第4話

立ち上がれ、たとえ陽の光の届かぬ世界だったとしても。
立ち上がれ、眠る時間が訪れていたとしても。
立ち上がれ、陽が隠れてしまっていたとしても。
今はまだ夜明けは来ないけれど、それでも日の出に立ち会うために今は立ち上がろう。
みんなが望む本当の夜明けに立ち会うために。
日はまた昇り繰り返していきますように。


第4話 夜が明けたら決断を要す


荒い呼吸が響く。ここは錬金戦団の模擬実戦室。
どこか習慣と化しつつある戦団での鍛錬を終えた秋水は、自分が来る前から今になっても続く津村斗貴子の行為を見た。 自分を傷つけ心に届け、心を抉れとする決して褒めることのできないその行為。
荒い呼吸が響く。荒い呼吸が響く。荒い呼吸が響く。その姿はどこまでも痛々しくて、目の前で繰り広げられているのが強くなるための鍛錬ではないからこその痛々しさ。秋水もらしくもなく、部活中のような作り笑いを浮かべることもない素面の言葉で気遣いが漏らしていた
「…あまり、体をいじめるな」
「次ッ!!」
届かない、秋水の言葉は怒号に遮られ届くこともなくて。これだけの距離ですらも届かない侘しさが切なさとは違う悲しさを抱く。嗚呼ひとのちいささよ、手を伸ばすしか月へ向かうすべの知らぬか弱き掌よ。
「おおおおッ!!」
響く声が、まるで血にまみれたかのように聞いていられない風の音だった。
秋水は思う。
ツムラトキコがベッドから出られたのは良かったと思う。
だが目の前の光景は、かつての秋水がそうだったような、「今、強くなれるだけ強くなりたい」という強い気持ちによるものとは違う。そしてありがちな弱さを隠すためでもない。ただ、弱い自分が許せなくて、体をいじめているだけ。今にも崩れてしまいそうな足を奮い立たせ、立ち姿勢を崩さないために、それだけの為に。
―――自分の不甲斐なさに、辛くなるのも。みんなが苦しんだり悲しんだりするの代わりだと思えば、大丈夫多分耐えられると思う。 『本当に?今は違うよね』、あなたが知っているように。
津村斗貴子がこれから抱くことになる決意が、“諦められるのか?貴様は武藤カズキを諦め切れるのか?”と聞かれればそんな決意は簡単に崩れ去る決意であると、あなただからこそ知っている、そうだろう?
さらにファイナル直後という今となっては、彼女はそんな揺るぎある答えすらもまだ見つけてはいなくて。ただ、することが欲しくてもがいて暴れているだけ。まるで哀れなピエロ★道化★クラウン★マリオネット。
ずっと考えていた。彼女は自分をいじめることで、ずっと考えていた。苛む心が思考を蝕むように、 去りゆく者の決意と、大切な思いを信念に重ねて。この地を去る前に、最後に彼女が“カズキにしてあげられるコトは何か”って…。どうかこの物語、津村斗貴子が再び立ち上がるまでを描いた物語とならんことを―――。

―ドサッ。

ふと秋水が振り向くと、津村斗貴子が倒れていた。日常のように描写がコマ送りでぎこちなく進んでいく。
「先輩ッ!!」
どこから見ていたのか、中村剛太がそこへ駆け寄る。もう何度もこの光景は繰り返されたものだとわかる自然な成り行きであった。
全ては繰り返しだったのだろう。津村斗貴子、ベッドから這い出る。倒れるまで自分を苛め抜く。そして倒れる。そしてまた、聖サンジェルマン病院へと戻り横たわる。 這い出る。もうずっとそのループ・ループ・ループ。
多くの者が彼女のコトを案じていることを秋水も見てきていた。中村剛太だけではない。キャプテン・ブラボーも、楯山千歳も。そして早坂桜花も。みんな、みんな。剛太が模擬実戦室へマメに顔を出しているのも、斗貴子の自虐を見越してのことだ。それがたとえ津村斗貴子を止められない己の無力さをかみしめるだけだとしても。それこそがまさに自虐だとしても、案じることをやめる理由はどこにもない。だが、自虐では自分には勝てないのだ。
あの日、無責任に残した手紙があった。
―――暫くの間、姉さんを頼む。
聞いた話によると、武藤カズキは自分の居ない間に、友達を引き連れてメロンを持って見舞いに来てくれたらしい。御前様と久しぶりに会ったとき、それはそれは嬉しそうに喋っていた。そして、とても哀しげで。それでもあの日贈られた花の香りは、旅発つにはいい香りだった。
だからというわけじゃない。が、せめて秋水も武藤カズキがしてくれたように、津村斗貴子のことを気遣うようにしようと考えていた。たとえ見守ることしかできないとしても。これは武藤カズキを諦めるとかそういう問題じゃない。これがきっと、彼になりの、筋を通すということなのだろう。たとえ武藤カズキがいつ帰ってくるとも知れなくても。
秋水は理解を確信する、“アレを一人にしてはいけない”と。二人ぼっちの世界でも耐えられない瀬戸際だった。
―――もしもあの時…、早坂の扉が閉ざされた時…。すぐ外に武藤クンがいたら絶対助けてくれたんだろうな…って。そして私達の友達になってくれたんだろうなって…。
今は、津村斗貴子の扉が閉ざされつつある。そして秋水はその扉を開くことはできない、武藤カズキにはなれないんだ。たけど! それでもあの日、武藤が言ってくれた言葉を、もう一度心に突き刺せ貫け芯を通せ。
―――まだだ!!あきらめるな先輩!!
だから、あきらめない。なにもかも。
秋水がふと我にかえったときには、剛太は手際よく津村斗貴子を運んでいった後のようだった。気づけば秋水は一人立ち尽くす。無力に抗えぬ理由など何処の誰にも無い。 ―――その時、放送がけたたましく鳴り響いた。すべての始まりは、始まってからこそ騒ぎ出す。
「緊急事態緊急事態、ホムンクルスが世界各地で一斉に蜂起をした模様!!全戦士は至急戦闘体制を―――」
一斉に周囲の気配が燦然としたのを肌がざわついて野暮に騒ぎ教えてくれる。だが、秋水の心は自身の平静さを驚けるほどに穏やかなものであった。
「来たか、姉さんの言っていた時が」
数時間後、秋水は桜花とともに坂口照星に呼び出されることとなる。任務を言い渡されるために。
戦いへ向かい始まりを告げる鐘の音が鳴り響く。 こうして、武藤カズキの居ない世界で、再び戦いが始まろうとしていた。

ようこそ、動乱絶獄のぬかるむ底へ。
ホムンクルスの一斉蜂起、それはつまりヴィクトリアの企みが動き出したということを指し示す
そしてその全ては、導きの月が実現した同時蜂起であった。30のムーンフェイスは全てがムーンフェイスである。月牙の武装錬金「サテライト30」の特性が可能にしたのは、究極の情報伝達機構の構築。30の月が意思を共有すると陳腐に言えば理解しやすいだろうか。
月を頂点へ、アローアロー。ムーンフェイス新月から、ムーンフェイス満月へ。ムーンフェイス眉月を経てムーンフェイスへ新月へ。導きの月は顔を変えて、世界に夜の始まりを告げる。絶獄の殺神を果たせよ、同胞諸君。末端の月に、オーバァ。
数えて必然月の数に同じ、合計30ものホムンクルスのコミューンが掲げた旗印と全世界一斉同時蜂起。それは戦略的にも大局的にも、戦団にとっては最も望まぬ暴虐の花だった。
各地へ派遣できる戦士の数がひとつのコミューンにつき多くても三人が限度であることは簡単な計算である(核鉄総数:100÷ホムンクルスのコミューン:30)。核鉄の数は合計で100。勿論その全てを戦団が所持しているわけではない。30ものホムンクルスの同時蜂起は、戦団の処理能力を大きく超えるものであった。
また、ムーンフェイスによってホムンクルスサイドが得たアドバンテージは戦団の戦力分散だけに留まらない。
情報伝達こそは、世界戦争に勝つために不可欠の手段である。重ねて言うが、30に分かたれたムーンフェイスは全てがムーンフェイスであり、その意志は共有される。たとえば、どのコミューンにどの武装錬金を持った戦士が向かったのか。全てが月が世界中を廻るように情報がムーンフェイス1体に伝わらばすなわち30世界に向けて正確に伝達されるのである。戦場でムーンフェイスと戦士が相対したその瞬間には、全世界へその特性が知れ渡る情報死界。
先手、ヴィクトリア・パワード。初手、ホムンクルスのコミューンの秩序だった一斉蜂起。月の煌きを悪魔の微笑みに例えるならば、これこそまさに悪魔的一手だろう。千の先の戦を制することの能う、殺戮の初動。

起きた全てが、完全に戦団の想定外の事件だった。
いや。それこそが。
戦争だった。
戦争という名の、暗い夜の時間。闇空の虚無。

長い夜が、暗闇の幕を上げる。 奥に広がるは更なる深淵の闇暗い黒の色かもしれない。だが、だからこそ夜明けとはつまりピリオドを指し、光射して叶う未来を目指す歌があるように。
今はピリオドの物語へ向けて、一歩一歩でも物語の歩みを進めよう。夜が明けたら決断を要す。 ならば今は一心全てを不乱させよ。今が遠い夜明けでも、眠っている間にたどり着くのが夜明け。その時に決断を過ち後悔してしまわないように戦おう。決断の時は刻一刻と迫る。
これは、ファイナルからピリオドの長い時間に贈る長い戦夜の物語。
さあ、閉ざされたページをめくる時だ。

これでようやくすべてが始まる。
早坂姉弟は大戦士長・坂口照星の前に立っていた。
坂口照星が口を開き、当たり前のことを口にする。
「あなた達に任務を与えます」
ここからようやくすべては始まる。

立ち上がろう、たとえ陽の光の届かぬ世界だったとしても。
立ち上がろう、眠る時間が訪れていたとしても。
立ち上がろう、陽が隠れてしまっていたとしても。
今はまだ夜明けは来ないけれど、それでも日の出に立ち会うために今は立ち上がれ。
みんなが望む本当の夜明けに立ち会うために。
日はまた昇り繰り返していくのだから。

月並みだが、明けない夜はない。
そう信じて今は行こう。
それぞれの決断を迫られるその時までは胸に秘めて。

たとえこれから先に待つのがしばらくは哀しみだけだとしても。
知っての通り、先には飛び切りの笑顔が待っているんだよ。
幸せに満ちた後日談を添えるような、笑顔が。ね。








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最終更新:2010年04月25日 21:10
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