戦国時代に来て、既に数週間の時が経過した。
その間に文字や侍言葉にある程度慣れ親しんだが、この時代だと月日が経つのもあっという間である。

照明がないので、太陽が昇れば起きて、沈んだら眠る。それがここでは普通だった。
油や蝋燭を使って火を点せば、本も読めるが、とても目に悪そうなのでやってない。
このあたり、かなり如何にかしたいと思う。

……いっそ白熱電球でも作ってしまおうか。でもそうなると発電設備もいるし、真空ポンプもいる。
いや、それ以前にガラスの製造設備と技術者育成から手を付けないといかんのか? ……面倒だな。必要な金もないし。

今のところ、近代的な照明の実現は無理そうだった。



気晴らしに書いた現実から戦国 第二話「飯が不味い。娯楽が無い。消毒してくれ。……もう帰りたい」



不便。全ては、この一言に尽きる。
この時代は兎に角、現代人にとっては不便の連続だ。
とりあえず、具体的に例を出そう。

まず、食事だ。ガスコンロ、電気コンロが無いから、鍋なんかを暖めたりするのにも手が込む。
熱源確保のために薪を割るなんて経験は初めてだったし、更に火を起こすのも火打石でやるので一苦労だった。

これに加えて、飯が不味い。
米も不味ければ、おかずも少ない上に味も薄すぎる。
品種改良がされてないのと、香辛料の入手が容易でないという事の二点が原因だろう。

あと、物価もかなり高い。
塩の値段とかだけでドン引き。醤油で味を騙して飯を食おうと思ってたのに頓挫した。畜生。
薄味のおかずも調味料を多く使って調整しようと思ってたのにこれでパー。品目の追加も出来ない。

……いや、やろうと思えば別にできるんだけど。調味料買うのも。
信長……いや、信長様に思っていた以上にいい待遇で迎えられたからというのが理由。
ま、具体的に数字を出すと、知行100貫で召抱えられました。更には支度金として、20貫の現金つきで。
いきなり100貫というのは早々ないようで、信長様お得意の抜擢人事っぽい。
江戸時代の足軽が年収で12貫500文くらいだったはずで、それと比較して考えれば、かなり高給で高待遇だ。

具体的な数字で表現すると分かりやすい。
貨幣単位の貫は、1000文で1貫となる。1文は現代の貨幣価値で10円から60円くらいだろうか。
それを考えると100万円から600万円の収穫が期待できる領地を拝領して、支度金に20万円から120万円もらった事になる。

とはいえ、知行として頂いた領地の収穫100貫全てが俺の懐に入るわけではない。
たとえば、五公五民なら50貫ずつが俺の取り分と農民の取り分となる。
……十割取るようなアホも確かいた気がするけど、どうだったかな。

あと、今更かもしれないが、まだこの時期は石高制ではなく、貫高制で、その土地から税として徴収できる年貢の量を貫・文で表していた。
ただ、農作物は、その収穫量がその年毎に異なるため、いささか増減に幅がある。そのため、平均の収穫量で通貨に換算していた。
俺の知行も貫で表されているし、その貫高に基づいて負担する軍役を定められている。
織田だと50貫で侍二騎、槍持ち二人、鉄砲から弓持ち一人、旗持ち一人である。つまり、この倍が俺の軍役である。

まぁ、軍役は兎も角、この貫高制のおかげで安定した年収の計算ができないのは、ちょっとした問題だ。
豊作、凶作に左右されて年収が揺れ動くのは痛い。下手をすると、五公五民で50貫なのが半分になったりするだろうしな。
それでも生活は出来るんだろうが、毎年何かに付けて調整する必要があるのは安定的な生活を維持する障害だ。

……だからもう副業やって金稼ぎをしてる。

具体的には硝石精製。
百姓の家々を回ってその床下の土を掘り出して集め、この土を木灰と混ぜて水に溶かして煮詰め、濾していく事で硝石の結晶を得ることが出来る。
最初は不純物が混ざって、色が若干褐色であるが、何度も精製を繰り返す事で白い結晶となる。そうして出来た硝石を売って金銀に換えているのだ。
日本では硝石が出ないから、これが高く売れる。この床下の土から硝石を作り出す方法はまだ日本に伝わっていないため、誰も俺のしている事に気づかないというのもいい。
本来、このような戦略物資を売るのは不味いのだろうが、将来が不安なのでそれを売ってでも金を溜めておく必要があるのだ。

ちなみに回った百姓には礼金として数十文渡している。
また大陸では墓地や百姓の家の下から鉱物が発見された事もあるので、試しに百姓の家の下から何かでないか探っている、と信長様に事前に伝え、地質調査として許可も取ってある。
実際、墓地の下から石炭が出たという話は何処かで聞いた事があるし、百姓の家の下からはこうして硝石がきちんと作れているので嘘ではない。
但し、硝石云々に関しては信長様に未報告で、金は全て懐に入れている。
売却先は地元の尾張の商人で、そこから何処に行くかはいちいち気にしてはいない。
その商人には本願寺経由で硝石が手に入るので、販売してみないかと誘いをかけて卸している。
本願寺はどうにも硝石を自主生産していた節があるので、そこからの品なら怪しくはないと踏んでの事だ。
それに将来は兎も角、今はまだ本願寺とは敵対関係でもないので、本願寺との商売があっても別に不思議ではない。

以上のことから一応金銭面での不安と不満は今のところない。
で、次の問題は娯楽だ。率直に言わせて貰う。
テレビがない、パソコンがない、ゲームもない、漫画もない、小説もない。ないないない。

……もうこれは困る。面白い事が何もないのは駄目だ。現代社会と違ってここは退屈すぎる。いや、ホントに。
おかげさまで、この時代で酒色に耽る奴の気持ちが身をもって分かった。それぐらいしか楽しみがなかったんだな―――俺が体験したのは色だけだが。
とりあえず、アルコール中毒や性病には気をつけたい。
まぁ、いざという時のために体力作りの鍛錬や本を読むこともあるけど、とことん刺激がない世界だ。……勿論、戦は例外で。

ああ、でも乗馬や弓なんかはそれなりに楽しかった。
インドア派だが、身体をたまに動かすのはいいものだ。ただ、やっぱり色々難しくもあったんだが。
馬の去勢しろとか、蹄鉄も作れとか、弓は滑車を付けてコンパウンドボウにしてくれとか、そういう事も考えさせられたのは少し余計だったかもしれない。

最後に消毒。食器とか衣類の洗濯で色々言いたい。
水洗いしかできない。洗剤何処だ。水で洗っただけの食器で飯とか抵抗がある。この時代で病気とかやばい。石鹸プリーズ。
あー、もうせめて煮沸消毒を……って、これをやると今度は薪の燃料代が……という訳である。

そんなこんなでグダグダなので早く帰りたい。もう帰りたい。それが本音だった。

でも、そんな本音とは裏腹に、帰る手段は見つからないし、そもそもどうやって俺がここに来たのかもわからない。手掛かりすら見つからない。
……まぁ、正直分かっていた。こんな事態に巻き込まれて、すんなり帰れる訳がないと。

……いや、自分を騙すのは止めよう。
今のところ、俺は帰れない可能性の方が圧倒的に高い―――というよりも、まず帰れないと既に確信してる。
そして、それをもう肌でヒシヒシと感じているし、直感でも分かる。無理だ。

大体、帰るって言うのは簡単だが、それは未来に行くという事だ。
タイムマシンでも作れというのか? ……もうその時点で無理じゃないか。
22世紀の子守りロボットと知り合いというわけでもないのだから不可能だ。

もう途方にくれるしかない。
帰還は絶望的。奇跡でも起こらない限り、俺は決して帰れはしない。
……尤も、ここに来る事になったのも、その奇跡のせいだがね。

―――ああ、神は死んだ。




最終更新:2008年12月05日 19:44