大江戸から旅立った アズサとカイが辿り着いたのは、 動乱に揺れる京だった。 舞台を京に移し、新撰組までも 巻き込む覇王の真意とは? |
大江戸幕府に刃を向けたアギラの一件以来、混乱と恐怖に覆われた大江戸を旅立ったアズサとカイ。 多くの者たちが静かに暮らせる場所を求めて旅立つのに対し、アズサたちはより危険が待ち受ける京都へ向かった。 アズサとカイが京都で最初に会ったのは、覇王の手の者ではなく、京都の治安を守る新撰組の近藤だった。 近藤「大江戸でのことは土方から聞いている。まずは長旅の疲れを癒すといい。」 アズサは京都に着けば何かがわかると思っていた。 だが、近藤は何も語ってはくれなかった。そしてカイも道中、何も語らなかった。 アズサ「え・・・それだけですか?休むためにここまできたんじゃありません。覇王のことご存じじゃないんですか?」 気持ちが焦っていた。カイならば、必要になれば話してくれる。 そう信じて旅を続けてきたが、覇王は何者なのか? なぜ自分が狙われるのかわからないままだった。 カイを信じる気持ちは揺らいでいない。 だが、少しでも知りたい、カイの役に立ちたい。 それがアズサの気持ちを焦らせていた。 沖田「そんなに慌てないでもいいじゃないですか。ひとまず旅の汚れを流してはいかがですか?話はそれからです。」 近藤の背後にいた隊士の中から物腰が柔らかい男が現れた。 その顔には優しい笑みを浮かべているが、カイでも隙は見つけられなかった。 カイ「お久しぶりです。沖田さん。アズサ、今は近藤さんと沖田さんの言うとおり、一休みさせてもらおう。お腹空いてるとイライラするしね。」 アズサ「え・・・もう。それじゃ私がお腹空かせてるみたいじゃない!」 いつしか場が和んでいた。 沖田の持つ雰囲気がそうさせたのだろうか、カイを信じるアズサの想いがそうさせたのだろうか。 あるいは、本当にお腹を空かせていたのかもしれない・・・。 アズサ「近藤さん。お言葉に甘えて休ませてもらいます。でも、その後で知っていることは教えてくださいね。」 近藤「承知した。案内は沖田にさせよう。」 カイ「ありがとうございます。沖田さんよろしくお願いします。」 ひとまず一行は新撰組の屯所へ向かうことにした。 そんな中、カイは気づいていた。 大江戸で起きたような激しい戦いが近付いていることを。 それは新撰組の近藤、沖田も感じていた。 アズサたちが近付くと共に、何者かが闇の中で息を潜めていることを。 アズサに与えられた休息の時は短い・・・。 |
梵天丸「お前たちが影狼とやらか。」 京に着き、久しぶりの都を満喫していたアズサとカイの前に少年が立ち塞がった。 アズサ「えっ?」 いきなりの問い掛けに立ち止まるアズサ。だがカイはすでに腰の刀に手を掛けていた。 カイ「影狼の名、どこで聞いた?」 ただならぬ気配に町民は走り去り、梵天丸たちの周りに人がいなくなった。 梵天丸「誰に聞いたかなど関係ない。おれの用があるから来たまで。さぁ刀を抜け!」 |
一閃。 カイの一振りが梵天丸から刀を弾き飛ばした。 カイ「これでもう戦えないね。さぁ誰から俺たちのことを聞いたか教えてもらうよ。」 刀を失った梵天丸だが、その瞳は敗者のそれではなかった。 梵天丸「ふっ。強いな。この体では勝ち目はないか。」 カイの体に緊張が走る。 カイ「やっぱり・・・人間じゃないね?」 梵天丸からアズサを隠すように静かに動くカイ。そこに新撰組の沖田と土方が駆けつけてきた。 沖田「大丈夫ですかカイさん。」 土方「刀を振り回す輩がいると聞いて駆けつけてみたら、アズサとカイか。」 梵天丸「人が増えてきたか。潮時のようだな。」 沖田「この京で抜刀しておいて、そう簡単に逃げられるとおもっているんですか?」 影狼のカイ。新撰組の沖田、土方。この三者から逃げられる者などいない・・・、と思えたその時、どこからか町民の悲鳴が響き渡った。 「きゃー。」「逃げろ!」 梵天丸「久々の現世。楽しませてもらった。また会おうぞ。」 一瞬だった。悲鳴に気取られ、一瞬目を離した隙に、梵天丸は姿を消していた。 アズサ「えっ。どこに行ったの?」 沖田「逃げたようですね。」 土方「沖田!逃げた奴よりも、いまはあっちの騒ぎを治めるのが先だ。」 話すよりも早く走り出す土方。それを追いかける沖田。 カイ「騒ぎのタイミングが良すぎる。アズサ、俺たちも行こう。」 アズサ「うん。カイ。無理しないでね。」 悲鳴の先にあるのは橋。その橋の上に人ならざる鬼がいた。 鬼若「やっと来たか。新撰組、影狼。殿の命によりお相手いたす。」 |
鬼若の攻撃は、近付けばなぎなたを振り回し、離れれば肩に担いだ長筒が火を噴いた。 常人ならば攻めるどころか逃げることも敵わぬ猛攻も、沖田、土方、カイの3人には通用しなかった。 鬼若「ぐっ、これでは殿の命、守ること敵わぬ。才蔵!見てばかりではなく、助勢願えぬか。」 鬼若の言葉と同時に忍者が姿を現した。 才蔵「了解した。助太刀いたそう。」 再び鬼若と沖田たちの間合いが離れた。 土方「次から次へと、これが覇王の手の者か?カイ!」 カイ「そのようです。大江戸で会った方とは違いますが。」 カイの言葉に激しい反応を見せたのは忍者だった。 才蔵「そこの侍。お主が大江戸にて幸村様と相対した者か?」 アズサ「あの真田幸村縁の忍者?」 カイ「ああ、確かに刀を交えたね。真田幸村・・・強かった。」 忍者の姿が一瞬消え、カイの目の前に姿を現した。 才蔵「鬼若。そちらの新撰組は任せた。拙者はこちらの男をいただく。」 カイ「アズサ下がってて。この人の目的は俺みたいだから。」 忍者へと間合いを詰めるカイ。 才蔵「拙者の名は真田十勇士がひとり、霧隠才蔵。参る!」 |
カイの刀が才蔵を捕らえたその時、新撰組の応援が駆けつけた。 才蔵「幸村様の無念晴らすこと敵わぬとは・・・。」 才蔵の体が霧のように消え去り、その場には鬼若だけが残った。 土方「さぁ観念するがいい覇王のこと話して貰おう。」 鬼若もまた、沖田と土方の執拗な剣戟により疲労し、勝敗はすでに決していた。 鬼若「諦めはせん。我が魂朽ちようとも、殿のために戦うのみ。」 鬼若の狂気に歪んだその瞳はすでに虚ろになっていた。 武田「下がれ!ここは新撰組五番隊隊長の武田が取り締まる。土方殿も沖田も下がれ!」 応援に駆けつけた新撰組のひとり、武田観柳斎がその場を収めようとした。 土方「武田さん、助力は助かるが、ここはおれたちで十分だ。他に覇王の手の者がいないか見回りの方を頼む。」 その場が収まり始めた時、カイに鋭い視線を送る者がいた。 カイ「土方さん、沖田さん.ここはお任せします。アズサ付いてきて。」 その視線に気付いたカイは、アズサを連れてその場を去った。 武田「余所者はいなくなったか。さあ、土方と沖田も立ち去れ!」 槍を構え、土方たちへ向ける。武田観柳斎。 沖田「武田さん。穂先を向ける相手が違いますよ。」 武田は沖田の言葉を聞かず、鬼若の存在も無視した。 武田「黙ってこの手柄を寄越すか、それとも私の槍に貫かれるか選ぶがいい。」 土方「武田!貴様何を言っているかわかっているのか?」 武田を見つめる土方の体から、ゆっくりと殺気が立ち上る。 その土方を制して沖田が前に歩み寄る。 沖田「土方さん、僕がやりますよ。本気の土方さんは、手を抜かないからなぁ。武田さんの目は僕が覚まさせますよ。」 武田「そうか。槍に貫かれる方を選んだか。それならば近藤にはそこの僧に返り討ちにあったと伝えておこう。」 何者かに操られているであろう武田観柳斎の体からも、尋常ではない鬼気が立ち上っていた。 常人であれば立っていることすらできないだろう。 だが、その鬼気をしても沖田の表情からは微笑を絶やすことはできなかった。 沖田「一応、手加減はしますが・・・、少々の怪我は覚悟してくださいね。」 優雅に剣を抜く沖田総司。 天才と呼ばれた男の剣が唸る。 |
アズサ「カイ。どこに行くの?」 カイとアズサは先程から入り組んだ街中を駆け抜けていた。 カイ「何者かが誘ってる。気をつけて。」 橋で感じた視線を追い掛けるカイ。 だが、その視線は逃げるわけでも無く、近付くわけでもない一定の距離を置いて移動しているように思えた。 その視線は突然消え、カイとアズサの前にひとりの男が立っていた。 カイ「やっと姿を見せてくれたね。先程までの視線は貴方だね。何の用ですか?」 男はすでに刀を抜いていた。そしていつしかカイも抜いていた。 アズサだけが、常人を超えたふたりの戦いから取り残されていた。 蘭丸「私の名前は森蘭丸。影狼のカイ。あなたに用はありません。あのお方に必要なのは後ろの女だけ。」 カイ「貴方の言うあのお方というのはリュウ?」 蘭丸「あのお方の名前を知っているんですね。真田幸村から聞きましたか?」 カイは蘭丸の体を妖気が包むのを見た気がした。 カイ「貴方も幸村と同じようにリョウに蘇らされたのか?」 蘭丸は静かに微笑んだ。 蘭丸「 当たりです。ですが、蘇ったのは私だけじゃないですよ。先程、刀を交えた鬼若、霧隠才蔵もまたあのお方の命により蘇った者たちですからね。」 カイや新撰組の沖田、土方を相手にしたふたりが蘇った者たちだという事実を知って、梓は背中が凍りついたような気がした。 カイもまた驚きを隠せなかった。 カイ「なぜ眠りに着いた者を起こす?他にも蘇らそうというのか?」 蘭丸「さあ。それよりもいいんですか?もうすぐあのお方の力無くとも、黄泉路が開き、私のような者たちでこの現世が溢れますよ?」 アズサは体の奥が熱くなった気がした。 そして何故か蘭丸の言う黄泉路を感じた気がした。 アズサ「カイ。早く。その人の言っていることは本当だと思う。だから早く・・・。」 アズサの言葉を聞いたカイが勢いよく飛び出した! |
沖田と武田の勝負は一瞬であった。けっして武田が弱いわけではない。 それほど沖田の実力が秀でていたのだ。 正気を失った武田観柳斎を負かした沖田と土方は、カイとアズサの後を追っていた。 沖田「こちらに向かったのを隊士が見ていたんですが、見つかりませんね。」 土方「もっと奥に行っちまったか。早く見つけないと雲行きが怪しすぎるぞ。」 向かう先から何者かが戦う気配と剣戟が聞こえてきた。 土方「沖田、急ぐぞ!」 沖田「はい。」 先を急ごうとしたその時、再び新撰組の羽織を纏った男が立ち塞がった。 芹沢「おう!おめえら、この先は通せねぇな。」 のんきな声で沖田と土方を止めたのは、近藤と肩を並べる新撰組局長、芹沢鴨だった。 土方「芹沢さん。あんたも武田と同じく覇王に付くのかい?」 芹沢「クックック。俺は新撰組が欲しいんだ。近藤にやるつもりはないんだよ。ただそれだけさ。」 土方は刀を静かに抜いた。 土方「芹沢さん。あんたに新撰組はもったいないよ。たしかにここまでひっぱって来たのもあんただけど、新撰組はあんたの器で収まらなくなってきたのさ。」 いつしか奥から聞こえてきていた剣戟は止んでいた。 芹沢「あっちは終わったようだな。さてお前たちも終わっておくか?」 立ち上がる芹沢。 その時、芹沢の背後にカイとアズサが姿を見せた。 アズサ「沖田さん!土方さん!黄泉が・・・!」 鬼気迫るアズサの様子を見て、沖田は事態の重さを感じ取った。 沖田「こちらは任せてください。カイさんとアズサさんは先へ!」 芹沢「いいのか?余所者ふたりだけにして。」 芹沢はアズサとカイに見向きもしなかった。 アズサ「わかりました。晴明神社に向かってください!黄泉路はそこに開こうとしています!」 晴明神社は、沖田に京見物で連れて行ってもらった神社のひとつだった。 芹沢「ほぉ。そこまで気付いたか。あの女、覇王が気にするだけのことはあるってことか。」 土方「晴明神社だな。承知した!」 アズサ「私たちはもうひとつの結界に向かいます!」 そういうが早いか、アズサとカイは駆け出していた。 芹沢「さて。もういいか?そろそろお前らも終わりの時間だ。」 土方「沖田!今度は譲らんぞ。新撰組に仇為す輩には手加減など無用。我が手で叩き斬るのみ!」 |
晴明神社。 平安時代に陰陽師として名を残した安倍晴明の屋敷跡に祭られた神社である。 その境内で黄泉と現世を繋ぐ道、黄泉路を開こうとする者がいた。 門より境内に入った沖田と土方を迎えたのは、晴明神社の主とも言える、安部晴明その人だった。 晴明の周囲を禍々しい光が包んでいた。 晴明「ほぉ。よくここに気付いた。よい術者でもいるのか?」 沖田「あの人は術者じゃないと思いますよ。女の勘じゃないですかね。」 沖田の口調は軽かったが、その手には抜刀した刀が握られ、静かに間合いを詰めていた。 土方「あんたの後ろにあるのが黄泉路かい?それを閉じてもらいたいんだがな。」 土方もまた、沖田と晴明を挟むように間合いを詰めていた。 晴明「黄泉路を閉じる?難しいことをいう。」 何が嬉しいのか扇で覆った口元が微笑を浮かべていた。 土方「出来ないのか?もっと修行積んどくんだな。」 沖田と土方はこの男が何者か気付いていなかった。 気付いていなかったことが男には気に入らなかったらしい。 晴明「わらわの敷地に土足で上がり込んでおきながら、口の利き方も知らないとみえる。」 その一言で沖田と土方はこの男が何者なのか気付いた。警戒心を強め、あらゆる術に備えようと身構えた。 土方「ほぉ。あんた。安部晴明か?」 男の口元に笑みが戻った。 晴明「ようやく気付いたか。」 土方「誰かわかったところで、おれたちが求めることは同じ。黄泉路を閉じさせる!」 沖田は土方の言葉と共に晴明を討つために飛び出し、土方もまた必殺の剣を振りかざした。 |
沖田の三段突きが安倍晴明の眉間を捕らえた! 晴明は崩れ落ち、それですべてが終わったかに思えた。 晴明「ふふふ。ハッハッハッハ!強いな。新撰組。だが、我が役目すでに終えたも同然。少し遅かったようだな・・・。」 晴明は静かに、だが力強くつぶやいた。 沖田「いいえ。おしまいですよ。貴方が黄泉路を開き、もうひとりの方が守護しているのではないですか?」 沖田の言葉に晴明は驚いた。 晴明「そこまで気付いていたか!」 沖田「ええ。気付いていました。だからそちらにはカイさんに行ってもらったんです。だからおしまいですよ。」 辺りが静寂に包まれた。 晴明「なるほど。この時代の者たちは強い。だからこそあのお方は黄泉路を必要とし、我が呪力により開いた。」 だれに言っているのだろうか。独り言とは思えない晴明の言葉はこの場にいない覇王への言葉だろうか。 沖田「覇王とは何者ですか?黄泉路を開いてどうするつもりだったんですか?」 晴明「どうするつもりだった?本当に終わったと思っているのか?このまま黄泉路が閉じると思っているのか?ハッハッハ。本当の黄泉の怖さはこれからだ!」 その時、黄泉路の闇の奥から恐ろしい叫び声が聞こえてきた。晴明「黄泉から上ってくる者がいるようだ。さぁ来い!あのお方の力となるのだ!」 黄泉路の入り口にいた土方が刀を抜き、闇に向け構えた。 土方「沖田!そやつの言うことは本当のようだ。他の隊士を集めろ!」 沖田「はい。少し骨の折れる戦いになりそうですね。」 沖田は新撰組の隊士に声を掛け、近くにいる隊士を集めさせた。 晴明「ふふふ。やっと終わりではなく、これが始まりだと理解できたか。慌てるがいい。次に会うときを楽しみにするとしよう。」 晴明は沖田と土方が目を離した隙に姿を消そうとした。 沖田「残念ですけど、あなたは本当におしまいですよ。」 晴明「なに!くっ・・・。黄泉路は閉じぬ。それがあのお方の・・・。」 晴明の言葉は最後まで続かず、その体は霧のように消え去った。 土方「沖田の刀で終わっていたことに気付かなかったか。また腕を上げたな。」 沖田「そんなことより、黄泉路をなんとかしましょう。」 土方「そうだな。さぁ京を守るぞ。」 土方は気を引き締めた。 黄泉路を上る足音は近付いていた。 |
アズサ「カイ!こっちに大江戸で会った真田幸村さんと同じ感じがする・・・。」 アズサが何を感じ取っているのかカイにはわからなかった。 それでもアズサが自信を持って先に進む限り、カイは信じようと思った。 やがてふたりは先程の鬼若がいた橋の近くにたどり着いた。 アズサ「カイ!あそこに人が!」 アズサが指差した先にはひとりの男と鬼若が立っていた。 男「来たか。」 カイ「アズサはここにいて!」 そう言うとカイはさらにスピードを上げ、男と鬼若に詰め寄った。 先程戦い倒せなかった鬼若、その横の男はさらに強いと感じていた。 だからこそアズサに近づけないため、一瞬の躊躇も許されなかった。 勢いに乗ったカイの剣筋は光の筋を残し、男を切り裂くはずだった・・・。 だが、カイの刀は男に弾かれ、体制を崩す。 男「そんなに荒れた太刀筋では、私に傷を負わせることなど・・・。」 その一瞬の隙をついて、鬼若がアズサに向かって走り出した。 カイ「させるか!」 体性を崩しながらも、刀を伸ばすカイ。 男「私に背を向けますか?」 男の刀がカイに振り落とされ、カイはとっさにその刀を受け止めた。 アズサ「カイ!私も戦えるから、カイはその男に集中して。」 ゆっくりと刀を抜くアズサ。 普段はカイの剣術ばかり目立つが、アズサもまた人並みはずれた腕前を持つ剣客なのだ。 カイはアズサの落ち着きを見て、自分がどれだけ取り乱していたか気付いた。 鬼若とアズサが向き合うのを最後に、カイは目の前の男に集中することにした。 カイ「もうよそ見はしない。さっき斬っておけば良かったと後悔させるよ。ここからは本気だからね。」 カイの持つふたつの刀が冷たい光を放つ。 男「それでこそ影狼最強と名高いカイ殿。源義経自ら斬り結ぶ相手に相応しい。」 カイ「源義経!それではあの鬼は弁慶?」 アズサを気遣う気持ちが再びカイに焦りを生むが、義経から目は離さなかった。 義経「影狼カイ、勝負!」 |
カイの斬撃が義経の体を深く切り裂いた! 義経「ぐっ。見事・・・。」 カイ「はぁはぁはぁはぁ・・・。」 肩で息をするカイ。その体力は連戦により極限まで尽き果てていた。 義経もまた精根尽き果て、身動きが取れなくなっていた。 カイ「はぁはぁはぁ・・・何故、覇王に従う?」 義経「・・・黄泉より召還された者は、召還者の縛から容易に逃れることはできない。」 義経からは先程までの殺気は消えていた。 義経「それが覇王という男ほどの力を持ってすれば、なおのこと・・・。」 呼吸を整え、義経を見据えるカイ。 カイ「英霊を蘇らせている覇王とは何者?他にどれだけの英霊が蘇っているんだ?」 義経「覇王に直接会ったことはないが、私のほかに安倍晴明を蘇らせ、彼の呪力で黄泉と現世を繋ぐ黄泉路を作ると謳っていた。・・・すでに黄泉路は完成しているようだ。」 先程から感じていた違和感はこの黄泉路のせいだろうか。 カイ「では黄泉路はどうやって閉じるんですか?」 その時、義経の視線がカイの背後へ移った。 視線の先では、鬼若とアズサが戦っていた。 アズサ「ハッ!」 アズサは、すばやい動きで鬼若を翻弄していたが、強靭な肉体に致命傷を与えられずにいた。 鬼若「疲れてきたか。さぁおとなしく娘、我が手に捕まるのだ!」 カイは再びアズサの元へ駆けつけようとしたが、体が言うことを利かなかった。 義経「弁慶!もう良い。安倍晴明の呪縛ごとき、己が意思で解くのだ!」 鬼若「御意。」 晴明により召還された鬼若にとっては、晴明の呪縛は強力なものだった。 だが、義経と弁慶の信頼は晴明の呪縛をも凌駕し、主君である義経の命と共に弁慶は正気を取り戻した。 義経「無理をさせたな。弁慶。」 弁慶「いえ、殿こそご無事で。」 アズサは極度の緊張から開放され、その場に座り込んでしまった。 カイ「アズサ無事か?」 アズサ「私は大丈夫。あのふたり正気に戻ったのね。」 カイはアズサに寄り添い、肩を貸して起こした。 義経「弁慶のように安倍晴明により召還された者であれば、呪縛から逃れることもできよう。だが、覇王からは逃れられない。それだけ覇王の力が強大ということ・・・。」 アズサ「でも、義経さんは覇王の呪縛からも逃れたんでしょう。だから今こうして・・・。」 心強い味方を得た、とアズサは思っていた。だが、それは早計だった。 義経「覇王の呪縛は死してのみ解かれる。私が呪縛から逃れたのではなく、そこのカイに助けられたのだ。礼を言う。」 義経の体は薄く消えようとしていた。 義経「黄泉路は安倍晴明いなくとも、消えることは無い。消すことは敵わずとも、結界を敷き、穴を塞ぐことはできるやもしれん。それ以上のことは私にもわからない。役に立てなくてすまない。・・・カイ。」 義経はカイの耳元へ口を寄せ、何か囁いた。 そして笑みを浮かべ、「弁慶。行くぞ。」と囁くと霧のように消えてしまった。弁慶と共に。 黄泉路の気配は消えないものの、当面の危険は過ぎ去った。 そのことに安堵するアズサだったが、カイの表情は硬かった。 カイ(アズサの覚醒が近い?義経はそう言ったのか?) 静かに吹く風に身を任せながら、嵐の到来を感じるカイであった。 |