11 名前:名無しさん@秘密の花園 投稿日:2009/06/30(火) 22:12:25 YqwIRcRS  

400メートルトラックを全速力で駆け抜けた後のような胸の鼓動は、どこか砂糖た
っぷりのミルクティーみたいな甘さの痛みを伴っていて。
私は立ってなどいられずにベッドへと倒れ込むと、ぼすっと間の抜けた音が響いた。

白い天井がどこまでも遠くに見えてとても手がとどきそうにない。いや、届かないのは天井になどじゃなくて…。
ハァ、と一つ大きく息を吐いても、胸にたまった重苦しい念は消えることはなかった。
このままでは制服に皺がついてしまうと頭の隅っこでは理解しているのだが、
服を畳むという行為どころか脱ぐことすらも今の私には億劫で、手持ち無沙汰に枕を胸元へと引き寄せた。
ギュッと枕を強く抱くと、溢れ出しそうな気持ちをどうにか諫めることができて、私はホッと熱い溜め息を吐く。
耳の先っぽまでがどうしようもなく熱い。
頭から冷水をかぶりたいような気持ちになりながらも、やはり動く気力は湧かなくて、私は代わりに枕へと顔を埋めた。
身体に染みるような無機物特有の冷たさが頬の火照りをとってくれる。

気持ちいい…。

熱くなり過ぎた体温が寝具に移って、そこでやっとこさ冷静な思考を取り戻した。
あぁそうだ、うん。やってしまった…。でてくるのは溜め息ばかり。
今更になってどうして‘あんなこと’をしてしまったのかと、後悔の念が湧き上がる。
‘あんな行為’をしようと、なぜ思い立ったかはもう思い出せやしないけれど、一度心に決めたなら周りが見えなくなってしまうのはいつも通りのことで。
これではまるで深紅のマントに魅せられた闘牛じゃないか。私は牛か?視野狭窄か?
こんなことではいつかグサリと重い傷を負うに違いなくて。そしてそれは、もしかしたら今回なのかもしれない。

全てを終え帰路についてようやっと、自らのおこなったことが極めて恥ずかしく、
そして、全てを壊してしまう可能性を孕んでいることに気がついたのだから。
本当にバカじゃないのか?学校に…麻雀部に行きたくない…。
子供みたいな感情かもしれないが、私にとってそれは大真面目なものだった。

情けない…結局のところ私は限りなく不安なのだ。
リスクとリターンのリターンばかりが目について、勝手に舞い上がり、気がついたときにはリスクに押しつぶされてしまいそう。
甘い甘い砂糖菓子のような幻想に浮かれて、底なし沼に足をとられた間抜けな道化…まさに私はそれで。
ハァ、ともう一度大きく溜め息を吐く。考えれば考えるほど自らの無計画さが呪われる。
一時の感情の高ぶりに身を任せることは、とても愚かなことだと知っていたのに…けれど溢れ出した感情を理性で抑えられるほど私は大人じゃなかった。

あぁ、せめてもの救いは、明日が休日であることだけだ。
いや、勿論私だって日をあけたとしてもなにも解決しやしないことは分かっているのだけれど。
それでも、全てが壊れてしまうことへの覚悟を今日明日中に決めることなど不可能だから。

…そんな覚悟を決めることが不可能なのは、1日だろうが1ヶ月だろうが同じことか。
まして2日ほどの日を跨いだとしても意味がないのは明白だ。
そう気がついたら逆に気が楽になってきた。身体中の力を抜いて、四肢をダラリとベッドに投げだすと、心まで軽くなったような気がしてくる。
私もたいがい単純な人間なのかもしれないな。
気が軽くなったら、週明けに‘彼女’と会っても、普通に接せられるように感じ始めているのだから。

ピピピ…ピピピ…。

けれどこれは予想していなかった。スカートのポケットから響く着信音。
初期設定からなにもいじっていないその着信音は、バイブレーションを伴って、確かに私に呼びかけていて。
彼女に会う覚悟は決めたけれど、まさか電話がかかってくるとは思わないじゃないか。
私は今すぐに彼女と向き合う覚悟は決めきれていないのだ!!心臓は自分のものじゃないみたいに激しく暴れだす。
ピピピとけたたましく呼びかけてくるそれをよそに、私は一つ大きく深呼吸すると、通話ボタンへと手をかけた。

「もっ、もしもしっ!!」

情けない程にテンパっていて、うらがえったような声がでてしまい、思わず頬を染める。
心臓は相変わらずバクンバクンと聞いたことのないような音をたてていた。
携帯からは沈黙だけが延々と溢れてきて、胸がキリキリと痛んだ。

「………………ぷふっ。」

やっと向こうから聞こえてきたのは、吹き出すような息の音。
そしてしばらく間をおいてから、聞き覚えのあるワハハという独特な笑い声が響いた。

「かっ、蒲原か!?なんの用だ!!」

拍子抜けなような、ホッとしたような複雑な気分だ。
まさかこのタイミングで‘彼女’以外からの連絡であるなんて、全く予期していなかったから。

「かおり~、ゆみちんがさぁ、なんか乙女だぞ!!」

電話の向こうからは、やはり蒲原の声。
なんだかとても失礼なことを言われていて…それにどうやら妹尾も一緒にいるらしい。

「なにが乙女だ!!私は忙しいんだ。早く用件を言え!!」

本当は忙しくなどなかったが、今は蒲原の相手をしている余裕などなかった。

「ゆみちんって意外と抜けてるよね~。」

聞き捨てならない言葉が聞こえた。

「一体なんの話だ!!」

理由も何もなかったが、蒲原がこういった反応をする時に良い話題だったためしがない。
意味もなく嫌な予感がして、背中を冷や汗がつたるのを感じた。

「ゆみちんっていつも告白が大胆だなぁって話。なぁかおり、そう思うよなー?」

蒲原の言葉に続くように、妹尾のふにゃふにゃとした肯定の言葉が聞こえてきた。
いよいよある嫌な予感が現実味を帯びてきた。顔から火が噴き出しそうなほど頬が熱い。

「なぁ蒲原…何の話をしているか正確に教えてくれないか?」

さっきの間の抜けた裏声の後ではなにもかもが台無しかもしれないが、できるだけ重い口調を選ぶ。

「ゆみちんのラブレターの話ぃ。」

蒲原が心底楽しそうに伝えてきた言葉は、私が想像していた通りの最悪の結果で。
死にたい…あれを知られたからには消えてなくなりたい。酷く頭が痛むのを感じた。

「どうして…どうして知っているんだ?」

私の唯一つの疑問はそれだった。私が‘彼女’に宛てた手紙がなぜ蒲原たちの知る所となっているのか。
知っているのは送った私と受け取った‘彼女’だけのはずなのだから。
私はもちろん蒲原たちに伝えてはいないし、‘彼女’からとも考えづらい。

「だってさぁ、ゆみちんがあれ置いてった場所…部室だよ?」

世界で一番間抜け。それが誰かと問われたら私の名前を応えるがいい。

「先輩風吹かしながら部室に顔だしたらさ、かおりがなにか熱心に読んでるから…。
あっ、かおりもなにかの連絡かと思って読み始めちゃっただけだから怒っちゃだめだぞ~!!」

分かっている世界で一番間抜けな私が悪い。
でも、それならば…

「じゃっ、じゃあ‘モモ’はこれを読んでないという事だな!!」

勢いに任せて書いてしまった思いの丈。全てを壊してしまうならいっそなかったことにしてしまうほうがいい。
蒲原や妹尾に読まれてしまったのは実に恥ずかしかったが、モモにまで伝わっていないのならば不幸中の幸いだ。
私はこの関係を失いたくないのだから。

「ん~。モモはね…」

ピンポーン!!

嫌な予感がした。

「あっ来たみたいだねー。頑張ってねゆみちん!!」

蒲原の言葉とともに電話はきれる。どうしてこうなった…
どうにかして向き合わなくてはなぁ…と若干の開き直りをもって私は玄関のドアを開いた。

Fin.

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最終更新:2009年07月11日 21:29