第15章 制圧


「助けてくれぇえー!!」
「救護兵! 救護兵はどこか!」
「腕が、腕が……!」
「畜生、パスキル軍は弱兵揃いだとホザいたのはどこのどいつだ! ブチ殺してやる!」
「うるせぇ! 怪我人は黙ってろ!!」
 重傷を負った兵の悲痛な叫び声が上がる一方、健在な兵の怒声や罵声が飛び交い、ネワディン軍国境陣地はまさに騒然としていた。
 その渦中で、カフカルドは満身創痍になりながらも、声を嗄らして命令を出し続けていた。
「各隊の指揮官は兵を集めて再編成しろ! 統率を乱すな! 前線からの伝令はまだ来ないのか!?」
 突然、足をつかまれた感触にギョッとして振り向いたカフカルドは、思わず絶句した。いつの間に司令部から逃げ出して命拾いしていたのか、半ばボロと化した軍服を身に着けたレーマールが、身を縮こまらせていた。
「ひ、ひぃい……助けてくれぇ……」
「大臣!」
「カ、カフカルドか……あれは……あれは一体何なんだぁ!!」
 レーマールは半ば泣き叫んでいた。
「しっかりして下さい、閣下! 早く立って!」
「う、うむ」
 カフカルドの声に落ち着きを感じたのか、レーマールはよろめきながらも辛うじて立ち上がった。
 ただ、当のカフカルドは極めて迷惑だった。ただでさえ混乱状態にある将兵を指揮するのに手一杯だというのに、権威以外は全くの役立たずに等しい老人の面倒まで見なければならないと思うと、心底憂鬱になった。

「こちらシュリーホーク。弾着は極めて正確で、主要な敵陣地及び部隊をほぼ完全に撃破できた模様です。地上は火炎地獄の様相を呈しています」
 「しゅり」の艦橋には、弾着観測のために飛んだ艦載ヘリからの連絡が届いていた。
「シュリーホーク、まだ無傷で残っている敵部隊はないか」
 安達原がヘッドセットを手に訊いた。
「いえ、敵兵はすでに散り散りで何も……あっ、少し待って下さい。確認します」
「どうした?」
「海岸に大船団が停泊しています。増援部隊と補給物資を積載してきたものと思われます。もっとも、今はそれらを全て陸揚げして空船になっている可能性もありますが……」
「いや、御苦労。監視を続行してくれ」
「了解」
 安達原はヘッドセットを置くと、すぐさま命令した。
「副長、岸との距離を1キロまで詰めるぞ。CIWS射撃用意」
「は、艦長?」
「獲物はまだたくさん残っているぞ。目標は停泊中の敵船団だ」
 安達原が何を意図しているのか理解すると、副長はすぐさま命令を復唱した。
「ゴールキーパー射撃用意! 目標、海岸の敵船団!」
 オランダ製の大型対空機関砲システムであるゴールキーパーは、「しゅり」のヘリ格納庫上に1基が搭載されていた。システムの核となる機関砲は、アメリカでA-10サンダーボルト・対地攻撃機用に開発された、GAU-8/Aアベンジャー30ミリ七砲身ガトリング砲だ。その破壊力たるや、20ミリ六銃身バルカン砲を用いる海自正式採用CIWSのファランクスとは比較にもならない。
「CIWS、射撃指揮装置との連動を確認。射撃開始します」
 これもファランクスとは桁違いの発射音を響かせ、ゴールキーパーが轟然と射撃を開始した。1発当たり369グラムの重量を持つ砲弾が、数千メートルの空中を飛び越え、船団と生身のネワディン兵に降り注いでいった。
「攻撃はやる以上、徹底的にやらんとな」
 安達原が誰にともなく言った。

 その頃、僚艦「くろひめ」のCICでは、木林が安達原の行動に不審を感じていた。
「何ィ、『しゅり』が単艦で沿岸まで接近しているだと? 通信士、すぐに確認しろ」
「はい艦長。『くろひめ』より『しゅり』、応答願います。送れ……」
(安達原め、何をたくらんでいるんだ……)
「『しゅり』より返信。『我、任務ヲ遂行中』と言っています。どうやらCIWSで海岸を掃射し、船団と増援部隊を攻撃しているものと思われますが……」
 それを聞くと、木林は急にワッハハハハと笑い出した。
「艦長、どうなさいましたか?」
 副長がいぶかしげな顔で訊いた。
「いや、何でもない。叩けるものは叩けるだけ、叩けるうちに叩いておこうということだ。実に奴らしいと思ってな」
「は?」
「こうしてはおれんぞ副長、安達原だけに手柄を独り占めされてたまるものか! 両舷全速前進、面舵一杯! 艦を海岸へ寄せろ! CIWSは光学照準で海岸を狙え!」
「了解しました!」
 木林が興奮して命じた後、すぐに2基のファランクスが射撃を始めた。それから間もなくして、「かすみづき」もそれにならった。

 山脈群島への砲撃を生き延びた少数のネワディン兵は、山の斜面を転がり落ちるように駆け下り、海岸に繋がれている船へ逃げ込もうとしていた。だが、水面に無数の水柱と火柱が立ち上り、船が瞬く間に穴だらけになり、粉砕されて沈んでいく光景を目の当たりにした彼らは、その数秒後には数ミリ単位で肉体を粉砕されていった。
 2分と経たぬうちに、ファランクスの20ミリ徹甲弾とゴールキーパーの30ミリ焼夷榴弾の嵐は、大船団を木クズあるいは鉄クズに変えてしまった。

「中隊全車に達する。敗走中の敵残存部隊を殲滅しつつ、国境へ向け進撃せよ」
「了解」
 74式戦車改2型の車長席に座る黒崎三尉は、中隊指揮車からの指令を受信すると、通信回路を小隊内にスイッチした。戦車小隊は、彼のものを含めて4両の74式戦車改2型で構成されている。
「猛虎1号より小隊各車、状況を知らせ。送れ」
「こちら猛虎2号。異状なし」
「こちら猛虎3号。出撃可能」
「こちら猛虎4号。準備よし」
「よーし行くぞ! 戦車、前へ! パンツァー・フォー!」
 小学生からのドイツ軍ファンである黒崎は、日本語とドイツ語で号令を掛けた。
 ディーゼルエンジンが咆哮し、鋼鉄製の重い車体が動き始める。
 74式戦車改2型は1993年度に4両が試作された74式戦車改の低コスト版で、在来型の74式戦車を順次改修する形で配備が進められていた。改修点は暗視装置とレーザー検知器の追加装備のみであり、装甲スカートなどは取り付けられていない。最新型の90式戦車との性能差は覆うべくもないが、あくまでも後継の中戦車が配備されるまでの中継ぎ用である上に、いわゆる仮想敵国の戦車には十分対抗できるため、さして問題とされなかったのである。
 戦車小隊と共に機甲中隊を構成しているのが、2個小隊8両の89式装甲戦闘車改である。こちらは対戦車戦闘に特化した重装甲車の一種で、ファイティング・ビーグル、略してFVと呼称されていた。武装は基本型と変わらないが、車体左右側面に設けられていた銃眼を廃して装甲を強化し、車内には兵員の代わりに予備の対戦車ミサイルと機関砲弾を収容している。
 また、実戦部隊である3個小隊のわずか後方から続く中隊指揮車には、指揮通信機能を強化した特別仕様の89式装甲戦闘車改が使われていた。
 頭上を飛び越える艦砲弾や迫撃砲弾の金切り声を聞いているうちに、黒崎は興奮し始めた。富士教導団にいた頃に参加した総合火力演習や派米演習でさえ、これほどの興奮は覚えなかった。空気感からして違った。文字通り、訓練と実戦との違いだった。
 彼はパッシブ式暗視装置付きの車長用ペリスコープを覗いた。暗い視界に、敵兵の群れだけが白く浮かび上がって見える。
「全車、走行間射撃用意。目標、前方正面。距離1200。弾種、榴弾」
 乗員の中では最年少にして最下級の装填手が、弾倉から榴弾を抱えるようにして取り出し、砲の薬室に押し込み、閉鎖機をロックした。
 古今東西、世界各国の軍隊では、単純ながら素早い動作と強い腕力が要求されるこの役目を、新兵が担ってきた。戦車兵は装填手から始まり、操縦手、砲手、戦車長とランクアップしていくのである。
「装填よぉし!」
 装填手の若く張りのある声が飛ぶ。
「照準よし!」
 砲手の落ち着いた野太い声が続く。
「撃てェ!」
 4両の戦車が、走りながら同時に105ミリ砲を放った。一拍遅れて、百数十名から数百名からのネワディン兵が粉々に吹き飛んだ。
 残りの者は、たちまちクモの子を散らすように逃げ始めた。一斉射撃は無駄になると判断した黒崎は、直ちに次の命令を下す。
「小隊各車、自由射撃を許可する。僚車を撃つなよ!」
 各車の砲塔が旋回し、それぞれの目標に砲を向けた。さらなる砲声と爆発が轟く。近距離の目標に対しては、12.7ミリM2重機関銃と74式7.62ミリ車載機関銃が容赦なく銃弾を浴びせた。
 戦車小隊の後に続く89式装甲戦闘車改2個小隊も、35ミリ機関砲による攻撃を開始していた。信管調整された焼夷榴弾は、運動エネルギーによってネワディン兵をまとめて引き裂きながら炸裂し、無数の灼熱した破片を撒き散らし、さらなる阿鼻叫喚を生み出していった。

 戦況を知らせるはずの伝令兵はいつまで経っても来ず、国境陣地内のネワディン兵の不安は極限に達していた。轟音と炸裂音は激しさを増すだけでなく、徐々に迫ってきている。しかも、不気味な地鳴りを伴ってである。
「もう嫌だ! ここにいたら全員殺される! 早く逃げよう!!」
「おいっ、カフカルド! 何とかせい! 反撃せぬか!!」
「参謀、指示をお願いします!」
「………」
 恐慌状態に陥ったレーマールと部下の連絡将校らに背を向けたまま、カフカルドは苦渋に満ちた表情で歯を食い縛っていた。そして、腹の底から絞り出すように声を発した。
「……全軍に通達だ。速やかに撤退。兵は各自で脱出せよ」
「て、て、てっ、撤退だと!? 貴様、血迷ったか!? みすみす逃げ出せと言うのか!?」
「閣下も避難をお願いします。全責任は私が負います」
「ふざけるなあ!! 逃亡は許さんぞォ!! 全員踏み留まり、死ぬまで戦うのだあッ!!」
 レーマールは腰のホルスターからリボルバー拳銃を抜き、カフカルドに向けた。
「殺してやる! 敵前逃亡の罪で貴様は死刑だ!!」
「それには及びません」
 完全に錯乱した表情と声で叫ぶレーマールに対し、カフカルドは冷たく応じた。
「何だとォ……ぶがっ!」
 振り向きざまにカフカルドが放った鉄拳がレーマールの左頬に炸裂し、彼を昏倒させた。
「参謀閣下!?」
 連絡将校が驚いて言った。
「大臣閣下をお連れして退却しろ。徒歩で山脈群島を渡り、本国へ帰り着くのだ」
「閣下はどうなさるのですか!?」
「最後までここに残り、将兵の撤退と防衛戦の指揮を執る。貴様らも早く行くのだ!」
 連絡将校は姿勢を正してカフカルドに敬礼すると、レーマールを引きずるように後方へ連れていった。

「ははははははははは! いいぞ、もっと撃てェ! 進めえッ! ブチ殺せ! 殲滅せよ! 壊滅せよ! どいつもこいつも皆殺しだー!! あーっはっはっはっはっはっ!!」
 黒崎は顔をしかめながら、轟音をものともせず絶え間なく響いてくる狂乱した声から少しでも耳を保護しようと、ヘルメットのレシーバーを指でずらしていた。彼だけでなく、砲手も操縦手も装填手も同様だった。中隊員全員が同じことをしているに違いなかったが、その声を直接浴びている中隊指揮車の乗員に比べれば、まだいくらかましに違いなかった。黒崎は、彼らに同情の念を禁じ得なかった。
 声の持ち主は、中隊長の武内孝義一等陸尉であった。中隊が突撃に移ってから数分も経たぬうちに、頭の線が何本か切れてしまったような声で叫び始め、今に至るもそれを続けていた。
(あいつ、大丈夫かよ)
 黒崎は思った。
 武内は防衛大学校で黒崎より1期先輩だったが、内気で要領のあまりよくない神経質な男であった。防大では上級生や教官に、幹部として任官してからは上官に、それが原因で怒られるのを何度も目にしてきた。部下は部下で、そんな中隊長を裏で馬鹿にして陰口を叩き合っていたものだ。黒崎自身、それに一度も加わったことがないと言えば嘘になる。ある生意気な古参の陸士長など、彼と話す時はわざと小バカにしたような受け答えをして、その顔が屈辱に染まるのを楽しんでいたものだ。
 その中隊長が今、まさに戦争の歓喜に酔っている。まるで、日頃の鬱憤を殺戮と破壊で晴らしてしまおうとするかのように。
「第1FV小隊は右翼へ、第2FV小隊は左翼に展開せよ! 戦車小隊は俺に続いて中央突破、敵陣を蹂躙する!! 続けぇッ!!」
 中隊長車は猛然と走行スピードを上げ、戦車小隊を追い抜いてしまった。それも、機関砲と同軸機銃を絶え間なく唸らせながらだ。それでも物足りないのか、中隊長は砲塔ハッチから上半身を乗り出し、小銃を乱射していた。
「黒崎さん……」
 別の声が無線に割り込んできた。第1FV小隊の隊長だった。
「何だ」
「中助の奴、大丈夫ですかね?」
 中助とは中隊長を指す隠語だ。当然ながら、本来は幹部が使うべき言葉では決してない。
「大丈夫かどうかは別として、少しは好きにやらせてやってもいいんじゃねえの? 多分、さ……」
 黒崎は半ばどうでもいいような口調で応じた。
「しかし……」
「命令自体は正しい。我々は中隊長の命令を遂行するだけだ。遅れるなよ」
 彼は言い終わると、無線機の電源を切った。

 機甲中隊の後方からは、普通科第1中隊も進撃を開始していた。
 第1危機即応連隊のモットーは、軽量性と機動性だ。そのため、歩兵である普通科隊員も、ほとんどが四輪駆動トラックの高機動車で移動することになっている。
 ただし、連隊本部や各中隊本部などには、若干数の96式装輪装甲車や73式装甲車、軽装甲機動車が配備されていた。これら装甲車群は、前進基地に残留した第2中隊から供出されたものと共に前衛小隊に加えられていた。
 驚くべきことに、砲撃の洗礼を受けたにもかかわらず、なお戦意を失わず車列に攻撃を仕掛けてくる敵兵はかなりいた。もっとも、それは自殺行為でしかなかった。
 隊員達は車上から彼らに向けて、89式小銃やミニミ軽機関銃やMG3汎用機関銃を射撃した。あちこちから炎が立ち上っているため、照準に不自由することはなかった。
「逃げる奴は放っておけ! なお向かってくる敵だけを撃つんだ!」
「無駄に弾薬を使うな! 遠方の敵は車載機銃と重火器に任せて、小銃や軽機は手近な的を狙え!」
 銃声と爆音が響く中、各分隊長がそれに負けじと怒号を飛ばした。
 一部のネワディン兵は、破壊を免れた擬装トーチカに逃げ込んで抵抗しようとしたが、対戦車小隊の装備する中MATこと87式対戦車誘導弾で狙い撃ちされていった。

 機甲中隊の前方数十メートルの地点では、数名のネワディン兵が1門の大砲を操作していた。
「いいか、落ち着いてよく狙え! 先頭の奴を必ず仕留めるんだ! そうすれば後続の進撃は止まる!」
 指揮官が部下に檄を飛ばした。
「はいっ!」
「放てェ!!」
 指揮官が絶叫すると同時に、自衛隊のそれよりも荒削りな砲声が轟き、球状の砲弾が発射された。
 鋼鉄製の砲丸は装甲戦闘車の正面装甲を直撃したが、かすり傷すら付けることなく弾き返された。ただ、その衝撃はかなり大きく、砲塔ハッチから上半身を乗り出していた武内を大きくつんのめらせた。
「ぐおっ!?」
 滑り落ちるようにして砲塔内に入った武内は、怒鳴った。
「何だ今のはァ!!」
「敵の大砲です! 瓦礫で擬装されていたため、赤外線サイトに映りませんでした!」
 顔をどこかにぶつけた砲手が、鼻血を出しながら怒鳴り返した。
「クソタレがなめやがって! どけ、俺が撃つ!」
 赤外線サイトに、砲を捨てて走り去る十数人の敵兵の影が映った。
「効くかよバーカ、死ねぇ!!」
 武内は車載機銃を使わず、機関砲を敵兵の背中に浴びせて粉砕した。
 砲手が狂人を見る目で自分を見ているのに気付かぬまま、彼は一気にわめいた。
「中隊は国境の向こう側500メートル先まで前進する!! いいか、残っているラプトルを全部射殺しろ!! 歩兵は踏み潰せ!!」
 計12両の戦車と装甲戦闘車が、急勾配を乗り越えてネワディン軍陣地に突っ込んだ。
「て、鉄の化け物だあっ!」
 ネワディン兵の恐怖と絶望に少しも憐憫することなく、機甲中隊は陣地を蹂躙していった。
「うあああああああああ!!」
 彼らの絶叫は、そのまま断末魔の声となった。
 重々しい走行音に、ポキパキと小枝を踏むような音が混じっていたのに気付く者はなかった。それは、重装甲歩兵が生きたまま踏み潰され、骨や着ていた鎧が砕けた音であった。
 辛うじて難を逃れた者は塹壕から這い出し、走って逃げようとしたが、その背後から放たれた車載機銃の掃射でバタバタと倒れていった。
 装甲戦闘車を停止させると、武内はハッチを少しだけ開けて周囲を確認してから、それを全開にして再び身を乗り出した。
 あちこちで火災が起こり、地表は弾着で穴だらけになっていた。死体だらけでもあった。人間もラプトルもなかった。黒焦げになった者、爆風で四肢を引きちぎられ、あるいは腹腔が裂けて内蔵が露出した者、砲弾の破片や銃弾に全身を貫かれた者など、多種多様の死体がゴミクズのように転がっていた。
 ついさっきまで彼を支配していた狂気じみた高揚感は消え去り、代わりにすさまじい嫌悪感と嘔吐感が襲ってきた。
 その時、1人の男が塹壕の隅から立ち上がったのを見て、武内は一瞬思考停止に陥った。
(誰だこいつは?)
 男はおもむろに、片手に持っている物体を武内に向かって構えた。それが拳銃だと判った瞬間、武内はパニック状態になりながら腰のホルスターをまさぐった。
「ひぃいっ!」
 何とか抜き出した9ミリ拳銃を両手で保持してトリガーを引いたが、安全装置を外すのを忘れたために撃てず、ますます焦燥感が高まった。そうこうしているうちに、男は銃口をわずかに下げて発砲した。
「わあああああっ!!」
 武内は頭を抱えて絶叫したが、弾丸は砲塔に当たって弾けただけに終わった。
 恐る恐る目を開いた彼は、男が倒れたのを確認した。生死までは見て取れなかったが、もう撃つ必要のないことだけは判断できた。
「中隊長、一体何が!?」
 砲手がハッチを開けて出てきた。
「……何でもない」
 武内は拳銃をホルスターに戻すと、大隊指揮車に通信を入れた。
「こちら機甲中隊。制圧を完了した。これより後退する」
 彼の声は震えていた。

 機甲中隊の後方からやって来た普通科中隊の車両群は、国境の手前で停止した。
「普通科中隊、下車戦闘用意!」
 車両からバラバラと普通科兵が降り立ち、破壊し尽くされた敵陣地に向けてめいめいの銃器を構えた。
 大隊指揮車に乗る船橋は、ハッチから身を乗り出すと、外部スピーカーのマイクを取った。隣の12.7ミリ機銃座に銃手が就き、絶え間なく警戒の目を光らせる中、彼は放送を始めた。
「ネワディン王国軍将兵に告ぐ。これで、一切の抵抗が無駄だということを理解できたはずだ。もう攻撃はしない。生き残った者は今すぐ出てこい。降伏するか、歩いて国に帰るかのどちらかを選べ。ただし、いつまでも隠れている者は伏兵と見なし、容赦なく殺す。分かったな!」
 たちまち、あちこちから怯え切った表情のネワディン兵が姿を現し始めた。


最終更新:2007年10月31日 03:12