第十三幕 奇襲


 飛鳥島 第二十五特別防御区画
 要塞司令官執務室

「そうか……予定通り勝ったか」

 ギシリ、と自分の体重を預けている椅子が軋みを上げる。
 机を挟んで目の前にいる榊原が手に持った書類を眺めながら続けた。

「はい、それも完全なる圧勝の模様です。作戦は順調に次の段階へと移行されました」

 九条は満足そうに頷く。だが、決してその顔は晴れやかなものではなかった。ギラギラとした目と不気味に歪んだ唇が目立つ、酷く恐ろしい顔をしていたのだ。
 普通はその表情から来る恐怖と見えないプレッシャーのようなもののせいで後退りくらいしそうなものだが、榊原は特に気にする事無く平然としたままでその場に佇んでいた。

「流石は紫芝、という事なのかな」

「彼は多少人格に問題はありますが許容範囲です。能力的には優秀な部類に入ります」

 九条の単なる呟きとも取れる問いに榊原は淡々と答える。
 全くの無表情のままで言うその姿は冷たい機械を連想させる。

「途中で暴走したようだがな。危うく『材料』の確保に失敗するところだったのは手痛いところだ」

「結果的に確保に成功したのですからそれは置いておきましょう。それにしてもよく『材料』の確保なんてものを認めたものですね。元帥閣下はもっと御優しい方だと個人的に思っていたのですが」

「優しいとも。あくまで身内に限るがね。詰まる所、『材料』の確保は私の部下たちを守るために必要な措置で、それ故に認めるのも当然、という事だ」

 理解したかね? と、九条は言葉を続けた。ようするに自分たちの生存を最優先し、そのために必要ならば手段は選ばないと言っているのだ。
 九条のこの発言にも榊原は動じるどころか、むしろ肯定的な考えだった。人道としてはどうだか知らないが、現実的に考えてその必要性を認めているのだ。

「まぁ、それは置いておくとして……我々もそろそろ行かねばなるまいな」

「はっ、準備の方は既に整っております」

 九条は無言で頷き、机の引出しから拳銃と弾倉を取り出して自分の懐に仕舞い込むとスッと椅子から立ち上がる。
 カツカツと執務室のクローゼットまで歩いて慣れた手つきで開くと、そこからハンガーに掛かっている服とズボンを取り出す。軍服の正装だ。
 白を基調としたカラーリングで清潔感を与えてくれる。一見すると豪華で華やかな正装だがデザイン自体には何処と無く古さを感じさせる。しかし、古き良き伝統を思わせる良い意味での古さだ。

 九条は無言でその正装に着替え、クローゼットの扉に付いている鏡を見ながら服装を正した。
 そして、自分特有の元帥杖もクローゼットの中から出して片手に持つと榊原の方をクルリと振り向いて言った。

「さあ、榊原。ここからが正念場だ。民衆の心を私のものにするぞ」





















 ザーブゼネ王国
 王都セルビオール

「むふぅ……そろそろ余の忠実なる臣下が叛徒どもを蹴散らした頃か?」

 玉座に座ったままだというのに多少息が荒い。自分の肉が肺を圧迫しているのだろう。
 でっぷりと太った身体を窮屈そうに動かしながら国王は近くの臣の一人に言った。

「ははっ、直に王都にも吉報がもたらされるかと」

「うむうむ、それは楽しみよなぁ」

 国王は自分の膝の上においた入れ物から果実を取り出してはムシャムシャと食べていた。
 食べ終わった果実は用済みと言わんばかりに床に次々と捨てていく。

 あらかた食べ終わり一息つこうとしたところで誰かが血相を変えて慌しく広間に駆け込んできた。

「も、ももも、申し上げますッ! み、民衆の反乱軍が王都の目と鼻の先に……ッ!!」

「な、なんだとぉッ!!?」

 いきなりの事に広間に待機していた臣下たちがワタワタと慌てふためく。
 その様は鎮圧に向かわせた軍勢が右往左往したものと同じような光景であった。

「み、味方の軍勢と見間違えたのではないのかッ?!」

「いや、それは無かろう! 国内にいるのは今回叛徒ども鎮圧に向かわせた軍勢だけだ!」

「で、では、本当に民衆の反乱軍だというのか? そうなると我らが向かわせた軍勢はどうなったのだ?!」

 ざわめきが大きくなるばかりで静まる気配を見せなくなった。
 それを非常に不快と思ったのか、玉座に座った国王はその肉の塊である身体の底から大声で叫んだ。

「静まれィッ!! 高貴なるものである我らがそのような些細な事で動揺してどうするかァッ?!!」

 この大声に一気にざわめきが消える。あまりの声の大きさに驚いて思わず会話をするのをやめてしまったのだ。
 国王唯一の長所とも言えるかもしれない。

「しかしながら、事は些細という話で済まされるものではありませぬ……」

「些細だッ!! 如何に反乱軍が来ようとも無力な民衆に過ぎぬ!! 我ら貴族には魔法という下賎なものどもに天罰を与える裁きの力があるではないか!!」

 怒涛の勢いで叫ぶ国王。その国王の言い分に周りのものも段々そうかもしれないと自信が沸いて来る。
 そうだ、我々は貴族なのだ。たとえ圧倒的多数の民衆と戦う事になっても碌に戦った事など無い奴らなど簡単に捻じ伏せられるのではないか。
 そもそも国王陛下の言うように我々には魔法がある。この力を見せ付ければすぐに瓦解するだろう事は疑いない。

 この時点でも彼らは自分達の戦っている相手に対して圧倒的に優位に立っているものと信じていた。
 相手が恐るべき軍事力を有した巨人であるとは想像する事すらできなかったのだ。

 そして、その巨人の力をすぐに己の身をもって思い知る事になる。

「さあ! 我ら貴族の力を思う存分見せて――……ん? なんだこの音は?」

 何処からともなく聞きなれない音がしてきた。虫の羽音に近いが、それにしては大きすぎる。
 どうにも音源は外のようだった。それに気付いた者たちが窓に駆け寄ってキョロキョロと外を見回すと――声を失った。

 空中に見た事の無い『何か』が飛んでいて、それがゆっくりと城の中庭に幾つも降りてきているのだ。
 そして、その『何か』から漆黒の鎧を纏った人らしき者たちが続々と現れた。
 誰もが唖然としたままの状態で何の行動も起こさずに彼らを眺めていた。だが、しばらくしてその中の一人がハッとした様子で慌てて叫ぶ。

「え、衛兵ッ! 王城に不届きものが進入しているぞォッ!」

 この叫びに唖然としていたものの大半が正気を取り戻す。
 だが、彼らの破滅が止まる事は決してなかった。





















「よし。我が隊は予定通り城内に突入。抵抗するものは容赦なく殺せ。但し、女子供、老人は出来得る限り無傷で無力化せよ」

「我々はこの庭の安全確保にあたる。引き続き行われる部隊の降下を助けるのだ。敵が近づいてきたら血祭りに上げろ。だが、女子供の殺傷は禁止する。行動を束縛するに留めよ」

「我々も他の隊に追随して城内に突入を開始する。反撃させる暇を与えずに殺し尽くせ。しかし、分かっていると思うが女子供に手荒な真似をすることは断じて許さん。絶対に無傷で捕らえよ」

 『ヘリ』から降り立ったところでそれぞれの部隊の隊長が機敏に動きながら命じる。
 いずれも女子供などの弱者に対しては傷つける事無く捕虜の扱いにするつもりだ。

 基本的に飛鳥島の軍隊は戦争狂いではあるのだが、妙なところで騎士道や武士道精神が出てくる。
 これは当時、占領地の統治における問題を解決するために軍隊で叩き込まれたせいだ。

 占領地の統治において最も大切なのはその占領地の民意を得る事。千年以上の昔からそれは変わらない。
 兵士の一人一人が聖人の如く振舞う事ができれば、自然と民意を掌中に収める事ができる、そのような考えの下で騎士道と武士道を『利用』した。
 元々、騎士道や武士道というものは男子には好まれる傾向にある。それ故に叩き込むのも比較的労力を必要としなかった。
 この事から飛鳥島にいる人間は戦争狂にして弱者に対して紳士的行動をとるジェントルマンでもある。
 正直かなりの矛盾を含んでいるようだが、人間とは元から矛盾だらけの生命体。極めて『些細』な事だ。

「おい! 貴様ら一体何者――!!」

「撃て」

 やってきた衛兵がたったの一言で集中攻撃を喰らう。発砲音と共に身体を銃弾が噛み千切り、血と肉片を飛び散らせる。
 城内から続々とやって来ていた衛兵たちは、撃たれた彼の末路を見てポカンと魂が抜けたように動かなくなる。どうにも実戦慣れしてないようだった。

 そして、その隙を逃すほどこちらは馬鹿ではない。
 慈悲も情けも一片たりとて持ち込まずに撃って撃って撃ちまくる。何が起こったかさえ認識できずに死んでいく衛兵たち。弾け飛ぶ指、吹き出す血、剥き出しになる骨、飛び出る内臓……
 瞬く間に地面に血の池が広がり、屍が散乱する。鼻につく異臭が吐き気を誘う。だが、彼らは装甲強化服のNBC防護機能により、その異臭を全く気にする事無く屍を踏み越えて先へ進んだ。

 中庭から城内に警戒を怠らずに進入していく。長い廊下に施された豪華な内装に部隊の多くが一瞬感嘆の声を出すが、すぐに気を引き締める。
 ここは敵地、それも本拠地なのだ。他事に気を取られていては足元をすくわれる危険性がある。今は任務に集中する事が一番大事だ。
 しかし、城の見取り図の入手ができなかったため、かなり迷ってしまう。相互にデータを送り、マッピングするが結構な時間が掛かりそうだった。

 この王都セルビオールは厄介極まる大きさをしている。現在攻略中であるこの白亜の王城もまた極めて大きい。
 王都の大きさを上空から偵察機で計測した大体の値は、東西に四千五百メートル、南北に五千二百メートル、周囲に約二十キロメートル、そして面積がおよそ二十三平方キロメートル。
 例として比較対象に東京ドームを出して考えるとその巨大さがよく分かる。東京ドームを百個集めて四捨五入しても五平方キロメートルの大きさ、その数倍の面積をこの王都は持っている事になるのだ。尤も、この値は外に広く出た堀を含めた数値であるため、それを考えると制圧する王城への労力は許容範囲ではある。
 しかし、それでも広いものは広かった。後から後から随時部隊がヘリによって送られてくるが、まだまだ制圧するのに人員が足りそうになかった。

「敵襲ッ! 敵襲ッ!」

「王城に敵が侵入したぞ!!」

「武器を持って、中庭の方に向かえ!」

 所々で大声が廊下に響いて聞こえてくる。我々に対する迎撃を呼び掛けているようだ。
 ――それが間違いだという事を教育してやろう。
 声のする方に忍び足で向かう。自分達の目元にある多機能ゴーグルを操作して『熱感知モード』に切り替える。
 視界が、世界が一気に変わる。周りのもの全てがそれぞれの熱量によって色付けされる。これを使った最初の頃は驚いたものだが慣れれば別にどうという事は無い。むしろ、壁の向こう側まで見えるようになるのだからこれほど便利なものは無い。

 廊下のT字路に差し掛かったところで左の方の角から何人かがやって来るのがよく見える。味方であれば、特殊な信号を出して区別をつけるため、信号を出していないこれは明らかに敵だ。
 その場で待機して相手が角から出てくるのを待つ。

 一歩、二歩、三歩……

 着実に進んでくる。警戒しているのか少々ゆっくりとしている。
 だが、どう足掻こうともその一歩一歩は自ら地獄へ逝こうとするものだ。
 だって、ほら、ようやく角から出てきた彼らに我々は銃弾の雨を浴びせているのだから。

 頬の肉が抉れて歯が剥き出しになる、額を撃たれて脳漿をぶちまける、足から神経そのものが見えるようになる、胸の胸骨を砕かれながら抉り込むように貫かれる……
 簡単だった。とても簡単だった。人の命を奪う事になんと労力のいらない事か。
 正直言って手応えが無い相手は『つまらない』。もっと我々を楽しませて欲しい、もっと我々を興奮させて欲しい、もっと我々を『笑顔』にさせて欲しい、もっと、もっと――……

 次なる敵を求めて、湧き出す欲望に従って、血に酷く酔って――我々は屍を踏み砕いて前進する。


最終更新:2007年11月15日 23:57