プロローグ

あの世界を思い出そう。
全ては、楽しかったことしか思い出せない物語。
辛いことが全て笑顔に繋がった、そんな物語があったから。
どうか世界にいまひとたびの笑顔を思い出してもらう為に。

あなたに。

呟きを。絶叫を。怒りを。慟哭を。
その少年の真名を。思い馳せても知ることの出来ぬ者まで届くように。
その名を謳った哭き叫ぶ怒りは空に。
さぁ、彼の名を叫ぼう。この惑星を背に月まで届いてしまった彼の名を。
さぁ、彼の名で怒ろう。呼ばれることの無き名に意味はあるのだろうか。
さぁ、彼の名で哭こう。彼の眼に焼き付けるんだ。
その涙を。


プロローグ アフターファイナル


誰にその声が届くのだろうか。
背を向けるということは耳を傾けない事と似ている。涙を見ずに済めば、怒りからも目をそらせる。
しかし、それは逃げではない。かと言って攻めでもない。
ただ、大事だったから。 だから彼は全てに背を向けた。全てを背負い、彼方へと消えたのである。

顔をあげる真似をせず、見送りもしない者がいた。
まさにそうした存在こそが彼だった。誰かに向けての手向けもせず、そもそも彼の行動理念について語られたことすら無かったと言えるかもしれない。
その彼が、直感だけで、ひとつの確信を抱いていた。それはもちろん人間業ではない。むしろ人間ではない星の定めが故か。
そこは瀬戸内海のとある島(私有地)、その地下――。
―――わかる。
真月に何かが起きた。もしくは降り立った。
―――わかる。
―――わかる。
今宵は満月。きっとあの二人を拾った時のような、満月の夜。満ちては欠けて、欠けては満ちて。
月は満ちたり欠けたりすれど失くなることは決してない。けれども彼とて、時が来るのを静かに待つのも飽いてしまっていた。
「むーん」
月夜の散歩が恋しくなってきて、ひとり。静かに待つ。露西亜の月が恋しくもあり懐かしくもある、今は見えなくなってしまった夜空に一人、二人。数を数える定義すらも凌駕して、思わずこぼれたのがいつもの笑みだった。静かに脳裏をかすめる、あの顔、あの顔も、あの顔も。
「―――ようやく、なにかしらの時が満ちだしたようだね」
月は歳月を刻む。月は朝には隠れる。だが、月は夜を照らす。
光なきこの世界、照らすのは月か、月の輝きの本質とは何か。ならば問え、月とは誰だ。
ムーンフェイスは確信する。月に、二人の存在が降り立ったということを。
そして彼が知る限り、そんなコトのできる存在は。
ヴィクター。露西亜で出会った、友達。今はその言葉で雲を濁す。今となっては言葉になど、たいした意味は無いのだから。
世界に欠けていた月は、再び満ち始めた。それでも今は音も要さずに待つ。
輝きを夜空に放つ迎えの時が来る日が近いと確信して。

黒空。黒殺の刃。黒心の衝動。漆黒の瞳。
「……。」
壊れてしまった男爵様の残骸の上で、刀を握り締めた少年戦士は、空を仰いだ。その後ろではヘリがやかましい音を立てながら敗北し傷ついた戦士たちを回収している。
少年戦士とてかすり傷程度は負っていた。だがそれでも体は動く、心はある、折れてはいない。敗北したという実感が欠けた感覚だけが、ただただ揺らぐ心を染める。
夜空を見上げて敗北を突き付けられてそれでも今これからを。彼には勝ちたい存在があった。それが、他の誰でもなく、自分。
これから何ができるのだろうか。
彼の戦士は宙へ消え、彼の戦士もまた宙へ消えた。
破られた誓いを目の当たりにして、少年は梅雨時のあの日を思い返す。繰り返される魂の営み。破られた誓い、新たなる誓い、立ち上がる意志を。
少なくとも早坂秋水は、他の戦士たちとは違い、俯いてなかった。そうだ。まだ、その手に握られた刀は折れてはいないのだから。彼の心は未だ、勝ちたかった存在に信念を折られていないのだから。
「…、まだだ、諦めるな。…か」
思い返すあの日の言葉。これは月へ消えた彼が以前言った言葉。
だが、一体これから何ができる?何をすればいい?
過去を背負え、未来を目指せ。まだ全てを終わったわけではない。ここで負けるわけにはいかない。まだ立てる。まだ歩ける。まだ、生きている。

月が見下ろす校舎。母の遺灰を撒き終え、その少女は月を見上げていた。
「――…、フン」
先ほど月に消えた山吹色の綺麗な光。つまり、それが推して知るべしムトウカズキが選んだ選択肢。 少年は少女の父を連れて、月に消えたということ。
彼は少女にとって、“お気に召さない”存在であった。第一印象を裏切らない、彼が選んだ選択。
ムトウカズキの選択は、全ての人間に優しく、哀しいファイナル。 反転の未来を描く、甘く熱い黒い選択肢。
その結末はまるでよくある誰かの言葉、別れは出会いの始まり。
だがそれがたとえ「全ての人間の為」の結末だったとしても、―――ならば、人間でなくなった存在はどうなる?
そもそも何もホムンクルスと呼ばれる存在のみの話では終わらないテーゼの問題。終われない。終わらせてたまるか。そう、終わらせるわけにはいかないのである。
ホムンクルス、人間、二人のヴィクター。
―――“パパ”とそして、“ムトウカズキ”と。
闇にも似た悪意が、その感情一つで偽善者と人を否定する事は数多ある。だが違う、気に入らないのはそんな理由じゃあなかった。
そう、嫌いなものはいたってシンプルな答え。 ヴィクトリア・パワードは錬金術の全てが嫌い。
だから、始めようじゃないか。たった独りの戦いを。
大丈夫。独りでも、生きていける。

その全ては終ってから始まり、始まる前に終っていた物語だった。
祈りも願いも誓いも全て乗り越えた先で未来は結末を描く。
全ては終ってから始まり、始まる前に終っていた物語。
だから祈りも願いも誓いも全て乗り越えよう。

これは笑顔を取り戻すための物語ではない。
笑っている場合でもない。
前へ進むための物語でもない。
よそ見している必要もない。

ただ振り返ろう。
誰もが前を見据えようとあがき、駆け抜けた物語を。
誰も笑いはしない、だから悲しむ必要なんかない。
誰にだって代わりなんかいない。だからこそ、いざ。
皆が、思いつく限りのやれることをやり尽くす、その為に。
たまにはこういうのもいいじゃないか。

三枚目に欠けること無き月を。もしくは麗しの蝶々を。
二枚目に影薄き美を。もしくは麗しの蝶々を。
一枚目に年老いた少女を。もしくは麗しの蝶々を。
主役不在だろうが、それでも物語はそこにあったのだ。

だから、語ろう。
決着に至る、それまでを。
麗しの蝶々のように、愛を込めて。
もっと愛を込めて。

さあ、立ち上がろう。
残された者たちよ。
たとえ自分の非力に涙したとしても。
まだ、幾つかの決着が果たされてはいないだろう?








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最終更新:2010年04月14日 22:27
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