外伝Ⅲ 加速する羽根 前編
精密な機械を駆使することは、きみをけっして乾燥無味な技術者にはしなかった。現代技術のあまりにも急速な進歩に恐れをいだく人々は、目的と手段を混同しているようにぼくには思われる。
単に物質上の財宝をのみ希求している者は、何一つ生活に価するものをつかみえないのは事実だが、機械はそれ自身がけっして目的ではない。飛行機も目的ではなく一個の道具なのだ。
鋤のように、一個の道具なのだ。
『飛行機』(サン・テグジュぺリ)
「レシプロなんか必要ないんだ」
バー『ギムレット』の一番奥のボックス席で一人、ワイルドターキーを飲んでいた有川に、男はそう告げた。今夜のギムレットは、そこそこ客の入りがあったが、暗く厭世的な空気を醸す有川の周りにはいつも空いている。
「そうだろ?」と男は続けた。
「君はパイロットだな?」
「飛鳥島科学研究所、独立観測航空隊」
「ほう・・・、実体のある幽霊機か。搭乗機はフォッケウルフTa152E改、究極のレシプロ戦闘機と呼ばれるフォッケウォルフTa152H-1の複座型か」
男は、自分を帝國空軍飛行開発実験師団のカーク・テリー大佐だと告げ、ウェイターに有川と同じワイルドターキーを注文した。
「勝てるかね、ジェットに?」
テリー大佐が、グラスを片手にニヤニヤと笑った。
「君は―」
「有川祐ニ、階級はない」
「フム、独立観測航空隊は軍隊じゃないからな。私のシュワルベ、帝國軍の次期主力戦闘爆撃機のMe262だが、いかに究極のレシプロ機といえどジェットには敵わないだろう?」
「魔女の親戚が、燕に負けるって?」
「模擬空戦演習をやりたいと思っていたが・・・。フムン、それも面白いな」
ワザとらしい。人の神経を逆立てするのがうまい奴だ、グラスを傾け有川は思った。
「ひとつ、胸を貸してくれないかね?」
「飛行開発実験師団にはあらゆる機種を扱う専門部隊がある。それでも不満なら教導飛行師団のところにいけばいい。独立観測航空隊は帝國空軍の部隊じゃない。所属が違う」
抑揚のない乾燥した口調で有川が言うと、「わからないかな」とテリー大佐が溜息混じりに告げた。
「レシプロは極められた。これからはジェットの時代だ。これは世代交代だよ」
有川はグラスを空にしてギムレットを後にした。背後で、テリー大佐の高笑いが聞える気がした。
飛鳥島の地下施設は、様々なエリアが機能的に配置されていた。無駄がなく便利だが無機質だった。有川は、真っ直ぐ通路を歩いて自分の部屋に戻った。
世代交代。
レシプロは、ジェットに敵わないのか?
翌日になって、有川はいつも通り独立観測航空隊のセンターに顔を出した。フライト・スケジュール表に今日の出撃予定はない。先に来ていたデネブ・ロープが、溜まった観測報告書を纏めようとワードプロセッサを相手に挌闘していた。有川も、今日は退屈なデスクワークをすることになる。
席につくと、有川に気付いたデネブが「何かあったの?」と尋ねてきた。
「どうしてそう思う?」
「なんとなく・・・、悩んでいる事でもあるみたい」
「飛行機について色々と」
「飛行機? Ta152のこと?」
「Ta152はいい飛行機だよ。悩んでる俺は不謹慎らしい」
パイロットはいつも新鋭のモノを好む。まったく、その通り新しいモノの方が優れているのだから。でも、それは技術信仰とは違う。その違いがよくわからなくて悩んでいるのかもしれない。
数種類の報告書を仕上げ、独立観測航空隊の格納庫に向った。十数機のTa152E改が並ぶ格納庫の光景は壮観だった。第二次日米戦争の頃は、同じ場所に同数の新鋭戦闘機が並んでいた。
二列縦隊で向かい合うように規則的に並んだTa152E改の列にところどころ欠けたスペースがある。『アンタレス』と『ストレガ』が出撃中だった。
「私はTa152は好きよ」
デネブは自分の搭乗する『レイブン』に歩み寄り、エンジン・カウリングに触れて降り返った。
「Ta152が複座になって私が初めて搭乗したとき、有川がなんて言ったか覚えてる?」
「なんだ、いきなり」
エンジンまわりをデネブに任せ、有川は主翼を端から覗き込んで、ビスや反り具合に異常がないか確かめる。Ta152の翼は上品な曲線を描き延びていた。高々度の希薄な大気を確かに掴み取る羽根だった。
「Ta152の前身はドーラと呼ばれた。じゃあTa152は何になる?」
「なんて言ったかな、忘れてしまった」
「サンキュバスだ、って。あれはちょっと頂けない冗談だったわ」
フラップを点検していた手を止めて、有川が笑った。
「そいつはすまなかったよ」
機体の点検を終えると、格納庫のスピーカーが有川を呼び出した。
有川がレディルーム(受令室)に出頭すると、ブリーフィングを担当する大林が、ばつの悪い顔で書類を渡した。
「まったく、忙しいのにこれ以上厄介事を持ち込まないでくれ」
「何の事だ?」
「空軍のテリー大佐だ。まぁ、君が悪い訳じゃないだろうけど。幽霊機に乗るのは幽霊。幽霊にケンカを売る奴は技術者じゃなくて拝み屋だ。しかし、氷室総監は気分屋らしい」
「まさか、あいつの話に乗ったのか?」
「乗員の訓練としても、今後の研究課題としても絶好の機会であるという話だ」
「馬鹿らしい・・・!」と有川が一蹴する。
しかし、観客然としてみれば、これは究極のレシプロ戦闘機と初の実用ジェット戦闘機の興味深い対決だった。
「だけど、考えてみろ。総監を相手にするのと、ジェット機を相手にするのではどっちがマシだと思う?」
「命令なら飛ぶよ。拒否する権利があるとも思えないからな」
「適切な判断だ」
模擬戦の日程を聞いて、レディルームを退室すると有川は歩きながら渡された所類に目を通した。Me262シュワルベ双発ジェット戦闘機の技術指導書だった。世界初の実用ジェット戦闘機、名前ぐらいは有川も知っている。プロペラを持たない新世代の航空機として、その布石になった戦闘機ではあった。
書類に記述されたスペックでは、実用上昇限度はTa152に分があるが、速度はシュワルベとは100キロ以上の差があった。
だが、それに何の意味がある? 問題は乗るパイロットだ。俺が相手にするのはどんな奴だろう?
そう考えていた方が気楽だった。レシプロ機対ジェット機ではなく、パイロット対パイロット。互いが互いの技量の限りを尽し、広い空でどんなダンスより激しく踊る。
考えているうちに、有川は格納庫に戻ってきた。格納庫に待たせていたデネブが、誰か知らない人間と話していた。パイロット・スーツを着た長身な男だった。
男が有川に気付き、顔を向けて敬礼した。
「はじめまして、飛行開発実験師団、実用試験飛行隊のヴァルター・ノヴォトニー少佐です」
有川はそれに応じながら、ノヴォトニーの後ろにくだんのジェット戦闘機があるのを認めた。
「有川祐ニ。ノヴォトニー少佐、そこは別の機体が入る。『アンタレス』の駐機場所だ」
「そうだったか、では別の場所に」
「整備スペースに入れておくといいわ」とデネブが提案した。整備スペースは格納庫の一番奥にあって、エンジン分解など、C整備以上の時に使われるため普段は空いた場所になっている。
「それがいいだろう」とノヴォトニー少佐も賛成して、L3カルロ・ヴィローチェを改造した牽引車がMe262を運んでいった。
「デネブ、少佐と話してたならもう知ってるか?」
「まぁね、明日、少佐と模擬戦でしょ? せっかくの休日を無くして」
「おてやわらかに」
と、ノヴォトニー少佐が屈託のない笑顔で言った。
夜、ノヴォトニー少佐に声を掛けられた有川は、「どこかいい飲み屋を知らないか?」と聞かれ、バー・ギムレットに案内する事となった。ノヴォトニーは、今まで大陸側にいたので飛鳥島では右も左もわからないらしく、ギムレットのウェイターは有川が珍しく連れをつれてきたのに目を丸くした。
「あなたも戦闘機乗りだったのですか?」
一番奥のボックス席で、有川と対面するように座ったノヴォトニーはそう口を開いた。
「オペレーターの彼女が言ってました。機上のあなたの目は、まるで鳥類の目を思わせたと。きっと、それは戦闘機乗りの目なのでしょう」
「昔の話だよ」
有川の公式な最後の戦闘は、対米戦争での飛鳥島航空戦までだった。この世界に転移した後に、僅かな期間空軍にいた為、その作戦にも参加したが、いずれも哨戒任務で敵に遭わなかったので戦闘はなかった。
「所属は?」
ノヴォトニーは、探るように目を細めて有川を見た。
「飛鳥島科学研究所、独立観測航空隊」
「いえ、その前です。できれば実戦部隊にいた頃の・・・」
有川が観念した様子で答えた。前に、テリー大佐に尋ねられたときは答えなかっただろう。それは地上の人間だったからだ。しかし、今、前にいるのはパイロットだ。有川にとって敬意を払う対象だった。
「第8戦術航空師団、第52戦闘航空群、第311飛行隊、11番機。最終戦闘までに、航空機25機を撃墜、被撃墜3回」
「エースなんですか?・・・」
ノヴォトニーの目が大きく見開かれる。
「運良く生き残れただけだ」と有川。
「Ta152E改は、いい飛行機です?」
「何を持って良いというかで意見がわかれるだろう。速度、運動性、上昇力、搭載火器・・・、地上での整備性、運用耐久性etc」
「わかります。戦略面での撃墜交換比率もバカにできません。しかし、あなたとしてはどうです?」
「どういう意味だ?」
有川が尋ね返す。
「私は、飛行技術の極意を探しています。まぁ、これは私の属する実用試験飛行隊のテーマでもあるのですが・・・。個人的にもそれが知りたいと思っています」
ノヴォトニーが、初めて自分の事について話はじめた。有川は、ようやく彼が自分に何を尋ねているのかがわかった。
「好きだよ」
ほとんど反射的に答えていた。有川は答えたあとで、何を言おうか言葉を選びながら続けた。
「まず、乗り慣れている。たぶん、パイロットの意見としては重要な要素だ」
「しかし、Ta152E改は複座です。原型のTa152H-1に比べ全体重量も翼面加重も増えています。瞬発力や運動性に影響があるでしょう?」
「特性が変っているとは思うけど、それは必要性からだ。今の俺達の仕事には二人必要になる」
「敵の早期発見なら複座の方が有利かもしれませんね。単座では目は二つしかない、複座なら四つもある」
有川は、ふと暗い気持ちになって顔を伏せた。Ta152E改『レイブン』には四つの瞳はもう存在しない。有川の様子に、ノヴォトニーが慌てて「何か気を悪くしましたか?」と気遣った。
「いや、いいんだ。彼女は・・・、デネブは確かに目がいいよ、俺よりもずっと・・・。人間の目は戦闘機が持つ、もっとも優秀なセンサーだと思う」
「わかります。今まで私が知り合ったパイロットは私も含めて、自分の腕と感を一番信用します」
ノヴォトニーとは、それから実際に接敵した場合における戦闘機動について意見を交わした。ノヴォトニー自身も実用試験飛行隊の前は実戦部隊に居たらしく、机上の空論ではなく経験に基づいた自己の操縦信念を持っていた。彼によればMe262ついても、レシプロ機と違う部分で注意点や改善課題があるらしい。しかし、速度性能は素晴らしく「まるで大勢の天使が、後ろから押してくれているようだ」と表現した。
ノヴォトニーが去った後で、有川は自分のグラスが減っていないのに気付いた。空の話をしていたからだろうか?
有川は寝床へと戻った。
模擬戦は明日。昨日より幾分気持ち良い眠りについた。
模擬戦の日になった。場所は飛鳥島から海を渡り、大陸沿岸部の演習地であるコード・オハマに指定された。コード・オハマは空軍だけでなく、陸軍や海軍が揚陸演習にも使う大規模な演習地だった。
まず、監督役として電探を搭載したB-17AEW広域索敵支援機が離陸。B-17AEWにはテリー大佐が乗り込んでいた。その後に続き、有川とデネブが乗るTa152E改とノヴォトニー少佐の乗ったMe262が飛び立つ。
Me262はJomo004B-1ターボジェット・エンジンに負担を掛けないよう緩やかに空に上ってゆく、Ta152E改はそれにエシュロンを組んでいた。
Me262とTa152E改は編隊を崩し、それぞれの上昇速度でB-17AEWを追い越すと、巡航高度で待った。
高度6500メートル、B-17AEWを先頭に傘型編隊を組んでコード・オハマを目指す。目的地につく手前で、Me262が先行してポジションを取りに向った。
有川は、前進する燕をB-17AEWの斜め後ろから眺めていた。加速は弱く感じたが、一旦スピードに乗れば驚くべき速さで見えなくなる。
「あれが有川の言っていた、新しいモノ?」
「そう、ジェット機だ。昔は、俺もあれに乗っていたよ」
「えっ? じぁあ新しくないじゃない、懐古趣味なの?」
有川が苦笑いする。不思議な事だが、自分の場合では突き詰めて考えれば、そうかもしれないなと思ってしまった。
「レイブン、間もなく指定空域だ」
B-17AEWの誘導官が、模擬戦エリアへのコースを指示する。Ta152E改はB-17AEWを追い越し、模擬戦エリアへ前進をはじめる。
有川とデネブは、機体コンディションをチェックを始めた。油圧、油温、OK。過給機圧力、シリンダ温、異常なし。プロペラ・ピッチ適性、フラップ、三舵の動きも問題ない。
有川は、試射のために武装の安全装置を外し、トリガーを引く。機体が微震動して、三本の白線が空に曳かれる。対戦闘機戦なので30ミリ機関砲という大口径のMK108はロックする。20ミリのMK151で十分だ。今回の模擬戦では、より正確なデータを取る為、レーザー判定でなくIM―16模擬ペイント弾を使用していた。
Ta152E改は準備完了し、即応姿勢を取る。
有川が空を疑視して敵機を探す。Me262の方が速度が速い、それは攻撃ポジションの選定でかなり自由な位置が増えていた。若干の高度差ぐらいなら問題ないだろう。
右手の側の雲の切れ目に、黒い影を見とめる。
「ライト・ターン、ナウ」
言うが早いか、有川が操縦幹を捻る。相手も気付いた。こちらに向ってくる、ヘッド・オン。
音速に近い相対速度で接近。Ta152E改が先に動いた。上昇して機体を捻り、側面から狙ってゆく。Me262がそれを躱すため旋回上昇すると、Ta152E改はスパイラルに切り換え回避に入った。
Me262の旋回弧は、Ta152E改に比べ僅かに大きかったが、速度にものを言わせじりじりと距離を詰める。Ta152E改はエルロン・ロールを打ち機首方位を変え対抗、その背後をMe262が掠めた。
「いい腕だ!」
Me262のコクピットでノヴォトニーが感嘆した。Ta152E改は、自己の性能を惜しみなく引き出している。あのパイロット、有川は自分の機体の特性を知るだけでなく、それをうまく効果的に利用する事ができる優れたパイロットだ。
Ta152E改とは反対側へターンをする。一度計器を確認して、再びTa152E改を探した。Ta152E改は上昇しようと、機首をもたげていた。優雅なラインの胴体に、美しく長大な翼。思わず見惚れてしまいそうになる。
追撃に移った時、Ta152E改がドンと加速していた。過給機が切り替わったのだろうか、と思ったがそれは違った。Ta152E改は内蔵するパワーブースト、GM1亜酸化窒素噴射装置を作動させたのだ。今の出力は2000馬力を超えている。
それでもMe262が背後に迫ろうとすると、ブレークに入ったTa152E改は不意に機首を下げた。ノヴォトニーはすかさずMe262を突っ込ませたが、トリガーを引き絞る寸前でTa152E改は機首を上げ、背面宙返りに入ろうとロールを打った。ノヴォトニーはその機動に一瞬驚いたが、すぐさま操縦幹を引き追撃を続けた。だが、Ta152E改が宙返りの頂点、丁度主翼を垂直に立てていたとき、Ta152E改の姿が突然掻き消えてしまった。ノヴォトニーは度肝を抜かれたが、すぐさまスロットルを開放し急速離脱に入った。
Ta152E改は背後にいた。それもほぼ射撃位置に付こうとしていたところで、たとえ僅かでもノヴォトニーの判断が遅ければ、間違い無く撃たれていると思えた。
「凄い! 今のはなんだ?」
テスト・パイロットとしての好奇心がくすぐられたが、すぐにファイターパイロットの本能が蘇ってくる。Me262はスパイラル上昇、追い付けないと悟ったTa152E改が追撃を止め、右にターン。
有川は一瞬のチャンスをものにできなかった事を悔やんだが、すぐにその雑念を振り払った。機首を垂直に立て、くるりと回って敵機を探す。
「太陽の中!」とデネブが叫んだ。
Me262は太陽の中から急降下で、Ta152E改に襲いかかって来た。まるで、鷹や鷲が獲物を狙うときのような、躊躇いのない一撃。有川は迎え撃つより回避を優先させた。プッシュオーバーで降下、マイナスGで視界が一瞬紅に染まる。Me262が撃ってきた。四挺の30ミリ機関砲Mk108が唸る。Ta152E改は横滑りを掛けスナップ・ロールでそれを躱したが、Me262は一度Ta152E改の下に潜ると、機首をもたげ今度は下から撃ち上げて来た。
「なに!?」
背面から戻そうとしていたTa152E改の右主翼が斬され、べったりと赤いインクが塗られる。
「オーケー、シュワルベ、レイブン、終了だ」
後方で見ていたB-17AEWから、テリー大佐が告げる。Me262とTa152E改が編隊を組み、B-17AEWのもとに向う。Me262は機体を寄せて、ノヴォトニーが親指を立てて挨拶した。有川はどう答えるべきか困ったが、右手を額にあわし敬礼した。おそらく、第二次対米戦争の飛鳥島航空戦で第311飛行隊のブリーフィングの最後にした以来の敬礼だった。
「どうだ、レイブン? やはりジェットには敵わなかっただろう?」
無線からテリー大佐が、自信に満ちた声で言った。
「大佐、どんな飛行機でもいい。あなたは操縦幹を握ったことはありますか?」
「自分で飛ばしたか、という意味かね?」
「そうです」
「いや、ない」
じぁあ、わかるはずない。空を飛ぶ事が、どれだけ尊いものなのかを。
飛鳥島に帰投するまで、有川は空を見ていた。太陽が水平線に解けてゆき、世界が闇に飲み込まれようとしていく。その風景をずっと。
デネブが飛鳥島の管制と連絡を取り、アプローチ許可を得る。グランド・パス、ラン・イン。降下率、適性。スロットル・スローダウン、フル・フラップ、ギア・ダウン。地面が迫ってくる。機首を上げ。Ta152はふわりと舞い降りる。タイヤが鳴って、地面に着いたのだとわかった。ブレーキを使って減速、機体を独立観測航空隊の専用格納庫まで運んでゆく。
所定の位置でエンジンを切り、終機チェックを経て二人はTa152E改から降りた。整備員達がやって来て無人のTa152E改をL3カルロ・ヴィローチェ牽引車が運んで行く。
「残念だったわね」
Ta152E改を見送りながらデネブが囁くように言った。負けたのだから残念、負けたのだから悔しい。だが、自分は何に負けたのだろう? 機体か、パイロットか・・・
「でも、まだ飛べる」と有川は答える。
今日は、もう終わりだ。結果はともかく、疲れた。
ギムレットで一杯飲んだら、さっさと寝てしまいたかった。
最終更新:2007年11月05日 19:21