第二話 戦争が見える


7月22日8時39分、NHK総合。ラジオ。BS1、BS2。 報道特別番組

「―――ただ今入ってきたニュースをお伝えします。内閣は日本が外部から武力攻撃を受ける恐れがあるとして、全自衛隊に対して、防衛出動命令を発令しました。これにより自衛隊は部隊を展開し、日本より外部から何らかの計画的・組織的の武力攻撃があった場合、我が国を防衛すべく必要な武力を行使することができます。繰り返しお伝えします。内閣は日本が外部から武力攻撃を受ける恐れがあるとして、全自衛隊に対して、防衛出動命令を発令しました。これにより、自衛隊は部隊を展開し、日本より外部から、何らかの計画的・組織的の武力攻撃があった場合、我が国を防衛すべく必要な武力を行使することができます。尚、これに伴いまして予備自衛官の召集が正式に決定。部隊展開のため一部幹線道路や鉄道、船舶、飛行機等の交通機関が使用されるものと見られます。これにつきまして、内閣は8時45分より緊急会見を行う模様です。繰り返しお伝えします―――」


同時刻、神奈川県横須賀市、海上自衛隊護衛艦隊旗艦『はるな』司令公室

海上自衛隊初のヘリコプター搭載護衛艦は、今や一部を司令部設備に改装し、海将旗を翻しながら、護衛艦隊旗艦としての任を全うしている。
護衛艦隊司令、後藤田一秋海将は長テーブルの先端、司令官席に一人腰掛け、黒縁眼鏡をかけて、コーヒーを飲みながら新聞を読んでいた。
その姿はさながら自衛官というよりは、どこかの優しそうなおじさんである。
朝刊は例の、共産主義国家で起こった同時多発テロとモスクワの爆弾テロ未遂、そしてそこから突如として、さらに加熱しはじめた国際情勢について一杯だった。
ふン。後藤田は心の中で嘲う。
中国も改革開放政策によって、経済は立て直りつつあったが、逆に貧富の差を拡大するのものとなってしまい、それがいわゆる天安門事件、そしてそれに続く全土で勃発した、民主主義と共産主義の内戦じみた闘争へと発展していった。
現在は新政権がうまく軌道をたて直しつつあるが、それであっても90年代の闘争は内政、経済的に大きな打撃となった。
ソ連や東欧共産国家群も同じようなもので、いまや経済的現状から見れば、中国よりもひどい。
もう共産主義国家群が生き残る方法は武力でしかなくなってしまった。
最早共産主義諸国は終焉を迎えようとしているので無いかとさえ後藤田は思った。
だが民主主義と共産主義との間で起こる、生き残りをかけた世界戦争ははじまろうとしている。
そして現状から見て、その戦争の主戦線の一つが北海道となる。
ドアをノックする音が聞こえた。
「入れ」
後藤田が、どこか関西の訛りが入ったような発音で応答すると、若い情報幹部が入室した。
失礼します、情報幹部は護衛艦隊司令に敬礼。
「統幕より緊急電。政府より防衛出動命令が発令されました。これにより、統幕はQ号指令を発令。各部隊は命令に基づき、可及的速やかに展開せよとのことです。また海幕より緊急電。護衛艦隊は他の部隊と連携し、津軽海峡から釧路沖の制海権を維持し、北海道と本州の補給線を確保せよ。また今日中に名古屋港よりフェリー船団で陸自第10師団を輸送するべく、準備を開始。本日夕方までに護衛戦力を名古屋港沖に待機せよ。以上です」
わかった。後藤田は即答した。
「護衛艦隊司令部名義で各護衛隊群に緊急電。Q号指令発令に基づき、各部隊の展開を開始する。第1護衛隊群、第3護衛隊群は大湊へ緊急出航。第2、第4護衛隊群は名古屋沖に集結だ。本艦は輸送船団の指揮を執るべく、伊豆沖で合流する。あと幕僚達を大至急ここに呼んでくれ」
了解。若い情報幹部は直ちに退室した。
再び一人きりになった司令公室。そこで後藤田は再び思いにふける。
「―――どうなるかな」
相手はついに戦争をふっかけてきた。相手は勿論、俺たちも準備は整いつつある。
もう誰にも止められない。望む望まざるにかかわらず、世界はこれまでにない戦渦に巻き込まれるだろう。
核のパイ投げだって行われるかもしれない。
「―――まあ、ええわ」
どうなるかなんてわからん。この戦争で世界の破滅を迎えるかもしれない。だが、所詮は憶測の域を脱しない。
しかし、わかっていることがある。
自分は自衛官であり、その任務を全うすべき人間なのだ。



同日8時52分、北海道恵庭市、陸上自衛隊恵庭駐屯地

「ああ、去年、軽井沢におばさん一家が引っ越したはずだよ。……うん、あの、お前も気をつけろよ―――俺のことは気にしなくていいから」
駐屯地廊下の一角、隊員たちが右往左往している端で、高崎は妹の典子に携帯電話をかけていた。
「高崎!」
彼を呼んだのは、上山だった。
「―――ああ、じゃあ、またな」
彼は一方的に電話を切った。
「どうした、上山」
「第1戦車群の中隊長は全員集合だ。そろそろだぞ」
「そろそろ? 動くのか?」
「ああ、どうもそれっぽいな」
上山はふと携帯電話のほうに視線をやる。
「電話、のりちゃんか?」
「ああ」
上山は妙に暗い表情になった。
「二人きりの家族だもんな」
高崎兄妹は幼い頃、母親を病気で、それから数年後も経たないうちに父親を事故で亡くしていた。
高崎とは(高崎は千歳、上山は釧路の出身の違いはあるものの)同じ北海道の生まれであるせいから防大からの友人であり
同期の中でも同じエリートで、第1戦車群に二人で配属された時は、互いの家に遊びに行くほどの仲である上山も無論、そのことを知っている。
「のりちゃん、これからどうするんだ?」
「軽井沢に昔、施設でお世話になったおばさんがいるんだけど、これが終わるまでそこに身を寄せてもらうことにした」
「軽井沢か。遠いな」
「あいつ、俺らが防大生の時に時々上京してたし、東京まで行けば大丈夫だと思う。軽井沢なら、東京から新幹線で行けるしな。問題は北海道を出るまでだな。混乱すると思うから、どうなるか……」
上山は妹を思う兄の肩を、軽く叩くと、大丈夫さ、と声をかけた。
「ああ、ありがとう」
高崎は親友の心遣いに感謝した。
その後、少し集合に遅れているのではないかと感じた二人は、集合場所が向かって走り出した。


同日13時5分 東京都千代田区、現代報道社、『週刊未来』編集部

「―――ただいまかえりました」
『週刊未来』専属カメラマン、大友由佳が新宿中央公園前で半ば暴徒化した極左団体と、それを取り締まる警視庁機動隊の、一連の騒動を収めたカメラを片手に戻ってきた。
他の編集者達が挨拶するのを、彼女は軽く返し、現像するために暗室へと向かおうとした。
「おい。大友」
編集長がデスクから由佳を呼んだ。
何ですか、ちょっと不思議そうな色を浮かべながら、デスクへと向かう。
「ちょっと北海道行って来い」
由佳は一瞬、編集長が何を言っているのかわからなかった。
思考が止まった頭脳を再起動させると、彼女は言う。
「え? 北海道……」
「そう。北海道」
編集長を頷いた。話を聞いていた数人の編集者達も驚きや不思議そうな顔をして、二人を見る。
「ちょ、ちょっと待ってください。その前に私よりも宮田さんがいるじゃないですか」
宮田とは彼女の大先輩に当たるカメラマンである。
『週刊未来』の顔ともいえる存在で、様々なスクープ写真を撮ってきた。
「何言ってんの? 宮田君なら、ヨーロッパ行ったきりだ」
ああ、そういえば。
宮田は『赤い7月』演習を取材しに行って以来、帰ってきていない。情勢の変化が、彼を欧州にとどまらせたのだ。
「でも、あたし……ですか?」
そう、編集長はまた頷いた。
「いいチャンスじゃないか。全面戦争。社内賞、ワールドプレスフォト賞、ピュリッツアー賞。何でももらえるチャンスだぞ」
編集長は言った。
「し、しかし、どうやって北海道行くんですか? 飛行機とかもう…」
もうだめだね。通常運行はしてない。編集長が頷いた。
北海道各空港から離陸する便は増便されているが、北海道へ向かう便は各地より増援する陸自隊員たちの輸送に回っているためだった。
もっとも政府は自衛官以外の人間の北海道入りは制限しているほうであった。
マスコミはいくらか緩和されているが、それでも北海道入りに苦心している。
「でもいろいろと方法があるだろ。土下座して自衛隊輸送やら他の報道関係やらの飛行機やフェリーにのせてもらうとか、泳ぐとか」
はぁ……由佳はため息をつくように言った。
つまり土下座して何かに乗せてもらえ、と……。
それが最良、てか唯一の手段か……。
「何している? 今晩までには北海道入りしろ。早くいけ!」
突然の編集長の怒鳴り声に由佳は驚き、了解の返事をすると、自分のデスクから必要最低限の荷物をもっていくと、編集部を足早に後にした。



同日15時9分 北海道中川郡中川町佐久

天塩川が流れ、それに沿って宗谷本線のレールが敷かれている。
自然に囲まれ、北海道特有の爽やかな夏の気候と、今日の気持ちの良い日光が田舎情緒をさらに爽快にさせていた。
例え、ここが世界有数の国際的緊張状態の中にあり、さらに名寄国道や2つの地方道が交わる戦略的要所だったとしても。
第26普連戦闘団はここを拠点に天塩町海岸から中川町佐久、さらにここより北の、幌延町南幌延あたりまでを守備担当地域としていており、
第3中隊は後方予備として、ここに待機していた。
連隊本部の設営を手伝った後、中隊は交代巡回警備の隊員以外、待機命令が下っていた。まさしく軍隊の基本の一つ、「急いで待て」である。
第2小隊隊長の倉田二尉もやることがなく、部下と共に天塩川の川原で、自分の設営した一人用天幕のなかで寝そべっていた。
外では彼らの部下数人がたむろって、何かを喋っている。時々笑い声が聞こえるほどだから、そう悪い話題ではないのは見当がつく。
(本当に戦争なんてはじまるのか…?)
彼は天幕の天井を見ながら、そう思う。
平和な情景。嵐の前の静けさか。
彼は寝返りを打った。なかなか落ち着かない。
彼は天幕を出て、彼らの輪に入ろうとする。
「あ、小隊長」
たむろっていた部下達が倉田のほうを向き、敬礼。
「何してんだ?」
「これから上島二曹が持ってきたトランプで、なんかやろうと思いましてね」
小隊付曹長の渡辺陸曹長が言った。小隊最年長だが、がっしりとした体つきをしている。倉田の外見は中肉中背に見えるので、彼よりも精悍に見える。
「小隊長もどうです?」
上島が言った。彼は第3班長であり、滝沢や稗田の直属の上官である。
滝沢や稗田の姿もある。滝沢は見事にトランプをきっていた。
いいね。と倉田も彼らの中に入った。
どうぞ、と稗田が横のスペースに倉田を誘う。
「何やります?」
滝沢が言う。
「ポーカーなら俺得意だよ」
稗田が言った。
「ポーカーですか。俺、ちょっとわかんないですよ」
上島が苦笑を浮かべて、言う。
「何が得意だ?」
渡辺が言う。
「大富豪ですかね、それかババ抜き」
「なんか、修学旅行生みたいだ」
そう倉田が言うと、上島も含め、皆で笑う。
本当に修学旅行みたいだ。倉田はそう思った。
だが、彼が遠くに見える佐久橋を見た途端、その思いは消えた。
第2師団第21戦車連隊所属の90式戦車が群れを成して、走っていた。


同日17時19分 北海道中川郡音威子府村咲来 陸上自衛隊第1戦車群本部陣地

高崎は集落からやや離れたところに設営された、偽装網で覆われた本部を出た。
しばらく歩くと、天塩川が見えるあたりで、上山が煙草をくわえ、戦闘服のあちらこちらを両手で弄っていた。
「おい」
高崎が呼ぶと、上山は高崎のほうを振り返った。
「どうした?」
「いや、ライターどっかやっちゃってさ」
100円のならたしか持ってたぞ、高崎は胸ポケットからライターを取り出し、上山に渡す。
「おお。サンキュ」
どうよ? 上山はマルボロの赤丸の箱を高崎に差し出した。
じゃあ、戴く、と高崎は一本拝借。
その間に上山は煙草に火をつける。
「こんな時でもないと、当分、吸えないと思ってな」
たしかにな、高崎はライターを帰されると、また煙草の火をつける。
「……ところでさ」
ん? 上山の声に、高崎が応える。
「お前、カノジョとかいないのか?」
遠い目で上山は言った。高崎は苦笑する。
「何だよ、いきなり……」
「いや、お前、モテないんかなと思って……。お前、顔いいし。のりちゃんだって、もててるじゃん」
気持ち悪いぞ、お前。高崎がからかい半分にいうと、上山はいや、マジで女にもてないの? と相変わらず遠い目で、そして真剣な表情で聞いた。
「……あんま、そういうの興味ないからな。だいたい紀子の場合はおとなしくて、あまり断りきれない性格だからな」
高崎も真剣な顔で言う。
彼にとって、両親が不慮の事故で亡くなって以来、二人きりの生活だった。なれない孤児院生活。そこから脱出するための努力。そして脱出した後でも、それを維持するため、紀子と一緒に頑張ってきた。
もちろん、恋愛感情を持ったことがないわけではない。
青春の大半をそういった側面で費やした高崎真治は、あまりそういった恋愛沙汰に興味はなかった。むしろ、恋愛している暇などなかったと、彼は思う。全ては自分のため、唯一の肉親とも言える妹のため。
だから、進路を決める際、彼はひどく悩んだ。防大に入学するのは、生活の維持と同時に、有能な戦車乗員であった父の背中を見た、自分の夢であったからだ。
―――自分だけ、夢なんて言っていいのか? 紀子はどうするのだ?
だが、妹は強くすすめた。自分が、兄の足手まといになっていると思ったからである。
―――兄さんは自分の道を進んで。私は一人でも大丈夫だから。
いつもおとなしい性格の典子が、ひどく強くすすめたおかげで、彼は防衛大学校に入学した。後ろめたさがあったわけではないが、典子がそう言ってくれたのだ。
一生懸命がんばろうと心に強く誓った。
この時、高崎の中でもう一つの人生の指針が決まったわけだが、これが彼をさらに恋愛から遠のかせた。
一部の仲間や、大学生の多くが恋愛にうつつぬかしているに対し、彼は防大生としての教練に取り組んでいた。
(そういえば…)
ふと、高崎は思った。
「お前はいないのか? そういうの」
高崎は純粋に疑問として聞く。
こいつは防大時代からの、親友といっても差し支えない友人だが、こいつもそういう話、聞かないな。
「いないね……気はあるけど、苦手なんだ。いろいろあって」
上山はふと昔の苦い思い出を思い出す。不器用な自分。彼女の悩みすら気づいてあげられなかった。そして、あの病室と両親からの罵声、ベットの上の彼女。生きているだけ幸福だったかもしれない。だが、俺は彼女を守ってやれなかった。
愛する資格などないと上山は思いつつ、彼女のこれからの幸せを願って、俺は去った。
俺は本当に馬鹿だとつくづく思う。
「ごめん……」
高崎は触れてはいけない思い出に触れてしまった気がして、素直に謝った。
「いや、お前に何の悪気もないよ」
上山はそう言った。
重い沈黙が流れる。
「―――高崎一尉!」
後ろから高崎を呼ぶ声が聞こえた。杉田だ。
「いけ。杉田が待ってるぞ」
上山が言った。
わかった。じゃあ、また。そういうと高崎は駆けようとした。
「高崎!」
上山が声を出して、彼を呼んだ。
高崎はそこにとどまり、振り返った。何だ?
「……いや、何でもない」
高崎は不思議に思った。
「……いってこい」
上山がそういうと、高崎はああ、とそこを離れた。

「おい、杉田。声でけぇぞ」
高崎は、杉田の目の前にふと現れた。
「中隊長。帰ってこないから心配しましたよ。どこいってたんですか?」
「ん……上山と話してた」
「あ、邪魔しちゃいましたかね……」
「んなことないよ」
―――だが
高崎は思った。
あいつ、何か言おうとしてたのか?
「中隊長。早い晩飯です。安藤二曹も待ってます。行きましょうか?」
「ん、ああ……」
高崎は杉田の言葉に頷き、中隊陣地へと向かった。


同日23時38分 北海道 吉岡海底トンネル駅ホーム

明るい照明がかかった海底トンネル駅のホームには28普連に所属する数人の自衛官達が警備任務に当たっていた。 
迷彩服に89式小銃で武装している。
そのうち、2名の自衛官はホームを少しはなれた線路上から北海道側を見つめていた。
「二曹……」
若い一士は、隣にいた中年半ばの二曹に声をかけた。
なんだ、二曹は言った。視線は二人とも依然として前方だ。
一士は何か話そうとしたが、緊張と馬鹿馬鹿しさのあまり、いや、なんでもないですと返した。
「なら、呼ぶんじゃねぇよ」
すみません、一士はそう言った。
こいつ、びびっていやがる。
二曹は思った。もっとも、入隊して日も間もない。それでいきなりこれだもんなぁ…
二曹はため息をつきたくなった。
その時、急に一斉に照明が落ちた。
動揺する隊員達、二曹と一士もさすがに動揺する。
「落ち着け! 状況を確認せよ!」
ホームにいた一曹が周りの見えないまま、叫ぶ。彼とて動揺している。
片側ホームからうめき声。ふと動揺の音が静まったかと思うと、そのホームから光が複数点滅。
そしてもう片側ホームも静まり返る。
二曹はあれが発砲だとわかった。やつら、サイレンサー付の銃でも持ってるのか。
とっさに一士が迷彩服からライトをとりだし、つけようとした。
「やめ……!」
二曹が警告するには遅かった。彼の額に小さな穴が開き、ライトをつける間もなく倒れこむ。
二曹は89式小銃を構えようとした。だが、遅かった。

数名のスペツナズのパーフェクトゲームで終わった吉岡海底駅ホームの奪い合い。
少尉はホームの外から撃とうとし、今や、うつぶせになった最後の敵に消音機付きのマカロフPMM拳銃を向けながら、近寄る。
後方には伍長が同じように相手に銃口を向けている。
少尉は敵を踏むと、それを2、3度揺らす。すると、それを蹴飛ばして、あおむけにさせた。
敵は額に穴を開け、横たわっている。死んでるな、よし。
少尉は後ろを向いた。全員、こちらを見ている。
少尉は頷いた。それを見た各員は次の行動に移った。少尉も部下と共に行動を開始する。
ある者達は敵の生き残りがいないかを確認すべく、またある者達は退路を確保すべく、そしてまたある者は30トンの湧き水を排水するためのポンプを爆破すべく、それぞれ行動を開始した。


7月23日0時2分 東京 防衛庁 地下中央指揮所

「北部方面総監部より入電。青函トンネルが爆破されました」
オペレーターや幕僚達が様々なやり取りを行っている後ろ、指揮所後部の指揮幕僚区画にいた全員が、その報告に何らかの反応を見せていた。
「ついにやってきたな……」
指揮幕僚区画中央の大型地図台上にあった、大判の北海道地図を見ながら、航空幕僚長の浅沼空将が呟いた。
「被害は?」
ヘットセッドを被った陸上幕僚長の飯田陸将が言った。マイクを通じて、指揮所全体に響く。
「トンネル入口辺りと排水ポンプが破壊された模様です」
何てこった。奥歯をかみ締め、飯田は呻いた。
毎分30トンの湧き水を排水するポンプが破壊された。復旧に何週間か、かかるに違いない。
「くそ。スペツナズめ、これで輸送手段は空輸と海上輸送だけだぞ……」
浅沼や他の幕僚と共に海上幕僚長の竹本海将が呟いた。
彼はとっさに地図の道南辺りの主要港を見る。
函館、室蘭、苫小牧、釧路、小樽……ここが海上輸送の要となる。そして、同時に避難民にとって北海道脱出の最大の拠点だ。
昼頃からJR津軽海峡線も封鎖され、航空機も規制が始まっている。
「おい。避難民はどうなってる?」
田宮統幕議長が横から声を出した。竹本と同じことを考えていたらしい。
この質問に、統幕事務局長の加藤海将が答える。
防衛計画や演習計画、情報、事務関連を担う、統幕内の組織たる事務局。その長である。
「ひどいもんです。パニックで、こりゃソ連軍が上陸してもまだ避難民はいますよ」
「道北もか?」
統幕議長の質問に、加藤は頷く。
「どこも避難民誘導が遅れているようです。フェリーの増援も早急に北海道に回さんと……」
「そんなことくらいわかってる」
加藤の後ろで、竹本が言った。
「全速力で応援可能なフェリー全船を回した。だけど、まだ本格的な行動には入っていない」
「しかし港はソ連空軍や潜水艦が狙ってくるぞ。機雷封鎖や空爆しにくる」
飯田陸将が話に入ってきた。
「空自は増援戦力を北海道・東北に集結させた。米軍だって防空出撃する」
浅沼が飯田に言った。
「そういえば、極東の米軍は?」
田宮が言う。加藤がまた答えた。
「現在、空母『キティホーク』を中核とする空母任務部隊が横須賀より出撃。対馬海峡に向かうべく、九州沖を航行中です。沖縄の海兵隊も臨戦態勢が整い、待機中」
「やけに政治家が米軍を期待しているからな……」
田宮が言った。
「しかし、統幕議長。米軍が北海道に増援を送ってくるのでしょうか?」
竹本が言った。
「わからんが、朝鮮もあるしな……。人民軍はあんな調子だし」
田宮は朝鮮人民軍の現状をさして言った。
経済崩壊といってもさし変わりない現状である北朝鮮だが、人民軍に数百万単位の兵を集わせ、ソ連から友好国価格の名のもと、相当な安価で装備を一新し、大量の小火器を購入した。
それでも一世代古い兵器が主だが、朝鮮戦争時に使用されていた兵器はほぼ全てが現役を退き、また人民軍がソ連製の新鋭兵器を増やしたことに韓国政府は恐れていた。
また大量の小火器購入は、北朝鮮が近年スローガンにあげているものの一つ、「全人民の武装化」を本格的かつさらに強化したものだとして、韓国政府や一部の合衆国高官らの不安材料の一つにさせていた。
「おかげで北朝鮮の経済はもっとボロボロになりましたがね……」
飯田が言った。
「しかし、奴ら、統一にやる気満々だぞ。釜山まで攻められることを合衆国は現実問題として恐れている」
田宮がそう言った後、政治屋には何度も言ってきたんだがな…と呟いた。
「よほど政治屋に信用されてないのでしょうか……」
飯田が苦笑していった。
「らしいな。米軍が拠り所らしいが、最悪、米軍の増援はないかもしれんぞ」
「ひどいモンですな…」
浅沼がため息をついて、言った。
竹本も同じようにため息をつき、メインディスプレイを見た。
数十くらいの艦艇を示すシンボルマークがサハリン沖に集まっていた。ソ連海軍太平洋艦隊が集結中なのだ。
その時、サハリン沖のシンボルマークが全て消え、警報音が鳴り出した。
加藤は近くにあったヘットセッドを取り上げ、中央指揮所の管理を行う者としての義務を果たそうとした。
「何があった?」
「え、衛星からの通信が途絶しました!」
あせったオペレーターが叫ぶように言った。
「衛星が攻撃されたのか……?」
浅沼は呟いた。
「全部隊に緊急通達」
近くにあったヘットセッドのマイクをもって、田宮が宣言するように言った。
「戦闘態勢! 戦闘態勢!」


同日0時12分 国後島上空

イワン・カリーニン大尉は飛行服に身を包んで、滑走路を飛び立つSu27フランカー戦闘機に乗り込んでいた。
金髪がかかる、多くの女性を魅了してきた眉目秀麗な顔立ちは強張っている。
何せ誰もがそうであるように、彼とてはじめての実戦だ。
機体はある程度まで上昇すると、他のフランカー達と合流した。
レーダー上には多くの機影。暗いが、周りを見ると爆撃機や攻撃機もいる。
大編隊だが、『赤い七月』演習の際、オホーツク海上空で同じようなものを見たことがあった。
あの時はただ凄いと思っていたが、今回は違う。何せ実戦なのだ。
『総員、各機に命令する―――』
地上にいる司令官の声が、無線機越しに聞こえた。
『―――作戦を開始せよ』
この言葉を号令に各機は行動を開始した。
フランカー達は護衛すべき爆撃機を先導して、北海道の空へと侵攻した。


同日0時23分 北海道千歳市 航空自衛隊千歳基地

千歳基地は慌しさを増していた。
わずか15分もないうちに、日本の防空警戒システムが大打撃を受けてしまったからだ。
日本だけではない。朝鮮半島の南側、そして西欧の防空システム全てが東側の打撃を受けていた。
この事態に対し、第二航空団は全機に空中警戒任務を命令。三原玲子、松原耕治両一尉はその先陣をきる。
玲子はコクピットに乗り込み、システムをチェック、オールグリーン。
若い機付長が外で、タオルのような形状のミサイル安全ピンを見せた。向こうもOKということだ。
すると機付長は安全ピンをおろし、敬礼をした。初陣に向かうパイロットに敬意を表したのだ。
玲子もそれに返礼。機付長の心遣いに感謝する。
2機は平行して、駐機場から滑走路へ。即刻、管制官からのゴーサインがでる。
2機は直ちに発進。暗闇へと飛び立った。
千歳基地に警報がなったのは、ちょうどその時だった。

「低空侵入中の多数機影、未だ本基地へと向かっています!」
滑走路のすみで、千歳基地防空隊所属の81式短SAM数基が夜空にミサイルを向けて待機していた。
管制装置内で、若いオペレーターは絶叫したように言った。
「レーダーコンタクトだ。ペイトリオットはどうした?」
横に現れた指揮官がレーダーを見つめ、大声に近い声で言った。
「攻撃を行いましたが、多数機影は依然として侵入中」
別のオペレーターがそう答えた。
指揮官の視線はレーダー上に写るイーグル2機にくぎづけだった。
指揮官は上空にはすでにイーグルが2機、さらに目標の撃墜空域が人口密集地上空をだった場合を考慮して、まだ攻撃はしていない。
命令を下す指揮官自身、もどかしさもあった。冷や汗が流れる。
イーグル2機がこの上空から南へと全速で飛んでいく。今撃てば、敵機が人口密集地に落ちることはないだろう。よし!
指揮官は叫んだ。
「全弾発射!」
81式短SAMの発射装置数基から次々と白煙が上がり、あたりをそれが覆った。
ミサイルは白煙を上げて、目標に接近する。
フェイズドアレイ・パルスドップラー・シーカーによるアクティブ・レーダー誘導が行われる。
ジャミングのなか、自らが発する電波を頼りに目標へと突き進む。

「一部が電子妨害の罠にかかりました! で、ですが、ミサイルいまだ接近中!」
千歳基地爆撃の任務を帯びた10機近いTu160uブラックジャック爆撃機にミサイルが接近する。
妙に興奮した新入りの若いシステム操作士の声に、機長である中尉は舌打ちした。
護衛機は爆撃の本格的態勢を取ると同時に離れて、付近空域にて空中警戒任務中だ。
「来るぞ……」
隊長より各機散開の命令。ミサイルが突進してくる。
その命令以前に中尉はチャフを散布。散開する。だが大型な機体のため、機動力があまりない。
中尉の機体は編隊の外側にいたせいか、うまく回避できたが、僚機3機ほどが撃墜される。
「か、回避…」
システム操作士はそう言ってため息をついた。
機長のとなりにいた副操縦士は落ちていく僚機を見つめている。
システム操作士と同い年くらいの航法士もほっとした表情を浮かべていた。
その時、隊長から入電。侵入を開始せよ。
「侵入開始だ。目標を目視した」
あれだ。暗闇のなかで目標を見ながら、機長は思った。
突然、目標からいくつか白く何かがのびる。バルカン砲の光跡。こっちのほうに向かって撃っている。機長は言った。
「敵が高射砲で撃ってる。気を抜くな。爆弾倉開放準備……」

「総員退避! 総員退避!」
千歳基地に敵爆撃機がせまってきていた。
絶叫が辺りで響く。バルカン砲は必死に敵機を撃墜せんとしている。滑走路より整備員達が離れている。
「くるぞ!」
すでに上空にはブラックジャック。誰かが伏せろと絶叫した。
駐機場にいた整備員達はスライディングするようにそこに伏せた。
爆弾が大量に投下される。滑走路や駐機場に多くの爆弾が炸裂し、コンクリートを吹き飛ばして、いくつもの穴を作り出す。
主は滑走路の破壊だったが、一部爆弾は基地建物にも落下した。機体格納庫にも爆弾が落ち、そこに避難していた自衛隊員達を爆風で吹き飛ばし、熱で建物ごと炎上させていた。
他の建物も同様で、うち一発の爆弾は管制棟、管制塔付け根部分に命中。
管制塔は駐機場へとなぎ倒され、多くの破片を撒き散らした。
30秒もかからない内に、千歳基地はその基地機能に大打撃を受けていた。
穴だらけの滑走路、炎上する格納庫やその他建物、多くの負傷者に仲間の遺体、散らばる肉片。
この光景に、多くの隊員は容易に地獄を連想させた。

中尉は機体後方で炎上する目標を見て、大いに笑った。
ざまぁみろ! 仲間の仇だ!
その時、機体横に護衛するフランカー戦闘機を見た。

「こちら、ヴォルガ05.敵機2機をレーダーで確認。津軽海峡を南下中だ。どうするか」
カリーニンはレーダーを見ながら言う。
「こちらヴォルガ01.放っておけ。深追いは禁物だ」
「ヴォルガ05、了解した」
カリーニンは南の、敵機のいる方角を見た。
―――そのうち、あいつらとも戦うことになるだろうな。


同日0時32分 北海道、苫小牧港 フェリー乗り場 待合所

北海道を脱出しようとする人々は北海道南部の主要な港へと向かっていた。
その一つ、苫小牧港には多くの避難民が港所狭しと、自分を本州に連れて行ってくれるフェリーを待っていた。
フェリー乗り場の待合室にも勿論所狭しと多くの人がいたが、むしろ彼らは希望が持てるほうであった。
自治体が配布するフェリー乗船整理券の順番が回ってきたからだ。
次のフェリーに乗れる人々がここにいたが、そのフェリーがいつやってくるかわからなかった。
高崎典子は待合所隅に腰掛けて、ぼっとしていた。
横には彼女の分と、誰かの分であろう荷物が置かれていた。
「お姉さん」
彼女を呼ぶ声が聞こえた、彼女は座る人ごみの中に立つ、一人の活発そうなショートカットの女性を見つけた。
典子よりやや年下に見える。表情はやや疲れがちだ。
「ああ、愛ちゃん」
水越愛は典子の横に座ると、ため息をついた。
典子は自分のバックから清涼飲料水を彼女に渡すと、彼女は遠慮しながらも感謝してそれをちょっと飲んだ。
水越愛は札幌市近郊の大学に通う学生だった。
テレビで流れた東側同時多発テロを聞き、北海道が戦場になるだろうと危機感を覚えた彼女は北海道脱出を決意。
その途上、典子と会い、今は二人で北海道の脱出行を共にしていた。
「どうだった?」
典子は愛にきく。愛はわざわざ近くの自衛隊が設営した天幕に赴き、天幕外にかかげれている、苫小牧港に入港する予定のフェリーの現状情報がかかれたホワイトボードを見に行っていたのである。
これは随時、フェリーについて質問してくる避難民に対応してのものだった。
彼女の場合、自衛隊の天幕が近かったからその場に赴いたが、苫小牧港には他にも数ヶ所同じものがあった。
「……さっきとかわんない」
愛は9時近くにももう一度、それを見に行っていたが、ホワイトボードに書かれている内容は一緒だ。
「いつになったら、フェリーに乗れるんだろうね」
典子もため息をついた。
「……うん」
愛も頷き、
「こんなことになるとは思わなかったなぁ……」
と続けた。
そうよね……と、兄の顔を思い浮かべながら典子は頷いた。
「ねえ。愛ちゃんは北海道でた後、どこにいくの?」
典子は言った。
「んー、友達の家かな?」
え? 意外そうな顔で典子は愛の顔を見た。
「実家にでもかえると思った?」
典子はゆっくり頷く。
「私の実家、神奈川なんだけど、両親と折り合い悪くて、喧嘩ばかりしてて―――北海道の大学入ったのも、あいつらから少しでも遠くに行くため。だけどこんな風になって、大学も休校になって、ほら、テレビで札幌がソ連軍狙ってるってよく言ってるから、逃げようとしてるんだけど…正直どこ行くのかわからなくてさ」
そうなんだ……典子は声のトーンをやや落として言った。
愛は典子にあまり良くない気持ちにさせてしまったと思い、話題を変えようとした。
その時、構内放送からチャイムがなった。
「何だろう?」
愛はいった。典子も放送に耳を傾ける。避難民全員が放送に聞き入って、その場が静まった。
「えー、大変重要な放送を流します。皆さん、お聞きください」
野太い中年男性の声が聞こえた。
「先ほどから北海道各所でソ連軍による空爆等の攻撃がはじまりました。これにより主要な施設が攻撃を受けています」
周りからどよめきが聞こえる。典子と愛も驚いた表情になる。
「また苫小牧港近海にも機雷も敷設されました。これに船舶が触れると、機雷は爆発します。現在、海上自衛隊掃海艇が出動し、機雷の除去にあたる模様ですが、完全除去までにどれくらいかかるかわかりません。つきましては、無期限の出入港の禁止が決定いたしました―――」
フェリーは当分来ない!
ざわつきが罵声や怒鳴り声、悲鳴や絶望に変わった。
放送は深く謝罪する男性の声が聞こえたが、多くの人々に耳には届いていなかった。
その時、誰かが待合所の外から絶叫した。
「飛行機だ。ソ連機だ!」
避難民達は悲鳴を上げた。空爆されると思ったからだ。
爆音が段々と近づいてくるにつれ、人々は右往左往しだした。
また誰かが伏せろと絶叫する。
パニックになった人々はその場に伏せはじめた。典子や愛たちはその場に伏せる。
爆音は彼らの頭上には来ず、そのまま東の方向へと遠ざかった。
苫小牧港近海に機雷を敷設したソ連軍爆撃機編隊は千島列島の飛行場へと帰投していく。
「お姉さん、大丈夫……?」
愛がそういうと、典子はうん、と言った。
すると、今度はうめき声や助けを呼ぶ声が聞こえた。
パニックになった際、怪我人が出たのだ。
「戦争……」
愛がそう呟いた。典子は急に現実に引き戻された気がした。
これが戦争なんだ……


同日5時12分 北海道 天塩海岸沖合い

昇ったばかりの朝日を浴びながら、ソ連海軍太平洋艦隊は天塩海岸沖についに現れた。
まずソ連軍北海道上陸軍は三つにわかれ、天塩、稚内、浜頓別の各海岸にそれぞれ上陸する。
その一つというわけである。
「いよいよだな」
乗員らが右往左往する中、若干改装されたロプーチャⅡ級戦車輸送艦の艦橋から、ソ連軍第342自動車化狙撃師団所属の戦車連隊第2大隊を指揮するグレゴリー・シャイミーエフ中佐は天塩海岸を望んでいた。
山の辺りには黒煙もちらほらと見える。
「あれが北海道ですか」
横にいた第3中隊長のユーリ・ノヴィコフ大尉が同じように見ていた双眼鏡を下ろした。
スマートで気品のある若い顔立ちである。外見的には、戦車兵のイメージというより白馬の騎士である。
シャイミーエフ中佐は双眼鏡を下ろすと、大柄で彫りの深い顔立ちを頷かせた。
「抵抗がないですな」
同じように双眼鏡を下ろした第3中隊付政治将校の二キータ・トルプコ少尉がいった。
ノヴィコフより気品があるというわけではないが若い顔立ちで、中肉中背の体つきをしている。
トルプコは鼻で笑った。
「きっと、日本軍も我が軍の熾烈な空爆に全滅したか、あるいは恐れをなして逃げてしまったんでしょう」
馬鹿が。ノヴィコフは思った。ヤポニェチ(日本人の蔑称)とはいえ、それほど臆病者の集団ではあるまい。
まあ、それほど臆病者だったらどんなに楽か……。
突然、艦内に警報が鳴った。
「ミサイル接近! ミサイル接近!」
山の向こうから数発のミサイルが現れた。地対艦ミサイルがまだ生きていたようだ。
周りがあわただしくなる。
付近の護衛艦艇から迎撃ミサイルが発射される。
彼らの横にいた艦長も2基のAK630Ⅱ近接防御砲の発砲準備を命じる。
改装された時配備されたものだった。
一発の迎撃ミサイルが敵の放った対艦ミサイルに命中。爆発する。
これを皮切りに次々とミサイルが命中。
だが生き残った一発の対艦ミサイルがシャイミーコフらの乗るロプーチャⅡ級戦車輸送艦に接近してくる。
おびえる若い水兵ら、将校や多少年上の者になるとうろたえてはいけないと思うのか、はてまた本当に恐怖など感じていないのか、じっとしているものがほとんどであった。
トルプコはノヴィコフの横でおびえた表情を見せている。
ノヴィコフもそれほど動揺してないが、多少眉を歪めている。
艦長、AK630Ⅱの発砲命令。
6門の30ミリガトリング砲がうなりを上げた。
大きな爆発音。ミサイルは迎撃され、煙と炎と破片に変わった。
艦の近くで爆発したせいか、衝撃が艦にもとどく。
大小様々な破片が艦橋にたたきつけられる。
トルプコは冷や汗を流し、政治将校の威厳を保とうとしていた。
「おい」
シャイミーエフは静かに言った。ノヴィコフは彼を見る。
「貴様には見えんか?」
ノヴィコフはシャイミーエフの見る方角を見た。爆発の跡である白煙と、その先にある北海道が見えるだけだった。
「何がですか?」
ノヴィコフは再びシャイミーエフを見て言った。
シャイミーエフもノヴィコフを見て、答えた。
「戦争だよ」



最終更新:2007年10月31日 02:39