翠星石「遊びに来たですよ~蒼星石」
蒼星石「やあ、いらっしゃい」

寝室にある姿見から翠星石が出てきた。蒼星石が今のマスターと契約を結んでから、時々こうして遊びに来る
ようになったのだ。

翠「あれ、もしかしてまだ食事中でしたか」
蒼「今食べ終わったところだよ」
マスター「いらっしゃい。蒼星石、片付けはやっておくから遊んできなよ」
翠「気が利くですぅ人間。さあ行くですよ蒼星石」

そう言うと二人はリビングの隣の部屋へ移動していった。仲がいいな、見送りながらマスターはそう思う。




翠「ところでお昼は何を食べたですか?」
蒼「親子丼だよ」
翠「おや……?何ですかそれは」首をかしげる。
蒼「鶏肉と卵を乗せた丼ものだよ。だから親子」
翠「ププッ!なぁんですかその名前、ひでぇネーミングセンスですぅ」

さもおかしそうに噴き出す翠星石。そこから話題は普段の食事に移る。やれあの料理が好きだとか、あいつはあれ
が食べれないとか、やっぱり花丸ハンバーグは最高だとか……話題は尽きない。

翠「……ところでさっきの話ですけど、親子丼があるなら兄弟丼とか姉妹丼もあるんですか?」
蒼「えっ……あ、あるんじゃないかな。詳しくは知らないけど」

蒼星石の声が上ずる。急になんてことを……本当の意味を知ってはいるけれど、それを言うのは
はばかられる……話題をそらさなくちゃ。眼を泳がせながら蒼星石がそんなことを考えていると

翠「双子丼もありますかねぇ。双子の私としてはそれが一番気になるです」
蒼「う……わ、分からないなぁ、僕には」
翠「なら人間に聞いてみるです。おーい……」
蒼「ちょちょちょっと待った!マスターは学校の宿題があるって言ってたから邪魔しちゃ悪いよ」

蒼星石が手を振って慌てて止めると、翠星石は顎に指をあてて考え込む。

翠「ふーむ。じゃあ他の人間に聞くです。料理であるならのりが知ってるはずです!」

翠星石はまたも何かを言おうとしている妹の手をとると、桜田家へ向かうため鏡の中に入って行った。


のり「姉妹丼に、双子丼?お姉ちゃん分からないわぁ」
翠「そうですか」
蒼「ほ、ほら、もういいんじゃないかな。のりさんが分からないんじゃしょうがないよ」
翠「むぅ~。このまま知らないでいるのは何か負けた気分です」
の「ごめんね~。そうだ、ジュン君に聞いてみたら?」


ジュン「双子丼!?な、何をいきなり言いだすんだよおまえは!」

蒼(この反応……ジュン君知ってるんだ……エッチ)

翠「知ってるのならさっさと教えるです。どーゆーものなのですか」
ジ「し、知らない!僕は何も知らない!」

二人は部屋を追い出された。翠星石は腰に手をあてて、馬鹿にしたような口調になる。

翠「やっぱりチビ人間のようなお子ちゃまじゃ無理ですね。亀の甲より年の功ということで、
  こんどはおじじとおばばに聞いてみるですぅ」
蒼「そ、それはちょっと」
翠「急がないと日が暮れるですよ~」

そう言って鞄で時計店に飛んでゆく。暗澹たる気持ちになりながらも、蒼星石は後を追った。


元治「双子丼とは……」
マツ「翠星石ちゃん、どこでその言葉を覚えたの……」

蒼(二人も知ってるんだ……)

マツ「その言葉をよそでいっちゃ駄目よ、翠星石ちゃん」
翠「どーしてですか?」
元治「どうしてもじゃよ。さあ、ワシは仕事に戻るとするか」
マツ「晩御飯の支度をしなくちゃねぇ。二人とも食べていく?」
蒼「あ、いえ……」

マスターの家に戻る二人。蒼星石は心なしか疲れたようだ。しかし翠星石は眉間にしわを寄せて考え込んでいる。

翠「おじじとおばばの様子、ただ事じゃなかったです。そう言えばジュンの反応も変だったような……」
蒼「もう諦めようよ……」

溜息を絞り出す妹。しかし姉には聞こえない。

翠「もしや双子丼とは、恐ろしい呪いの言葉ですか!口にするのもはばかられるような!
  言ったが最後、ラピュタのようにとてつもないことが起こってしまうのでは…!」
蒼「それはないよ……」

翠星石はあきれ顔の妹を振り返り、声を張り上げる。

翠「どちらにしろヤバイものには違いないです。薔薇乙女として知らないままではいられません!
  やい人間!こっちへ来るです」
マスター「どうかしたの?」

翠「……ということです。この意味を知らないことには夜も眠れません」
マ「双子丼……ですか」

本当のことを言ったらぼこられるのは必至。ここはごまかすしかない、しかしどうやって。悩むマスターの目に
一冊の本が飛び込んでくる。……これを応用すれば!

マ「分かった、教えよう」
翠「ゴクリ……」
マ「双子丼の由来は古代の中国にまでさかのぼる。その当時はいわゆる戦国時代で、国が千々に乱れていた。
  そんな戦乱の世にあって、自らの武術によって世に覇を唱えようとした男たちがいた。
  普 宇多(ふ うた)と呉 鈍(ご どん)……二人は義兄弟の契りを結び、二心一体の武術を作り出した。
  二人のコンビネーション技の前には敵はなく、一国の将軍をして『まるで一つの体を分けた双子のように
  心が通じ合っているその様は、下郎の身なれど誠に天晴なり』とまで言わしめたという。
  その故事から『心が通じ合う様、分かりあっている間柄』を指す言葉を、二人の名前をとって『双子丼』
  と言うようになったことはあまり知られていない」
蒼「……」
翠「だったらいい意味じゃないですか。おじじたちのおかしな様子はどう説明するんです?」
マ「う……。
  実はこの話には続きがある。武勲によって高官にまでとりたてられた普 宇多と呉 鈍は、後に一人の
  女性をめぐって仲たがいし、決闘をすることになった。互いに全力、しかし悲しいかな、二人の力は
  まったくの互角。決着がつかぬまま六日六晩、ついにはどちらもが力尽き、昇天したという。
  このことから『親しい二人が仲たがいし、敵になってしまう』という悲しい意味も双子丼に付け加えられた
  ことを知る人は多くはない」
蒼「……」
マ「民明書房刊『シンクロニシティの中国史』より」
翠「二つの意味があったですか。きっとおじじたちは悪いほうの意味を考えたからあんな様子だったのですね」
マ「おそらくそうだろう」
翠「それなら早速良いほうの意味を教えなくては!そして『翠星石たちはいい意味での双子丼ですぅ』と
  言ってやるです!」
マ「え、言うの……」
翠「今日は助かったです人間。そろそろ帰るのでバイバイです~」

翠星石が帰って行ったあとの鏡を見つめながら、マスターと蒼星石はしばらく無言だった。

蒼「……マスター」
マ「ごめんなさい……」


後日、本当の意味を知った翠星石は、マスターをぼこぼこにした。その怒りは筆舌に尽くしがたく、ジュンは
エネルギーの消耗によって卒倒したという。



                           『双子丼』完