序幕 神の火


 20XX年、第三次世界大戦は日本の勝利に終わった。
 戦勝国であるアメリカ及び同盟諸国は、食糧事情解決のため膨大な占領軍をヨーロッパ・アジア各国に駐留させた。
 そのため各国の食糧事情はさらに悪化、反米感情は爆発寸前だった。
 日常化した異常気象、食料配給の遅延、頻発するデモ、暴動、世界情勢は再び深刻化していた。
 第三次世界大戦から数年後、世界各地の農作物が壊滅した。理由は、環境破壊による気候変動と、突然噴火した火山の灰による日照不足である。
 寒冷化による長期の食糧不足で世界人口は激減、全世界的に人々の南下が始まった。

 世界の覇者となったはずのアメリカでも南下は止まらず、北部の人々の大量流入により南部諸州の不満が爆発。首都ワシントンが核のテロで消失、アメリカは無政府状態に陥った。
 連邦政府喪失、アメリカは北部連邦、南部連合、西部同盟の三つに分裂。南北戦争以後行われなかったアメリカ人同士での殺し合いが始まる。
 そして、総人口の二割が餓死した日本は生き残るためにアメリカ三勢力のうちのひとつである西部同盟にくみすることを決意。軍事的・経済的相互支援を行い、密接な関係を構築する。
 だが、その後の熾烈な戦いで北米大陸で大量の血と金を日本は流し続けるも、五大湖工業地帯を早期に押さえ、資源の豊富な南部連合を併呑した北部連邦により統一されることになり、西部同盟にくみした日本はアメリカを再統一した北部連邦との全面戦争に突入していった。


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 今から数十年前、海底火山の隆起により出現した島があった。その島は『飛鳥』と名付けられた。
 当時の日本政府は飛鳥を世界史上類を見ない無敵の要塞に仕立て上げ、日本の武力と技術力を世界に示そうとした。
 莫大な資金と当時の最先端の技術、そして膨大な時間を費やして島そのものがまるで人工物であるかのように改造された。
 第三次世界大戦時、この島は何度か戦場になったが、そのことごとくに完勝。このことで世界最大最強の要塞と呼ばれるようになる。

 そして、この戦争でもここは過酷な戦場となった。


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「おい! 3番機、応答しろ! 3番機! くそっ、また殺られたか!! 」

 次々に途切れる通信。バラバラになって吹き飛ぶ見覚えのある機体。殆どの友軍機のより高速で上昇する米軍の新型機。
 一部のエースパイロット達に与えられている新型機以外は敵機の砲口の前に対抗できず、次々と落とされていく。
 エースパイロット達が必死に敵機を妨害してもせせら笑うように新兵達の機体を火の玉に変えていった。

「後ろに付かれた! 誰か! 誰か助けてくれぇぇぇぇ!! 」

 敵機に後ろを取られた新兵の怯えた声が無線を通じて聞こえてくる。
 目の前でまた1機味方が撃ち落される。コクピットを蜂の巣にされた機体が煙を引きながら落ちていく。

「ミサイル接近! だ、駄目だ、振り切れない! 脱出する! 」

 悲痛な声が次から次へと聞こえてくる。ここを突破されれば東京までに防衛拠点は無い。何としても死守せねばならない。その思いだけで戦っていた。
 それに、この島には日本軍の総力を結集させていた。故に本土には最低限、せいぜい治安維持程度の兵力しか残していなかった。自分達が負けること、それはこの戦争の敗北を意味していた。
 そもそも開戦当初は強大な軍事力を有していた日本軍であったが、不運なことに未だに官僚が軍事を取り仕切っていたのが災いした。
 ハンモックナンバーと成績だけで全てが決定されたのだ。平時の軍においてはそれでいいだろう。全ては官僚機構と同じだ。
 だが、そのままの状態で戦争に突入すれば敗北は必至。官僚機構とは平和な時、決められた仕事を黙々とこなすという点では最良の組織であるが、
 戦争のように毎日状況が変化するようなところに放りこまれると、全くと言って良いほど機能しなくなるからだ。別に官僚機構に問題があるわけではない。
 そもそも官僚機構は全てを手本通りに処理するためのもので、軍隊などの日々の変化において臨機応変に対処していくものではないからだ。
 それ故に日本軍は開戦当初から大打撃を受けるに至った。その結果、現在の日本軍には10代後半から20代前半のものしかいない。それ以上のものは皆既に戦死している。
 だが、無能な者が先に死んでくれて動きやすくなったのも事実だった。それに巻き込まれて有能な人達をより多く失ったのは大きな痛手だが。


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<飛鳥島要塞司令本部>

「……現在の被害状況を報告せよ」

 若い男が部下らしき者に言った。

「はっ! 現在、我が軍は潜水艦3隻が沈没、2隻が大破、巡洋艦4隻が沈没、空母1隻が大破! 飛鳥島全航空隊の約40%が戦闘不能、
当要塞の防衛システムの稼働率が87%に低下。地下艦船停泊地へのゲートが5~9番、14番~16番が使用不能。奇跡的にレーダー施設などへの被害は皆無です」

「航空隊の被害が大きすぎるな」

「その分、要塞の被害は抑えられています」

 自分の前にいるおよそ軍人らしからぬ細身の男が言った。

「何のための要塞だと思っている? 味方の盾になるためのものだろうが」

「ここを失えば我々の敗北は確実です」

「失わなくても敗北は変わらんよ」

「できうる限り有利な条件で講和するのが目的です」

 この馬鹿が、そう心の中で呟いた。
 もはや日本の敗北は疑い無い。ならば少しでも犠牲を減らすことを第一とすべきではないか。だというのに目の前の男は人命よりもこの島が大事だと言う。
 確かにその気持ちもわからないでもない。それだけこのたった一つの島に掛けたものは大きい。アメリカ側もこの島の戦略的重要性は理解しているだろう。
 だが、そんなことはどうだっていい。とにかくこの戦争さえ終わればどうでもいいんだ。

「元帥閣下も政府の考えがわからないわけではないのでしょう? 」

「……」

 元帥と呼ばれた若い男は無言で答えた。
 彼の名前は九条星夜、階級は元帥。当要塞及び現在の日本軍の最高司令官である。
 聞こえは良いかもしれないが、『死んでこい』そういう意味合いでこの肩書きをつけられた。とても喜べるものではない。

「まぁいいです。元帥閣下もお疲れのようですから」

 先程からこの男と話しをしていて九条はとても苛立っていた。一応、大佐の階級を与えられてはいるものの、奴が政府からの回し者だということは皆知っていた。
 本来、単なる佐官風情が元帥相手に口出しできるはずは無いのだが、未だに日本軍は文民統制下にあるため政治家の影響力が強かった。
 別に文民統制が悪いというわけではない。だが、肝心の文民が軍事に通じていないのでは話しが違ってくる。
 既に日本軍の大半はそういった軍事的知識に欠ける文民によって大打撃をこうむっている。そのことに対する軍部の不満は爆発寸前だといってもいい。

(元帥閣下、そろそろ殺りますか? )

 誰かがそう耳打ちしてきた。横にいた榊原政和参謀長だった。
 榊原参謀長、彼は同期の人間に比べて頭一つ、二つ分抜き出るほど優秀で元々エリート街道を突き進んでいた男だが、その優秀さが災いした。
 いつの時代も頭のキレすぎるものというのは他人から疎まれるものだ。その点でいうと九条もまた彼と同類であった。

(……一応監禁しておけ。だが、抵抗したり、妙なマネをするようなら消して構わん。いくらでも言い訳はできる)

(はっ! 了解しました)

 小声でそう命令すると榊原はすぐさま行動に移した。

「大佐、ご同行願いましょうか」

 榊原がそう言うと周りからぞろぞろと完全武装した兵士たちが現れた。

「な!? 貴様!! 私が誰だかわかって……! 」

「連れて行け! 」

 有無を言わさず連行されていった。連れて行かれる最後まで何かを叫びながらこちらを睨み続けていたが、生きて次に会う事はもう二度と無いだろう。

「元帥閣下これで心置きなく指揮を取れますな」

 榊原がニヤリと不気味に笑った。一般人が見たら背筋に寒気が走るような笑顔だが、ここにいる面々は既に見慣れているのでそれぐらいのことでは動じない。

「そうだな」

 九条は一言だけそう呟いた。そこに突然レーダー手が叫び声を上げた。

「レーダーに感! 4時の方角に敵影捕捉、機数20……30……40、まだまだ増えます!! 」

「またアメリカ御得意の物量戦術か。全対空施設はすぐに迎撃態勢に移れ」

「はっ! 了解であります! 」

「……それと全ての艦船をいつでも出られるようにしておいてくれ、ここの陥落は時間の問題だろうからな。少しでも多くのものを脱出させねばならん」

「はっ! 今すぐ準備させます! 」

「上手く時間を稼げればいいが……」

 九条はそう呟くと何とも言い知れぬ不安に襲われていた。それはこの後現実のものとなる。


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 1機の爆撃機が太平洋上空を飛んでいた。B-2Aスピリット。アメリカ合衆国の誇る超長距離戦略爆撃機だ。

「少佐……。もうすぐですね」

 ゴクリと生唾飲んで 緊張した顔で言う。

「そうだな中尉。だが、気を引き締めていけよ。このスピリットがレーダーに大型の鳥程度にしか映らないとはいえ、油断すれば一瞬でクソッタレなあの世行きだ。ああ、ついでにケツの穴も閉めとけ。あの世にいっても掘られねぇようにな」

 少佐と呼ばれた男は少し冗談交じりで言った。幾ばくか緊張を和らげようとしてくれているのだろうが、残念ながら中尉には通じなかった。

「……少佐、こんな時に品の無い冗談は止めてください」

「悪かったな。品が無くて」

 少し拗ねた様に返事をした。あれで笑わせる自信がかなりあったらしい。

「我らが合衆国のためにもこの作戦は絶対に成功させなければいけないんですよ? 」

 そっけない返事に中尉は少し怒ったように言った。

「作戦つっても、ただバーッと行って、ポイッて爆弾捨ててくるだけじゃねぇか。こんなことそこらの野良犬でもできるぞ? 」

「犬に航空機は飛ばせませんよ」

 呆れた口調で中尉は言った。本当にこの人は軍人なのだろうかと中尉は思った。

「冗談だよ。中尉が緊張しまくってるから、ちょっと肩の力を抜いてやろうと思って言っただけさ。」

「私は緊張なんてしてません! 」

 丁寧ではあるが、少々怒気を含んだ声で少佐に食って掛かった。

「わかった、わかった。そうムキになりなさんなって……」

 少佐は顔に笑みを浮かべながらそう言ってなだめた。
 中尉は相手が上官ということもあってしぶしぶ引き下がった。

「ところで中尉、ちょっと聞きたいんだが……」

「……」

 先程のことで機嫌が悪いらしく、中尉は無言だった。それに構わず少佐は

「……お前、ゲイって本当なのか? 」

 などと、とんでもないことを聞いてきた。中尉はあまりに突拍子もないことに一瞬思考が停止してしまったが、すぐに

「なな、何わけのわからないこと言ってんですか!? いい加減にしてください!! 」

 と、真っ向から否定した。流石にこれには中尉も慌てた。まぁ、誰でもいきなり自分にゲイ疑惑を吹っかけられれば当然の反応だろうが。

「何だ、違うのか? 」

 残念そうに少佐は薄ら笑いを浮かべながら言った。

「当然ですよ! いったい誰がそんなことを言ったんですか!? 」

「まぁ落ち着けって。そんなことよりさぁ……もう目標地点だぜ? 」

「え?! 」

 二人で無駄口をたたいている間に何時の間にか作戦エリア内に侵入していたらしい。

「さぁ~て、目にもの見せてやろうか!! 」

「しょ、少佐……」

 不安げな表情で少佐を見た。よく見ると手もカタカタと震えている。

「大丈夫だって、俺がついてるんだからな。システムの確認を頼むぜ」

「は、はい! ……ウェポン、通信、環境、各システム異常ありません! 」

 ふざけた口調ではあるが、少佐の顔は正に軍人そのものの険しい顔だった。

「OK、ウェポンベイを開け。爆弾投下と同時に緊急離脱する」

「イエス、サー!! 」

 機体を軋ませながらウェポンベイが開く、そして次々と爆弾が投下されていく。

「ミッションクリアー。緊急離脱開始」

「戦果の確認はしなくてよろしいのですか? 」

「投下と同時に離脱するって言ったろ? それに命令書にもそうしろって書いてある」


 ………………


 …………


 ……


――――――同時刻、飛鳥島要塞司令部

「レーダーに反応あり!! 敵大型爆撃機、真上です!! 」

この言葉に司令部にいる全員が騒然とした。

「何故今まで発見できなかった!! 」

榊原が苛立ちを隠さずに叫ぶ。

「敵はステルス機のようで、いきなりレーダーに映ったんです! 」

「すぐに迎撃しろ!! 」

「駄目です! 再びレーダーから消失! 」

 彼らはその後、この当時のことをよく覚えていないと語る。

「ええい! 意地でも探し出せ!! 」

 これが全ての始まりであったとは、誰一人として思わなかった。

「航空隊を緊急発進させます! 」

 それが幸か不幸かはわからない。

「急げ! 絶対に逃がすな!! 」

 そして飛鳥島は……『核』の炎に包まれた。



To Be Continued...



最終更新:2007年11月01日 22:31