日本人はシャイなのか

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えり、ゆい、まさひろ: 2009年7月15日提出


はじめに
 日常生活のなかや旅行先で外国人と接したり、日本人に関する文献を読んだりすると、そこには共通の日本人に対するイメージがある。それはシャイであるということ、コミュニケーションが少ない民族であるということ、そして、非感情的で静かであるということだ。実際、多くの外国人がこういったステレオタイプの日本人のイメージを持っているが、私たちは日々生活しているなかで、日本人に対してそういったイメージを感じることは少ない。しかし一方で、他国の人と比較すると日本人はシャイである様な気もする。
 そこで、私たちは文献の中で日本人がシャイと言われる理由をどのように説明されているのか知りたい。また実際に西洋の人にターゲットを当てたアンケートをとり、彼らのいうシャイが何を意味するのか、さらに、日本人は自身をシャイと思うのかという日本人に対してのアンケートもとりたい。それらの調査から日本人は本当にシャイなのかということを検討していきたい。

文献の中に見る日本人観

遠慮
 私たちは最初に、日本人がシャイと思われる理由に"遠慮"という文化があると考えた。「誤解される日本人」の著者である賀川洋は、人前で自己を強く主張しない控えめな日本人がよく使う言葉に「遠慮」があると指摘している。「遠慮」の意味する概念に、特定の行動をしないでおくことなどがあげられている。日本人は、他人同士、すなわち「外」の関係の人に向かっては特に「遠慮」して、自己を主張する行為を差し控える。また、「親しき仲にも礼儀あり」という言葉があるように、仲間内の関係になっても、相手が年上だったり、上司や先輩だったりすれば、当然遠慮しながら接してゆくことが常識ある態度ということになる。日本では相手に遠慮することが、マナーの一つになっているのだ。
 時に、この「遠慮」の概念が、外国人に大きな誤解を与えてしまうことがある。自分の感情を正直に言わずに、遠慮して黙っていたり、100のところを20ぐらいしか言わなかったために、外国人がその「遠慮」した言葉や行為をそのままとってしまうことがある。そのことが原因となって、この日本人はどうもはっきりとものの言えない能力のないやつだと思われてしまうのだろう。

内と外
 私たちが考える日本人がシャイと思われる2つ目の理由は”内と外”をわけるという、日本人の独特の文化だ。「コミュニケーションギャップ」の著者であるボニー・ウィリアムズは、本の中で自身の体験をつづっている。彼女は母親と日本人の友人(いずれも70歳代)三人が東京の地下鉄に乗り、シルバーシートの前で立っていた。座席に座っていた4人の若い日本人は誰も席を譲ってはくれなかったようだ。筆者はこの体験を、ロンドンで見られる光景と比較している。日本とは対照的に、ロンドンの地下鉄では今でも若い男性が女性に席を譲っている姿をよく目撃するという。筆者は、友人や仕事の付き合いの場合、日本人ほど親切で丁寧な人はいないと思うが、これが他人ということになると、急にまるでその人が存在しないような態度をとる傾向があると述べている。
 さらに、「ブラジル人と日本人のカルチャーショックの一面 ことばを超えて」の著者である日向ノエミアは、人間関係の領域というのはどの会社にもあるが、日本人は特に自分たちのグループに属さない人たちに対して、排他的になる傾向を持っていると述べている。ブラジル人は日本人の家に泊まりに行くと、気楽に振舞いすぎる傾向がある。それは、人を気楽にさせるために、自分から気楽になる、というブラジル流の習慣からきているらしい。少し時間がたつとブラジル人は、あまり遠慮もせずに台所に入り始め、冷蔵庫を開け、その家の主婦を手伝おうとする。しかし、日本の台所は、家族の<内>のものなので、主婦は、自分の領域が<外>の人に侵害されたかのように感じてしまうかもしれないと述べている。

恥の文化
 私たちが考える日本人がシャイと思われる3つ目の理由は、恥の文化である。「恥の文化再考」の筆者である作田は、人は公開の場で嘲られたり拒否されたりする事態に出会ったり、それを想像したときに恥を感じると述べている。また、他人から称賛されたときにも、あるいはそれを想像しても、恥を感じるらしい。つまり、拒否であろうと、受容であろうと、人は他人に特別に注目されたときに恥を感じる。日本人の自己評価は決定的に他人(世間)の評価によって支えられているので、その評価が低下するという意識、つまり「恥をかく」ことは、個人にとって重要な意味を持つ。
 さらに、「世間体の構造」の筆者である井上忠司も、日本人の社会規範の基本部分は、おおむね、世間に対して恥ずかしくない行動をすることであると述べている。一例として挙げているのが、日本人が子供の頃経験することに「笑われますよ」というものがある。他人は笑うのは行為や愛情ではなく、非難や軽蔑であるということだ。子供は、人様に非難軽蔑されるからそんなことはしてはいけないと、教えられる。そこから子供は、悪い行為とは他人に笑われることであり、逆によい行為は他人に笑われなく認めてもらうことだと学ぶ。その恥の文化が、他人志向的パーソナリティーと自己主張の弱さを生むようだ。その証拠にいくつかの日本の慣用句を挙げている。それは、「出る釘は打たれる」「触らぬ神に祟りなし」などだ。


学生に対するアンケート
 私たちは英語が堪能である、または英語を母国語とする主に西欧の留学生10人にアンケートを実施した。生徒の大半が20歳前後の男女である。アンケートの内容は独自に作成し、彼らが日本人をシャイと思っているのか、彼らが日本人をシャイだというのであれば、彼らのいうシャイが何を意味するのか調査した。
 内容は以下の通りである。

  1. Do you think Japanese are shy?
  2. Please write down one adjective when you describe Japanese temperament.  
  3. Which word is the best expression for Japanese temperament? Choose one word.

 quiet      serious
 timid      unfriendly
 negative closed
  4. " Are the Japanese shy? Do you have any stories whenever Japanese are shy?

 1つ目の質問の結果では、10人中10人が日本人をシャイだと考えていた。そして2つ目の質問では、closed, interesting, enclosed, considerate, shy , very hesitant and quietという単語がでてきた。この結果から、「日本人は消極的であると思われている。」ということができるだろう。3つ目の質問では、quietと答えた人が5人、timidと答えた人が1人、seriousと答えた人が1人、そして、closedと答えた人が3人であった。この結果からは、彼らの意味するシャイは、自発性がないということであると解釈できる。5つ目の質問では、日本人をシャイだと感じたときの様々なストーリーを聞くことができた。まず、西洋では見知らぬ人同士でも、例えば電車の席が隣だったということなどがきっかけで、会話を始めることが日常的であるらしい。これと比較して日本人は、知らない人には自らなかなか話しかけない傾向があるということを指摘していた。次のストーリーは、カップルが堂々といちゃいちゃしていないというものだった。「日本人は人目を気にしすぎである。」と指摘していた。さらに日本人は引きこもりがちであるという話も聞くことができた。ある留学生は具体的な体験を述べていた。この留学生が街中で派手に転んでしまったらしい。だがしかし、誰一人として、心配して声をかけたり、手を差し伸べてくれたりしなかったらようだ。
 また私たちは日本人学生、10人にもアンケートを実施した。いずれも20歳前後の男女である。
 内容は以下の通りだ。

  1. 自分はシャイだとおもうか?
  2. 日本人はシャイだと思うか?
  3. よく外国人に、日本人はシャイだといわれるが、それについて納得できるか?
  4. グループや集団の”和”を大切にするためや、他人の目を気にして自分の意見や行動を控えたことはあるか?
  5. 知らない人に電車で席を譲ることに、少しでもためらいを感じるか?
  6. 5の質問でYesと答えた人へ  もしそれが知っている人だったら、快く席を譲れるか。

 まず1つ目の問いでは、自分をシャイだと考えている人は4人であった。1つ目の質問では6人の人が自分をシャイだと考えていなかったが、2つ目の「日本人はシャイか?」という質問になると、10人全員がYesと答えた。3つ目の質問でも、10人全員が、外国人が日本人をシャイだと考えていることに対して、納得できると答えた。4つ目の質問、調和をとるため、他人の目を気にして自分の発言や行動を控えたことがある人は、9人であった。最後の質問では、電車の中で知らない人に席を譲ることに抵抗があると答えた人は4人であったが、その4人全員が6つ目質問で、「もしそれが知っている人だったら、快く席を譲るか?」と尋ねるとYesと答えた。

結論
 私たちの最初の問いであった、文献の中で日本人がシャイと言われる理由をどのように説明されているのかについて結論を出したい。文献の中ではこの疑問に対してのいくつかの原因が述べられていた。
 日本では相手と接する際に遠慮することが、マナーの一つになっている。遠慮をする文化が常識になっていて、他人に対して自分の自己主張や行動を控えてしまう。相手との調和を保つために、自分の感情を100%出さなく、自分の意に反した発言や行動をとるときもある。それが、外国人に大きな誤解を与えてしまい、彼らは日本人が遠慮した言葉や行為をそのままとってしまう。そして日本人は、自分の意見をはっきり言わず「遠慮がちな民族=シャイ」だと思われてしまう。この、”日本人がシャイと思われる理由に"遠慮"という文化がある”ということは、日本人に対するアンケートの中の、「グループや集団の”和”を大切にするために自分の意見や行動を控えたことはあるか?」という質問から証明することができる。この質問に対して、90%の学生が調和をとるために、遠慮をしたことがあると答えた。
 次に、日本人は内と外を分ける傾向がある。内というのは、家族や友人、自分と交流のある人たちを指す。外というのは、自分と関わりのない、”他人”のことである。日本人はここでいう内の人には、親しみを込めて丁寧に接するが、外の人には、自分にバリアを張って構えてしまい、わざわざ自分をさらけ出すようなことはしない。このことがシャイと思われてしまうのだろう。「日本人がシャイと思われる理由は”内と外”という文化が関係する」ということは、私たちが行った日本人に対するアンケート結果からも読み取れる。質問の中で、知らない人に電車で席を譲ることにためらいを感じると答えた人たち全員が、もしそれが知っている人だったら、快く席を譲ると答えたからだ。つまり、知らない人が”外”で、知っている人が”内”となっているのだろう。
 もうひとつ文献の中で説明されていたのは、恥の文化である。日本人はとても人目を気にする傾向が強く、自己評価を他人の評価によってきめる。日本人は恥を、他人から特別に注目されたとき、嘲笑や軽蔑などされたときに感じる。そして、恥をかくことによって他人志向の自己評価が下がり、プライドが傷つけられることを恐れる。そのため、自分が恥をかく危険性を高くする行為、自分の意見を主張ことを控え、はっきり物事を言わないのだろう。さらに日本人は周りから浮き立って、自分がその輪から孤立することを恐れるという懸念からも自己主張を控える。その行動が外国人にはシャイと思われてしまうのだろう。「日本人がシャイと思われる理由に、恥の文化が関係する」ということは、「他人の目を気にして自分の意見や行動を控えたことはあるか?」という日本人に対するアンケートの結果から証明できる。これには90%の学生がYesと答えた。つまり、”他人の目を気にするがために、発言や行動を控える=恥をかきたくない、自分の評価を下げたくない=自分の意見をいわない=シャイと思われる”ということなのであろう。
 外国人が意味する、日本人に対してのシャイという言葉は、アンケート結果から、内向的で自発性がないということを意味していることが分かった。さらにアンケート結果から、やはり多くの外国人が日本人をシャイであると考えていることも明らかになった。また、このことに対して、日本人も自分たちはシャイな民族であると自覚していることも分かった。
 今まで述べたことが「遠慮」「内と外」「恥」という日本の文化が原因となり、日本独自の他人志向的なパーソナリティーが生まれ、その結果、自己主張が弱くなってしまったのであろう。日本人は他人がどう自分を見ているかということをとても重視しているので、自分自身を相手にすべてさらけ出すことはない。この日本人の文化や習性が、外国人には理解しづらく、日本人の本心には気づきにくいのだろう。そのことで、日本人はシャイで、自分を閉ざしがちと思われてしまうのではないだろうか。


論議
今回のレポートを書くにあたって、日本人はシャイであるのかということを調べるために、アンケートを留学生、そして日本人学生に行った。しかし数多くの留学生にアンケートを実施することが難しく、少人数にしか聞くことができなかった。似たような意見が多かったのだが、その結果は少人数にしか聞けていないので、その結果だけをみて、日本人はシャイと思われているのかということを判断することは難しかった。そのために次にやる時は、より多くの留学生にアンケート調査をし、その結果から私たちの問いを検討していきたいと思う。今回、アンケートを実施したのが、英語が堪能、または、英語を母国語とする留学生だったので、違う地域、例えばアジア圏の人たちにもアンケートを実施し、西洋とアジアの人では日本人に対するイメージが違うのか調べたいと思った。さらに、年代によって日本人に対するイメージは違うのかということも、調べて比較していきたいと思った。
 今回の調査を行うにあたって、数多くの文献を読んだが、ほとんどが1900年代に書かれた古いものであった。時が進むにあたって、日本人観もとても変化しているので、最近の調査や研究が書かれた文献も探し、読んでみたいと感じた。

参考文献
  • 「誤解される日本人」 賀川洋 講談社インターナショナル 1997年
  • 「コミュニケーションギャップ」 ボニー・ウィリアムズ 青春出版社 2000年
  • 「ブラジル人と日本人のカルチャーショックの一面 ことばを超えて」 日向ノエミア 国際文化交流事業財団 世論時報社(発売)1995年
  • 「恥の文化再考」 作田啓一 筑波書房 1986年
  • 「世間体の構造」  井上忠司  講談社 2007年

コメント


とてもおもしろい目のつけどころですね。アンケートはまだまだ素人だけど、正しいアンケートの取り方について、今度詳しく話しますね。ひとまず以下のホームページなんかでReliabilityとかValidityとかについて見ておいて下さい。


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