日常の動きの中のビート3


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2003.1.22
改訂 2006.5.4

連続ビート

手始めに、日常の動きの中にある、連続ビートについて考えてみます。歩く、手をブラブラ、階段を駆け上がる、の3つです。


 以下、何らかの事情でこれらの動きが出来ない方もいらっしゃると思いますが、多くの場合は想像可能だと思って進めます。

連続ビート1:歩く

例えば皆さんが歩くときのことを考えて下さい。一歩一歩の間隔はどうでしょう。時間で見ても歩幅で見ても等間隔ですね。今の場合は時間に注目してください。等間隔でしょ?じゃあ実際にその辺をよーく感じながらほんとに歩いてみましょう。こんどはきっとぎこちないですね。そんなもんです。たぶん世界中そうです。これだけを見ても日本人特殊論が単なる言い訳だったということがわかりますね(ほんまか)。


さて今、簡単に「時間で見ても等間隔」と言いましたが、何と何の間隔でしょう?歩幅の等間隔は見りゃわかるけど、時間で等間隔...歩く動作が途切れるわけもないのに変ですよね?でも確かに等間隔。そう思うのって、歩く姿を想像しながら、ごく自然に「いち、にい、さん、しい」(コツコツコツとかフンフンとか何でもいいんですけど)って数えてましたよね(数えてください)?実は...


それが Beat だ !

それが我々が探し求める「Beat」なのです!それなしには我々は歩くことすら出来ない!ホントかって?論理が飛躍してる?じゃあ、もしビートなしで歩いたらどうなるか?─もしそれができたら梅田の地下街(知らない人ごめんなさい)でロボットのマネしてお金がもらえます。まそれは冗談にしても一日中そんな歩き方できますか?ビートが無いように見せたらいいんじゃないですよ、実際にまったく節目を感じちゃだめなんです。僕はそんなテンションには耐えられない!

連続ビート2:手をブラブラ

では次に手をブラブラさせてみましょう。ブラブラブラブラ...もうお分かりですね、ブラブラというからには手を振る動作の中に「ブ」のビートと「ラ」のビートがあるのです。これが人に呼びかけるときの「ねえねえ」になると「ブ」のところだけがビートになって「ラ」は消えてしまうから不思議です。何言ってるかだんだん分かってきました?


その「ブ」と「ラ」は一瞬でしょうか?それとも長さがあるでしょうか?別の言い方をすれば「ブ」と「ラ」の間に隙間はあるでしょうか?


うーん、「ブ」も「ラ」もそれぞれ一瞬のような気もするし、でも内側に振るときは全部が「ブ」で外側に振るときは全部が「ラ」ってことじゃないと、「ブ・ラ・ブ・ラ」になっちゃって何か変だ。とは言っても「ブーラーブーラー」じゃないから、どこか一番「ブ」なところと「ラ」なところに向かって手を振ってるような気もする...とまあ大体そんなところじゃないでしょうか?一瞬一瞬なのに隙間がない。それがビートの特徴です。それが何の意味を持つのかって?それはもう少し分かりやすい次の例でお話ししましょう。

一瞬一瞬なのに隙間がない

ちょっと待ってよ、ある長さの時間の中の有限個の一瞬一瞬なのに隙間が無いなんて論理的にあり得ないじゃん?ある長さの線分上の点の個数は無限個じゃないと隙間が空いちゃうんではなかったのか?非科学的な神秘主義はキライだぜ!という意見もおありでしょう。取り敢えずはこう答えておきましょう。─だから言ったでしょ?ビートは今にしかないって。「今」の長さを測れます?

理論的にあり得ない、無限

ではそもそも時間の長さって何なのか?無限って何?連続って何だったけ?なーんていう数学好きの方には参考文献を書いときますので自分で考えてレポートを提出してください。

  • <無限>の快楽/石村多門(窓社)
  • 無限と連続/遠山啓(岩波新書)

連続ビート3:階段を駈け上がる

と、余計に神秘主義っぽくなったところで次の例は階段です。分かりやすくするために走って上ってもらいます。タッタッタ...

「タッタッタ」の現象学

確かに今度の例でもビートが感じられます。今度は分かりやすいですね。「タ」は足が階段に着く瞬間です(腿が一番上がった時に「タ」を感じるという方、それは「フンッフンッ」の方が近いと思います。かなり腕も振ってるイメージですね。アスリートの素質あり、です)。それも走る動作をしてる最中にたまたま階段に足が当たった時じゃありません。「タ」の時に当たるように当てにいってますよね?もう少しよく見ると階段に当たった手応えを感じると同時に、今からまさに脚を伸ばそうとしている予兆のようなものも感じられます。そうやって考えると必ずしも瞬間とも言えない。動作が逆向きになる空白地帯のようでいて最も手応えを感じる感じ、これをよく覚えておいてください。

隙間はあるのか?

さてここで先程の隙間問題です。「タ」と「タ」の間に隙間は...あったあった、小さい「ッ」が!。では更に考えてみましょう。「タ」がビートだとして「ッ」は「タ」とは別のビートでしょうか?何言ってんだよ、それじゃあ「タ・ツ・タ・ツ」になっちゃって、そんなんじゃ電車に乗り遅れちゃうよ。じゃあ「ッ」は単なる隙間?何でだよ、そんなことしたら「タ・タ・タ・タ」になっちゃって転んじゃうよ、「タ」とか「ッ」とかじゃなくて「タッ」ってやるから上れるんだよ─そうなんです。意識が最も集中する「タ」がありながらも「タッ」が一つのビートであり、やっぱりビートとビートの間に隙間はないのです。隙間がないとは言いながら、意識が集中してるのは踏んで力を入れる瞬間。そこにすべてが向かっています。決して均等ではない。この「ッ」は一体何なのか?

謎の秘密は「タメ」にあった

これを「タメ」と言います。漢字で書くと多分「溜め」。ビートとタメは表裏一体。

  • ビートには長さがある。
  • ビートにはタメがある。
  • 連続するビートに隙間はない。

それにしても、自分はリズム感が悪いなんて思ってる人も、階段を走るときはたいがいは自分が思ったタイミングにジャストミートしてるはずです。すごいことですね。ここで先程覚えておいた「動作が逆向きになる空白地帯のようでいて最も手応えを感じる感じ」を思い出しましょう。これは必ずしも瞬間とも言えない不思議なやつでした。これをジャストミートに例えて、

  • タメたあとにはミートがある。
  • ミートは瞬間ではない。

としておきましょう。今日はここまでです。お疲れさまでした。


次回も引き続き「日常の動きの中のビート」です。今度は一発もののビートを例にとって、「タメ」ている時に我々はどんな風に身体を使っているか、もう少し詳しく見ていくことにします。

じゃ。
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