第3話

結末へ向けて、紡がれる希望。
あなたのよく知る未来へ向けたその布石。
すべてはただ、あなたの信じた未来の足場を固める行為。
石橋は叩いてこそ固まる。その橋は威風堂々真ん中を渡れ。


第3話 諦めるつもりがないなら決戦だ


ふわりと舞うならそれはきっと、無邪気の体現。御前様ふわり。早坂桜花の横をふわふわと舞う
パピヨンの元へ現状の報告をした帰り道。その報告がもはや義務や取引といった関係を持つのか微妙なところであったが、桜花は自身の手元に彼から投げられた「ドクトル・バタフライの核鉄」がある限り、この行為を当然として続けていた。
もはやパピヨンが報告を望んでいるのかどうかも計り知れない。が、この不条理と理不尽が硬直した今という状況を鑑みた時も何かすがる思いもあったのだろう。
また、報告という行為は情報の整理が必須である。思考を張り巡らせ極限の深みまでの思考を試みる桜花にとって、報告という行為は副産として安定した冷静さをもたらす結果を生んでいた。物事を整理して話すという行為は、時に着眼を客観として見る。そうしてあらゆる思考を尽くしながらも 桜花はあくまで現状を整理し、打破する要点だけを必死に探ろうとしていた。
山道を下り、並木道を抜け、学園で秋水と落ち合う段取り。だが、そんな確認する必要もない簡単な行程の中で、桜花はふと足を止めた。
脇道の人影に気づいたからである。御前様が驚きで愕然としている分だけ、桜花は冷静に相手を見据えることができた。代わりに御前様が相手に指を向け、驚きをアクションする。
「オ、オメーは!?」
「オヒサシブリ。そしてそっちの人は、ハジメマシテで、いいのかしら?」
目の前にいる少女。ヴィクトリア・パワード。 その接触を誰が予想できたであろう。腹黒い彼女もこれには予想外であった。 いや、可能性は実現可能として考慮していた。だが、それは暗躍する存在としてであり、まさか単身で桜花に接触をしてくるとは予測できなかっただけ。
「あなたが、その可愛らしい武装錬金の創造者、ハヤサカオウカね。ねえ、突然で悪いんだけどパピヨンの所へ案内してもらえないかしら?」
拒否不許可の声色が響き、僅かすらも相手の意志を伺おうとはしない漆黒の声が命令を唄う。壊れてしまった人間の表情ではありえない、心があるからこその固い意志。そむけられない別格の敵意。
「ヴィクトリア・パワード。生身で会うのはハジメマシテ、かしら」
ホムンクルスという存在を前にして。桜花は御前様のみの武装とい不完全な状態をあえて維持した。そうして相手への刺激を最低限に抑えながら、無動作で両篭手を創造し完全武装できるように心で信念と同調を図る。
桜花は対決を覚悟し、ならば同時に自身を強く苛むのを止められなかった。
核鉄所持者としての自覚が足りていなかったことを深く後悔する。周囲に対する警戒のつもりで御前様を武装していたが、それはつまり自身が核鉄所持者と触れまわるようなものだ。この銀成市内でならそれも許容されるだろうという確信に近い甘えが、油断に直結した。時が時なら油断は死に直下する致命的失態であろう。
覚悟を諦めと言うなら、桜花は覚悟を決めた。戦闘への決意。それでも相手を無駄に刺激しないよう、強引に口だけを開く。
「本当に突然ね。あなたの言うパピヨンへの道案内、断ればどうなるのかしら?」
「武装解除で、一人の戦士長が生き埋めになるでしょうね」
即答は予想外へ投げられ、その勢いが手かがりを結ぶこととなる。閃きとは線であり、つまりそれが過去を紡ぎ答えを描くのだ。ヴィクトリアの投げ上げた言葉は、状況を把握するには十分すぎる言葉だった。桜花からすれば、火渡戦士長失踪の原因がヴィクトリアであるという自白を前にしたに等しい。ならばと桜花は深読みにより、現状を描く全ての答えすら言葉として脳を駆け巡らせたことだろう。
だがその申し出に対する根本的疑問、意図が桜花にはさっぱりと掴めなかった。そこで桜花は、思考を整理する時間稼ぎの意図も込め、気にかかったささいなことを先に訊ねる。
「あなた、確か一緒にいるだけで気分が悪くなるほど、錬金術の全てが嫌いなのではなくて?」
「そうね。だからあなた。調べた中じゃ、錬金の戦士から一番遠い錬金の戦士。ホムンクルス・パピヨンとの繋がりも噂されている。それにあなたのことも色々聞いているの」
桜花についての情報源は間違いなく、ムーンフェイスだろう。ヴィクトリアの声に込められた響きに桜花は無自覚に同調をしていた。
―――おなじ、あの眼ができないひと。それでもこの世界に生きているひと。だけどひとでなし。それでもの人で無し。
ヴィクトリアはさきほどの桜花の質問に対する回答になっていない言葉しか言葉として吐かないでいた。 なぜここに来たのか。なぜパピヨンに会いに来たのか。なぜ彼女は企み動いているのか。ただひとつ確かなこと、皆を幸せにするつもり、ではない。それだけで桜花がヴィクトリアを敵だと認識するには十分だった。
それでも今は火渡の命が天秤にかけられ、さらには相手の意図も把握できない状況である。つまり、桜花に拒否権はなかった。
「警戒の意味も含めて、御前様は武装解除しないわよ」
それが答え。恭順の意思表示。ヴィクトリアはそれをせめてもの強がりだと理解し、故に嫌味で笑った。
「ええ、私もそれぐらいは譲歩してあげるわ。我慢してあげる」
あらあらでは済まされないかもしれない重い取引。それでも今は、利用されちゃうのも仕方ないと桜花は思う。 最大限の譲歩の駆使。来た道を戻り、ヴィクトリアを蝶々の隠れ場へ案内しようと桜花の決意。
それに続く会談が、どれほどの布石となるかを知る者は少ない。だが結末へ向けた賽は、こうして投げられた。

どれだけ賽が積まれようとも、川を渡れ。
交差した先にこそ、運命は地獄を這い上がり立ちふさがるのだから。

それは長旅ではない。急ぐ必要もなく辿り着く運命の近似値。
そこにいるもの、三名。ヴィクトリア・パワード。早坂桜花(withエンゼル御前)。そして、パピヨン。ここはパピヨンの秘密の研究所。
「ヒサシブリ、研究は進んでいるようね」
「――…貴様か。招いた覚えはないが、何のようだ?」
その出会いはどこか物語的で、とてもどころではない程に不自然な出会いだった。作為があるとすればヴィクトリアの意思。軽く嫌味たらしいヴィクトリアの望みによる結論か。
パピヨンは、話を聞こうじゃないか、とは言わなかった。言うわけがなかった。誰も彼も、不機嫌を隠しながら晒け出しながら手探りの模索を続ける。ヴィクトリアにも、そんな時期があったのかしら、どうかしら。
前置きは不要だとヴィクトリアは空気を読み、さっさと本題に入ることにした。
「ママに言われて、あなたに渡すものがあったの。本当は白い核鉄を渡すときにあなたも来ると思ってたんだけど、来なかったからね」
運命すらも嘲るようなヴィクトリアに対し、パピヨンの顔はさらなる不快色で染まった。そんなパピヨンにお構いなく、ヴィクトリアは一つの紙束と“何か”を投げつける。
それがDr.アレクの研究の一部であり、そしてもう一つ。シリアルナンバーL(50)の核鉄であった。その核鉄、かつての使用者の名を、アレキサンドリア=パワード。
これらが、後に運命を変えることになる大切なものとなる希望の種であることを知る者は未だいない。ヴィクトリアすらも、自身の言葉をもって希望の可能性を丸ごとを否定する。
「今となっては意味を成さないでしょうけど、ね」
既にパピヨンの不快感は漆黒を超えていた。
「…これで貴様はオレに何をしてもらいたい?」
「別に。ただママがあなたに渡したがってたから。だから、利用するかしないかは、貴方次第よ」
こうして人から与えられた選択肢が、蝶々に突きつけられる。

ここで少し補足となるように、蛇足とも言える結果論の話を挟みたい。
まずは問おう。いかに天才とは言え、ほんの2ヶ月ほどで、精製不可能とまで言われたものをゼロから創造るコトは可能だろうか?たとえ結果が全てであるとしても、あえて言葉で思考してほしいと願う。
勿論その答えは、天才じゃなくたって判る。『あってたまるか』と。
もしも彼らの世界がそれほどに甘い世界ならば、錬金術は全てが皆の為になっている物語になっていただろう。誰の涙も必要としない賢者の石すらもが、とうの昔に完成しているに違いない。2ヶ月やそこらを精製不可能な期間とは言わないのである。さかのぼれば、確かに白い核鉄の精製方法そのものは残っていた。あとはベースとなる黒い核鉄をつくるだけ。だが、黒い核鉄の製法はもう100年前に失われている。それが問題。
しかし、あなたのよく知る未来はどうだっただろうか。存在しないはずの黒い核鉄を要する白い核鉄は、夏の終わり2ヶ月で完成した。パピヨンが、完成させた。
結果論を理解するには、過程を導くことが求められる。 この結果論を紡ぐには、ある仮定的手がかりが必要であろう。
まず2ヶ月という期間で欠かせないのは、研究にかける時間の短縮と、そして早急な材料調達である。 その材料が存在しないことがそもそもの問題なのだ
無から白い核鉄を精製することは、困難を極める。
故に、2か月という期間で白い核鉄を精製することは不可能と言えるのだ。

もう少し整理してみよう。 そもそも白い核鉄とはなんだ。
賢者の石の精製。錬金戦団は長きに渡る研究の果てついに100年前、シリアルナンバーⅠ~Ⅲの核鉄をベースにして3つの試作品を造り上げた。それが―――黒い核鉄。 その黒い核鉄を基盤に開発されたのが、黒い核鉄の力を全て無効化する、白い核鉄。 つまり核鉄から黒い核鉄は造られ、黒い核鉄から白い核鉄は造られる。
加えてもう一つ。カズキの胸にあった試作品の核鉄。それは黒い核鉄の力を制御し通常の核鉄と同じ力に戻す試行型。つまり、それを逆に考えれば、理論上は試作品の核鉄から黒い核鉄の精製方法も見えてくると言えるかもしれない。

そのすべてが結果ありきの憶測論だとしても、やはり鍵はヴィクトリアが握っていたと考えるのは妥当であろう。
結果論から考えたとき、結末へ向けて“誰の核鉄も欠損させず”物語をピリオドへ繋ぐには、パピヨン謹製白い核鉄の材料となる核鉄が必要だったのだ。さて、ここには物語上、宙に浮いた核鉄がひとつある。それがつまり、アレキサンドリア=パワードの核鉄。
過去の点と点が繋がって現在という線を描かれ、線と線が絡み合って未来は描かれる。
結果論から考えたとき、結末へ向けて“最短研究開発速度で”物語をピリオドへ繋ぐには、パピヨン謹製白い核鉄の礎となる研究資料が欠かせない。ここに、物語上、宙に浮いた研究資料がひとつあった。それが、アレキサンドリア=パワードのデータ。
全ては、アレキサンドリア=パワードの死を未来に繋ぐ存在が鍵を握る。
物語の構成美を結論点に見据えたとき、全ての扉が開かれるためには、ヴィクトリアの鍵が不可欠であった。 ピリオドを拓くための答えは、結びの少女が動くことによって初めて成立するのである。

言ってみれば、パピヨンにとって目の前にお膳立てが整った状況であった。
ここまできたら黒い核鉄の完全なる精製方法なんて必要ない。今ここに、Dr.アレクの研究資料が投げ託された。黒い核鉄のベースとなる核鉄までも、併せて投げ託された。 それはもはや白い核鉄が託されたといっていい状況である。
これだけ揃っていれば、パピヨンにその意志さえ固まれば、黒い核鉄も白い核鉄もできるだろう。 なぜか。
なぜなら彼は馬鹿じゃないのだ。 ましてや彼は、蝶・天才なのだ。
研究の一部があれば完成させるのは可能である。そんなことは既にパピヨンが蝶野攻爵として人間であった時にも成しえている道だ。
ヴィクトリアが投げたのは物語の分岐点であった。自由な蝶々の前に、人から与えられた選択肢が突きつけられたと言ってもいい。
それは、ピリオドの日まで不機嫌でい続けるには十分すぎるほどの選択肢。それでも。
たとえ人に利用されるのが大嫌いだとしても、今は仕方なかった。パピヨンに、選択の余地は無かった。『なぜかって?』
それはあの日から何度も確認した約束があるから。 ―――“約束忘れるなよ”。
それがどれほど気に食わないプレゼントだとしても、今、優先するべきは彼とのあの約束だ。諦めるわけにはいかない。
蝶々は顔をしかめ、不機嫌を露骨に醸し出した。まるで、武藤カズキ以外の人間にかつての名を呼ばれた時のように、不機嫌。
「どうするんだ、パッピー?」
「…五月蝿い」
やることなんて決まっているじゃないか。わざわざ問うまでも、なく。
彼は武藤カズキを諦めない。

時間にすれば五分にも満たぬやりとり。ただ、核鉄と資料を投げ渡すだけの会話。ヴィクトリアはパピヨンの揺るがなさをいつもの自虐的笑みで笑い飛ばす。
「これでママの用は済んだわ、じゃあね」
そう言うと、ヴィクトリアはふわっと消えた。恐らくは歩きながらも常に足元で伸ばしていたアンダーグラウンドサーチライトへ退避したのであろう。
「貴様も、用が済んだなら消えろ」
パピヨンの言葉に突き放されるように、桜花もパピヨンの秘密ラボを後にした。

御前様が唖然とするまでもなく、目の前で起きていたやり取りの本質を早坂桜花は理解できずにいた。時間をかけて考えればわかったことかもしれないが、この翌日に全てが動き出すのだから、そんな余裕もなかった。
これからの桜花にできることは、せめて今の彼女にできることをするだけで手一杯となるからである。
―――もしも今…、津村さんの心が閉ざされた今……、すぐ外に武藤クンがいたら絶対に助けてくれるんだろうな…って。 そう思ったら…ね……。
でもそれができないから問題。だって代わりなんて、いないのだから。
桜花は運命を呪わない。静かに顔をあげて、そして胸に秘めた意志を強く固める。
「ええ、“敵”の状況整理は済んだみたい。近いうちに、仕掛けてくるわ」
ヴィクトリアを今は“敵”と形容して桜花は戦意を込める。電話の相手は弟・秋水。
「わかった、姉さん。俺も一旦戻る」
行方をくらました再殺部隊を探す為、秋水はまず戦士・千歳を探していた。だが、空振り。ブラボーの所に彼女はいなかった。他も錬金戦団が持つ幾つかの拠点をあたっては見たが徒労に終わっている。
しかし、それもそのはずかもしれない。だって彼女も再殺部隊なのだ。
再殺部隊はいったいどこに消えたのか。 秋水が思うに、再殺部隊は何も自棄になって消えたのではない。その気持ちを秋水は心で理解していた。
再殺部隊の埋伏。それはきっと、自身を見つめなおす為の行為。秋水には既に乗り越えたその段階。
刀を素振る。空を斬る。既に十分伏していた身だ。暫くぶりだ。
「…俺は帰ってきたぞ、武藤」
さあ、準備は出来ている。 始まりの予感はこうして、戦争の幕を舞台裏で飾る。

アンダーグラウンドサーチライトの一室で、ヴィクトリアはママの味を齧った。
「これで、とりあえず後始末の段階は終了ね」
核鉄とは将棋の駒のようなモノだ。そんな前提を無視し、ヴィクトリアは自身の核鉄をひとつ確保すると、残る核鉄は安易にお月様と蝶々へ託し与えた。『なぜそんなものをわざわざむざむざと誰かに渡してしまう?』
その答えは簡単である。これから起こるホムンクルスの一斉蜂起すらも、彼女にとってはどうでもいい話なのだ。それでは彼女の真意はどこへ?さて、彼女の真意はどこへ行く?
「むーん、大体の準備は整ったかな。しかし彼女もなかなか面白いことを考える」
月のみぞ知るか、さらなる深みが隠されているのか。ムーンフェイスが一人、久し振りの月夜の散歩を終えて顔を出す。他のムーンフェイスは何処へか。 考えれば、答えは一つ。『月は世界中に顔を出すものだろう?』
つまりがそういうこと。ヴィクトリアがわざわざ彼を求めたのもそういうことだ。

一斉蜂起に求められしは、導きの月

月が30、再び顔を出した。欠けることのない満面の笑みで。
彼は帰ってきて前を見据えた。曇りのない眼で。あの眼の彼はもういない。
少女は上を向いた。足元を固める段階は終わったのだから。
それは同時に、殲滅戦の幕明けも意味していた。
決戦だ。
誰も彼も、俯きうなだれる中で。
それでも、誰一人として。
諦めるつもりはない。

ならば、決戦だ。
夏も終わった日、誰も知らない決戦が幕を開ける。

望んだのは、あなたたち。
そして、わたしたちもそう。
今ある力を使いこなせず、過ちを重ねて。
またひととばけものがしょうとつする。








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最終更新:2010年04月14日 22:33
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