第6話

少年がタチアガル幕間。
少年に伝えられた願いの伝わる過程。
心の推移と決意が固まるまでの筋道。
あなたの心へ届け、彼らの選ぶ道の意味。
力づくが切り開く未来と、立ちふさがる壁を。
乗り越える覚悟を見せよ。


第6話 エモーション・シフト


少し話は前後して。
早坂姉弟は大戦士長・坂口照星の前に立っていた。
坂口照星が口を開き、当たり前のことを口にする。
「あなた達に任務を与えます」
世界がピリオドに向けた動乱を始めた時、(既に語られた)与えられた任務があった。今回の一件の首謀者と思われるムーンフェイスとヴィクトリア・パワードの捜索、および制圧。そして、現在行方不明の火渡戦士長の捜索と救出。
“救出”という言葉に桜花は少し反応するが口にはしない。既に命を落としているとは考えないのか、それとも生きているという確信でもあるのだろうか、とは言葉にしない。それに、気休め程度にしかならないのかもしれないが、「捜索」という言葉は「死体を捜して来い」なんて言葉よりもはるかにやる気の出る言葉であることも確かであろう。
桜花は自身の任務を、救出という言葉で固定した。
傍らで秋水が口を開く。
「オレ達二人だけでそんな重要任務を?」
確かに秋水の言葉通りだ。回せる人間が少ないとは言え、やはり多少無理がある気がしなくもない。坂口大戦士長も、当然の質問だと頷き応える。
「いえ、あなたがたは戦士・中村の下で任務についてもらおうと思っています」
ナカムラゴウタ。武藤カズキの戦友にして、津村斗貴子の後輩。御前様ごしにだが、桜花は大体の立場を把握している。既に何回か顔を合わせたこともある反面、“その程度”とも言える関係だ。
この任務は防人の推薦でもある。それはとある三人のお話によるもの。ある任務の失敗で顔を合わせ辛くなった三人が、数年後にある任務の中で行動を共にするもうまくいかず、果ては危うく殺し合いにまで発展しかけた、そんな照星部隊のお話。決して仲が良かった三人ではなかったかもしれないが、時間というものは溝を埋めるどころか距離を隔てる助けとなる結果になってしまった物語。
坂口照星は願う。目の前にいるこの子供たちが彼らのようになるとは限らない。が、心の傷というものは確実に人間関係に支障を及ぼすものだ。それを癒せるのは仲間しかいないというのに、傷を負った人たちはそれぞれ距離をとりたがる。
それは、その事を既に経験として感じていたブラボーだからこそのこの推薦であった。どんな任務であれ武藤カズキに関わりあった者達を遠ざけてはいけないと彼は考えた。ひとつの別れをきっかけに、一生の別れが連鎖して起こってしまうかもしれないのだから。
人を避けてはいけない。人とは出会わなければいけない。つながりを切ってはいけないんだ。
それはささやかな願いかもしれない。だが、同じ傷を知っているからこそ支えられるものもある。だから、ブラボーは坂口大戦士長に推薦をした。“武藤カズキに関わったものを同じ任務につかせてはどうか”、と。
「あなた達には、戦士・中村をリーダーとしてしっかりとたててもらいたい。戦士・中村はホムンクルスに家族を皆殺しにされたことをきっかけに、戦士になる道を選んだと聞いています。その真意がどこにあれ、今の彼がこのまま“戦士であることを手放してしまえば”、それは何より戦士・中村のためには決してならない。それが防人の気持ちのようです」
それは、言う坂口照星よりも御前様を通して剛太を見てきた桜花の方がむしろ理解できた。
剛太の津村斗貴子への想い、武藤カズキとの出会い。もともと剛太がホムンクルスに格別な憎しみを描いていないことは、あっさりとパピヨンと喋れていた事からも明らかだった。今の彼はともかく、今後の彼を錬金戦団につなぎとめるモノなどは、もう無いのかもしれない。もしもこのまま津村斗貴子が立ち直ることできなかったならば尚更だろう。
だが、もしも彼が「戦士」であることを投げ出したとして、彼に何が残るだろうか。何も残らない気がする。
最悪の場合は想定すれば止まらない。それはつまり最悪があり得るからこそ膨らむ想像なのだろう。無論、剛太がそこまで折れてしまっているとは限らない。だが、どんなに強い人間でも傷を負えば弱くなるのだ。それも信じられないほどに。
「ナカムラゴウタ、ね」
「まずは立ち上がってもらう必要がある、か」
そんな独り言もチラホラ漏れる中で、もう少しの間坂口照星の話は続いた。
そしてその時に早坂姉弟に大戦士長から紹介された戦士が、毒島華花であった。

毒島華花は戦士長・火渡の行方不明に気づいた最初の人間だった。
そして現在、行方不明とされている再殺部隊の中で、唯一帰還した戦士でもある。
故に少し話を再殺部隊にシフトしよう。

―――殺すぞ。
その言葉が再殺部隊を縛っていた。それが絆だった。
力づくでも従えてくれる者がいたことが彼らにとっては何よりも幸いであったとも言える。それはとても不幸的な幸い。
あなたにとって再殺部隊の評価はいかほどだろうか。思うに自惚れる者ほど、再殺部隊の面々を甘く見がちになると言える。彼らの性格が、もしくその武装錬金の特性そのものが団体行動には向かないからと誰もが、彼らを想像以上に過小評価させていた。だがそれでも、それこそが彼らの本質を示すのだろう。
戦力としては優れているものの、性格・性質に難があって正規兵として主力作戦にはとても組み込めない――、そういう戦士達を力づくで従えさせられる戦士長の下に集結させた。それが再殺部隊!
だが、推理すればたやすくたどりつく答え。当然、そんな彼らには優先して与えられる任務などあるはずがなかったということ。唯一千歳に関してはある程度の“需要”が存在していただろうが、それでもあまり任務を与えられることは無かったとの推測は容易い。最大100kgまでというヘルメスドライブの制限は戦士を運ぶのにはあまりにも軽く、また「戦えない戦士」という立場も大きなネックであったからに違いないだろう。戦部にしても過ぎた単独行動とその扱いづらい性格が、やはり避けられる状態を作っていた。
彼らはそうしたことを自覚していたに違いない。自分たちに優先して任務が与えられることなんてそうは無いと。だから、彼らにはすべきことを行う待機時間があったのだ。

六号・犬飼。
五号・根来。
四号・円山。
三号・戦部。
二号・毒島。
一号・千歳。
以上、六名。

この六名は「武藤カズキ」の一件以降、それぞれ色々と考える出来事が多く発生した。そして彼らはそれぞれ行方不明となったのである。それは火渡戦士長の行方不明とは大きく意味が違うものである。彼らは自らの意志と信念を携えて、行方をくらましたのだ。

それぞれが思い出す。
―――オレ達はみんな錬金の戦士。敵としてではなく、仲間として戦うはずだったんだ。
そんな言葉を向けられたあの日。
―――それまでにもう少し、力を貯えておけ!!
そんな言葉を吐き捨てられたあの日。
―――一回だけ見逃してやる。あの激甘アタマに感謝しとけ。
そんな言葉を味わったことがある。
無力さをかみ締めたあの日。戦うことなく、ただただ武藤カズキの悲痛な決断を見てきた毒島や千歳などは、尚更自身を呪っていたのかもしれない。
だから、彼らは立ち上がり行方をくらましていたのだ。それぞれが、それぞれの信念を揺り起こすために。戦士としての自分を揺り起こすために。

そうして立ち止り過去を振り返っていた彼らも、火渡戦士長の失踪をきっかけに再動する。
それぞれがそれぞれの意志と判断を秘めて。『それでは、いかがしますか』、『聞くまでもねェ』。そういうことなんだ。
全ては昔からの決まり。 おいしいところは、早い者勝ちってな。
武藤カズキの件が揺さぶり、火渡の行方不明がきっかけとなった。彼らの暴走が開始されようとしていたのである。なぜならもう、彼らを従わせる者はいなくなっているのだから。

だけど。
そうはさせない、させるわけにはいかない。
彼らが好き勝手に動くであろうことは剛太や早坂姉弟にしてみれば、それこそ容易に想像できた事態であった。制御不能こそが彼らの本質の一点を指すのだから。
また、再殺部隊自身こそが自身を大きく見誤っていることも、三人は把握している。特に実際に彼らとの戦闘を経験している剛太は身をもってそれを理解していた。
あの日、はじめから再殺部隊が全員で襲い掛かってきていたのなら、間違いなく武藤カズキは再殺されていただろうということ。剛太や斗貴子も、きっとタダでは済まなかったということ。
火渡の作戦も計画もあったものじゃないやり方が、結果としてカズキ達の命を繋げたのだ。
だが、剛太は火渡とは違う。かつて死闘を演じたからこそ知っている、再殺部隊の強さを、畏ろしさを。
前提条件、再殺部隊は火渡戦士長の失踪を機に制御不能に陥った。だが彼らは、自身を大きく見誤っている。自身の強さを。自身の強さを最も発揮する方法を。必要なのは戦略だ。噛み合えば、彼らは誰よりも怖い存在になれるんだ。これからの戦争をたたかうに向けた、最もふさわしい戦力たる戦士たち。こうして物語は、大きくうねりをあげて渦と成す。

順を追えば、まずは戦士・毒島が、剛太や早坂姉弟と連携することになる。
彼女は単身、他の再殺部隊の面々の残り香を追って探索に出る。それが今というこれから。
そうして戦士・千歳が見つかれば、後は順を追って発見できるだろう。
そして情報を与えるのだ。残りの再殺部隊の面々が、戦いの舞台にあがるように。
彼らをひとつの場所に集結させること、それが毒島に託された桜花からの願いであった。
それが何を意味するのかも、全て教えられた上で。

一人一人立ち上がって、一歩一歩、前へ。
こうしている間にもホムンクルスの一斉蜂起は続いているし、ヴィクトリアやムーンフェイスの企みもまた、前へ進む。
それでも、前へ進むということは意志を捨てないということなのだ。
それが、戦う、ということなんだろう。

これから起こる戦いは必然ではなかった。ただ、必要だったのだ。
これは錬金の戦士とホムンクルスとの戦いではない。
錬金の戦士と錬金の戦士、敵としてではなく味方として戦うはずだった間柄。
それでもこの戦いは必要だったのである。
全ての人を笑顔に導くために、どうしても。

戦うということは、死を目の前にするということでもある。
何も背負わずに人は従えさせられるものではないのだから。
戦士たちの墓標はどこに傾くのか。
殺し合いが、血色に闇を染めるうたは彼方。

死を背負わず者に従う戦士はいない。








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最終更新:2010年04月26日 20:37
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