第7章 正当防衛射撃


 突然の出来事に、指揮室は騒然となった。普通科小隊が送ってきていた、恐竜と奇妙な人間達の映像が途絶したのだ。
「どうしたのだ!?」
 梨林が、思わず椅子から立ち上がって言った。
「不明です。映像・音声共に不通です。異常事態が発生したと思われます」
 青山が狼狽気味に答えた。
「また異常事態か……。船橋二佐、ジャングル周辺で行動中の偵察小隊を大至急現場に向かわせてくれ。救出用のヘリもだ」
「はっ!」
「偵察飛行中の航空機3機には、そのまま現場上空に向かうよう伝えろ」
「ハイッ!」
 本部スタッフが慌ただしく室内を走り回り始めた。

 自分達が銃弾を撃ち込んでいる先は一体何がどうなっているのか、恐怖と不安を感じつつも、それを振り払おうとするかのように、嘉城らは無言で銃を咆哮させ続けた。マガジンの弾が尽きると、訓練で叩き込まれた通りに素早く新しいものと交換し、再び撃った。
 小野寺は9ミリ機関拳銃を84ミリ無反動砲に持ち替え、対陣地攻撃用の榴弾を発射した。ボーンという大音響と共に砲弾が森の中に炸裂しても、隊員はなおも射撃を続けた。
「撃ち方やめ! 撃ち方やめ!」
 嘉城の命令も1回では届かない。
「撃ち方やめ!! 撃つな、撃つな、撃つな!!」
 ようやく銃撃がやんだ。射撃目標となっていた範囲は、見るも無惨に変わっていた。十数本もの木々がへし折れ、地面は超小型の隕石が無数に降ったかのように荒れていた。不気味な鳴き声は聞こえなくなっていた。
 シーマイル以下のパスキル帝国近衛騎士団少年騎士隊員は、未知の武器の威力を前に、ただ呆然とその光景を眺めるだけだった。射撃音と爆音とで驚いたダチョウ恐竜の鳴き声だけが、不気味な静寂を破っていた。
「敵にかなりの被害があるのは間違いないが、確認が必要だ」
「斥候を出しましょう」
 嘉城に江見原が進言した。
「小野寺、尾川、行ってこい。班全員の内務整理1週間は取り消しにしてやる」
 機関銃に新しい弾丸ベルトを装填しながら、島崎が言った。
「自分は構いませんが……尾川、お前はどうする?」
「靴磨きとベッド整頓を1週間続けるよりは、まだましな気がします。行きます」
「お前もバカだな」
 互いに笑いながら体を起こした小野寺と尾川は、対ゲリラ戦訓練で教官のレンジャー隊員から習った要領で、数歩進んでは木を盾にして停止と監視を繰り返し、慎重に前進した。その間、不快な硝煙の臭いが2人の鼻を衝き続けた。
 20メートルほど歩いたところに、体長2メートル前後の恐竜が4頭倒れていた。4頭とも全身に銃弾を浴びていたが、その大半は分厚い皮膚に食い込んだだけで、致命傷となったものはほとんどなかった。結局は、砲弾の爆発による内臓損傷が直接の死因になったのだった。
「うっ……」
 赤い血にまみれたピンク色の腸が、裂けた腹腔からはみ出しているのを見た尾川は、嘔吐感を覚えて目を背けた。
 小野寺は死体に駆け寄ると、虚ろな痙攣を続けている後ろ脚を見た。鎌状の巨大な爪があった。他の足の指とは独立して動き、獲物の腹を切り裂くドロメオサウルス類肉食恐竜独特の凶器だ。いかに凶悪なナイフや出刃包丁も、それには劣るように思えた。 
「小隊長、やはりヴェロキラプトルでした。4頭とも死んでます」
 小野寺は両手でメガホンを作って叫んだ。と、どこからか飛んできた投げナイフが、ヘルメットに当たって弾き返された。
「うわっ!」
「大丈夫ですか、小野寺さん!?」
「何ともない! それより注意しろ、敵が近くにいやがるぞ!」
「えっ?」
 尾川が木々の間に目をやると、数頭のラプトルと数名の人影が見えた。
「やれッ」
 人影の声に合わせ、ラプトルが地面を蹴って猛スピードで走り出した。
「どどど、どうすればいいんですかあ!」
「撃ちながら逃げろ!」
 2人は元来た道を全力疾走しつつ、ろくに狙いも付けずに銃を撃った。そのまま、小隊員が集まっている丘に転がり込んだ。
「また敵です! 数はよく判りませんが、ラプトルを操ってる人間もいます!!」
 顔を泥まみれにした小野寺が嘉城に怒鳴るが早いか、森の切れ目からラプトルが5頭、耳障りな鳴き声を上げながら飛び出してきた。
「敵だあ!!」
 少年騎士の1人が絶叫した。
「落ち着け! 斬り込んでも返り討ちにされるだけだ! 訓練通り、円陣を組んだまま迎え撃つんだ!!」
 シーマイルがサーベルを振りながら、部下らに叫んだ。
「撃ち方始めっ!!」
 嘉城も声を張り上げた。自動小銃、軽機関銃、機関拳銃、散弾銃、拳銃が、再び金切り声と共に銃火を吐き始めた。その合間を縫って手榴弾も投げ込まれた。隊員の誰もが無我夢中だった。目の色を変えて撃った。
 だが、ラプトルもしぶとかった。持ち前の俊敏さを最大限に発揮して前後左右に動き回り、照準を合わす暇を与えないのだった。そして、防御に隙のできた箇所を見つけては何度も何度も突入してきた。同じ人間の殺傷法しか訓練されていなかった自衛隊員にとって、これは非常に不気味で恐ろしいことであった。
「我らも負けるなぁ!!」
 シーマイルのサーベルが、飛び掛かってきたラプトルの肩口を浅く裂いた。
 決して互いに意図したわけではなかったが、警戒し合っていた自衛隊員と騎士隊員は、結果的に協力して応戦していた。騎士隊員が前面に出てラプトルの突撃を阻む一方で、自衛隊員が後方から援護射撃を行うのである。皮肉にも、自衛隊員を包囲する目的で組まれた円陣は、そのまま防御のために役立っていた。
 壮絶な声で吠えながら、島崎が62式軽機を肩撃ちの姿勢で乱射していた。62式は作動不良が多いことで悪名高い欠陥兵器だったが、島崎は日頃からこの銃の癖や欠点を調べ上げ、丹念に整備を行っていた。それゆえ、快調な射撃を続けられたのである。

 斉木の指揮する偵察小隊はさしたる異変に遭遇することもなく、嘉城の小隊との合流を急ぐべくジャングルを移動していた。
「樹木が生い茂っていて、これ以上は容易に進めません!」
「バーカ。だったら装甲車でバリバリへし折っちまえばいいだろうが。どけどけ」
 斉木は、3両の87式警戒偵察車に前方を塞ぐ木々を排除させ、小隊を半ば強引に前進させた。
「しかし、大至急向かえとは一体何事だ?」
「連隊本部からの連絡によると、普通科小隊から送られていた映像が途絶したとのことです。こちらからも無線で呼び続けているのですが、全く応答がありません。高温多湿のせいで装置の調子が悪くなっただけではないでしょうか?」
 砲手の一士が言った。
「あるいは、な。ワッチウインド、こちら偵察小隊。送れ」
 機甲ヘルメットに仕込まれたインカムに向け、斉木は喋った。
「こちらワッチウインド」
 ジャングルの上空をゆっくり飛行するOH-1から、鳥谷の声が送られてきた。
「さっきから普通科小隊が音信不通なんだが、そちらからは通じるか?」
「いや。こっちでも呼び出してるが、どうも無線の故障だけが原因ではなさそうだ」
「分かった。我々は取り敢えず、連中がいる丘まで向かう。そっちは先に行って状況を知らせてくれ。小型無線機の通話圏内に入れば、連絡が取れるかもしれん」
「了解した」
 彼は無線を切った。
「小隊長、あの音は何でありますか? 銃声のような乾いた音が連続して聞こえるんですが、空耳でしょうか?」
 ヘルメットを脱ぎ、汗だくになった頭をハンカチで拭いていた一士が言った。
「銃声だあ? まさか……」
 斉木は自らもヘルメットを取り、ディーゼルエンジンの駆動音が響く中に耳を澄ませた。
「……ありゃ確かに、ハチキューのフルオート射撃音だ。機銃の音や手榴弾の炸裂音もするな。恐竜の襲撃を受けたのか?」
 耳ざとく音を聞き分けた斉木は、無線のトークボタンを押した。
「こちら小隊長だ。各班に告ぐ。普通科隊は正当防衛射撃を行ったようだ。敵が何者であるかはまだ不明であるが、我々も大至急救援に向かう。全車全速前進せよ。以上」
 イヤホンで斉木の命令を聴くや、真河三曹は本道から脇の獣道にオートバイを乗り入れさせ、アクセルをふかした。
「コラ真河、勝手に動くなっ!」
 班長の怒鳴り声が後ろから飛んだ。
「大丈夫です。先行して丘の様子を見てきます」
 真河の運転するXLR250は、ジャングル内とはとても思えないほどの軽快さで疾走していった。

 丘では戦闘が続いていたが、自衛隊員は次第に不利な状況に追い込まれていた。移動目標に対して絶えず射撃を続けたため、弾薬が底を尽き始めたのだ。反面、ラプトルに与えたダメージは例によって軽微であった。
「66ミリロケット砲をよこせ!」
 弾を撃ち尽くし銃身の過熱した62式軽機を脇に置き、島崎が叫んだ。とっさに班員の1人が、野戦バッグからM72A3ロケットランチャーを引っ張り出して彼に放った。陸上自衛隊では第1危機即応連隊にのみ正式配備されている、使い捨て対戦車兵器である。
「吹っ飛びやがれ!」
 島崎が発射スイッチを押したのとほぼ同時に、ラプトルの1頭が空中高く吹き上げられた。
「ザマ見ろ! 残りの4匹も片付けてやる! ランチャーを全部出せ!」
「あと1発しか持ってきてません!」
「クソ! 小野寺、ハチヨンをぶっ放す用意をしろっ!!」
「弾はあと1発しかありませんが、やりますか」
 小野寺が無反動砲を構えながら言った。
「まだ撃つな! 3個班で一斉砲撃をやれば、勝機はまだある!」
 島崎はトランシーバーを使って、嘉城と2人の班長との連絡を取り始めた。と、わずかな雑音と共に鳥谷の声がイヤホンに入り始めた。それはまさに神の声であった。
「こちらワッチウインド。普通科小隊、聞こえるか。応答せよ、送れ。繰り返す……」
 64式小銃でラプトルの鉤爪を撃ち抜いた嘉城が、慌てて小型無線機のトークボタンを押した。
「こちら普通科小隊! 今どこだ!? 大至急救援を求む!!」
「そこからは見えんだろうし銃声でローター音も聞こえんだろうが、丘の向こう側からテレビカメラで確認してる。もうじき偵察小隊が来る。それまで頑張れ!」
「せめて、ミサイルを目視で撃ち込めないか?」
「そんなのはやったことがない。そっちを誤爆しちまうかもしれん。こいつが対戦車ヘリなら、ミサイルだろうがロケット弾だろうが、好きなだけプレゼントしてやれるんだが」
 OH-1ヘリは近距離対空ミサイルを4発搭載しているが、あくまで自衛用である。
「無理なのは分かってるが、なるべく早く助けに来るよう言ってくれ!!」
「了解」
 通信を切ると、嘉城は64式を単射での狙撃から連射に切り替えて撃ち始めた。

 OH-1からのライブ映像が映し出されたモニターを見て、安達原は言った。
「 ラプトル相手じゃ、救援はとても間に合わん。これより援護の艦砲射撃を行おう」
「か、艦砲射撃!? 艦長、そ、それはまず司令に許可を仰ぎませんと……」
 隣にいた副長が慌てた。
「許可を取ってる時間などあるか。総員対地戦闘用意! CIC、主砲射撃用ー意!」
 彼からヘッドセットを取り上げ、大声で命令を伝えた。
「射撃用意? 艦長、どこへ向かって砲撃するのでありますか?」
 CICにいる武器管制担当の砲雷長が、やはり慌てた反応を示した。
「対空レーダーで捉えた陸自偵察ヘリの位置と、映像の撮影ポイントから座標軸をコンピューターで弾き出せ!」
「りょ、了解! 対地戦闘! 射撃指揮装置起動! 目標までの方位並びに距離の諸元入力!」
 前甲板の5インチ速射砲と、ヘリ格納庫上の76ミリスーパー・ラピッド砲が急旋回し、陸地に狙いを定めた。
「撃ち方、始めぇ!」
 射撃準備が整うと、安達原は直ちに命令を下した。
「艦長、これでは弾着がアバウト過ぎて逆に危険です!」
「いいからさっさと撃て!! 彼ら全員が食い殺されたら貴様の責任だぞ!!」
 安達原の怒声には、殺気すら混じっていた。
「……クソ。砲術士、射撃開始。適当に撃ち込め」
 砲雷長は、全てを諦めたように言った。
「ア、アイアイ・サー。主砲、テーッ!」
 2門の砲が、単射で砲撃を始めた。静かな海上に轟音が鳴り響いた。

 キューンという空気を鋭く切り裂く音に、普通科小隊員と騎士隊員、ダチョウ恐竜、ラプトルが頭上を見上げた。その直後に大爆発が続けて起こった。
「わああー!!」
 ヘルメットを吹き飛ばされた尾川が、悲鳴を上げながら転倒した。ダチョウ恐竜も瞬時に恐慌を起こした。
「味方の砲撃だ! 海自の護衛艦がやったんだ!!」
 小野寺が叫んだ。
「全員伏せろお!!」
 江見原は怒鳴りながら、棒立ちになっている嘉城を引き倒した。
 新たに落下してきた砲弾が、森へ逃げ込もうとしたラプトル2頭を周囲の樹木ごと四散させた。焼けた大小の肉片が、泥や木繊維と共に飛び交った。
「バカヤロー!! どこ狙って撃ってやがんだ!! 俺達も一緒に吹っ飛ばす気か!?」
 島崎が顔を泥んこにしながら、相手に届くはずもない罵声を吐き散らした。
「ワッチウインド、着弾が近過ぎる!! 砲撃を中止させてくれっ!!」
 コードが爆風で寸断されたのにも気付かないまま、嘉城はリップマイクに叫び続けた。
 砲弾の飛翔音が、再び近付いてきた。

 安達原は艦橋張り出しに立ち、弾着を双眼鏡で見ていた。
「か、艦長!」
 血相を変えた副長が飛び出してきた。
「どうした、副長」
「梨林司令より、大至急砲撃をやめるようにと入電がありました!」
「通信不調だと伝えとけ」
「あ、いえ。ヘリからも連絡が来まして、観測では敵は全て吹き飛ぶか逃げ散ったかで、無力化されたそうです。もう砲撃は必要ないかと」
「そうか。CIC、撃ち方待て」
 前後の砲がそれぞれ5回、計10発を発射して、射撃は中止された。

 砲撃がやむと、嘉城は各班長に人員の安否を確認するよう命じた。
「二尉、死傷者はありませんでした。奇跡ですな」
 江見原が、信じられないように言った。
「カシロ殿、部下が1人いない!」
 同じように部下の点呼をしていたシーマイルが、不意に声を張り上げた。
「えっ!」
「ま、まさか、今の砲撃で消し飛んじまったんじゃ……」
 尾川は、その結果が自分達にどのような影響を及ぼすのか、想像もしたくなかった。

 真河は森の中でバイクを停め、黒煙が立ち上っている丘の方角を眺めていた。
「海自の連中、派手にやりやがるなあ。あの煙の位置からすると、もう少しで着くはずなんだが……ん?」
 彼はふと、何かがすぐ近くまで迫ってきているのに気付いた。とっさにバイクを倒して盾とし、銃身下にM203グレネードランチャーを装着した89式小銃を構えた。
「……みんなどこぉ? どこなの?」
 ガサガサと茂みを割って現れたのは1頭のダチョウ恐竜と、それに乗った今にも泣き出しそうな顔をした少女だった。
「あっ、た、助かった!」
 少女が真河を見るなり喜び始めたのに対し、彼は驚くのも忘れて「はあー?」と呆けた声を出してしまった。
「いきなりドッカンドッカン……本当に死ぬかと思った。あんたも仲間とはぐれたの?」
 恐竜世界に人類が生存しているという噂は艦内で耳にしていたが、それが見慣れぬ軍装を身にまとった茶髪の少女として自分の眼前に現れるとは、思いもよらなかった。
「あ、い、いや、あのその」 
 真河は取り敢えず己の官姓名を言おうとしたが、全く言葉にならなかった。
 と、突如として2頭のラプトルが茂みを突き破り、少女の乗っていたダチョウ恐竜に飛び掛かった。その次の瞬間には、生きたまま鉤爪で腹を引き裂かれたダチョウ恐竜が、おぞましい断末魔の叫びを上げていた。
「わああぁぁぁー!!」
 凄惨な光景を目の当たりにし、少女が布を裂くような声で絶叫しながら地面に転がった。真河はハッと我に返り、5.56ミリ弾を3点バースト射撃でラプトルの腹部に叩き込んだ。敵がひるんだわずかな隙にバイクを起こし、シートにまたがった。
「早く乗れ!! しっかりつかまってろよ、振り落とされるぞ!!」
 少女は痛がるのもそこそこで起き上がり、真河の後ろに飛び乗った。
 真河の持っている89式小銃は、片手でも容易に振り回せる折りたたみストック型である。真河はそれを左手で撃ちながら、バイクをアクセル全開で急発進させた。すぐに後方からラプトルが追撃してきたのだ。
 弾倉の弾が切れた。ハンドルを握る右手を数秒間だけ、マガジンチェンジに動員する。
ジャングル内を全速走行するマシンのバランスを手放しで保つのは、名ドライバーで鳴らした真河にとっても決死の荒技であった。
「追い付かれる!! もっと早く走ってよ!!」
 少女が半べそをかきながら、わめいた。
「ぜいたく言うな、こっちは1人余分に乗っけてんだ!!」
 真河は怒鳴り返しながら、大急ぎで右手をハンドルに戻した。
「あいつには銃も大して効かないみたいだな……よし」
 彼は89式を少女に渡した。
「な、何これ。こんなの扱えないよ!」
「黙れ! 折りたたんである部分を起こして、ちゃんと肩に当てろ! 前と後に1つずつ引き金があるだろ、俺がやれと言ったら前のを引け!!」
「自分で使えばいいじゃない、何であたしに持たすの!?」
 わけの分からない物体を持たされるのはごめんだ、と言わんばかりに少女は小銃を真河に突き返した。
「前の方は片手じゃ撃てねえんだよ!! さっさと構えろ!!」
 そう叫んだ時、真河はもう1頭のラプトルが自分達の左横を走っているのに気付いた。
「くっそ、後ろの2頭は俺達を追い込む囮役だったんだ。強行突破するぞ!!」
 ズボンに差してあった発煙筒を引き抜き、キャップを外して着火するとラプトルの口内に放り込んだ。赤い火花と煙を上げて燃焼する発煙筒を吐き出そうと、ラプトルは走るのをやめて必死にもがいた。
「気の毒に。吐き出せてもしばらく飯は食えんな」 
 バイクはジャングルを突破し、雑草やシダがぼうぼうに生い茂っている空き地に出た。そのまま、一気に追撃者との距離を空けた。
「引け!!」
 少女がM203のトリガーを引いた。発射された40ミリ爆裂榴弾は、2頭のうち1頭を爆砕し、もう1頭に少なからぬ傷を負わせた。
「よこせッ」
 真河は小銃を左手で奪い取ると、親指で射撃モードを連射に切り替え、猛烈な掃射を浴びせた。さしものラプトルも、比較的弱い急所である頭部や首を集中的に撃ち抜かれると、遂にもんどり打って倒れた。
 だが、敵は全滅していなかった。3人の黒尽くめの男が、飛ぶようなスピードでジャングルから走り出てきたのだ。
「な、何だ、あいつら!?」
 真河は戸惑いつつも、本能的に素早く弾倉を交換した。
「おのれ、死ね!」
 黒尽くめの男達が、ピッピッと投げナイフを次々に繰り出してきた。
「くそっ!!」
 真河は少女を抱き抱え、草をクッションにバイクから飛び降りた。すぐさま撃った。3人の敵兵は、簡単に薙ぎ倒された。
「一体どうなっちまってんだ? この世界は……」
 彼はようやく、素朴な疑問を口にした。
 救出に飛来した輸送ヘリの爆音が聞こえ始めた。



最終更新:2007年10月31日 03:03