俺の名前は司馬明人という。
年齢は19歳と5ヶ月ちょいで、男性である。生まれてこの方彼女はいない。

現在、人生最大の窮地に陥っている真っ最中である。



ちょっと図書館に寄り道して、更に帰りにコンビニに寄って色々買い込んだ。
その後、どんよりとした雲に空が覆われていたので雨が降る前に帰ろうと、自転車で帰宅する途中に目の前が真っ白になった。

浮遊感と落下感が入り混じったような複雑な感覚を数秒味わったかと思うと、砂利の上にいた。
より具体的には日本庭園風な場所。また見上げれば日本風の城が目の前にある事が分かった。

で、眼前にはちょんまげをしたおっさん。

「……曲者じゃーっ! であえー!」
「オーケー。降参するから命は助けてくれ」

結局、新たに現れたちょんまげ軍団に取り押さえられて牢にぶち込まれました。荷物も全部没収。
凄く認めたくはないが、ラノベ定番の異世界召喚か、タイムスリップか、夢か、幻覚か、はたまた別の何かのようだ。
何で俺がそんな状況になるのかなぁ、という思いと共にわりと冷静でいられる自分を我ながら結構大物だと思った。
……現実感がまるで無いから、余裕ぶっていられるだけな気もするけど。

ま、何はともあれ、このまま元の世界に帰れるのかな。それ以前に殺される可能性の方が余程高い気もするんだが。



気晴らしに書いた現実から戦国 第一話「死亡フラグ? 生存フラグ?」



牢屋に何日も閉じ込められているかと思ったが、一時間ぐらいですぐに出された。
何故だろうと思っていたが、どうにもこの城の殿様が俺と面会したいらしい。
不審に思いつつも、拒否の選択なんて出来ないから結局会うことに。

それで昔の侍が評定を開く時とかに使いそうな広い場所に連れてこられた俺はその中央に座らされて待たされる。
縄で縛られてはいないが、俺の背後にはちょんまげ一号、二号が待機してる。何かあったらバッサリ殺る気だろう。
否応無しに俺の命が風前の灯である事を感じさせる。

若干憂鬱になったものの、しばらくそのまま待機していると、如何にも殿様という雰囲気を身に纏った人物が現れた。
後ろの一号二号が頭を下げたので、俺も一緒になって頭を下げた。

そのせいで視界から外れたが、ちらりと見た限りやはりちょんまげだった。
しかし、かすかに見えた鋭気に満ちた瞳と一歩一歩に感じる力強さに、通常とは一線を画す人物であり、無能とは無縁そうな人だと感じた。
ただ、同時に何処か恐れも抱かせるような威圧感も持っていたが、逆にそれが本人のカリスマ性というものを引き立たせるのだろう。

まぁ何はともあれ、この人次第で俺の命が決まるはず。生き残るためには従順にしていた方が無難だ。

「其の方、面を上げい」

素直に従い、頭を上げる。
余程の要求でなければ、このまま従い続けようと思う。

言われたとおりに顔を上げた事で、よりはっきりと相手の顔が見えるようになる。
見れば、胡坐を組んで、自らの太ももに肘をつき、顎を拳で支えていた。

だが、何より目を引くのはやはりその眼と威圧感だ。
若干ながら萎縮してしまうのは仕方のないことだろう。

「……」

ただ、何も言わずにひたすらこちらを見てくるのは勘弁して欲しい。
その無言がより大きな威圧感となって俺を押し潰してくる。正直、気分のいいものではない。

しかし、それも終わる。
僅か数分程度の間じっと見つめられた後、唐突に言葉を投げかけられ、それに虚を突かれる。

「いずこより何をしに参ったかは知らぬ、そして聞かぬ。このワシに仕えよ」

表情に呆れた顔が浮かびそうになるが、慌てて押さえる。
何処から来たのか、とか、目的は何なのか、とか聞かれないのはありがたい。俺自身、説明できないところが多すぎるから。
だが、どこをどうしたら仕えるという話になるのか。

「……何故、仕官をするようお誘いになるのですか」

率直に聞いてみた。
今回の話は、衣食住の問題が解決される事もあって、その意味では渡りに船だ。
自分がどういう状況に置かれているかを知るための情報を集めるのに拠点があった方がやりやすいのも確かだ。
こちらにとって、決して悪い話ではない。

しかし、理由は聞いておきたい。
どういう事でそうなったのか。それが知りたかった。

「こいつよ」

こっちに何かを投げられた。
慌てて受け取ると、それは俺の荷物の一部だった。
図書館で借りた本、コンビニで買った雑貨に駄菓子などが入ったビニール袋。

「貴様がこの日ノ本の出でないことはわかるわ。だが、ワシが天下を手に入れるためには貴様のような外海からのものの力もいる。ただそれだけの事よ」

なるほど。ここは日本で、戦国時代らしい。いい情報が手に入った。
……しかし、結局仕官を誘う理由は、ようするに天下統一のための協力しろってことでいいのか?
いや、それだと要約しすぎか。大体、それだけならわざわざ俺を登用する必要性がない。
俺が必要だとする前提で考えられる事……。

違う価値観の人間を取り入れて、自分の勢力内部に何らかの影響を与えていこうと考えてるのか?
それとも、海外との通商を行う際に貿易相手との仲介をするための人材として俺を見てるのか?
あとは自分の知らない知識を俺から手に入れることを期待しているのか?

……いかん。結局どれなんだ。いっそのこと全部か? それともまた別の理由?

まぁとりあえず、俺の荷物は全てこの殿様に見られていると考えていい。
それで俺が必要と感じて、だから牢屋から出されたのだという事と推測する。

で、その理由は……あー、理由……うーん。

考える。しかし、駄目。理由が全く分からない。結局、何が決定打だったんだ?
……まぁ確実とは言えないけれど、それなりの予想はつけれたし、あとはゆっくりと探りつつ、考えていけばいい。
なんかやばい理由で引き込まれてたとかだったら、どっかに逃げよう。
それまでの間は幸いにして、あちらさんが俺を登用したがっていて、衣食住には困らない環境をくれるというから問題ない。待遇も悪くは無いし。

それに贅沢は言えない状況であるという事は不本意ながらも重々理解できる。
まぁ、命の危険が無い限りは、それなりに働くのもいいのではないかな? と思いもする。
ここから帰る方法も見つけなければならない事だし、そうなるとどこかに拠点を持って、腰を据えた方がいいはず。
ならば、今回の事は渡りに船と言えるのではなかろうか。

などと、目の前の殿様の言葉からここまで僅か数秒で考える。何かしらの漫画の如く。
頭の回転の速さには、結構自信があるのだ。
そうして考えた上で『とりあえずこの話しは受けてもいいんじゃね?』という結論に達したので、素直に頭を下げて承諾の返答をする。

「分かりました。宜しくお願いします」
「うむ。この織田上総介信長のため、励め」

―――頭を下げてみたところで飛んできた言葉を脳で理解するのに数秒かかった。

……なるほど。戦国時代へのタイムスリップとは分かっていたが、この殿様は信長だったのか。
よりにもよって信長。暴れん坊将軍よりも余程暴れる信長。……これは多少、迂闊だったかもしれない。

こうして俺は、後悔先に立たずという言葉を噛み締めつつ、自分の命を懸けた波瀾万丈の戦国人生の幕を開く事になった。



最終更新:2009年03月27日 00:39