再帰的近代化


「再帰的近代化」ってなに?(立命館大学高橋秀寿教授)
上記ページより「現代社会の変容と課題を理解するためには非常に有効な概念。」

ウルリッヒ ベック, アンソニー ギデンズ 他著:「再帰的近代化―近現代における政治、伝統、美的原理」


 環境問題など社会問題への対応を考える際に、近年、CSR(企業の社会的責任)や、NPO・市民活動が重視されるようになっている。また同様に、法規制だけでなく、協定や協働による自主的取り組みが重視されるようになっている。以前の公害対策等では重視されてきた、行政による規制手法が、現在は下火になってきている。
 それには、社会情勢が変化し、単なる規制では有効な手段とはなりえない状況がでてきているためである。
 そのような社会的な変化を説明する考え方として、。世界的な社会学者である、アンソニー・ギデンズやウルリック・ベックらによって、「再帰的近代化」という概念が提唱されている。
 イギリス労働党のブレア政権も、この「再帰的近代化」の思想を受けて、新しい政策の実施を進めてきている。容器包装リサイクル法の改正においても、再帰的社会の視点をふまえた調整がなされており、今後の施策を考えていくにあたっては、欠かすことのできない視点となっている。

(1) 「再帰的近代化」の位置づけ
 「再帰的近代化」とは、封建時代の伝統社会から近代社会へ進んできた中で、近代社会が様々な問題に直面し、これを克服しようとする動きの中で表れてくる変化である。現代は、いわゆる近代社会から、次のステップである「再帰的近代」へと模索をしている段階にある。これからの社会変化のあり方を示すものとも言える。

(2) 自由重視社会と福祉国家社会
 これまで、「近代社会」は、自由や民主主義を追及する形で発展してきた。18世紀以前の封建社会にくらべれは、職業選択の自由、言論の自由、個人の権利などが保証され、経済も大きく発展するのに貢献してきた。
 しかし一方で、個人の自由や市場が拡大した結果、新たな貧富の格差が表れたり、環境問題や社会的疎外などの市場では扱いきれない問題が深刻になってきた。このような社会問題を解決するには、自由経済に任せるのでは不十分で、政府の介入が必要だということで、先進諸国は大きな力を持つ政府による「福祉国家」を目指してきた。多額の税金を徴収する一方で、失業対策や、保険制度、各種の福祉政策などが整備されてきた。また公害などの社会的悪に対して、政府が規制を活用して対応する動きも、大きな政府の動きとして位置づけられる。
 しかし、「福祉国家」を目指す動きは、政府機構の肥大化、行政システムの硬直化ももたらした。また、高福祉のシステムに対する人々の依存を強め、自立性や活力が失われてしまうことになった。さらに、これらの問題は国家財政の危機として表れてきた。欧州では、失業者への援助が、労働の必要性を低下させ、さらに失業者を増やす要因としても認識されるようになってきた。
 1980年代にはいって、先進諸国は財政健全化のためにこれまでとは逆に小さな政府を指向し、行政サービスの民営化、市場化による改革を進る動きが活発化した。イギリスのサッチャー政権における民営化の動きなどがその代表例である。自由を尊重して、規制などの政府の介入をしないという方向もあわせて出てきている。
 ただしこれは改革とは言っても、歴史的な流れの中で行ったり戻ったりしているに過ぎない。単に自由を重視したからといって、問題が解決するわけではなく、また同じ問題が引き起こされるだけである。

(3) リスク社会
 一方で、科学技術の高度化・産業化により、化学物質、原子力、大量破壊兵器など様々なリスクへの対応が求められるようになった。これらのリスクは増大する一方であり、必ずしも国や企業など、所属する組織で対応しきれるものではなくなっている。対応しきれないリスクは、直接個人にも降り掛かり、個人の自己責任が求められるようになった。このような社会の姿は、常にリスクを背負いながら生活することを余儀なくされる点で、「リスク社会」として捉えられるようになった。
 技術が多様化されることにより、一面的な規制をしていると柔軟性に欠けてしまい、効率的な技術発展が阻害されてしまうという面もある。そのため規制を撤廃する動きがある。しかし、2005年末から話題となっている建物の耐震性能偽装事件では、耐震基準の審査を民営化したために、偽装が見抜けずに、巨大な不良建築物が建ってしまう事態となっている。この偽装事件では、マンション購入者に対して補償をすることが早急に決まったが、業者の責任であるとか、場合によっては安く購入した住民にも責任があるといった主張もある。国がリスクを負えない場合には、個人にもそのリスクがふりかかってくる例である。
 個人の自由も、リスクに対する自己責任とセットで渡されるようになっている。

(4) 近代化による問題を克服する「再帰的近代化」
 社会学者のアンソニー・ギデンズらは、前述のような問題は、近代化が不十分であることによるという考え方に立っており、こうした従来の「近代」を「単純近代」と呼んでいる。誰もが自由を主張し、自らの問題として考えない状況では、社会問題は解決できない。
 そして、近代社会が自らもたらした問題を、自ら解決していこうとする近代化のプロセスとして「再帰的近代化」を提唱している。「再帰的」とは、再び自分に向けられるという意味である。現在起っている問題について、誰か別のところに原因や対策・変革を求めるのではなく、自らと対峙して変革をしていく、もしくはそうせざるをえないことを示している。
 ここに、環境問題などの社会問題をたらした原因者が、問題に直面し、問題解決に取り組むという考え方がある。

(5) 経済と環境の連関
 環境問題との関連では、これまで環境と経済とは対立するものとして捉えられがちであったが、近年では「環境と経済の統合」という概念が広まりつつある。市場や経済活動そのものに、環境の価値を組み込むことで、環境調和型に変えていこうとする考え方である。
 廃棄物問題に対応してEPR(拡大生産者責任)の考え方に基づいて、製造者に回収・リサイクルの実施やそのコスト負担を義務づけるなどの制度づくりが各国で進められている。一方、すべての責任・コストを製造者に負わせることは、経済効率的ではないことなどが問題とされるようにもなっている。これに対し、製造者→流通→消費者→回収・リサイクル業者→再商品化業者といった、物の流れに沿った多様な主体の間で情報交流を進めつつ各主体による取り組みを進めることで、物流を最適化するサプライチェーン・マネジメントの考え方も広まっている。このような考え方は、日本における容器包装リサイクル法改正案においても、形式的なEPRよりも、リサイクルの高度化や、企業による自主的な取り組みと報告・公表のしくみを重視するなどの形で表れている。
 欧州では、大量失業者問題に対応して、企業がCSRの取り組みにおいて、雇用の創出を重視している。ホームレスなどの問題に対しても、援助よりも雇用を通じた自立を促す、社会的企業、コミュニティ・ビジネスの取り組みが広がっている。
 雇用創出などは、行政が行うよりも、本業で行っている企業のほうが得意な分野である。ただし、既存の「近代化」のように自己利益のみを追求する企業であるならば、過去起こされた問題が引き起こされるだけである。企業としても、本質的に社会を考える体制が整っていないと、「再帰的近代化」による解決へは向かわない。

(6) 市民活動のありかた
 市民運動も、かつては公害企業の告発や政府への要求などが中心であった。これからは、人々が環境問題の原因者としての自覚を持ち、自らの行動やライフスタイルを変えられるように促すための市民運動がより重要となると考えられる。
最終更新:2006年05月25日 09:44