ランカスター出撃す1-2
高度3000メートルで水平飛行に移ったランカスターは、いったん進路を南へ取り中部国際空港、通称セントリアの管制空域へ連絡をいれた。
「セントリア・タワー、こちら『Wind Carrier』617便。聞こえますか?」
「こちらセントリア・タワー。感度良好です」
「九州方面の天候はどうですか?」
「提出されたフライトプランなら問題ありません。ただ、航路中四国沖での緊急時の着陸先が高知空港となっていますが、天候悪化でクローズ(閉鎖)する可能性が高いのでお気を付けて」
「了解」
七宗は無線を一旦切ると「まずいなぁ」と漏らした。高知空港が閉鎖されるということは、それより北の空港も駄目になるだろうから、ランカスターがダイバードできる空港はかなり限定される。
「行くしかないだろ。コイツが現役だった頃と同じでさ」
鷲尾がランカスターの無線士卓をコツコツ叩いた。
「相手がメッサーシュミットで、スピットファイヤかモスキートの直掩機がいれば心強いな」
もちろん、これから遭遇するかもしれない相手がランカスターと同じような大戦機であるはずがない。
業界紙では、四国沖を荒らしまわっている機体は旧式機ながら、超音速飛行が可能なジェット戦闘機だと書いてあった。ミサイルも手に入れるべきだったかなと思ったが、そんなもの積め込めるはずがないと諦めた。
無線のシグナルが鳴った。
「こちらセントリア・タワー、617便。JET航空の旅客機が上昇巡航中にそちらに接近する。注意してくれ」
「了解。みんなデカイのが来るぞ」
左翼側から雲を割って主翼の一部にまで客室を設けた巨大なジェット旅客機が姿を現した。ボーイング・999、最大乗客数1500人、無給油で地球の三分のニ以上の航続距離を誇る航空業界最大の旅客機だ。
「ほんとにデカイや・・・」
木下が観測ドームから頭を出して、ボーイング機を見上げ嘆感をもらした。
「なんだ木下。999は初めてかい?」
「いや、初めてじゃないですけど、まだ仕事で付いたことが無くて」
「んじゃ、ちょっとサービスしてやるか」
七宗は後ろの鷲尾に「トランスポンダ(応答信号電波)を切れ」と小声で命じた。鷲尾がすぐにピンときた様子でニヤリと笑いながらトランスポンダをカットすると、ランカスターは翼を翻しボーイング・999に急接近した。
空中給油の訓練で大型機へのアプローチの経験があったが、訓練で使用したE767空中給油機より遥かに巨大で優美なフォルムだった。機体の後方からアプローチし、コクピットの横につける。ボーイングの操縦士達が突然現れた大戦機に目を丸くしいるのが愉快だった。
「いいか、大型機の周囲を飛ぶときはウェーク・タービュランス(翼端渦)に気を付けるのも大切だが、排気には特に注意するんだ。さもないとあっという間にフレーム・アウトするぞ」
「わかりましたけど。いいんですか? こんなことして」
木下は慌てて言うと、佐倉が答えてやった。
「若いのに心配性の奴だな。ちゃんとトランスポンタは切ってある。向こうも管制も見えてないさ」
七宗はボーイングのコクピットに向かって手信号で「さよなら」と告げると、ロールを打ってボーイングから離れた。
「セントリア・タワーより、617便。何かあったのか? レーダーから消えたぞ」
民間航空のレーダーはトランスポンダの反映なので、それを断たれると位置確認が出来なくなる。
「こちら617便、トランスポンダの調子がおかしいみたいです。今は大丈夫」
鷲尾が平然としらばっくれる。
「了解。機体は古くても構わないが、せめて機材は使えるのにしてくださいよ」
七宗はランカスターを再び予定航路に乗せた。
「そういえば、この機体っておかしいですよね? 大型機なのにコクピットは一人乗りだったり、トランスポンダに細工できたり」
好奇心の旺盛な青年に、七宗は苦笑いしながら愛機の沿革を語り始めた。
「この機体はな。ま、ランカスターって名前なんだが、元は双発機で元々副操縦士はいないんだ、だからそこそこ操縦技量をもったクルーで補っている。この機体を復元した時は地上展示用で、それを後からスピードが出るようにエンジンを換装してフライアブル(飛行可能)にしたとき、今の時代に副操縦士もいないんじゃまずいだろうという事になって、いまは鷲尾が兼任している。初代ランカスターは上部銃塔の射手が兼任しいてたらしい。
トランスポンダもフライアブルの時に付けた後付けだからいろいろいじれるのさ。 もっとも、最低限飛べるだけ装備しかしなかったから、実はフライトレコーダーも付いていない」
「ええっ!? それってまずいんじゃないですか?」
「報告書を書くときはいつも苦労するよ。でも、うちには優秀な航法士が乗っているからね。本当にレコーダーからダウンロードしたようなレポートを作れるのさ」
再びセントリアから交信が入る。
「617便、まもなく広域経路にはいる。VOR(超短波全方向式無線標識)及びDME(距離測定装置)をセットし方位210へ」
「了解。誘導感謝する」
ここからは近隣の空港による誘導を外れ、無線航法による飛行となる。
「さて、いよいよだ。柳瀬頼むぞ」
「了解、機長」
ランカスターは進路を南南西にとり、三重県尾鷲沖から太平洋へ抜けると一路西へ向かった。
G空域
新居一尉の空中戦が始まると友崎の乗るMiG-31フォックスハウンドは後方に下がり、訓練を見守るE-2C改の隣に並んだ。
いくら速度で現代機と肩を並べる速度性能を持つフォックスハウンドでも空戦機動は比べ物にならないほど弱い。元々高高度迎撃機として作られたMiG-25フォックスバットを、さらに改修したMiG-31フォックスハウンドは速度にリソースを注ぎ込んだ超音速戦略迎撃戦闘機で、機動性などあまり考慮されていなかった。
友崎はフレームに肘をつきながらあくびをかみ殺した。
「ラッキー・スターより、633。気が緩んでないかい? 一応僚機だって事は意識してくれよ」
E-2C改に呼び掛けられ、手を振りながら答えた。
「こちら633、これじゃ暇にもなりますよ」
新居一尉の空中戦は、まるで一方的でアンノウン役の戦闘機はいいようにもてあそばれていた。
「新居はエースだからな。ま、もう少し協調性があれば今ごろ新田原の編隊長くらいになれるかもしれなかった奴だ」
「それじゃ新居さんじゃないですよ。あの剣豪肌じゃ、いざとなったら僚機なんか構わないでしょうね?」
「そこまで見てるとはね。まったくそうなんだよ。台湾独立戦争の時なんか、あいつの編隊だけ3機編隊にして、一人で飛ばせていたんだ」
しばらく位置調整をしていないので編隊が崩れてきた。別に編隊を組む必要は無いのだが、なんとなく気になるので再びE-2C改の右後方につけてエシェロンを組む。
E-2C改のプロペラを目に止まり、ふとハンガーで整備中だったランカスターのことが気になった。
「そういえば、そっちのレーダーは四国沖まで見えます?」
「暗礁回廊? 今日は黄砂が被ってるから出力を上げても無理だね」
「そうですか」
「誰か行ってるのかい?」
「うちのランカスターが鹿児島までの予定なんですよ。中国地方に雲がかかっているから、たぶんそっち回りになると思ったんで」
「ランカスターってことは機長はクラッシャーか。ま、あいつなら大丈夫だろ。翼がひん曲がってるかもしれないがな」
「えっ、クラッシャーのやつそっちの方飛んでるの?」
戦闘中であるはずの新居一尉が割りこんできた。
「ストライカー、真面目にやってください」
「真面目にやってるさ。で、そうなのトモちゃん?」
「ええ、時間ならそろそろ差し掛かる頃ですね」
「ふ~ん・・・、これが終わったら、ついでに寄ってやるよ」
遠方の新居機は相手のハイ・ヨーヨーにハイ・G・バレルロールで対抗中だったが、高機動運動中とは思えない口調だった。速度と慣性モーメントの微妙なコントロールが身体に負担をかけない機動を生むが、それは非常に高度な技量がなければ出来ないことだ。
「ストライカー、そんな予定無いでしょ。終わったら一緒に帰りますよ」
「かたい事いうなよ。燃料は持つんだしな」
ACM中は巡航中とは比べ物にならないほど、燃料を消費しているはずだ。そうであるはずなのに新居機からE-2C改へ送られて来るデータでは、燃料消費量に巡航値と著しい変化は認められない。
E-2C改の無線から溜め息と共に呆れたような呟き声が一言漏れた。
「やっぱり手抜きしているよ・・・」
四国沖、暗礁回廊に差し掛かったランカスターは、中国四国地方を跨ぐように発達した積乱雲のはぐれ雲の上を舐めるように飛行していた。
「そのアンノウンというか、パイレーツ(海賊)野郎は一体何に乗っているんだろう・・・?」
鷲尾が誰にとも無く呟く。
「さぁ、スーパークルーズ(超音速巡航)だと結構難しいけど、単なる超音速飛行なんてちょっと昔の機体でも十分だせるしな」
七宗は軽く首を振り肩の力を抜いた。どうも、この空域に入ってから操縦幹に力が入りすぎている気がした。
「ちょっと操縦代わってくれ。火器を点検してくる。ユー・ハブ・コントロール」
「わかった。アイ・ハブ・コントロール」
七宗がコクピットを降りると、まず初めに航法室の柳瀬を覗いた。
「どうだ、柳瀬」
「電波が途切れ途切れになってきて、黄砂が思ったよりひどいですね。衛星に切り替えてみます」
地上のビーコン局からの受信は天候等による障害を受けやすいが、遥か宇宙の人工衛星からの電波は受信側の状態さえ良ければ逡巡することなく受け取ることができる。
「あっ、それとILS受信装置をちょっと改造して、レーダー警戒装置を造ってみましたよ」
「気が効くじゃないか、いきなり叩かれる事は無いわけだ」
「まぁ、相手がアクティブ・レーダーなら大丈夫です。でもほんとにミサイル撃ってきたらどうするんです?」
「決まってるだろ。ECM出力最大しロールを打ってブレイク、同時にチャフ散布だ」
七宗は軽口で答えたが、ランカスターの機動性には限界があり、もちろんなんのジャミング機材もついてはいなかった。
機体の後方に向かうと助っ人に呼んだ佐倉が主翼部分の休憩室で横になって寝ていた。
「よくこんなうるさい中で寝れますね?」
ランカスターの胴体は主翼につけられた4発のエンジンに挟まれるように位置しているため、その内部はとてもうるさい。
復元の段階で初代にはなかった与圧設備が付けられていたが、それでも元が軍用機なので乗員への配慮などは二の次だった。
「そりゃオメェー、竹島で小競り合い起こした時なんか、24時間のコクピット待機なんてやってたんだぜ。しまいにはエンジンアイドリングしたまま、コクピットに毛布を持ち込んで寝なならんかったんだ。ようは慣れよ」
その向こうで佐倉とコンビを組む山下がレコーダーを持ち出して音楽を聴いている様子だった。
さらに進んで機上整備員の和田にたどりつくと、振り返った和田がニヤリと笑いながら「いつでも出せますよ」と足もとの木箱を見せた。
「弾も手に入れたんだろうな?」
「もちろん、M2は1000発、ミニミなら3000発はあります。各銃座にも細工をしておきました。どの場所にもすばやく装着ができます」
木箱に詰まった重機関銃がどこまで頼りになるかわからないが、丸腰よりはマシだろう。一応、公式には非武装状態なので帰ったらまた隠さなければならない。
「何かいるぞ!」
鷲尾の声を上げると機内が一気にざわついた。佐倉が飛び起き上部銃座にかけあがる、他の乗員もそれぞれの持ち場に散った。
七宗がコクピットに戻ると鷲尾が右翼側の積雲を凝視していた。
「現れたか!?」
「いや、一瞬何か光った。4時方向3マイルくらいのところだ」
「見間違いじゃないのか? 雷とか」
「金属の反射光だとおもう。どっちにしろ警戒したほうがいいぞ」
「柳瀬、ウェザー・レーダーで何か見えないか?」
「駄目です。エコーが強すぎて役に立ちません」
「武器を出します?」
和田が下から呼びかけた。
「まだだ、交戦規定に遵従する。佐倉さんそっちから何か見えないかい?」
コクピット後ろの上部銃座で佐倉が手を横に振った。
「了解、引き続き見張ってください」
身体がムズ痒くなるのを七宗は感じた。それが狼狽や不安でなく、ある種の好奇心だと気付くのにそう時間は掛からなかった。
戦闘機パトロットだった頃の冴えた感覚が戻ってきているような気がした。
岐阜基地と滑走路を併用する『Wind Carrier』社では、夕刻前に入国したアジア便の直掩に付いていた『Worn out nails』の警備飛行隊がぞくぞくと機投していた。この時間帯は飛行機が数珠繋ぎに降りて来るため飛行場内では『RTBラッシュ』と呼ばれていた。
誘導員の佐々木は、ようやく最後尾のSu-35をハンガーに入れると隅の弾薬箱に腰を下ろして一息ついた。
「友崎が自衛隊に付いていったのはわかったが、佐倉と山下は先に帰ったのか?」
『Worn out nails』の飛行隊長を務める若尾純一が隣に座って帰還後の一服をはじめた。
「七宗さんに付いて、ランカスターで鹿児島空港まで行ってますよ」
「鹿児島ね。あの老兵もよく飛ぶわ」
「老兵って・・・、佐倉さんとは空自の同期でしょ?」
「俺らの事じゃねぇ、ランカスターの事だ。俺らは生涯現役で戦闘機乗りやりたいから転職したんだぞ。歳相応なんてこと言うかよ」
倉庫の中から、あまりこんな所にはいない顔が出てきて「おかしいなぁ」と漏らした。
「どうした? 社長」
「お前に社長っていわれると何か嫌味に聞こえるな」
空自時代は佐倉や若尾の同期だった『Wind Carrier』社の社長、名瀬賢治は首を傾げながら若尾の横に座りタバコを掠め取った。
「何か探し物ですか?」
「ああ佐々木。倉庫の隅にあった木箱をしらないか、アルファベットでMの2と書いてある奴だ」
「何が入っている奴です?」
「それを聞かれると答えにくいんだがなぁ」
名瀬ははぐらかしすように頭をかいた。
「どうせオールドアームだろ。懐古趣味なんだから」
「おい、あれはなかなか手に入らない代物だぞ。薬莢式火器の傑作品だ。
懐かしいだろ俺達が入隊してまもない頃は、たまに陸のやつらが薬莢を無くしたとかで大捜索やってたじゃないか」
「そんな昔のこと忘れちまったよ」
着陸してきた優雅な曲線を持つデルタ翼機の爆音が会話を声を遮った。
「ほら佐々木、仕事だぞ」
名瀬に促され、佐々木がタキシー・ウェイへ入ってくる運輸業務用のアブロ・ヴァルカン爆撃機の方に駆け出した。
「佐倉のやつがランカスターに乗っているらしい。なんで乗ってると思う?」
爆音がおとなしくなると若尾が話題を変えた。
「暗礁回廊を通るんでオブザーバーがほしかったんじゃないか?」
「ランカスターに乗ってるのは七宗だ。クラッシャーがオブザーバーなんかほしがる奴かよ」
若尾が何を言いたいのかわからなかった。
「なんか知ってるのか?」
「いや、これは俺のカンだが、お前の探し物は七宗が持って行ったんじゃか?」
「七宗が?」
「お前みたいな陸に残る奴は知らんだろうが、最近の暗礁回廊は危険度が上がっているんだ。やることも派手になってきたしな。自衛装備として持って行ったんじゃないか?」
「でもなんで、それに佐倉が関係あるんだ?」
若尾は感の悪い奴だなぁという顔で答えた。
「七宗のやつ、ヒコーキ一筋だろ。そんな年代ものの火器なんか使い方わかるとおもうか? それに必要最小限の4人しか乗っていないあのランカスターじゃ、対空配置になりゃ人手も足りなくなる」
名瀬は腕を組んでなるほどと頷きながら、そのまま肩を落として呟いた。
「せめて半分くらいの弾は残しとしてくれないかなぁ」
「ちったぁ社員の心配しろよ、社長」
アブロ・ヴァルカン爆撃機が一番大きなハンガーへ入ってゆく、これで自衛隊に同行中のフォックスハウンドを除けば、『Wind Carrier』社の営業機はランカスターのみとなった。
暗礁回廊を飛行するランカスターは、アンノウン機の存在を時間が経つ事に認識していた。
七宗もニ、三度正体不明の影を見た。
柳瀬が航法計測用に持ちこんだラップトップパソコンで運輸省のサーバーから近接空港のフライトプランをダウンロードしたが、公式情報では現在この空域を飛行する航空機は小型の自家用機まで含めてもランカスター以外は存在しない。
「どんな飛行機だと思う?」
双眼鏡を覗き込む鷲尾はジッと隣の雲を監視していた。さきほど一瞬見えた影は垂直尾翼の一部のような気がした。
「さぁ、誰だろうと関係無い。問題はいつ動くかだ」
「なぁ、こういうのは七宗の担当だろ。もし仮にあれが戦闘機だとしたら、お前だったらどんな手段で接近する?」
「お前なぁ、俺は国民の血税で造った戦闘機のパイロットだぞ。あんな野郎といっしょにされちゃ困る!」
「それを壊しまくったお前が言うな!」と佐倉が後ろの上部銃座で怒鳴り返した。
「でも、特殊な状況下での戦闘マニュアルもあるんだろ? たとえば、見敵必殺が許される場合でアクティブ・サーチを使わずに一撃を食らわせる戦法とか」
七宗と佐倉が風防越しに顔を見合わせた。
今まで横にいたのは注意を引き、こちらの位置を確認するための陽動にすぎない、本当に攻撃を仕掛けるなら太陽を背負うか後ろを取るかだ。太陽が傾きこちらが西へ進路とる今の状態では、太陽を背負うとランカスターの真正面から向き合う事なり、逆に真後ろを取るとランカスターが太陽と重なる。
ならばアタックをかけるポイントは自ずと決まってくる。
「下だ。雲の中を探せ!」
木下と和田が窓に顔を突っ込んで覗き込もうとした瞬間、眼下の雲に何かの影が浮かび上がった。
「来ますッ!!」
木下の絶叫と同時に、雲の中から鋭利なシェルエットの飛行機が飛び出してきた。
「おいでなすった! 全員対空戦用意、まだ撃つなよ」
七宗が衝撃で不安定になるランカスターを押さえながら叫ぶ。機影はあっという間小さな点になり機種を確認する事もできなかった。
和田が機内を駆け回り、事前に決められたとおり上部銃座にM2重機関銃、後部銃座にミニミ機関銃を二挺並べてセットした。
「また来るぞ、七宗!」
鷲尾の声で空に目を戻すと、小さな機影は巨大な弧を描きながら戻ってきた。
追突するかと思うほど接近し、ランカスターの上空をスレスレを駆ける機影を七宗はしっかりと見た。まるで空を飛ぶ三角定規だ。鋭利な角度を持つデルタ翼、細い胴体に収まるコンパクトな単発エンジン、フランス、ダッソー社が開発したミラージュⅢ超音速戦闘機だ。
「おい、今の奴ミサイル付けてたぞ」
鷲尾が小さくなる機影を睨みながら言った。なぜか鷲尾は本家の戦闘機パイロットである七宗や佐倉より数段冴えた動体視力を持っていた。
「撃てると思うか?」
「さぁな、民間戦闘機なら危険指定空域以外はFCSにロックが掛かるはずだけど、ミラージュなら第三世界に腐るほどあるからな。密輸品だと撃てるかもしれない」
「まだですか!? 機長!」
後部銃座の和田が催促した。
「交戦規定は守れ、忍耐は強さだ!」
「忍耐は、飛んで敵機を墜としませんよ!」
七宗はやれやれとした顔で「なんか言ってくださいよ。佐倉さん」と振った。
「六時の方向から、ボギー(敵機)接近」
「…そうくるか」
バックミラーにうつる機影は、こころなしか減速しているような気がした。機首が僅かに動いた。
「撃ってきます!!」
「警告だよ」
七宗が言った次の瞬間、ミラージュの30ミリ機関砲が火を吹いた。うねった曳航弾がランカスターの横を走る。
「へたくそ! 俺の現役時代ならまだ三メートルは寄せれるぞ」
爆音が悪態を吐く佐倉の声を掻き消す。ミラージュ戦闘機はランカスターの脇をパスした。今度は七宗も翼下についた空対空ミサイルらしい装備を確認した。
「今のパイロット、首をはねる真似をしていきやがったぜ」
「俺はミサイルを見つけるだけで精一杯だよ」
減速していたとはいえ、ミラージュがランカスターと並んだのはほんの一瞬だ。まったくコイツの目はどうかしている。オーバーシュートしたミラージュ戦闘機は、緩やかに旋回しながら翼端灯をパッシングさせた。
「機長、モールス信号ですよ」
「呼んでくれ、柳瀬」
「はい、…カ・モ・ツ・ヲ・オ・ロ・セ、以上」
「貨物を落せ、ね。面白味の無い奴だ。柳瀬、スペアの航空灯で応答してやれ。ワレ・要求・ヲ・断固・拒否・スル」
機首の所がカチカチ光った。
「さて、次はどう来る?」
どう来ようと相手に屈する気はさらさら無かった。もともと、その為に武器も人も準備したし、相手は大戦終結から、ほんの20年後に造られたジェット第二世代の戦闘機にすぎない。
自分はそれよりさらに進化し洗練された戦闘機のパイロットだったのだ。操縦桿を握る握力が微妙に変わっていく、いつものような計器と睨み合う飛行は早々と止めにした。
最終更新:2010年04月28日 07:29