ランカスター出撃す1-1


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 レトロチックな四発プロペラ機が雲海の下を抜け、眼下に見なれた岐阜市街の街並みが見えてくると操縦幹を握る機長の七宗泰造はほっと胸をなで下ろした。今日も無事に帰ることが出来た。

「鷲尾そろそろ、タワーに繋いでくれ」

「了解」

 コクピットの背後、一段下(というよりコクピットの部分が盛り上がっている)の航法無線室で無線士兼副操縦士の鷲尾亮は無線のチャンネルを捻り、岐阜飛行場の管制に繋いだ。

「こちら617便。ギフ・タワー応答せよ」

「ギフ・タワー。お帰り617。うちの機が出てきているが気にしないでくれ。風は西から2ノット」

「617便了解、急いで降下する。チャンネルはこのまま」

 鷲尾が、無線と繋がったヘッドセットを傾けた。

「だそうだ、七宗。さっさと、降りろとよ」

「なぁ、そろそろ機長とか呼んでくれよ。他の奴らはそう呼んでくれるんだし」

「なんで同期にそんな言葉を使う必要がある?」

「鷲尾さんにそんな事言っても無駄ですよ。機長」

 もう一人の航法無線室の住人、柳瀬航法士がケラケラ笑いながら言った。最後の部分が何となくわざとらしく感じる。
 グランド・パス(進入経路)に従い一旦飛行場の北側を抜け、滑走路の東側からランディング・アプローチにはいる。

「和田、エンジンは大丈夫か?」

「今はすこぶる快調です。燃料がスケジュールより減っていますが、問題ありません」

 機上整備員の和田一正がコクピットのすぐ脇にある制御盤をいじって親指を立てた。シベリアからの帰航途中、猛烈な寒気の中に入りエンジン出力が上がらなくなるトラブルに出くわしていた。
 新国道21号線と平行する様に東西に伸びた2700メートル滑走路を真芯に捕らえると七宗は少し操縦桿を前に倒しながら、スロットルを徐々に絞った。コクピットの両脇を挟むように配置された4発のエンジンが徐々にその力を失っていく。
 自衛隊機がタキシー・ウェイから滑走路に入ろうとしているところだった。

「出てきちまってるなァ。どうする? アボート(着陸中止)するか」

「降りて来いって言ってるなら、どうせパイロットは新居だろ。ちょい高目に行くぞ」

 そのまま滑走路に進入すると、端にいた自衛隊機の頭上を掠め、軽く機首を上げた。
 自動着陸装置か衝突防止システムが入っていれば、まちがいなくオート・パイロット・システムがはたらき、機首の引き起こしてアプローチをやり直していただろう。それほど彼我の距離が近かった。

「タッチダウン!」

 滑走路から三分のニほど入った所で、ギアが地面に触れ白煙が巻き起こる。
 初めてその姿を見た者は、一瞬タイムスリップをしたような感覚に覚えるだろう。全長20メートルの真っ直ぐな胴体、その全長を越える幅を持つ巨大な楕円径の主翼には4発のエンジンが吊り下がり、機首は不恰好で丸みを帯びたドームが上下二つ付き、コクピットはその少し後方の胴体上に出っ張っている。
 水平尾翼とその端の二枚の垂直尾翼のデザインが時代を感じさせた。
 スピットファイヤ、モスキートと並んでバトル・オブ・ブリテンを戦い、復元機として甦ったアブロ・ランカスター爆撃機は滑走路では止まらずにそのままタキシー・ウェイに入り、自衛隊の基地に対面するように造られたある航空会社のエプロンへ進入した。



 ランカスターがエプロンへ来ると、誘導員が誘導灯を両手でふってカマボコ状のハンガーへ導いた。ハンガーの正面に青い渡り鳥をあしらった社章と『Wind Carrier』という社名が描かれていた。
 『Wind Carrier』社はいわゆる航空運輸等をおこなう中小企業だ。
 TCV機構と複合ホーミング・システムを取り付けたラムジェット・ミサイルが飛び交い、あたり前のように超音速巡航をやってのけCCVによって今までは考えられなかった高機動飛行をおこなう戦闘機が空を舞い、民間では1500人乗りのメガ・ジャンボとマッハ3の巡航速度を持つ超音速旅客機が航空業界のトレンドとなりつつある時代に、初飛行から半世紀を過ぎるような中古の輸送機、時代遅れで破棄されようとしたが高速便として利用できる軍用機、果ては対消費効果の安い第二次大戦中の機体のレプリカ機などを使い、極東エリアのどんな場所にも、どんな物でも宅配する事を生業としている企業で、航空業界の中でもかなりベンチャーな業種だった。
 『Wind Carrier』社が、自衛隊陸空海の各開発実験団がつめる各務原飛行場と併用している理由は、一時期高まった反自衛隊基地運動に『Wind Carrier』の現社長が目をつけ、岐阜基地司令に滑走路の使用を民間企業にも持たせるという宣伝案を受け取らせたことから始まっていた。しかし、基地規模を考えると、滑走路を使用する企業は対面する航空宇宙博物館の一部を借用した『Wind Carrier』1社しかなく、この手のよろず稼業は自衛隊にとっても便利なので当然付き合いもある。
 機長と副操縦士はエンジンを止めると、簡単にチェックを済ませさっさと機体を降りた。

「お帰りなさい、どうでしたシベリアは?」

 ニキビ顔をした誘導員の佐々木慎二郎が、いつもの様に屈託のない表情で尋ねた。

「散々だ。翼に氷が付いて墜ちかけるし、向こうの空港じゃ帰りの燃料は無いって言われるし・・・」

 整備員達が寄ってきて元は爆弾倉だった貨物室から、積荷を降ろし始める。

「江田さん、エンジンよく診といてよ。なんか調子がおかしいんだ」

 頭に白いものが混じるようになった整備主任の江田譲治は、ランカスターを見上げながら「新米に任せたのが不味かったか」とひとり言のように漏らした。

「えっ!? そんな話し聞いてないよ」

「何を言う! ジェット全盛の時代にプロペラなんかいじりたいという希少な奴もいるんだぞ。少しは協力せんか。
 だいたい、お前さんの操縦も最近手荒いぞ。空自時代の癖が出てきているんじゃないか?」

「こんな機体で無茶しようとは思いませんよ」

 整備ともめると後々厄介なので早めに引くことにする。さもないと、次の飛行はさらに命懸けのものになる危険性があった。

 七宗と鷲尾はハンガーを出て飛行場南端の航空宇宙博物館に向かった。突然、滑走路の方からキィイイーンッと金切り音が響いたかと思うと、航空自衛隊の最新鋭支援戦闘機が滑走路を駆けた。さきほど、からかってやった機体だ。ようやく、仕切り直したのだろう。
 新鋭機をいち早く見られるのは、この基地の特権だった。

「最近の戦闘機は、やっぱ出力が高いな」

「お前だってついこの前まで乗ってたろ。何で降りたんだ?」

 自衛隊機は滑走路を僅かに離れると、ギアを上げさらに加速してあっという間に虚空に消えた。

「単に肌に合わなかっただけさ」

 七宗は愛機ランカスターに振り返り悟るように続けた。

「パワー任せに飛ぶのはもう好きじゃない。気流をよみ、空気というシルクを纏って人ははじめて空を飛ぶもんなんだよ」

「何言ってんだか・・・」

 子供のような目で愛機を見つめる七宗に、鷲尾はあきれ顔だった。



 フライトスーツを着たまま航空宇宙博物館の一部を借用したオフィスにはいると、事務員を務める霧神晴香が両手を腰に宛がいながら「まったくなんて無茶を…」と愚痴を言った。

「向こうが先に滑走路に入ったんだから、上空で待っているのがセオリーでしょ?」

「そんな事言ったって、タワーは降りて来いって言ったんですよ」

「あれは…!」

 霧神は、ばつの悪そうな顔でオフィスの一角に設けられた応接セットを陣取る空自のパイロットを睨みつけた。

「よっ、戦友」

 航空自衛隊仕様のパイロットスーツの上にジャンパーを着た自衛官がコーヒーカップを持った右手を上げて挨拶した。

「なんで新居一尉がここにいるんだ? 今飛んだんじゃないの」

「今飛んだのは最近着任したばっかりの新米の奴さ。ちょっと天狗になってる感じだから仕置きをしてやった。ビビッてたぜ。何しろ頭の上からいきなり大戦機が降ってきたんだもんな」

 鷲尾が「あちゃ~」と額に手を当てた。離陸前の機体の頭上を掠めて強行着陸をおこなうなどということは、航空管制が高度に発達した現代であってもよろしい事ではない。互いを信用した顔馴染のパイロットでも無茶なのに、まったく知らない相手にやって良いことではなかった。まして、相手は自衛隊だ。

「いやがらせも大概したほうがいいですよ。」

「おいおい七宗、軍隊のパイロットがニアミス程度で焦ってどうする。基地のやつらも、いいデモンストレーションだったって喜んでたぞ」 

「俺達をダシに使わないでください!」

「あんなの、お前の空自時代に比べればアクシデントの内に入らんだろ」

 思い当たることがあるのか、「うっ」と七宗が怯む。

「あっ、あなたはいいんです!? 仮にも公務員が昼間っからこんな所にいて」

「まぁ、今日は嫌がらせに来ただけじゃないんだけどな」

 後ろのドアが開いてオフィスに入ってきた同僚パイロットの友崎紀子が「あら、もう帰ってきたの?」と声をかけた。今日日、航空自衛隊でも女性パイロットは珍しくないのに、わざわざ民間企業で旧型の戦闘機に乗る変わり者だった。

「友崎さん、これから飛ぶの?」

「ええ、新居一尉とG空域で模擬戦の手伝いね。今時の戦闘機に付いていける機体は私のフォクスハウンドぐらいしかないでしょ」

「じゃあ、今飛んで行ったのは?」

「俺の訓練相手。今日は奴がアンノウンで一旦北上して低高度侵入して来るところを俺がインターセプトする訓練、予定していた機体が急な整備で小牧に行ってるから、トモちゃんには僚機兼観測機をつとめてもらうよ」

 新居一尉が腰を上げた。

「さあさあ、こっちももう一仕事してもらいますよ。鹿児島までだから、なんとか夜には帰れるでしょ」

 霧神が手を叩いて注意を引いた。

「え~、俺達朝一でハバロフスクまで行って、いま帰ってきたばっかりですよ」

「緊急便です。ランカスターの性能ではギリギリなんですから」

 オリジナルのアブロ・ランカスター爆撃機はロールスロイス製のマリーン液冷V型12気筒エンジンを搭載しながら、時速400キロそこそこしか出せないが、七宗のランカスター・レプリカはさらに強力なターボプロップ・エンジンに換装することで飛行速度を高めていた。それでもリニア鉄道をなんとか追い越す程度の速度しか出すことが出来ない。

「フライトプランは?」

 霧神から飛行計画書を受け取ると、一ページづつ斜め読みした。

「荷物はインスタント・フリージング(瞬間冷却)した魚介類? ったくそのくらいトラックで運べッてんだよ」

「フリージングがあまくて解け始めているそうです。がんばってくださいよ、時間までに着かなかったら、こっちが違約金払わされる羽目になるんですから」

 一通り目を通していると計画航路のページで「げッ!」と絶句した。

「なんで四国沖回りなんですか!? あの空域が今なんて呼ばれているか知っているでしょう?」 

「ええ、暗礁回廊でしょ。空自のレーダーサイトから遠いのをいい事に同業者が営業妨害を繰り返している。嫌ですねぇ、ああいう輩がいるとこっちまで白い目で見られる」

 まるで他人事だ・・・。つい3日前、他社の輸送機がボロボロにされ、貨物を落せと脅迫されたばかりだというのに。

 近年、急激に伸びた中小企業による航空業界への進出は、まさに弱肉強食の競争と成りつつあり、時にはそのような非合法的な手段を取る者も少なくなかった。とくにレーダーサイトのカバーが薄く、近年の気象異常によって天候変化の激しい四国沖の航路は、異常を悟られ難く海賊行為に及ぶものが出てくる様になり、航空業界では暗礁回廊と呼ばれるデンジャラス・ゾーンとなっていた。

「じゃあ、なんで!?」

「緊急便だっていったでしょ、時間がありません」

 鷲尾が諦めろよと肩を叩いた。この会社の命令はある意味軍隊並に絶対だ。飛べと言われたら飛ぶしかない。それがランカスターなどという時代遅れにも程がある飛行機に乗っていられる条件でもあった。

「自衛装備は許可してくれるんでしょうね?」

「装備の持ち出しにどれだけ書類が必要だと思っているんです? だいたい東南アジア方面じゃあるまいし、そんなの出るわけ無いでしょ」

 ブルネイで起きたイスラム革命をはじめ、南沙諸島の動乱、第二次カンボジア紛争でゆれる東南アジアはいま混沌とした戦乱の渦中にあった。
 携帯型の対空ミサイルどころか、長射程型の大型二段式地対空ミサイルが当たり前の様に飛んでくるため、オーストラリアなどのオセアニア方面の旅客機は迂回航路を取るか護衛機を雇うなどの対策をせねばならず、『Wind Carrier』の社内にもそうした専門警備飛行隊が創られていた。

「丸腰かよ・・・」

「わかったら、さっさとハンガーに戻ってください」



 ハンガーに戻るとランカスターの爆弾倉に貨物が積み込まれているところだった。

「もうフライトですか? まったく人使いが荒い」

 整備の手伝いをしていた柳瀬は、やれやれとした顔で飛行計画書を受け取った。やはり、計画航路のところで目が止まる。

「・・・暗礁回廊ですか?」

「どう思う?」

 柳瀬は七宗の不愉快そうな顔みると、一笑して答えた。

「さっきウェザーニュースを聞きましたが、中国地方で大規模な積乱雲が発生していて、北回りで行くのは危険ですね。ま、妥当な航路でしょ」

「本当にそう思っているのか?」

 穿って聞くと、七宗と同じ不愉快そうな顔に変わった。

「まさか! 今の時期やって来るのは黄砂雲ですよ!?」

 砂漠化の進む中国西部からの黄砂は、今では規模を増し巨大な壁雲となって日本へやってくる。
 様々な成分を含む黄砂は航空業界にとって航空機のエンジン・トラブルの他、天然の電波妨害材となり機載レーダーや管制レーダー、さらには自衛隊の防空レーダーにまで悪影響を及ぼした。
 このような天気の日は周囲にレーダーサイトのない暗礁回廊の危険度はさらに高まることになる。

「とりあえず雲を掠めるようにして比較的安全な航路を調べとくので、そっちで別の対策を立ててください」

 七宗は、次に機上整備員の和田を捕まえ、ハンガーの隅に誘った。

「はぁ、武装ですか。でもなんで?」

「これから俺達は危険空域を飛ぶんだぞ。霧神がいう通りにして本当に丸腰で行くきか?」

「過剰じゃないですか?」

「俺は元軍人だ。常に最悪の事態を想定して飛ぶ」

「でもねぇ、会社にバレずに火器類を引っ張り出すのは無理ですよ。民間用の機関銃弾は一発一発ナンバリングしてあるんですから」

「なんとかならないか?」

 和田は「う~ん」と考え込むと何かを閃いたようにハッと目を開いた。

「そういえばですね。この前、倉庫の隅にM2とミニミが転がっているのを見つけたんですよ」

「M2? ミニミ? なんだそりゃ?」

「機長の自衛隊時代にはもう無かったですよね。今みたいな無薬莢タイプではなくカートリッジ・タイプの銃弾を使う機関銃です。M2は1.27ミリで射程ニキロ、ミニミは5.56ミリで射程は一キロぐらいですかね」

「使えるのか?」

「初代ランカスターの7.7ミリでした。ただM2は一挺、ミニミはニ挺しかありませんので、すべての銃座に配備するのは無理ですよ」

「わかった。なんとか機内に運び込んでくれ」

「運び込むのは出来るでしょうけど、もう一つ問題が」

「なんだ?」

「マニュアルが無いので、細かい使い方が分かりません。機長はその調子じゃまったく知らないみたいだし、他の3人は軍隊出じゃないから、前に使ったエリコン対空機銃かSA-16改対空ミサイルしか知りませんよ」

 以前、タイへ飛んだとき元々は非武装機だったランカスター・レプリカの動力銃座を復元し、対空機銃と短射程ミサイルで武装して飛行した時があった。

「それはなんとかこっちで集めてみる。どうせ対空配置になると人手が足りないんだ」

 さて、どこで調達するかな・・・?

 七宗が社屋へ戻ろうとハンガーを出ると、滑走路から自衛隊機と編隊を組んでMig-31フォックスハウンドが離陸した。
 七宗は立ち止まってそれが視界から消えるまで眺めていた。離陸する航空機を眺めるのは七宗の癖みたいなものだった。

 『Worn out nails』か…、あいつ等がならいるかも。

 急いでパイロット控え室となっているハンガーの脇に置かれたバラック小屋へ走った。

『Worn out nails』は『Wind Carrier』社内に設けられた戦闘機部隊の名称だ。局地的危険空域を飛行する旅客機の護衛を主要な任務とし、『Wind Carrier』社では機動性や航続能力、その他性能高いロシア機を主に使用していた。
 しかし、消耗品の輸入や維持費を考えるとけして安いとはいえない。実際、ロシア機を使うのはこの業界では稀な方で、彼らがあえて使用する背景には、それなりのツテがあるのと、国外の航空技術を得ようとする同飛行場の開発実験団の影が見え隠れしている。
 七宗のランカスターが朝一でハバロフスクまで飛んだのも、ベクタードスラスト(偏向推力)エンジンの買い付けのためであった。
 バラック小屋には思った通り、暇を持て余す二人組みがトランプを興じていた。民間とはいっても戦闘機部隊は、ほぼ軍隊基準とおなじ活動をする。単機で任務に非常に稀で、先ほど友崎機が飛んだのなら、その僚機とあたるパイロットはまだいると七宗は推理したのだった。

「どうした七宗?」

 ファイターパイロットにしてはちょっと歳をくった男が顔を上げた。

「佐倉さん。今ちょっと暇かなぁ?」

 七宗は少し呼吸を整えながら尋ねた。

 七宗と同じ元航空自衛官の佐倉和也は年齢的にパイロットを下ろされデスクワークに移らなければならなくなった頃、戦闘機に乗れるという条件で『Wind Carrier』社に駆け込んだ社では古株の男だった。
 今はSu-32FN戦闘爆撃機で長距離任務に就いている。

「あと一勝負やったら、帰るところですよ」

 佐倉と対面していた若者が答えた。Su-32FNの副操縦士を務める木下健次郎は、今年入社したばかりの新人だった。

「すまないけど、ちょっと鹿児島まで付き合ってくれないかな? 暗礁回廊を飛ぶんだ」

「うちの会社、自社機に護衛機なんか付ける金出すのか?」

「いや、自衛装備も拒否されたよ」

「じゃあ、俺達の出番は無いだろ? 油がでなきゃ、いくら戦闘機だって鉄の塊だ」

「でも無いんだよ」

 七宗はそこから声を潜めて話した。

「実は自前で機関銃をのっけた。M2とかいうちょっと古い機関銃らしいが、和田の話では使えるらしい」

「M2? あの50口径の重機関銃か、陸の装備だった気がしたがなぁ。ところでそれは俺達がお前のランカスターに乗るってことなのか?」

「面白そうじゃないですか、たまにはレトロな機体に乗るのもいいでしょう」

 木下が声を弾ませた。

「なんか危なっかしい気もするけど、新人教育にはちょうどいい」

 ハンガーに戻ると間の悪いことに、霧神が飛行前の最終チェックをしているところだった。機関銃は機内を隅まで知り尽くした和田が上手く隠してくれるだろうが、こっちは人間を隠すわけにはいかない。

「どうして佐倉さんと木下が来るんです?」

 さっそく霧神が七宗にくってかかった。

「ええっと、それはですね…」

 しどろもどろな態度の七宗を見かねて、佐倉が横から割って入った。

「コイツは俺と違って、ろくに飛行機を飛ばせないまま自衛隊を出てきた中退野郎なんだよ。だから、ちょっとあぶない所を飛ぶってだけでビビッちまってな。しかたなく俺に泣きついてきたんだよ。な!」

 佐倉が七宗の背中をバシッ!と叩いた。

「たしかの七宗は、空自であまり良く言う人はいませんけどねぇ」

 霧神は「本当に?」という顔で七宗の顔を覗き込んだ。たしか、七宗はフライ・バイ・ライトとCCVを搭載した現代の主力戦闘機で機体強度を越える機動を繰り返し、機体壊しの『クラッシャー』というTACネームまでつけられたパイロットだ。七宗が乗った機体は必ず翼が捻れているとまでいわれていた。そんなパイロットが泣きつくとは疑わしい。

「はい・・・」

 と七宗はげんなりした顔で答えた。

「いいですけど、余剰重量のっけても燃料補助費は変わりませんからね」

 霧神はとりあえず念を押して、タラップを降りた。

「ひどいじゃないですか! あんな言い方」

「半分は本当だろうが、さて武器はどこだい?」

 「まだ隠してありますよ」と和田。

「それじゃ、出発するか」



「チェックリスト、ナンバー1から33まで完了、33から42まで省略」

「システム・グリーン確認、補助動力装置スタート、エンジン・スタンバイ。どうだ和田?」

「OK! エンジン始動支障なし」

 最近では、コンピュータの自己診断システムによって最低限だけおこなわれる飛行前の煩雑なプリフライト・チェックを交互を読み上げながらエンジンに火を入れる。オリジナル・ランカスターのロールスロイス・マリーンXX液式V型12気筒レシプロ・エンジンより数倍もパワーアップした、アリソン・T-56-Eターボプロップ・エンジンが一発づつ息を吹き返し、三枚羽のデハビランド・フェルフェザー・プロペラが回り始め、力強い音と振動がコンピットに伝わってきた。

「エンジン・アイドル、チョーク(車輪止め)、払えッ!」

 暖気を済ませると七宗は出力と偏向翼を操作してタキシングを始めた。

「617便、こちらギフ・タワー。さっきをすまなかったな」

「まったく、こっちはいい迷惑ですよ」

 なんの悪びれなくいう管制官に七宗は少し怒った。

「お詫びに滑走路は綺麗にしておいた。いつでも入っていいぞ」

「それじゃ、遠慮無く」

 タキシー・ウェイを出ると、アブロ・ランカスターは堂々と滑走路の真中で停止した。久しぶりのスタンディング・テイクオフ、広大な滑走路を一機で占拠するのは気分がいい。

「617便、こちらギフ・タワー。離陸を許可。離陸後、進路270を取りセントリアへ連絡せよ」

 管制官の声がさっきとは違い真面目な口調に変わった。

「こちら617便、了解。これより離陸する」

「GOOD LUCK! ランカスター」

 ストットル・レバーを押し上げブレーキを放す。機体が滑り出す瞬間は、体中からアドレナリンが涌き出てくるような高揚感がうまれる。

「V1(離陸決定速度)突破! 続いてV2…」

 V2(安全離陸速度)を越え、操縦桿を軽く手前に引く。ランカスターが首を持ち上げ、ギアが大地から離れた。

「ギア・アップ!」

 飛行場を囲むように植えられた雑木林を抜けると、今度は各務原土壌の特徴である黒土の畑が見えてくる。
 鷲尾がログシートを取り出して、離陸時間を記録した。

「さて、どんな奴に出くわすのか」

「準備はしたけど、変な奴には会いたくないな」

「わくわくするね」

 鷲尾の声が少し踊っている気がした。

「俺はごめんこうむりたいよ」

 ランカスターはさらに高度を上げ、雲の彼方へと消えた。







最終更新:2010年04月28日 07:47