外伝Ⅰ 実体のある幽霊機


200X年、東南アジア某国―――




真夜中の湿地帯に爆音が聞こえる

某国にある諸島に独立運動が激化してから数週間、日本は諸島に大量にある油田と国連職員を守る名目で自衛隊の精鋭部隊を投入していた

憲法違反と一部の国民には叩かれていたが、政府は油田が攻撃された場合の経済的な打撃とそれに危機感を持っていた大半の世論の支持もあって、自国の財産を守る防衛任務という名目で派遣された。

派遣部隊は陸上自衛隊の精鋭、第一空挺団にこの程新設された3個中隊、約400名ほどの人員からなる特殊作戦群を中核とした特殊編成部隊であった。

しかし現在、最悪の事態が起こっていた。

日本人数名を含むとした十数人の国連職員が独立ゲリラに拉致されたのだ。

政府は現地の自衛隊に作戦部隊を投入し、国連職員らの救出任務に当たらせるよう命じた

金子一哉(かねこかずや)二等陸尉も救出部隊の一人である。

新藤一等陸尉を指揮官とする部隊はゲリラのアジトである山奥の部落へ数機のUH-60Jヘリコプターに分乗して向かっていた。

80名の精鋭からなる部隊はヘリで上空からアジトを襲撃して、国連職員たちを救出する

たいして対空能力のない奴らは面を食らうという上層部の判断であった

ヘリの中は爆音だけがただ響いていた。金子は今、自分の恋人のことで頭がいっぱいであった

彼の彼女、金崎彩美(かなざきあやみ)は国連職員であった。ここに来る前からの付き合いだが、何の縁か同時期にここにやってきた

しかし今、彼女は身の危険にさらされている。そう、他の国連職員とともに拉致されたのだ

一体無事なのだろうか・・・

「金子二尉」

横に居た部下が言った「ポイントまであと5分です」

「よし、降下準備」

ヘリの中にいた隊員たちがそれぞれの装備をチェックする。金子も自らの89式小銃に実弾を込めた

彼は今だけ、無理に彼女のことを忘れようとした。あくまで俺の任務は救出任務、もし作戦任務中に関わらず、ほかの事を考えていたら

自分どころか多くの仲間や人質、彩美にも身の危険をさらしてしまう可能性がある

ふと、窓越しに外を見た。月明かりが見えない、雲が張っている証拠であった。地元の気象台によると予報は雲で今晩中に雨を降らせる可能性はないという

ジャングルを見た。

ただひたすらに熱帯林が広がる。ゲリラは見回りが配置されていると思われるが、対空火器がないと見られる奴らには

何もすることができない。

しかしそれはあくまで予測に過ぎなかった

おかしな話であった。

救出作戦本部は衛星写真などの情報提供や事前偵察の協力、要請を申し込んだ。しかし政府はそれを拒否した

政界内部に反対派がいるらしく、ことにその情報がマスコミにリーグされそうだというのだ

人質の命よりも別のことを考えているらしい。一体なんという話なのだろうか・・・

しかし彼らは任務としてそれを果たさせなければならなかった。なにせそれが命令なのだから

その時だった。編隊の先頭を飛んでいたヘリが突如、爆発を起こした。破片が吹っ飛んでそれが後方にいるヘリ編隊に当たる。

金子の搭乗していたヘリも何かが当たる音が響いた。コクピットのガラスに若干のひびが入る

「ミサイルだ!」

誰かが叫んだ。またヘリがやられる。

「隊長機がやられた!」

「何!?」

金子はコクピットに身を乗り出した。前方にいた、新藤隊長の乗った機体は確かに四散していた。早急に手を打たなければ指揮系統は崩壊し、作戦は失敗する

「ポイントまであと3分!」

パイロットが叫んだ

「全力退避!ポイントまで全速で行け!!」

金子が叫ぶ。

なんてことだ!敵は対空ミサイルを持っていた。おそらく携帯用のミサイルだろう。

思ったより敵の武装は強力であった。最悪だ・・・。まさか・・・!!

ふと金子に悪い予感がよぎった

「ポイント到達まであと30秒!」

「全機、掃射準備・・・」

気がついたら金子は指揮官になっていた。

しかし金子自身そんなことはどうでもよかった。隊員の一人が兵員用のドアからのぞくバルカン砲に手をかけた。

他の機体でも無線を通じて金子の号令が聞こえたとほぼ同時に同様の行為が行われる

「ポイント到達まであと10秒!」

パイロットが泣きそうな叫び声をあげた。部落を肉眼で確認する。

「テッ!!」

全機、バルカン砲が着地点確保のために火を噴いた

地上にいるゲリラは吹っ飛んでいく

「すげえ・・・」

副操縦士がそう呟いた

「掃射やめ!」

掃射したその場所には砂煙以外、もう何も無かった

「ヘリ降下!総員行け!!」

金子は総員に指示した。各ヘリは着地して、そこから自衛隊の精鋭たちが飛び出ていく

「急げ!!人質の身が危ない!!」

金子は89式を発砲して、次々とゲリラを打ちのめしていく。ロケット砲をヘリに向けているゲリラが建物の屋根の上にいる

「させるかアア!!」

金子はゲリラに向けて発砲した。ゲリラは倒れて、屋根から落ちた

ロケット砲ぐらいは予想できた。しかし空にいる敵を正確を打ちのめすことができる携帯式ミサイルなんて持っているとは思わなかった。

しかもゲリラの見回りがあんな部落より離れているところに配置されているなどとは予想しなかった。

金子は余計なことを考えていた。これが時として身に危険を及ぼすことを頭のどこかで知っていながら、だ

金子は仲間たちと共に建物をくまなく探した。しかし人質はどこにもいない・・・

金子はあせった。まさか・・・。

金子の目に部落から離れた小屋が見えた。熱帯林に隠れているせいで上空からは確認できなかったのだ

金子は誰よりも全速力で小屋に突っ走っていった。そして小屋の木造のボロドアを突き破った。

すると中には部屋の隅で座っている人がいた

金子もとっさに89式を構える。

しかし彼は何も武装をしていなかった、それに顔を見れば少年だった。

金子は発砲するのをやめた。銃口を少年からそらす。

少年はボロボロの、サイズの大きい服の懐から拳銃を出して金子の方へそれを向けた

乾いた銃声が小屋に響く。2発の銃弾は金子に命中した

そのまま金子は倒れこんだ

「金子二尉!」

部下が叫んだ。一斉に部下たちが突入し、少年に銃弾を浴びせた

「金子二尉、大丈夫ですか!?」

「金子二尉!」

寄り添う部下たちの声が聞こえた。

死ぬのか・・・?

しかし早くしないと人質が・・・彩美が・・・

だが体はなぜか思うように動かなかった。

どうした、動け、動かなければ・・・

そのまま金子は意識を失った




金子は視界が明るくなっていくのに気がついた。

虚ろな視界から開放されるとそこはどこかのベットの上であることがわかった

「気がついたか?」

迷彩服に赤十字の腕章をつけた中年の自衛隊員が近くに寄った

「ここは・・・?」

「自衛隊の臨時野戦病院だ。我々は作戦後に増援部隊としてこの部落に・・・」

「!!」

金子は取り戻しつつある意識の中であることを思い出した

「そういえば国連職員は全員無事ですか!?」

衛生隊員は悲しそうに首を横に振って、残念ながら・・・と呟いた

金子は腹の辺りに銃創があるにもかかわらず、ベットから起き上がり、テントを飛び出した

おい!と衛生隊員が言っても金子は何も聞こえなかった。

大雨にうたれながらも金子は走った。まさか・・・

金子は一つの大型テントの前に立つ若き自衛隊員の胸倉をつかんで言った。

「おい!!ここは遺体安置所か!?」

若き自衛隊員は金子の鬼のような表情に怯えながらもそうですが、と答えた

金子は遺体安置所に入っていく。多くのボディバッグ(遺体安置袋)が並ぶそのテントの端に他の袋とは別物の様におかれている5つの袋があった

金子はそこへ近づいていく。その中のひとつのボディバッグを見た途端、金子は愕然とした

『金崎彩美 死因 後頭部銃創(即死)・・・』

ボディバッグにはそう書かれた検死報告書が貼ってあった

金子はボディバッグを開けた。そこにはキズ一つなく眠っている彩美の顔があった

後頭部銃創・・・普通に後頭部に弾を受けることなどありえるだろうか?

処刑されたのだ。きっと座らされて、顔をうつむかされて、そして上になった後頭部に拳銃の銃口を突きつけられて・・・そして・・・

金子は号泣した。彩美の入ったボディバッグを掴んで、叫びに近い泣き声をあげた

しかしそれは大雨の落ちる音によってすぐにかき消された



ゲリラ43名戦死、捕虜12名、自衛隊ヘリコプター2機大破、自衛官28名殉職、8名が重軽傷、そして国連職員5名死亡・・・

同じように派遣され、同胞を拉致されたイギリス、フランスの特殊部隊投入を取り止めさせて、無理矢理進められた形で行われた自衛隊最初のオペレーションは日本の株を上げようとした一部の政治家の思惑を大きく裏切り最悪の結果となった

日本政府、および自衛隊は国内外から厳しい批判を受けた

それから2週間後、政府は自衛隊某国展開作戦の終了を宣言、自衛隊の某国撤退が決定した

だが、まだ何人もの自衛官たちの戦争は終わっていなかった

金子もまたその一人であることは特記するに値することではない





東京動乱 前編




自衛隊某国派遣から数年・・・




200X年3月9日0300(午前三時) 陸上自衛隊習志野駐屯地




大きな扉が大きな音を鳴らして開く。そこからは明かりと幾人の隊員たちが見える。そして誰かが扉の向こうの明かりをつけた

ぱ、と明るくなった室内。その室内には大量の武器、弾薬が貯蔵されていた

「諸君、時は来た」

習志野に駐屯する第一空挺団の幹部、金子一哉二等陸佐は一部幹部を作戦室に集めて演説していた

全員、迷彩服を着ている。



弾薬庫では隊員たちがトラックに弾薬を積載している。トラックの数は優に百台は超えていた。

「日本国の失業率は10パーセントまで行く勢いまでになってきている」

隊員たちは自分たちの装備の点検をしている

「役人は税金を使い放題。全ての問題は税金で穴埋めだ。メディアはいたずらに国民を刺激している。某国自衛隊派遣がいい例だ。派遣当初は騒がなかったが、いざ戦死者が出てみれば大騒ぎだ。遺族の気持ちも考えない過熱報道。自衛隊批判。自衛官が現地で罪を犯したという根も葉もないウソを言って、まるで自衛隊を鬼畜集団のように騒ぎ立てる週刊誌・・・」

隊員たちは自分たちの武器に実弾を込めた

「そして何より言うだけで何もしない、自分が巻き込まれない限りは何も行動しない無気力な国民、大衆」

82式指揮通信車をはじめとする数台の装甲車に取り付けられている機銃にもまた実弾がこめられた

「我々は日本の危機的現状に対し、決起する」

装甲車、トラックのエンジンが発動する

金子たちは外へ出た。

そこには武装した多くの隊員たちがいる

「諸君・・・」

金子たちは隊員たちを見た。全員、金子たちをしっかりと見つめている

「すでに第一戦車大隊と第一高射特科大隊の一部は北上中、第一、三十一、第三十二普通科連隊を中核とする第一師団決起部隊はすでに行動体勢を整えつつある」

金子は一呼吸置いて声を大にした

「日本の現状は最悪である!危機は静かに迫りつつあり、国民たちはこれに気づいていない!」

隊員たちは静かに、しかし興奮ぎみに演説を聞き入っている

「我々はこの状況に憂い、決起する!!」

隊員たちは歓声を上げた。これで良いのだ・・・。そうだよな・・・彩美・・・

金子はふと空を見た。月さえも見えない曇りの夜が広がっている




同日0413 神奈川県川崎市溝口 国道246号線沿いにあるコンビニエンスストア

コンビニでたむろしていた不良たちも帰ってコンビニに静かなひとときがやってきた

中年太りした店長が控え室でパイプいすに座って競馬新聞を呼んでいる

「テンチョー!トラック来ませんよー!」

バイトの青年がやってきた

「そりゃ大変だなー」

トラックが来ないよりも競馬の予想の方が大事な店長はあまり大変そうではない返事をした

机の上にあった湯飲みがカタカタと揺れる。地が微妙に震えているのがわかった

「な、なんだ・・・?」

店長とバイトは控え室から店の方へでて、オープンな窓辺から国道を見た

大きな戦車が列を成して東京へ向かっているのが見える

「・・・」

店長とバイトはあ然とした

「な・・・んだ・・・あれ・・・?」

店長が言った




同日0430 東京都千代田区 警視庁中央通信所


コンピューターやハイテク機材が立ち並ぶこの通信所に数々の市民や交番から戦車や装甲車が爆走しているとの通報が寄せられた

またその情報は千葉県警や静岡県警、埼玉県警の通信所にも寄せられていた。

「防衛庁に連絡だ。何があったか調べさせろ」

通信所の当直責任者が指示を出す

「管区交番、国道246号線にて戦車部隊を確認!」

次々とオペレーターが状況を報告する

「葛西橋、船堀橋、平井大橋、小松川橋・・・荒川に架かる全ての橋に小銃を持った迷彩服の集団がいるそうです!多摩川も同様!」

「秋葉原駅、渋谷駅、新宿駅、池袋駅に装甲車と迷彩服の集団が現れたそうです!現在、駅構内に侵入しているとこです!」

「大変です!都心を中心とする各警察署が武装集団に占拠されたのこと!!」

「まさか・・・」

当直責任者が呟いたとき、一人のオペレーターがあ然としたように言った

「通報・・・世田谷区にあるSグループ会長私邸が武装集団によって襲撃されたようです・・・」

当直責任者はこの時悟った。これはまぎれもなく・・・クーデターだ!



同日0440 静岡県国道沿いの定食屋「黒豚亭」


朝早く店を開けている黒豚亭には女主人とカウンターに座るメガネをかけた男、あと男からすこしはなれた所にはラーメンを黙々食べている男もいる。

「おばちゃん、テレビつけていい?ニュースくらいならやってるぜ」

メガネの男が言った

「何か知らないけど、今日は何もやってないのよ」

そんなバカな、と言いながらメガネの男はポケットからハンカチを取り出してメガネを拭いている

「きっとそのテレビ、オンボロだから使えないだけなんだよ」

メガネの男はメガネをかけると店の隅の天井にかかっているいかにも年代物のテレビに赴いた

どれどれ・・・と男がテレビをつけるとチャンネルは全て放送休止状態に入っている。NHKくらいならと思ってチャンネルを変えてみる

すると画面全体に『6時より特別番組を放送します』というテロップが流れていた

「そんなのあたしがつけた時には流れてなかったね」

女店主がそんなことを言う。

突然、店に妙なメロディが流れる。ラーメンを食べていた男が携帯電話の着信音であった。

すみません、と平謝りするラーメンの男。

しかしさぁ・・・とメガネをかけた男は席に戻る

「一体なんだろうね・・・?」

「さあ、何か災害でも起きたのかね・・・?」

ケータイのメールをチェックして以来、ラーメンを食べるスピードを早くした男はもう食べ終わってしまった

おばさん、お勘定というと女主人は電卓で勘定を始めた

「ねえ、アンタ。これ、どう思う?」

メガネの男がラーメンの男に言う

ラーメンの男は千円札を出しながら、それはもしかしたら・・・と呟く

なんだい?とメガネの男

するとラーメンの男はつり銭をもらいながらまだうら若い顔にちょっと不気味な微笑を浮かべ

「戦争かもしれませんね・・・」

と言った。

ラーメンの男はそのまま店をあとにした。めがねの男と店主は男の姿をただ呆然と見ていた

ラーメンの男、自衛隊情報本部所属の芹沢哲也二等陸尉は店を出ると車に飛び乗った





同日0445 東京都足立区 日光街道



82式指揮通信車と装甲車の一団を先頭に何十台ものトラックが爆走していた。

第一空挺団普通科群の一個中隊と第三十四普通科連隊の装甲車が空挺団の弾薬庫や松戸市に駐屯する補給処から持ってきた武器、弾薬を警護する任務を帯びていた

金子二佐以下、空挺団決起部隊の幹部たちもこれに同行していた。東京へ到達次第、防衛庁へ向かう

現在空挺団の普通科群と呼ばれるいわゆる一般の歩兵に当たるそれ(それでも精鋭だが)のもう三個中隊は荒川にかかる橋を制圧していた

そして特殊作戦群と呼ばれるいわゆる特殊部隊は密かに首都、東京へ向かっていた。

到達次第、NTTなどの通信施設、放送局、そして防衛庁を制圧することになっていた

他の三個普通科連隊は指定された警察署や駅、さらに官公庁、総理官邸、新聞社を制圧し要人邸を襲撃、あと第一戦車大隊と第一偵察隊は主要幹線道路と多摩川に架かる全ての橋を制圧するよう指示し、他の部隊は官庁街への展開を命じた

国民よ、現実を見るのだ。

そうすれば・・・

ふと金子はハッチから日光街道を見た。ジョギングしている男、新聞配達に対向車線からやってくる車の運転手、

その全員が呆然としている様に見えた。

しかしその金子の顔もすぐ呆然となった

あれは・・・

こっちを向いている一人の女性、栗色のロングヘアーがきれいなあの女性はまさか・・・彩美・・・

指揮通信車は彼女の横を通り過ぎていく。金子は後ろを向いた。誰もいない。まさか、たしかにさっきのあの場所に・・・

「・・・佐・・・金子二佐」

はっ、と我に返った。通信士が呼んでいた

「ああ、悪い。どうした?」

「ただ今第一普通科連隊が全ての目標の制圧を確認。残るは特殊作戦群が制圧する防衛庁のみです」

金子は作戦通りだ、と思いながら指示を出す

「司令部と普通科一個中隊、装甲車群は防衛庁に向かえ。補給部隊は桜田門に展開せよ」

了解と通信士は言った

金子はさっきの女性が気になっていた



同日0501 東京都新宿区市ヶ谷 防衛庁地下中央指揮所


警視庁の中央通信所よりもはるかに大きいそこには自衛官のトップに立つ統合幕僚会議議長と陸海空幕僚長などの自衛隊のトップが集まっていた。

「防衛庁に一個中隊が侵入しました。空挺団特殊作戦群と見られます」

オペレーターが言った

「統幕議長、制圧まで差ほど時間は掛からないでしょう」

陸上自衛隊の制服を着た幕僚が言った。

クソ、と呟くと統幕議長はふとため息をついた

「決起部隊の推定戦力は?」

統幕議長がそう言うと一人の幕僚が言う

「第一空挺団と第一師団の首都圏に駐屯する第一、第三十一、第三十二普通科連隊、第一通信大隊、第一偵察隊、また静岡県駒門に駐屯している第一戦車大隊、第一高射特科大隊の一個中隊、あと松戸の補給支処も参加し、参加人数は5千名を越えるものとみなされています」

「優に2・26事件の3倍以上の戦力だな・・・」

統幕議長が呟いた。他の幕僚に重い空気が流れる

「北部方面総監に通達、以後の指揮を一任すると伝えておけ。あの人はベテランだからな。あと情報本部長・・・」

日本版CIAの異名を持つ情報本部の長が敬礼した

「アイツにも伝えておいたか?」

ハッ、と情報本部長は自衛隊風の返事をするとすでに通達済みです、と言った

「アイツとは・・・?」

幕僚の一人が言う

「アイツ・・・情報本部所属の芹沢とかいうヤツでな・・・アイツなら役に立つだろうな」

「統幕議長!一個中隊が増援されました!侵入部隊はすでに地階に侵入中です!」

迷彩服の警備隊員が拳銃を片手に敬礼もなしにやってきた

「終わりだ・・・」

誰かが呟いた

多くの駆け足が近づいて来るのが聞こえる。

「降伏しろ!」

武装した集団が指揮所に突入していく

「全員両手を上げて!」

20人ほどの武装自衛官は89式小銃を構えてまるで篭城事件を解決する警察の特殊部隊みたいにあっという間に指揮所を制圧した

「一体誰がこんなことを・・・」

航空自衛隊の制服を着た幕僚が言う

「金子二等陸佐入ります!」

その答えが敬礼をして入ってきた

「君かね」

統幕議長が言った。金子といえば天才自衛官で有名な男であった。将来、幕僚長の座が約束されているのはこの場にいる全員が知っていることであった

「いったい君は何をしたのかわかっているのかね?」

統幕議長が金子の正面に立った

「お言葉ですが統幕議長、現状は最悪です」

「そんなことはわかっている。しかし・・・」

「我々自衛隊は日本を守る武装集団であります。単なる飾り物ではありません。この平和ボケしきった日本は腐敗の一途をたどるばかりです。政治家は国家や国民よりも自身の利益を優先し、国民は民主国家でありながら政治に積極的に介入しようとはしません。まるで他人事のように受け止めているだけです。この国の全てが腐れようとしています。国民がこれに気がついたとき、全てが遅すぎるでしょう。我が国は未曾有の危機的状況です。我々はこの状況に対し、決起いたしました」

そこにいる全員が静まり返った

「全員拘束せよ。幹部は会議室、あとは食堂だ」

自衛官たちが銃を持って全員を誘導する

「金子・・・」

統幕議長が呟いた

「新藤や恋人の復讐ならやめておけ・・・何も生まれんぞ・・・」

「大衆は何もわかっていません。時には中傷され、異常な報道をされて、遺族や仲間たちが悲しんでいるのも現実として受け止めていません。そして本気で何も変えようとしません。これはどこかの国が武力を持って日本に攻め込むより非常かつ異常な事態です」

統幕議長は小刻みに頷きながらそうか、と言うと歩きはじめた





同日0710 神奈川県横須賀市 海上自衛隊横須賀基地



海上自衛隊最大の基地である横須賀基地の大きな門には武装した警務隊が立っている

芹沢の車は基地門を越えて基地へ入っていく

芹沢は駐車場に車を止めると私服姿のまま、さっさと自衛艦隊司令部の建物に入っていこうとした。

すると一人の陸自の制服を着た男が玄関前で待っていた

「芹沢二尉ですね」

男は芹沢に近づいてきた。襟の階級章を見る限り三等陸尉、彼より一つ階級は下だが・・・

「そうだが、君は?」

「陸上幕僚監部調査部所属の宮沢三等陸尉です。命令に基づき貴方を補佐するよう言い渡されています」

よろしく、と芹沢は言う

「早速だが反乱部隊の様子を教えてくれ」

「現在多摩川、荒川、そして環八通りのラインをバリケードで封鎖し、篭城に入っています。さらにこれです」

そう言うと宮沢は書類の束を渡した。反乱部隊の推定戦力がまとめられている

芹沢はそれを抽象的にぺらぺらと書類をめくりながらゆっくりと歩きはじめた。宮沢もその歩調に合わせて歩き出す

「ところでNHKでやっていた特別番組は見ましたか?」と宮沢

「ああ、カーラジオで聞いていたよ。あんまりしっかりとは聞いていなかったがな」

芹沢はそういった。NHKを使った決起放送だった。NHKの総合はもちろん、教育、BS、ラジオまでこの放送をしていた

「決起部隊が放送中に要求していたものを用紙にまとめてみました」

そういうと宮沢は今度は一枚のペーパーを渡した。何項目もある要求がまとめられている。

政治、財界人の一掃や国連監視下における新生日本のための新たな総選挙、数々の法律改正、教育改革などといったいわゆる日本の全面改革を目的としたと見られる要求がほとんどであったがその中には自衛隊某国派遣の際、中傷を受けた遺族や自衛官たちへのマスコミや国家の謝罪、さらには誹謗中傷した者への厳しい罰則という項目もあった

「反乱部隊への対応は?」

「現在、陸自の第一師団の残存部隊や第六師団、第十二旅団の部隊が首都周辺の各駐屯地へ集結しています。海自も横須賀基地から第一護衛隊群が東京湾へ展開中、空自も三沢の第三飛行隊が茨城県の百里(ひゃくり)基地へ進出中です。現在、臨時政府が正式な出動命令していないので演習名目で部隊を動かしています。陸自は街中へ部隊を展開できませんし、当然攻撃も不可ですが正式な出動命令が出次第、行動を開始いたします」

「臨時政府?」

「全国知事会や何らかの理由で地方にいた国会議員たちが寄せ集まって名古屋で会議を開くそうです。そこで超法規的に自衛隊を動かすようにするようです」

へ~と芹沢が納得したようにいった

「他に警察ですが現在、関東地方一帯の県警、もしくは警視庁の残存が東京方面の全公道を封鎖しています。海上保安庁も東京湾を封鎖しています」

「北部方面総監が臨時の自衛隊総司令官に任命されたらしいが・・・」

芹沢は他の隊員たちとすれ違いながら角を曲がり、階段にゆっくり上がりながらそういった

「もうそろそろ陸自や空自の上級幕僚の面々がここにやってきます。そうすれば海自の幕僚面々とも合流して臨時の幕僚会議を開くことになっています」

芹沢と宮沢は階段を上りきった

「宮沢、小松左京の『首都消失』という小説を知っているか?」

宮沢は自分はあまり小説は読まないので・・・と言う

「人や物はもちろん、電波まで寸断してしまう大きな雲が東京を覆い尽くしてしまうというあらすじだ。その話の面白い所は突如東京抜きとなった日本がいかに混乱になってしまうかというところをリアルに描いている点だ。日本という国は東京を中心にして栄えている。東京中央集権社会だ。日本は今、心臓麻痺を起こしているようなものだ。いくら臨時政府が立てられてもそれはあくまで『臨時』にすぎない。心臓麻痺が長引けばすれば脳に酸素が行き渡らなくなってやがて息絶えるように、事態が長期化すれば日本はいずれ・・・死ぬ」


芹沢は廊下の窓から空を見た。空いっぱいに暗い雲が広がっている




同日1109 東京近隣


臨時政府は近隣住民に対する避難命令、そして正式な自衛隊への出動命令を下した

今まで首都近隣の自衛隊駐屯地で待機していた陸上自衛隊も命令と同時に部隊を一斉展開した。

海上自衛隊にも威嚇、もしくは自己防衛のみに関する攻撃許可が出された。

航空自衛隊も百里基地に展開していた戦闘機を首都近辺に警戒任務で出撃させた

わずか数時間で東京包囲網は完成した。

自衛隊や警察、海上保安庁の面々の当面の敵はもちろん反乱部隊であったがそれよりも自分を身代わりにして欲しいという者や反乱部隊が後の事態を想定し、東京にいた皇室を京都へ解放したために反乱部隊に恩を返し、激励したいという一部の右翼、さらに共に戦いたいという者や野次馬を規制するのに手一杯だった。



同日1524 東京上空


包囲網からは隊員の原隊復帰を呼びかける放送がひっきりなしに流された。翌日になれば東京中にヘリによって原隊復帰を呼びかけるビラが撒き散らさせることだろう。

百里基地を拠点とする第501偵察航空隊のRF-4E偵察機が偵察任務のため東京の上空に入っていた。

RF-4EはF-4Eファントム戦闘機をベースに偵察任務用に改良した機体である。

偵察任務に優れるが武装がない、あるとすればチャフ、フレアといったいわゆるミサイル退避材だ

二人乗りの偵察機の内、前方のコクピットに乗っているのはパイロット、後方のコクピットに乗っているのは偵察員である。

パイロット兼機長は眼下にある東京を見た

信じられなかった、東京が、よりによって我々の仲間によって制圧されたなんて・・・

機体中に警報音がとどろく、ミサイル警報だ!ロックオンされたのだ

『8時の方向からミサイルです!』

偵察員が叫んだ。

「チャフ、フレア放出!全力退避するぞ!」

機長はそう言って尾翼から光る細かな物体とそれくらいの大きさのアルミ材を放出させた

クソッ、と機長は心の中で言った。ミサイルは偵察機の後方で罠にはまって爆発を起こした



同刻 東京都千代田区 防衛庁上階 防衛庁長官室


金子二佐は普段は防衛庁長官しか座らない黒塗りのふかふかとした高級椅子に座っていた

高級感漂うドアの向こうからから誰かがノックしている。

「入れ」

ドアが開くと一人の迷彩服を着た隊員がやってきた

「金子二佐、ただ今偵察機に対し、高射特科部隊が地対空ミサイルを発射しました。偵察機は退避し、東京上空を去りました」

金子の命令どおりだった。金子は上空に偵察機が侵入してきた場合、迎撃せよと命令した

本当は高射砲の一つくらい持っていればよかったのだがな、と金子は呟いた。反乱部隊の対空火器はすべてミサイルといった類のものだった。今回の場合、威嚇程度で十分だったがその任務を可能とする兵器がなかった。ミサイルを威嚇に使ったのは賭けであった

隊員は敬礼すると足早に部屋を去った

金子は椅子から立ってガラス越しに東京の町を見た

金子は某国派遣後、とてつもない絶望感、自虐に襲われた。自分が油断し、撃たれたことにより指揮系統が乱れ、部下が死に人質が処刑されてしまった。彩美まで処刑されてしまったのだ

それから金子は陸上自衛隊のいかなる厳しい訓練にも耐えた。それにあきたらずアメリカやフランスの特殊部隊養成課程にも研修の形で赴いた。

そうやってあの過ちをもう二度と起こさないようにした。そして彩美を忘れようとした。一種の罪償いでもあったのかもしれない。

しかし彩美を忘れることはできなかった。今でも彼の迷彩服の胸元にある自分と彼女が寄り添って微笑んでいる写真がその証拠だ

彼女は優しくきれいな女性だった。本気で婚約も考えた。

そんな人のことを簡単に忘れ事はできるわけがない、とあきらめがついた。

そんな時、救出作戦部隊隊長だった故新藤一尉の奥さんが過労で倒れ、亡くなったという話が舞い込んできた

過剰な報道に加え、3人の子どもは学校で人殺しの息子といわれ、そのいじめは生徒のみならず、先生まで加わっていた。

学校に直訴しても黙殺される一方だった。組合か何かがバックにでもいたのだろうか。

いずれにせよ学校ぐるみでのいじめだった。それは新藤だけに限らず一部の自衛官たちがそれに該当した

また彩美の家族も同様で、過剰な報道に巻き込まれていた

大衆たちもこの事を政府と自衛隊の責任だとしてまるで自分たちには何も責任が無く、何も無関係なことのように言い始めた

ふざけていた。派遣前までは大きな油田があり、それが日本経済に大きな打撃を与えるので派遣はしたほうが良い、いや、しなければならないなどと言っていたその口で今度は政治、自衛隊批判か。

金子は彼らを憎んだ。どうして彼らを守っている立場にある俺たちがなぜ彼らから小石を投げられる立場にあるのか

一体、俺たちは誰のための自衛隊なんだ?

そして思った。もしこのまま行けば多くの新藤一尉やその家族、そして彩美や俺のような人々が出てきてしまうのでないか

大衆は自分たちが事態に巻き込まれない限り、何もしない、何もわからないのだ。

金子たちは自分のような考えを持った多くの自衛官に知り合った。そしてこの現状を憂いた

このままでは日本という国は終わってしまうのではないか。多くの国民が危機的状況に気づいたときにはもう遅いのではないのか

彼らは決めた。この日本の現状に終止符を打とうと、そして彼らは決起したのだ

金子は腰のホルスターから九ミリ拳銃を抜き出した。スイス製のP220という拳銃を国内でライセンス生産したものだ。

派遣後、金子は必死になって厳しい訓練を行ってきた。そのなかで彼は自衛官ではなく、本物の、それもかなりの軍人となっていた

アメリカ軍特殊部隊と極秘で合同演習をやればデルタフォースの5、6人は簡単に打ちのめすことができるようになった

生まれながらの才能というのもあったのかもしれないがそれを覚醒させたのは厳しい訓練によるものであった

いつの間にかベテランのアメリカ兵にも畏怖される対象になっていた

戦闘になったとき、もし敵がいればそれをいち早く察知して、一瞬にしてそれを倒さなければいけない。それが彼が厳しい訓練の中で彼が学んだことの一つであったし、あの実戦で学んだことでもあった。

もしここに敵がいきなり侵入してきたとしてもこれを撃退することは可能であった

今では勝手に彼の体が勝手にこれを察知して、これを撃退せんと勝手に反応する。

金子はガラス、そして東京の町並みの方向に銃口を向けた。

「立ちはばかる者あればこれを撃て・・・か・・・」

どこかで聞いたような言葉を呟いた

金子はガラスを見つめた。金子の顔が驚きに満ちた

ガラス越しに金子の後ろに彩美の姿が見えた。今度は泣いていた。嗚咽しているわけでもないがその顔は明らかに悲しそうな表情をしていた


「彩美・・・!」


金子が後ろを振り向くとそこには誰もいなかった

その日、関東地方に小雨が降っていた



最終更新:2007年10月31日 02:31