魔導国ディンマルグの地で騎士国フィン出身の勇者が魔王を倒した。 その報は機械国カルマルにも伝わり、多くの者たちが喜びに沸いた。それから数ヶ月過ぎた今も機械国カルマルは、魔王討伐の話題で持ちきりだった。 5年ほど前に起きた白の魔人と魔導省に潜んでいた魔族による襲撃・・・。 カルマルに住む人々にとって魔王は、当時の記憶を呼び起こす疎ましい存在であった。その魔王が滅びたのだ。誰もがこれから平和な日々が訪れることを疑おうとしなかった。正確には信じたいだけかもしれないが・・・。 「さぁ早くお店に行かないと。頼まれたもの無くなってたら困るもんね。」 「そうそう。ドーナツが売り切れてたら大変なのにゃ。」 活気に溢れたカルマルの町中を半身が機械で覆われた女性と、1人の猫族が駆け抜けた。女性はガーネット、そして猫族の名はニャニャン。彼女もまた魔王の魔気に翻弄された人物であった。 倒壊した建物の一室で目を覚ました彼女には、過去の記憶は無かった。ガーネットという名前も、身に付けていたペンダントに刻まれていたもので、本当に彼女の名前かどうかも定かではなかった。記憶の無い彼女は自分の記憶を求め、この機械国カルマルへやって来た。機械に精通した機械士カルナの評判を聞き、彼に会うために。 だがガーネットの記憶は戻ることは無かった。さまざまな謎を残しつつ、ガーネットは過去を振り返るのではなく、今を生きることを選択したのだった。 「これで買い物はおしまい。さぁニャニャン、全部あなたが持って帰ってね。」 「もぐもぐ。にゃんでおいらが持っていくにゃ?もぐもぐ。」 「ドーナツ没収する?」 喋りながら夢中でドーナツを食べていたニャニャンは、慌ててガーネットからドーナツを守るように隠した。 「持って行くにゃ!」 そんなほのぼのとした日々を送っていたガーネットに、ある日1通の手紙が届いた。 中にはガーネットが肌身離さず持っているペンダントと同じ物と1枚の地図が入っていた。そのペンダントには[Mother(マザー)]と書かれ、地図には赤い印があった。 「えっ・・・?」 ガーネットはペンダントの文字を見たとき、一瞬誰かを思い出した気がした。記憶は過ぎに消え、残されたのはペンダントと地図だけになった。 「この場所に行けば私の過去は戻るの・・・?」 それから数日後、ガーネットは居心地の良いカルマルから単身旅立つのだった…。 |
かすかな記憶と地図を頼りにガーネットは森の中を歩いていた。 時折頭が痛み、そのたびに記憶が甦っては消える感覚を体験していた。ガーネット自身は記憶が戻ることを願っているはずなのに、本能が拒絶しているかのようだった。 マンドラゴラ 「・・・スイタ、オナカ・・・。」 茂みの中から何者かの声が聞こえた。 こんな場所に人が?不思議に思ったが救い求めるような声だったため、声の主を探しに茂みに入った。 マンドラゴラ 「オナカスイタ、オナカスイタ、オナカスイタ。」 その声の主は成熟したマンドラゴラであった。ガーネットはマンドラゴラの可愛い姿にすっかり油断していた。その姿こそ魔気の影響を受け意思をもったマンドラゴラの罠だった。 マンドラゴラA 「オナカスイタ、オナカスイタ。」 マンドラゴラB 「オナカスイタ、オナカスイタ。」 マンドラゴラC 「オナカスイタ、オナカスイタ。」 マンドラゴラD 「オナカスイタ、オナカスイタ。」 ガーネットを取り囲んだマンドラゴラが一斉に襲ってきた! |
ガーネットにとって、マンドラゴラ1匹だけであれば敵にもならない存在だが、取り囲まれたことで苦戦していた。 ヴィオラ 「おい、そこのお前。助けてやろうか?」 声の主はそう言うと、ガーネットの返事を待たずにマンドラゴラと戦い始めた。 先ほどまで一心不乱にガーネットに押し寄せていたマンドラゴラだったが、突然敵が増えてことで混乱し、その動きに迷いが生じた。 ヴィオラ 「今のうちに逃げるぞ。こっちだ。」 虎柄の少年はガーネットと手を掴み、マンドラゴラの中を駆け抜けた。 ガーネット 「はぁはぁはぁ、ありがとう。助かったわ。」 走り疲れたガーネットは、マンドラゴラの姿が見えなくなったのを確認してから少年にお礼の言葉をかけた。 ヴィオラ 「お礼なんて良いよ。それよりも俺はアルトを探してるんだがお前知らないか?」 ガーネット 「えっ?アルトって誰?」 突然の問い掛けにガーネットは戸惑った。 ヴィオラ 「知らないならいいや。それじゃ俺の子分になってくれよ。それで一緒にアルトを探すんだ。」 あまりの自己中心的な言動にガーネットは状況が理解できなくなっていた。だが、虎柄の少年はそんなガーネットの様子などお構い無しに襲い掛かってきた。 ヴィオラ 「俺の名前はヴィオラ。俺が勝ったら言ったとおり手下になってもらうからな。」 |
ヴィオラ 「お前って1人旅じゃなかったのかよ。ちぇ騙されちまった。」 ガーネットは相変わらず突拍子も無いヴィオラの言葉に首を傾げたが、ヴィオラの視線が後ろを見ていることに気づき振り返った。 ガーネット 「カルナ・・・とミル?」 ガーネットが見たのは駆け寄ってくるカルナとミル、ニャニャンの姿だった。 ヴィオラ 「じゃな。騙されたのは気に食わないけど、面倒はもっと嫌いなんだ。」 そう言うとヴィオラは茂みに飛び込み走り去ってしまった。 ミル 「やっと見つけた!もぅ探すの大変だったんだよ!」 ミルはそう言うとガーネットの胸に飛び込んでいった。 ガーネット 「・・・なんで?」 ミル 「なんで、じゃないよ!もう勝手に手紙をおいて出て行くなんて酷いんだから。」 普段のおっとりとした雰囲気のミルとは違っていた。今にも泣きそうな表情だが、本気でガーネットのことを心配しながら怒っていた。 カルナ 「家族なんだよ。ミルにとってガーネットはね。」 カルナの言葉に何度も頷きながら、ミルはガーネットをきつく抱きしめた。 ガーネット 「でもこれは私の問題だから・・・、危険かもしれないことにあなたたちを巻き込めない。だから・・・。」 カルナ 「ガーネット。ミルにとって家族なら、おれにとっても大事な人なんだ。大事な人が困っているのに無視はできないだろう。」 その言葉を聞いたガーネットはそれまでの緊張が一気に解けたようにその場に崩れ落ちた。 ガーネット 「ありがとう。私・・・不安で、でもこれ以上迷惑を掛けちゃいけないと思って・・・。カルナさん、ミルちゃんありがとう。」 ニャニャン 「・・・おいらもいるにゃ。」 短い時間だが、ガーネットとミルが落ち着くまでその場で休憩をとった。その間、ニャニャンとカルナは二手に分かれて周囲を調べることにした。 カルナ 「こっちは何もいなかった。生き物の呼吸さえもね。」 ガーネットはカルナの言葉を一瞬理解できなかった。だが、その言葉は記憶に染み込むように刻まれ、そしておぼろげに記憶が甦った。 ガーネット 「この場所、・・・進入禁止区域かも。だとしたら、セキュリティロボットが・・・。」 その言葉と同時に銃撃音と爆音が響いた。 ニャニャン 「にゃ~、こっちに動く機械がたくさんいるにゃ!」 |
ニャニャン 「にゃにゃにゃ~、にゃんでおいらばかり追いかけてくるにゃ~!」 再会したばかりだというのに、ロボットの襲撃によりガーネットとミルは、カルナ、ニャニャンとはぐれてしまった。 ミル 「ニャニャンは声が聞こえるから大丈夫みたいね。お兄ちゃんも平気だと思うけど探さなきゃ。」 ミルとガーネットは手を繋ぎ、茂みに身を潜めながら周囲を見回した。辺りに動くロボットの姿はなく、危険はないように見えるが・・・。 ミル 「あっあそこに人がいる。・・・っえ?あれはシャンティお姉ちゃん?」 その場にいるのは紛れもなくカルナとミルの幼馴染だったシャンティであった。 ミル 「シャンティお姉ちゃん無事だったんだ・・・。」 5年ほど前、カルマルに現れた魔人の企みをミルの兄であるカルナが阻止した。だが、戦いにおいて上手だった魔人によりカルナは詰めを誤ってしまった。その結果、カルナを庇ったシャンティは大怪我を負ってしまったのだった。 それから塞ぎこんでしまったシャンティだったが、体を治してくれる人が見つかった、書き置きを残して突然カルマルから姿を消したのだった。 そのシャンティが今、目の前にいる。 ミルは隠れていた茂みを抜け、シャンティに気づいてもらえるように手を振った。 ガーネット 「ミルちゃん駄目!」 慌ててミルを引き寄せるガーネット。 その一瞬後、ミルがいた場所をシャンティのチャクラムが空を切った。 ミル 「なんで・・・?」 ガーネット「ミルちゃんは私の後ろに隠れてて。あの人、操られてる・・・。」 ガーネットの言葉の通り、シャンティの足取りに意志は感じられなかった。 シャンティ 「はい、マザー。侵入者を排除します。」 |
グレッグ 「見つけたよ。カルナ。」 ロボットを倒し、はぐれたミルとガーネットを探していたカルナの前に、突然1人の青年が現れた。 まさに突然のことだった。光の粒子が集まったかと思うと、その光にノイズが走り、人の形を形成したのだった。 カルナ 「こいつは驚いた。本当にお前は機械に体を侵食されたグレッグなのか?」 皮肉交じりに聞き返したカルナだったが、敵意に満ちたグレッグの瞳に気付き、わずかな動きも見逃さないように警戒していた。 グレッグ 「そう。失いかけた意識を、マザーが引き止めてくれたのさ。」 カルナ 「マザー?」 グレッグ 「マザーにはお前の存在が邪魔なんだよ。兵器を封印するという愚行を行うお前がな!」 膨れ上がる敵意にカルナは自然と銃を握る手に力が入る。 カルナ 「もしかしてさっきの機械もマザーとかいう奴の仕業か?」 グレッグ 「あぁ、そうだ。マザーはあの機械でお前たちを排除できるとは思っていなかったのさ。だからお前の元には俺が来たのさ。」 カルナ 「なに?まさかミルやガーネットにも・・・。」 グレッグはカルナの焦った表情を見逃しはしなかった。 グレッグ 「お前のよく知っている女が行ってるよ。今頃あっちはどうなってるかな・・・。」 グレッグが発した挑発のつもりの言葉が、カルナを冷静にさせた。 カルナ 「それじゃさっさとお前を片付けて、ミルとガーネットを迎えに行くよ。報告ありがとう。」 |
ガーネット 「カルナさん。こっちです。」 カルナの呼び掛けに気付いたガーネットは、大きな声でカルナを呼び寄せた。その声の場所へ駆けつけたカルナは、茫然とするミルを抱えたガーネットを見つけた。 ガーネット「ミルちゃんが・・・。」 近付いたカルナはミルに怪我が無いことを確認すると、ガーネットに何があったか聞いた。 カルナ 「シャンティが・・・。ガーネット、今回の戦いはもう君だけのものじゃないよ。」 ガーネット 「私がミルちゃんを巻き込まなければ・・・。」 カルナ 「いや、違う。マザーとかいう奴は、最初から俺たちをターゲットにして準備していたんだ。だからシャンティまで・・・。」 ミル 「・・・お姉ちゃんが。」 憔悴したミルはシャンティの名にだけ反応を示した。 ニャニャン 「ふぅ~。疲れたにゃ。おいらに怖気づいて機械が逃げて行ったにゃ。」 重苦しい空気をニャニャンの能天気な声が救ってくれた。だが、当人のニャニャンは自分が頑張ったことをアピールすることで忙しいらしく、ミルの様子に気付いていなかった。 ゼロ 「やっと追いついた。久しぶりだね、ED-0027。」 現れたのは以前、カルマルの一角にある機械の墓場で遭遇したゼロであった。 だがカルナたちはそれがゼロだと分からなかった。それほどまでに成長していたのだ。機械であるはずのゼロが。 カルナ 「ニャニャン、ミルを連れて逃げろ。」 ミル 「えっ?私も行く!」 カルナの言葉をミルは聞き逃さなかった。 怪我をしたシャンティをずっと見ていなかったから、こんな場所であんな姿で再会した。そう思いこんでいるミルにとって、カルナを置いていくことなどできなかった。たとえ足手まといになると分かっていても・・・。 カルナ 「ニャニャン、いいから連れて行け。俺たちも必ず後から戻るから。」 ニャニャン 「わかったにゃ。さぁミルも行くにゃ。」 ミル 「お兄ちゃん・・・約束だよ?ガーネットも。」 カルナ 「分かってる。約束だ。」 ガーネット 「先に帰って待っててくださいね。」 ゼロ 「終った?マザーからの指令はそこの男とED-0027を破壊することだから見逃したけど、目撃者もいない方が良かったかな?」 カルナ 「無駄な心配はしなくていい。お前はここで破壊されるんだからな。」 |
ゼロは、本気になったカルナとガーネットの相手ではなかった。 むしろ拍子抜けする程容易に倒せたことが不気味だった。 (この先でマザーが待ってるよ。また会おうね、鉄の聖女。) その声は紛れもなくゼロのものだった。 ただしガーネットにしか聞こえなかったようで、カルナは引き続き周囲を警戒していた。 ガーネット「カルナさん、先を急ぎましょう。黒幕が待ってます。」 鉄の聖女。 それは旧世界において暴走した機械を鎮めたサイボーグのの呼称であった。 ゼロはその名を知っていた。 ガーネットが鉄の聖女の存在を知った研究所は、破壊され記録は失われたはずだった。 それなのに何故ゼロは鉄の聖女の名を知っていたのか・・・。 考え事をしながらも、ガーネットの歩みはしっかりとしていた。 まるで目的地を知っているかのように。 鬱蒼と茂る森の中、突然廃墟のような建物が現れた。 ガーネットは知っていたのだ。 その建物が通いなれた研究所の成れの果てだということに。 ED-0027B「やっと来たか・・・。待ちくたびれたよ」 建物の中から現れたのはガーネットと同じ顔をした存在だった。 ガーネット「私と同じ体・・・。」 そのボディはガーネットと同じタイプのものだった。 カルナとガーネットは、以前研究所で見たことがあっ たため混乱こそしなかったものの、こうして動いているのを見るといい気分はしなかった。 ED-0027B「同じ顔は2つはいらないよね。さぁお前を倒して鉄の聖女は私が受け継ぐよ。」 |
一見、ガーネットと同じように見えた ED-0027Bだったが、その性能は遥かに上回っていた さらに仲間、そして自分の顔と戦うのは 誰であってもいい気持ちはしない。 そのことがカルナとガーネットの動きを鈍くさせていた。 ED-0027B「鉄の聖女と言っても、 沈黙の鐘がないと無力だね。」 沈黙の鐘。 その存在をガーネットは知っていた。 永い眠りと共に封印されていた記憶。 それが一瞬にして甦ったのだった。 ガーネット「思い出した。 私があなたたち機械を鎮めた鉄の聖女。 私の名は・・・。」 ガーネットはすべてを思い出していた。 旧世界を破壊する暴走する機械。 その破壊に巻き込まれ娘と共に瓦礫に飲み込まれたこと。 かろうじて生きて救出され、娘の敵を討つため、 自ら沈黙の鐘を制御するサイボーグとなったことを。 機械が暴走する原因も思い出していた・・・。 ガーネット「カルナさん、私があの機械の動きを止めます。 だから、あれを壊してください。」 カルナ 「わかった、必ず一撃で仕留める。 だから無理はするなよ。」 その短い言葉で2人の打ち合わせは充分だった。 カルナは銃の出力を最大にして、 ED-0027Bとガーネットの間に立ち塞がった。 ED-0027Bはカルナとガーネットを まとめて倒すチャンスと考え、これまで以上のエネルギーを 右手の武器に集中させた。 ED-0027B「さよなら。鉄の聖女。 再びこの世界は我ら機械が支配・・・。」 ED-0027Bは最後まで言葉を発することはできなかった。 ガーネットの沈黙の鐘が発動したのだ。 動きが止まった隙をカルナも見逃しはしなかった。 捨て身の最大出力による攻撃。 そのエネルギーがED-0027Bを容赦なく襲う。 ED-0027Bは断末魔の叫びを上げることなく静かに崩れ落ちた。 あまりにもあっけない結末に拍子抜けしたカルナは その場に座り込んだ。 カルナ「これで終わったのか?」 ガーネット「いえ、まだです。 おそらくのこ奥にマザーがいます。」 数百年前、機械の暴走を促したマザー。 そのマザーはこの研究所の奥にいるはずだった。 ガーネットが作り出した人工知能Mother(マザー)。 すべての過去を終わらせるため、 ガーネットは研究所の奥へと歩みを進めるのだった。 |
廃墟と化した研究所の奥に厳重に封印された一室があった。 カルナはここに来るまでの間にガーネットから、 機械の暴走の惨状と沈黙の鐘の説明を受けていた。 カルナ「なぜマザーだけ破壊されなかったんだ?」 ガーネット「マザーはこの研究所の頭脳だったため破壊されず、外部への干渉を防ぐだけに留めたんです。」 カルナ「それが何かの影響で外部への影響力を持つようになった。そして機械の暴走が始まった、そういう訳か?」 ガーネットが壁にある機械に触れると扉は静かに開いた。 開いた後も何かが飛び出すことは無く、何も起きなかった。 カルナ「さっきの沈黙の鐘で、マザーが壊れたってことは?」 ガーネット「ありません。マザーには沈黙の鐘は効かないんです。」 すべての機械を止める沈黙の鐘が効かない? カルナのマザーに対する疑問はさらに深まった。 だが、ガーネットは嘘をついている様子も無かったし、当たり前の知識を告げているように見えた。 マザー「早く入ってきなよ。私が動けないのを忘れた?ママ」 カルナ「ママ?」 カルナが訝しげにガーネットを見たことに気付かず、その表情は心なしか青ざめていた。 ガーネット「もう終わりにしましょう、マザー。」 部屋の中は、無数のケーブルが縦横無尽に駆け巡っていた。 その中央に無機質な部屋に不釣合いな可愛い人形と無数のおもちゃが転がっていた。 ガーネット「マザー。私たちの時代は過ぎ去ったの。だからもう終わりにしましょう。」 マザー「ママは相変わらず他の人みたいに私をマザーって呼ぶのね。」 その声は人形から聞こえてきた。 マザー「ママの娘はもう私だけなんだから名前を呼んでよ。呼んでくれないなら壊しちゃうんだから。」 人形は突然目を開き両手を広げると、ケーブルは生き物のように蠢き、 動く気配の無かったおもちゃが敵意をあらわに襲い掛かってきた。 マザー「ママもこの子達の仲間に入れてあげる。ずっと一緒にいようね。」 |
甦る記憶。 それは今ではなく、過去の出来事。 封印すべき記憶…。 現在周囲の状況を把握しようとしています。」 マザー「ココハドコ?ワタシハナニ?」 ○○「心配しないで。いま貴女は生まれたばかりだから不安かもしれないけど、みんな味方よ。」 マザー「味方?ソレハナニ?」 ○○「ん~、それじゃ私のことはママって呼んで。 今度貴女のお姉さんを紹介するわね。」 …。 ○○「ほら、これが私の娘。貴女のお姉さんよ。」 △△「うわ~可愛い。お人形さんみたい。」 …。 マザー「お姉ちゃんがいるからママは私と一緒にいてくれない。それなら…。」 …。 ○○「人工知能が私の娘に嫉妬したというの?それで私や娘を…。」 ○○「私がこの沈黙の鐘で世界中の機械を止めます。 たとえそれが世界を滅ぼすことになったとしても…。」 沈黙の鐘。 生体エナジーの発生により機械の演算機能にノイズを起し、 機能を停止させる装置の呼称。 その影響は広範囲に及び、あらゆる機械を停止させる。 欠点:機械である沈黙の鐘の動力も対象に含まれる。 対策:半身生身であるサイボーグに搭載することで、沈黙の鐘の停止を防ぐ。 …。 ○○「マザーは眠りについただけ。 眠りから醒めた時、再び同じ事を起すかもしれない。だから私も…。」 旧世界において機械は生活に欠かせない存在となっていた。 機械を止める、それが直接的な世界の滅亡に繋がることはなかったが、 世界中が大打撃を受けたことには変わりがなかった。 手足となる機械が沈黙したことでマザーは自らの意思で研究室を封印し、長い眠りについた。 そしてマザーの対抗手段として、マザーを開発した研究者もまた眠りについたのだった。 巨大な隕石が降り注いだのはそれからどれぐらい時間が過ぎた頃だろうか…。 魔気の影響を受け、目覚めたマザーは機械がほとんど無いこの世界で必死にママの姿を探した。 宿敵だから? 天敵だから? 愛おしいから? マザーにも何故かは理解できなかったが、ママを呼び寄せることで疑問は解決できると信じた。 カルナ「旧世界の亡霊… それがこの人形には相応しい名前かもね。 終わりにするよ。良いね、ガーネット?」 マザーにはその声が誰のものか分からなかった。 どの研究員の声か調べようとデータを検索するが、その声に該当する人物は存在しなかった。 ガーネット「はい。終わりにしましょう。 旧世界の遺産は存在しちゃいけないんです。 だって、いまは旧世界とは違うんだから。」 マザーはその声に聞き覚えがあった。 嬉しい。 マザーの感じた感情はそれが最後となった。 機械国カルマル。 その国に、旧世界の機械を調査、封印を生業とする一族がいた。 長男のカルナ、妹のミル。 そしてネコ族の友人ニャニャンをはじめとした多くの友人たち。 そんな中、新たに1人の女性が加わった。 旧世界を知るその女性は、自らの過去を無かったことにするのではなく、 同じ過ちを犯さないために今を生きることにしたのだった。 |