この子が動かなくなって、どれほどの日にちが過ぎたのだろう。人形ならば、動かないのが当たりまえ……
でも私にとって、この子が「ただの人形」であることは、耐えられないほど寂しいものだ。


「あなたが、僕の螺子を巻いたのですか?」

人形師ローゼン……錬金術によって生きた人形を作りだしたという伝説の人物。二葉と駆け落ちした女を見つけ、
復讐するために、私はそんなオカルト話さえも頼った。信じてはいなかった。しかし、老いが蝕む体、残りは何年
生きることができるのかという不安……オカルトでもいい、早く私の願いをかなえてくれ……私は必死だった。
果たしてつかんだ藁は私の望みのものだった。目覚め、私と契約を結んだ蒼星石は、あの女を殺すことを……
私の悲願を……かなえると言ってくれた。

「ここは君の居場所じゃない、翠星石。マスターの望みにこたえられないのなら……」

遅れて目覚めた双子の姉に、蒼星石はそう言ってのけた。復讐のためなんて、そんなことはできない、私たちは
人間を不幸にするためにいるのではない……翠星石の言葉は、あの時には耳障りなものでしかなかった。
双子の姉は屋敷を出て行った。蒼星石だけが、私の思い通り……私を裏切らないでくれる。


二葉を失って、私は半身を奪われた絶望感に打ちひしがれた。不完全なまま、半身のまま、生きてゆかなくては
ならないのか。……出来るはずがない。二葉は、死んではならない。

「一葉」を死者の名とし、「二葉」を私の名とし、私は半身を繕うことに決めた。生きているのに死んだふりを
する私と、死んでしまったのに生きているふりをする二葉。いびつな「私たち」を保つために、私は私で
なくなった。


「マスター、それがあなたの、本当の願いなの?」

あの子は私に何を見ていたのだろう。双子という枷に縛られ、自分を失っていた私は、あの子のことなど何も見え
なかった。蒼星石も私と同じだったのに……自分の影に縛られ、もがくあの子に、気付いてやれなかった。
あの子が願っていることなど何も考えず、私を縛る影にも気がつくことがなく。
あの時、蒼星石が翠星石と決別したのは、私のためであり、何より彼女自身のため……。
半身ではなく「一人」になるため、あの子は姉と戦う道を選んだ。

そう、闘っていた。半身を断ち切るために。私はずっと、半身を繋ぎ止めるために生きてきたのに。
そして最後まで戦ってくれた。私を縛る影を壊すために……。


――まきますか?まきませんか?

レンピカはなぜ私を選んだのだ。蒼星石と私が似ているからか、共鳴するからか。
蒼星石のおかげで、私の心を覆っていたもやは……私を復讐に盲目にさせていた黒いもやは確かに晴れた。
でも蒼星石はもう動かない。私のせいで、私がマスターになったために。罪悪感と喪失感は捉えようがなく、
埋めようがない。

あの子は自分の影を断ち切れたのだろうか……そして、その答えを蒼星石の口から聞ける日は来るのだろうか……

車椅子を動かし、眠る蒼星石の頭を撫でつつ、つぶやく――ゆっくりお休み、と。
そして心の中で願う――早く起きておいで、と。


蒼星石のいない庭は、雑草が茂り始めていた……。


                          『回想』完