マスター「……で、これはどういう状況なのかな、水銀燈」

休日の昼、気持ちよくまどろんでいたマスターは、水銀燈の訪問によってたたき起こされた。それだけなら
まだしも、お供に連れているのが雛苺と金糸雀という珍しい組み合わせであること、そしてその二人が泣き
じゃくっているということが、さらにマスターを驚かせた。

蒼星石「水銀燈、二人に何をしたの?」

同じく問う蒼星石。しかしその眼は一段と冷ややかだ。

水銀燈「何もしてないわよぅ。ただこの二人が……」
雛苺「雛のうにゅーが~。水銀燈のせいなの~」
金糸雀「卵焼きが~」

泣きわめいて何かを訴える二人。マスターはとりあえず、話を聞くために家に上がってもらうことにした。

マ「……つまり、最初に金糸雀が雛苺をおどかそうとしたんだな?」
蒼「そして水銀燈がそれに加勢……」
雛「水銀燈は雛の持ってるDVDをとろうとしたの」

ポシェットからDVDを取り出す雛苺。借り物のこれを返しに行く途中だったらしい。
どうやら『くんくん探偵』の最新シリーズのようだ。水銀燈がくんくんファンとは……マスターは意外に思った。

蒼「水銀燈の下心はくんくんにあったんだね」
銀「なによぅ、その生温かい眼は……返したんだからいいじゃない」口を尖らせる。
マ「それで雛苺ともみくちゃになって、苺大福がつぶれちゃったわけね」
雛「後で食べようと思ってポシェットに入れておいたの……」雛苺がうつむく。
マ「金糸雀のほうはどうして?」

マスターがそう聞くと、金糸雀はテーブルの上に弁当箱を取り出した。悲壮な表情でふたを開ける。

蒼「うわ、ぐちゃぐちゃだ」

中身は半分ほどがなくなっていて、残りも原形をとどめていないようだった。金糸雀が口を開く。

金「カナは飛んでる水銀燈に足を持ってもらって、逆さづりの状態で雛苺をおどかそうとしたかしら。
  でも急に足を離されて……地面へ激突するとともにみっちゃんのお弁当は夏の夜の夢と消えたわ……」

変に文学的な表現を使うんだな、でも今は秋だ。マスターは心の中で突っ込みを入れた。
恨みがましい眼で水銀燈を見つめる二人……当人はバツの悪そうな顔をしているが、マスターのほうを向いて
堂々と言い放った。

銀「そういうわけだからぁ、苺大福と卵焼き、よろしくねぇ」
マ「どういうわけでしょう」
銀「楽しみにしていたみたいだし、弁償してあげなきゃ悪いじゃない?」
マ「なぜ俺が」
銀「一番暇そうだもの。さっきだって寝ていたでしょぉ」

休日なんだからいいじゃないか……そう考えているマスターに水銀燈は攻撃を仕掛ける。

銀「ね?おねがぁい、マスターさん」

形の整った唇に人差し指を当て、上目遣いでそう言ってくる。心なしか頬が紅潮している。

マ(う、これは……)
銀(あとひと押しね……)

銀「やっぱり、駄目ぇ……?」

すいぎんとうは めを うるませた!  ますたーの きゅうしょに あたった!
ずっとすいぎんとうのたーん!!

マ「あ、わ、分かっ(ビクン)」

ますたーの あやつりが とけた!  そうせいせきが さっきを はなっている!
ますたーは うごけない!

マ「すすす水銀燈?ジュン君の家でもいいじゃない。のりさんならたぶん喜んで作ってくれるよ」

舌がうまく回らないが、ここでOKしてはまずい!マスターは必死だった。

銀「あの家には真紅がいるでしょお。絶対いやよ」

水銀燈は考える……お馬鹿さんそうだからすぐに落ちると思ったけど、蒼星石め、ちゃんと飼いならしてるわね。
どうしようかしら……。
蒼星石は考える……水銀燈め、色香で落とそうとするなんて。魔女の毒牙からマスターを守らなくちゃ。
マスターにも後でよく言って聞かせないと……。

わずか数秒の間だが、交わされた視線は針よりも鋭い。マスターがそろそろ逃げ出したいと思った時

金「マスターさん……」
雛「ますたーさん……」

期待を込めた顔。水銀燈とは違った意味で潤んだ4つの瞳。 ますたーは にげられない!

マ「分かったよ……ちょっと待っててね」
銀「ありがとぉ!」
蒼「雛苺と金糸雀のためだよ、水銀燈」どすの利いた声で釘をさす。
マ「蒼星石、俺は苺大福買ってくるから、卵焼きを頼むね」
蒼「はい、わかりました」

マスターはそう言うと、財布を持って出かけて行った。



蒼「さて、と。二人とも、今から作るからちょっと待っててね」
銀「それじゃあがんばってねぇ。私はこれで……」
蒼「待った。君も手伝うんだよ」

水銀燈のスカートの端を捕まえる蒼星石。

蒼「君も、可愛い妹たちのために一肌脱いだら?」
銀「やーよぅ。なんで私が」
蒼「原因は君だろ。そんなこと言うなら作ってあげないよ」

不満そうな声を漏らす。しかし観念したのか、蒼星石から差し出されたエプロンを身につけた。
台所に踏み台を運び、料理を開始する。

蒼「まずは卵を割って」
銀「こう?」
蒼「直接入れちゃダメだよ。こうやって小皿にとって、傷んでないか確かめなきゃ」
銀「面倒ねぇ」

蒼「砂糖はこれくらいで、と」
銀「焼くのは任せるわ」
蒼「じゃあお皿を用意して。後ろの戸棚だよ」
銀「これでいいわね」

溶いた卵を入れると、フライパンからいい音がし始める。甘い匂いが鼻をつく。

銀「あなた、いつもこんなことやってるのぉ?」
蒼「うん。マスターは料理できないし」
銀「まるで召使ね。人間のためにそこまでするなんて信じられなぁい」
蒼「マスターにはお世話になっているから。それにね、僕の作った料理を『おいしい』って言ってくれるのが
  とてもうれしいんだ」
銀「ふぅん」
マ「ただいま~」

玄関から声が聞こえる。苺大福の用意は整ったようだ。

蒼「こちらも出来上がりだね」

器用に巻かれた卵焼きを皿にとり、リビングへと持っていく。雛苺と金糸雀は待ちかねた様子である。

雛「うにゅーおいしーのー!」
金「ああ、卵焼き、甘くてふわふわで、なんて素敵なのかしら……!」
マ「そりゃよかった。機嫌も直ったみたいだし」

あぐあぐと一生懸命に食べる二人を見て、マスターは思わず笑みがこぼれる。

蒼「卵焼き、水銀燈も手伝ったんですよ」
マ「え、本当?」
銀「そうよぉ。なによその顔」
マ「意外だなぁ……」

マスターが驚くのも無理はない。何せ最初は丸投げ、むしろ押し付けに来たのだから。
そうして口をあんぐりさせている間に、二人は食べ終わったようだ。満足そうな顔でお腹をさすっている。

雛「ありがとうなのマスターさん。ごちそうさまなの」
金「とても美味しかったかしら、蒼星石、水銀燈。ごちそうさま」
蒼「お粗末さまでした」
マ「美味しかったってさ。よかったじゃん、水銀燈」
銀「ふん。私が手を貸したんだから、当然じゃなぁい」

そっぽを向いて答えたので表情をうかがい知ることは難しかったが、声を聞く限り、まんざらでもなさそうだ。

蒼「ね、嬉しいものでしょ」
銀「……知らなぁい。」

そっけなくそう答えると、窓を開けて飛び去って行った。
その姿を見やりながら、マスターは不思議そうな顔をする。
蒼星石のほうを振り返っても、彼女はただニコニコしているだけだった。

マ「何かあったの?」
蒼「一緒に料理をしただけですよ。二人とも、今お茶を淹れるからね」

蒼星石はそう言うと準備を始めた。その間中ずっと、彼女は微笑んでいた。

                                「本編」完    →後日談