閉じこもっているだけじゃ、駄目なんです。武藤クンが救おうとした、救ってくれた世界はそうじゃなかったハズです。彼が救いたかった世界は、こんなみんなが苦しんだり悲しんだりしている世界じゃなかったハズ。武藤クンは、誰よりも何よりもどんなにも苦しくても、それでもいつでも歯を食いしばり笑っていたわ。だから私たちも、どんなに苦しくたって笑うコトができるの、笑っていなきゃいけないの。だから私も武藤クンの為に今は笑顔を作るわ。でも剛太君にそうしろと言うつもりはない、あなたはあなたの一番大切な人を想って笑いなさい。その人が笑っていない今だからこそ、笑いなさい。……もう一度言います。立ち上がりなさい、中村剛太。あなたが俯いていても、津村さんは決して笑ったりしませんよ」
それはまるでとても冷たい言葉かのように、桜花の口から静かに零れ落ちた。
風をざわつかせる響きはいつだって冷たさを孕み、古傷に触る。それでも、痛みを与えてでも背中を押さなければいけない時があるから。憎まれ役を演じる覚悟を持ってでも、今は優しくない言葉に優しさを込めて。
剛太は、口を少しだけ歪めていた。目はまだ笑わないが、それでもなにかが熱くなっていることを理解する。受け止める。
「…なんだよ、あんた。随分と二面性があるんだな」
「“自分達が一番不幸だと思っているなら別にそれで構わない。だが、人に不幸を振り撒く真似は絶対に許さない”。…これは、津村が俺たちに言った言葉だ。立ち上がろう、中村。俺たちにはまだ、不幸だと思う前にできるコトがあるハズだ」
「先輩……。」

あの日から今日まで、全てのものに背を向けて先輩だけを考えてきた。
それでいいと考えてきた。それが信念なんだと思うようにしてきた。
彼の世界は広がっていった。そして、戦友ができた。
だが最後には全てが壊れてしまった、それが今だとずっと思ってきた。
でも違うんだ。違うんだ。それは違っていたんだ。

キミにもいつか、戦う目的が出来る時が訪れるかも知れない。
どうしても倒さねばならない存在が現れた時―――、
どうしても守りたい存在が出来た時―――。
その時自分の非力に涙しない様。
キミは今ここで強くなっておけ。

さぁ、立ち上がろう剛太。

戦うべきは、まさに今。先輩が戦えない今、武藤のいない今だからこそ、剛太は戦おうと思う。大切なひとの“代わり”に、戦おう。だからきっと、熱くなっていたのは鼓動。今はまだ、きっとピリオドには早すぎるから。
「……斗貴子、先輩………」
閉じつつあった扉は、ゆっくりと開かれる。
いつもぶらんと垂れ下がっていた剛太の手に、優しく二つの手が差し伸べられた。
「ハハ…、なんだよ。…一人で立ち上がれるさ」
剛太はそう言うと両手を膝に当て、立ち上がった。
それを見ながら、優しく早坂桜花は微笑む。
「あらあら」
新しい仲間、それは新しい世界。顔を上げてしっかりと見据えなきゃ、『もったいないってもんだよな』!
彼は確実に、強くなっていた。戦士としても、少年としても。ただ、これまでそれに気づけていなかっただけ。 気づく機会がなかっただけ。
剛太は顔を上げて、桜花に前向きな質問をする。
「しかしこれからどうするんだ?どこに居るかも知れない敵を探すのは大変だぞ」
「それについてはアテがひとつあるわ」
そう、とびっきりの奇兵の手が空いているんだ。

世界は確実に夜明けに近づいていた。
今はまだ速度も遅く、光も希かに過ぎないが。
手探りでも前へ進んでいこう。遠い夜明けをめがけて、光よ差せ。

一人じゃない。
仲間がいて、それがきっと守りたい人たちになる。
守りたいモノが同じならきっと必ず、戦友になれる!
「どうする?ゴーチン」
「決まっている」
「そうだな」
「行く?」
「行こうか」
幕間劇は続く。
次はなにをはじめようか。そんなのは今しがた決定した。

力づくで、従える!
頑張れ!!!









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最終更新:2010年04月25日 21:40
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