ランカスター出撃す1-3






 暗礁回廊でミラージュⅢ戦闘機と遭遇したランカスターは、数度の威嚇を受けながら機首方位を少し変えただけで、そのまま飛行を続けていた。

「また来ますよ!」

 木下が何度目かの叫び声を上げ、ミラージュⅢがまた頭上のすぐ上を高速で通過する。そのたびにランカスターは分解するかのような衝撃に晒された。

「まったく、スクランブルで上がった時にアウノウンと誤認された連中の気分がわかったよ。すこしは手加減してやればよかった」

 上部銃座に座る佐倉は両手を頭の後ろで組んだ。

「ねぇ、機長。もしかしてわざと相手の神経を逆立てようとしてません?」

「ん、さぁ…」

 柳瀬の問いに七宗は生返事で答えた。爆音はすぐに静かになる。ミラージュは再びループしながら、背後に付こうといてきた。

「柳瀬、マップと位置データをよこしてくれ」

 マップを見るとすでに暗礁回廊の最深部に到達していた。ここは航海時代の太平洋に例えればミッド・ウェイのような場所で、陸地へ向かうにはこのまま九州に向かうにしろ、引き返して四国に向かうにしろ遠い。仕掛けてくるなら今だ。

「対空要員は安全装置を解除、射撃はまだ」

 ミラージュは背後に付き減速しながら接近してきた。七宗はそれをバックミラーで確認しながら、操縦桿を握る手に少しづつ力を込めていく。

「撃ち方用意!」

 ミラージュが発砲すると同時に七宗はラダー・ペダルを蹴った。ランカスターがぐらりと揺れたかと思うと機関砲の射軸に右翼の先が入り、撃ち抜かれた翼端灯の破片が太陽に反射してキラキラと光る。

「交戦規定クリア、撃てッ!」

 攻撃を受けた後の反撃は国際法で承認された戦闘行為であり、宣戦布告を行わずに戦争ができる詐術だった。
 いち早く引き金を引いた佐倉の12.7ミリ弾がミラージュを掠め、慌てたミラージュが回避運動をとった。

「和田、ダメージはどうだ?」

「上手く当てましたね。右翼一部損壊、それ以外は皆無です。飛行に支障無し」

「よし、こっちも武装していると知ったから敵もうかつに近づいてこないだろうが、次はどうくるかもわからんぞ。しっかり見張れ」

 ミラージュは今度は後上方から襲いかかってきた。七宗はバックミラーで彼我の距離を計りながら機体をロールさせる。銃座にとってはとてもじゃないが狙える状態ではなかった。

「七宗! デット6を取られっぱなしだぞ。悔しくないのか!?」

「わざとそういているんです! それを佐倉さん達が狙うんでしょ」 

「これじゃ、狙うに狙えん!」

「やれやれ、注文が多い射手だ」

 ミラージュの機関砲がランカスターを尾翼をかすめる。機体をロールさせていなければ、尾翼が千切り取られていたに違いない。

「面白みの無いうえに、気の短い野郎だ!」

 七宗は悪態を吐きながら、機体を水平に戻した。後ろで発砲音が響き応戦が始まったが、ミラージュはすぐに距離を取って射程外へ離脱した。

「これじゃ、埒があかん!?」

「柳瀬、雲に紛れてミラージュを巻くぞ。指示してくれ」

「了解!」

 威勢良く返事をした柳瀬は、まず北を目指すよう指示を出した。
 北に向かえば、そこにあるのは巨大に発達した積乱雲だ。呑み込まれたらあっという間に揚力を逃がし墜落しかねないが、どこまでも見通しが効く空の上で唯一の迷宮だった。
 ランカスターが進路を変えると、ミラージュはその意図にすぐ気付いたらしく。ランカスターの前を飛んでは進路を妨害した。

「おい鷲尾! 観測ドームに付いて射撃を指揮しろ」

 悔しい事だが、この機内で一番視力がいいのは鷲尾だ。目測で距離を計らせても誤差が少ない。
 無線室に座らせておくより、射撃の指揮をさせたほうが適材適所というものだ。それに同じ機体のパイロットである鷲尾なら、ある程度の以心伝心が出来る。
 鷲尾が「わかった」とベルトを外し、インターコムを持って出ていった。七宗はその間に薄い雲の中にランカスターを入れ、敵機の位置を探り180度旋回してわざと後ろにつかせた。
 ミラージュは思った通りすぐに後ろから接近戦法に入った。しかし、今度はこちらから撃たなかった。鷲尾が止めていたのだ。ミラージュとの距離がどんどん縮んでくる。

「七宗、どのくらい待てる?」

「よくて一瞬、肝を冷やして2秒」

 待てるとは、機体を安定にさせておけるかという事だ。
 本来なら一瞬でも水平せず、常にジンキングしていたいところだが、それでは銃座が落ちつかない。しかし、相手も本気である今の状態で、そんな悠長な飛行をしていては八裂きにされかねなかった。

「3秒待て、それからはどう動いていい」

「わかった。頼んだぞ」

 鷲尾は距離をコールしながら、相手が引き金に引くタイミングを測った。

「撃てッ!」

 攻撃直前で注意がそれていたミラージュに向けて、ランカスターに搭載されたさ三挺の機関銃が一斉に火を吹く。
 ミラージュの回りで火花がパチパチ輝いたが、相手は怯まず撃ち返してきた。
 所詮、三挺の内ニ挺は対人用の小口径軽機関銃だ。高Gに耐える為に頑丈に作られた戦闘機の外装にどれほどダメージを与えるだろうか。しかし、威嚇用には効力があるらしくミラージュの機関砲は明後日のほうばかり飛んでいった。

 七宗はきっちり3秒でブレークして、ミラージュを前に出したが、今のランカスターに前部武装はついていない。ミラージュはアフターバーナーを点火してすぐさま逃げ出した。

「佐倉さん、何やっているんです!?」

「コクピットをぶち抜くわけにはいかんだろうが!」

 佐倉の持つ50口径M2機関銃なら対装甲車でも十分使える威力があるが、まさか撃墜するわけにもいかない。臍を噛む思いだ。
 機首を再び北に戻すと、突然警告音が機内中に鳴り響いた。何度か聞いた事のある、計器着陸をおこなう場合にグランド・パス(進入経路)を外れた時になる警告音だった。しかし、今は四国沖の太平洋上空である。着陸態勢でもなければ、その経路を指し示すビーコンも受信してはいない。

「まずいですよ機長! あいつFCSに火を入れました」

 自作のレーダー警戒装置を抱かえた柳瀬が叫ぶ。どうやら憤慨で怒り狂ったミラージュが火器管制レーダーを使用したらしい。となると、次に飛んでくるのはミラージュ自身ではなく警告の時に見た対空ミサイルだ。FCSを使うということは、どうやら飾りではなかったらしい。

「後部ッ! ミサイルがくるぞ。しっかり見張れよ」

 七宗はスロットルを目一杯開放して加速に移った。もっとも、いくら高出力ターボプロップ・エンジンを搭載したとはいえ、所詮プロペラ機のランカスター・レプリカでは最高速度もしれている。ともかく距離を離しておこうと思った。

「いざとなったら、海面まで降りてシー・クラッターにでも隠れるか…」

 七宗が言いかけると柳瀬が「無理です」と否定した。

「もう下は雲で覆われています!」

 身を乗り出して下界を見ると、雲の切れ間から乱気流が吹き荒れ、横に走る雷が見えた。

「なんだ、じゃあ雲の中にちょっと入るだけでいいな」

「機体をバラバラにされますよ!!」

 レーダー警戒音が始まりと同じく、不意に切れた。

「ミサイルだ!」

 後ろで鷲尾が叫ぶ。

「鷲尾、どこから!」

「左翼後方の入道雲からちょっと顔を見せて撃ちやがった。高度差500ってとこ、距離は3000もないぞ。煙を噴いてるから旧式じゃないのか」 

 よくそこまで見るものだ。

「振り回すぞ!」

 言うが早いか、七宗はランカスターを横滑りさせ雲の中に突っ込んだ。

 雲の中に入ると機内の明かりが無くなり、さっきまでの青空が嘘のように暗闇が支配した。だが、そんなことを気にする暇がないほど、ランカスターは乱気流にもてあそばれた。主翼がしなり、胴体が軋む。とても生きた心地できる状態ではない。

 七宗は暴れる機体を押さえつけながら、バックミラーに注意を払った。

「鷲尾、見えてるか!?」

「見えるワケねぇーだろ!!」

 視界はゼロ。どこを見ても黒い壁で覆われている。ミサイルなんて小さなものが、いくら鷲尾でも見つけられるはずがない。

 バックミラーに閃光がはいった刹那、ランカスターを強い衝撃が襲った。一瞬、落雷したと思った。

「落雷か!?」

「ミサイルだ! 自爆しやがった」

 ミラージュの放った対空ミサイルは、雲に突っ込むや落雷の歓迎を受け爆発したのだ。
 次にランカスターを襲った衝撃は、間違いなく落雷によるものだった。ミサイルの直撃と変わりない閃光と衝撃がランカスターを見舞った。ランカスターにも避雷針が取りつけてあったが、とても機体が持ちそうにない。
 七宗はやむなく上昇して雲の上に出た。ようやく視界が開けると、真正面に豆粒のような小さな機影が現れた。今となっては見紛うはずもない、ミラージュの機影だ。

「ヘッドオンか!?」

 正面切って勝負してくるのかと思ったが、急に機体を傾け衝突コースから外れた。白煙の尾を引く対空ミサイルという置き土産を残して。
 七宗はまたダイブで雲の中に逃げ込もうとしたが、「駄目です!!」と和田が制した。

「さっきの飛行で主翼のリベットがかなり飛んでます! 次に乱気流の中に入ったら間違いなくバラバラになりますよ!」

「じゃあ、どうするんだ!?」

 誰かが機内をドタドタ駈け回る音が聞こえた。

「七宗!! そのままピッチを水平にして機首方位を維持しろ!」

 M2を抱えた佐倉が、コクピットの下から機首部に潜り込んだ。

「何する気です!? 佐倉さん!」

「ハード・キル(撃墜)さ!」

 ミニミを持った鷲尾が後に続いた。ニ挺の機関銃で真正面から飛んで来る対空ミサイルを撃ち落そうというのだ。

「・・・正気かよ」

「いまさら、お前に言われたくないわ!!」

 二人の声と同時に射撃が始まった。ほんの数秒間が、永遠のように感じだ。まさかミサイルと空中戦を演ずるなんて、思ってもみない事だった。
 ミサイルの輪郭まで見えてくると、閃光が目に入るのを防ぐため七宗はぐっと目を瞑り顔を伏せた。あとは、あの二人を信じるしかない。
 ほんの300メートル手前でミサイルが爆発する。破片を避けるため素早くラダーを蹴って旋回。
 イヤッホー!という歓声が前部銃座から聞こえた。まったくたいした奴らだ。

「気を抜かないで、まだミラージュはいますよ」

「アイツは、まだミサイルを持っているのかい?」

「さっき見たときは2発だけのような気がしますけど」

「じゃあ、元の銃座に戻るか」

「いえ、まだそこに居てください」

 七宗の意外な一言に、佐倉と鷲尾が目を合わせた。

「向かってくる機体を撃つのも飽きたでしょ、やはり敵機は後ろを取りましょう」

「やっと、クラッシャーが本気になったか」、佐倉がニヤリと笑う。

「みんな、何かで身体を固縛しろ! 振り落とされるぞ!!」

「えっ!? この機体でドックファイトするつもりですか」

 佐倉の代りに上部銃座についていた木下が聞き返した。

「木下、腹くくってこれからランカスターの動く機動を覚えとけよ。4発機のハイ・マニューバーなんて滅多に見れないぞ!」

 佐倉が答えると同時にランカスターは90度ロールして垂直旋回に移った。
 大型機にあるまじき旋回半径で180度ターンする。再びミラージュを正面に捕らえると、ランカスターはゆるく旋回してミラージュを誘った。ミラージュが旋回を始めると、ランカスターは180度ロールして逆に旋回した。

「オフセット・ヘッドオン・パス!? まさかこんな機体で」

 大型機に乗っているとは思えないGに押されながら木下がうめいた。

 オフセット・ヘッドオン・パスは本来旋回性能の優れた機体がおこなう戦法だ。
 急旋回がポイントなので旋回性能の低い機体でおこなっても意味がない。そればかりか、逆に後ろを取られかねない危険な機動だった。
 案の定、ランカスターの旋回が半分も終わらない内に、ミラージュは旋回を終えランカスターの背後を取った。木下が射撃を始めるが、今度は怯まずに向かってきた。
 しかし、七宗はとっくに相手の動きをよんでいた。
 旋回を終えたばかりで失った速度を回復しようと出力を上げている。相対速度はみるみるうちに開き、ミラージュにとって射撃のチャンスはほんの一瞬しかない。
 七宗は瞬時にプロペラ・ピッチを操作し、プロペラ・ブレードの傾斜角をゼロにした。プロペラはブレードの傾斜によって、空気を掻き出し推力を発生させる。傾斜をなくすと空気はほぼ空回りするだけになり、それまでランカスターを飛ばすために莫大な推力を生み出していた4枚のプロペラは、ただの空気対抗を受けるエアブレーキと化した。ガス・タービン式にプロペラを回すターボプロップ・エンジンなので排気による推力もあったが、とてもプロペラが生み出す推力には比べ物にならない。
 七宗はさらにフラップまで出して操縦桿を目一杯引いた。ランカスターが機首を放り上げ、上昇しようとするが高度が上がらない。

「ヴァーチカル・リバース…? 違う…」

 木下は遠心力で足元に血が偏り、視界が狭くなるのを歯を食いしばって耐えながらランカスターの機動を考えた。機体がビリビリ振動して、いつ空中分解わかったものじゃない。

「コブラ! 嘘だろ!?」

 木下には、ランカスターの動きが信じられなかった。いつ失速してもおかしくないランカスターが、CCVやフライ・バイ・ライトを装備した戦闘機やアクロバット機おこなう高機動飛行をやっているのだ。
 この技の開拓者であるフランカーのおこなったコブラは機首を90度以上反らすが、ランカスターはそれまでいかないまでも機首を70度以上傾け、機体全体を空気抵抗を受けて、巨大なエアブレーキによって激しい制動を掛けていた。
 木下はランカスターのたわんだ翼がいつ千切れ飛ぶわからない、機体強度を明かに越えた慣性重力で気絶した。

 度肝を抜かれたミラージュは、慌てて減速を始めたが速度が余ってオーバーシュートする。
 七宗はフラップを収納し、プロペラ・ピッチを戻しながら機首を下げ始めた。もともとエンジン出力は落としていないので、推力はすぐに回復を始める。ジェット機では出来ない、プロペラ機のみがおこなえる荒業だった。

「ひさびさだ、この感覚は・・・」

 身体に感じるGは七宗を昔の感覚に戻した。
 バイザーが在るわけでもないのにHMD(ヘッド・マウント・ディスプレイ)の見えた。幻影とわかってもピッチスケールや、その両隣の速度計に高度計。ウィスキーマークにベロシティベクトル、ヘディングスケールが懐かしく思う。
 こちらの射程から逃げようとしたミラージュが、上昇して七宗の視界に入った。次の瞬間、七宗の見ているHMDの幻が、ドッグファイト用の近接戦闘モードに切り替わった。余分なデータが消去され、簡潔な画面に変わりターゲットを囲むコンテナとレクチェル、ピパーが表示される。
 旋回するミラージュを見て反射的にラダーを蹴った。機首をもたげたランカスターは、そのままハイ・ヨーヨー機動でミラージュを追い詰める。

「Fox3、NowAttack!」

 幻のピパーが敵機と重なった瞬間、コールと同時に指を捻った。が、当然爆撃機のランカスターの操縦幹にトリガーなど付いてはいない。機首銃座の反応も無い。

「佐倉さん、鷲尾。なにやってるの!?」

 機首銃座にいた二人は気絶まではしなかったものの、さすがに目を回して銃を撃つどころではなかった。ロープで身体を縛っていたが、辺りを転げまわって気が遠くなっていた。
 ミラージュが視界から逃げ出し、HMDの幻も消えた。七宗がようやく機体を水平に戻し状況を確認する。

「みんな、無事か!?」

「木下が気絶しました」

 和田が答える。

「テメェ、無茶し過ぎだッ!!」「他にも乗ってる奴のこと考えろッ!!」

 機首銃座の二人もなんとか無事なようだ。

「敵機、戻ってきます!」

 柳瀬が叫んだ。ミラージュはアフターバーナーの赤い尾を引きながら、反転して向かってきた。インメルマン・ターンによって高度えたミラージュは、そのままダイブを掛けて向かってきた。

「まずいぞ」

 大戦時代の爆撃機にとって上前方からの攻撃は効果的な弾幕が張れる銃座が無く、コクピットからも近いため最悪のウィーク・ポイントだった。復帰した機首銃座と、和田が入れ替わった上部銃座で弾幕を張るがミラージュは構わず突っ込んできた。
 ミラージュの機関砲が火を吹こうとした瞬間、レーダー警戒音がけたたましく鳴り響いた。

「またか!? 柳瀬」

「ちっ、違います。なんだ、このふざけた大出力は…? こんなの至近距離で浴びたら数分で丸焼きになっちまう! ミラージュのものじゃない!!」

「新手か!?」

 ミラージュが攻撃アプローチを中止して、逃げるように右へ左へのたうちまわった。

「後ろから来ます。速い!」

 和田が絶句する。和田の見たモノは数秒で七宗の上空を駆け抜けた。

「速い…」

 七宗が細長い雲を引く、その機影を見上げた。星が輝き始めた夕暮れの空を翔ける機影は、彗星のように美しく幻想的な光景だった。機影はゆっくりとしたターンをおこない減速を始めた。

「航行中のジェット機に告ぐ」

 突然割りこんで来た無線と同時に、雲の中から別の戦闘機が現れた。

「こちら航空自衛隊、ただいま貴機がおこなっている行為は、『Wind Carrier』社運輸営業機に対する営業妨害行為にあたり、行為を継続するのであれば本機は…」

 新居一尉の警告が終わる前にミラージュ戦闘機はどこかに逃げ出していた。

「新居一尉! なんでここに!? あの機体はまさか」

 横に並んだ自衛隊機のパイロットはバイザーを上げると、親指を立て挨拶した。
 反対側にもう一機の機体が並ぶ。クリップドデルタの主翼に双垂直尾翼の機体は、ランカスターのクルーにはあまりに見慣れた機体だった。

「Mig-31フォックスハウンド…。ザスロン型フェイズド・アレイ・レーダーか」

 柳瀬が薄い煙があがるレーダー警戒装置を抱えながら呟いた。あまりに強力なレーダー波を浴びせられ計器がショートしたのだ。

「なんとか、間に合ったみたいね」

「感謝しろよ。トモちゃんのレーダーが無けりゃ、お前らを見つけることなんか出来なかったんだ」

 どっと疲れが溢れ、しばらく答える気にならなかった。

「こちら617便、エスコートを感謝…」

「よそよそしいぜ。赤の他人じゃあるまいし」

 新居が得意気に基地内を言いふらす様子が目に浮かぶ。今度の航空祭でDACT(異機種間対戦闘機訓練)でもやって挽回するしかない。
 ランカスターは自衛隊とフォックスハウンドの護衛を受けながら、進路を西へ戻した。



 夜の帳が下りた岐阜飛行場、飛行場灯火で標された滑走路が一際綺麗に輝いていた。
 自衛隊側と『Wind Carrier』社側の両ハンガーは明かりが点いており、先に着陸したニ機を迎えていた。

「おまえら、帰って来たぞ!」

 七宗以外のクルーは疲労と困憊で、機内の適当な場所で眠っていた。七宗自身、帰航は伊勢湾上空まで鷲尾と交代しながら飛ばしていた。

「鷲尾、起きろ。ランニング・チェックするぞ」

「もういいよ。お前一人で降ろしてくれ」

「ケジメをつけろよ」

 ブツブツ文句を言いながら無線室に上がってくる。

「ランウェイ・インサイド」

「ランウェイ・インサイド、確認」

「システム・ノーフラッグ」

「システム・ノーフラッグ、…確認」

 管制塔から風向風速を確認した。ありがたい事に風の影響はほとんど無い。

「ギア及びフラップ、正常」

「久しぶりにやってみるか」

 ランカスターは推力をほとんどカットした状態で、かなり遠方からグライダーのように緩やかな降下を開始した。
 着陸の寸前、七宗は軽く操縦幹を引いた。まるで滑るように滑走路に進入したランカスターは、3箇所のギアを同時に地面に降ろし、滑走路をフルに使って減速。接地した瞬間を感じない見事なランディングだった。

「三点着陸なんて、空母に降りるわけじゃないのに・・・」

「寝ている奴を起こしちゃ、かわいそうだろ」

 佐々木の誘導でランカスターをハンガーに留め、機体に掛けられたタラップを降りると整備長の江田とマネージャーの霧神が待っていた。

「フン、随分やってくれたじゃないか」

 江田が皺の寄ったランカスターの主翼を見上げた。

「…ま、撃墜されるよりはマシだ。地上の事はこっちで任せてくれ」

 説教などは一言も言わず、部下達を集めて機体の整備に入る。もっとも、もはや整備というより修理に近い。
 霧神も同じように満身創痍のランカスターを見上げた。口を尖らせているのは機嫌の悪い証拠だ。出来れば早く逃げ出したほうがよいと本能が囁いていたが、一つ確認しておかなければならない事がある。

「これ、保険おりますかね?」

 七宗が恐る恐る尋ねる。保険がおりないと修理費は自分持ちだ。霧神は、図々しい奴といった顔で振り返った。

「新居一尉と友崎さんから話は聞きました。過失責任は当然向こうだし、ちゃんと申告すれば被疑者不明だけど等級据え置きでおりるかもしれませんね」

「じゃあ、さっそく残業して報告書を書いときます」

 何気なくその場から離れようとした七宗の肩に、霧神の手がしなやかに伸びた。

「…ところで、社長が何か探し物しているんですけど心当たりはありません?」

 背筋を悪寒が走った。そうか…、あれは社長の私物だったのか。

 ランカスターの乗り入れ口から鷲尾が顔を覗かせたが、場の悪い空気に押されて機内に引っ込もうとした。

「あっ、待て!」

 慌てた鷲尾が何かに躓いて派手に転ぶ。鷲尾を転ばせた何かは宙を舞い、霧神の足元に転がった。

 霧神は初めて見る金属製の物体を手に取り、天井の照明にかざした。

「なんですこれ?」

 ランカスターを救った薬莢は、照明に照らされ美しい光沢を放っていた。

 どうやら、報告書より先に始末書を書かなければならないようだ…






最終更新:2010年04月28日 07:32