マ「さあ、次はこの部屋だ。」
 金「レッツらゴー!かしら。」
 蒼「その前にいい?」
 マ「何?」

  部屋に入ろうとしたところに待ったをかけられた。

 蒼「金糸雀はなんでそんなところに居るの?」
 金「極寒地に住むエスキモーは!凍傷にかかった時!
   アザラシの体内に入って治したそうかしらッ!!」

  胸元、僕の上着の中で金糸雀が自信たっぷりに答えた。

 蒼「人形が凍傷になる訳無いだろ。」

  間、髪を入れずに蒼星石の的確なツッコミ。

 金「でも芯まで凍えたかしら。」
 蒼「それは自業自得で、マスターも!それじゃあ探すのに邪魔でしょ?」

  蒼星石の矛先がこちらを向いた。

 マ「いやまあ・・・だけどそんなに重くもないし。」
 金「ほら平気かしら。ぬっくぬくかしら♪」
 蒼「そういう問題じゃなくって!」
 マ「甘やかし過ぎかもしれないけど・・・でもさ、野放しにしておくとかえってロスがあるかも知れないし。」
 蒼「うーん、確かに・・・。」
 金「むぅ、ほんのりと馬鹿にされてる気がするかしら。」
 銀「モロにじゃないのぉ、おばかさぁん。」
 金「水銀燈までひどいのかしら!」
 銀「ありのまま話しただけでしょ。それにしてもなんかまだるっこしい事してるわね。
   これなら先に部屋に入った翠星石が探してるのを見てた方が楽しそ・・・」

  これも噂をすればというやつなのか、ちょうどその時だった。

 翠「ひゃぁーーーー!!!」

  部屋の中から翠星石の悲鳴が聞こえてきた。

 蒼「!?」
 マ「急ごう!」

  大急ぎで部屋の中に入る。

 蒼「翠星石・・・。」
 銀「まあひどい。」
 金「誰がこんな事を?」

  翠星石はすぐに見つかった。
  ただ、とても悲惨な姿で。

 翠「早く助けて下さい!」

  ロープで逆さ吊りにされた翠星石が助けを求めてきた。

 銀「不様ぁ、同じローゼンメイデンとしても見ていて恥ずかしいわぁ。」
 翠「やかましいです!だったら見るなです!」

  だが水銀燈の言う通り、逆さになって長い髪やらスカートが垂れ下がった姿は滑稽なものだった。
  必死になってスカートを押さえようと無駄な抵抗をしているのもそれに拍車をかける。
  ・・・・・・そういう姿勢はそういう姿勢で素晴らしいと思うが、うん。

 蒼「おや、あれは?」

  翠星石の下辺りに落ちている何かを見つけ蒼星石が手を伸ばす。

 翠「やめるです!手を引っ込めろです!!」
 蒼「え?」

  翠星石の必死な声に蒼星石が手を引く。

 翠「そいつは罠です。まだ残ってたら蒼星石の手もロープにやられてたかも・・・。」
 マ「ふぅん。」

  落ちていた物を拾う。

 翠「あ、こら!お前は人の忠告を無視しくさって。」
 マ「その高さなら自分でほどけるし。まあ何も無かったみたいね。」

  それだけ答えて拾った物に目を向ける。

 金「写真ね。」
 蒼「マスターの写真だ。」

  誰がいつ撮った物やら、落ちていたのは僕の写真だった。

 銀「ずいぶんターゲットの絞られたエサね。」
 金「でも落ちてたら何かと思ってとりあえず拾っちゃうかしら。
   大事そうな物なら預かっておいて後で渡すかもしれないし。」
 蒼「そこを釣り上げる、と。でもそもそも標的は誰、この罠の狙いは何なんだろう。」
 金「落ちてる写真を見た人じゃないの?」
 マ「でも同じドールを捕まえても仕方ないはずだしね。僕じゃあ大した足止めにはならない。
   まあ、そこには気付かなかっただけかもしれないけどね。」
 銀「誰でもいいから足を引っ張ろうとしたんじゃなぁい?
   負けた相手が多ければ自分が勝った時の旨味も多いし、見つかった時のリスクも減るし。」
 蒼「なるほどね。変な事をさせられる恐れは減るか。」
 マ「ところでさ・・・」
 蒼「何?」

  話が一区切りついたところで気になっていた事を口に出す。

 マ「なんで翠星石は『足』を釣られているのかな?」
 翠「ぅ!」
 蒼「あ!」
 翠「・・・・・・。」

  ちょっとした沈黙。

 蒼「翠星石、踏もうとしたね?」
 翠「え、いやぁまさかですよ!気付かずに歩いていたらいきなり・・・」
 蒼「その割には拾おうとすると手を狙うと考えたんだ?」
 翠「そ、そりゃあこの手の定番だからで・・・足を狙ってたのかもしれませんね!」
 マ「この写真、踏んだ跡があるんだけど。」
 翠「え、嘘ですよ、まだ・・・」
 蒼「まだ?」
 翠「あぐ・・・。」
 蒼「写真に気付いてなかったって言ってたよね?」
 翠「うぅ、ごめんなさいですぅ。」
 マ「やっぱりね。」

  ちょっと鎌をかけたところ口を滑らせてくれたようだ。

 銀「嫉妬ってこわぁい♪」
 蒼「まったく、もうちょっとそこで頭を冷やしていたらどうだい?」
 翠「え、ちょっと待って下さいよ!このままじゃ頭に血が・・・」
 蒼「のぼらない。」
 翠「お手洗いに行きたくなったら・・・」
 蒼「ならない。」
 翠「もう許してくださいよぉ!」
 マ「金糸雀、ちょっと降りてもらえる?」
 金「はいかしら。」

  金糸雀が服から出てくれた。

 マ「じゃあ今ほどくから待っててね。」

  翠星石の方へよってロープの結び目に手をかける。

 蒼「もう・・・仕方ないなあ。」

  元からなのか、翠星石が暴れて締まったからなのか結び目はかなり固かった。

 翠「まだですかあ?」
 マ「待って、固くって・・・。」
 銀「無駄な時間を食ってるわねぇ、見捨てちゃえばいいのにお人好しぃ。」
 蒼「まさか、この効果を狙った罠じゃあ・・・。」
 金「頑張ってかしら!」

  だが焦れば焦るほど手が上手く動かない。

 翠「お前、まさかとは思いますが翠星石の下着を間近で堪能してるんじゃあ・・・。」
 マ「そりゃ視界には入るよ。」
 翠「そ、それでわざと時間をかけてじっくりねっとり・・・!」
 マ「違わい!貴重な時間をそんな事に割けるか!」
 銀「やぁん、下劣ぅ♪」
 翠「そんな事とは失礼な!」
 マ「じゃあどう言えと・・・。」
 蒼「もういいよ、僕が鋏で斬るから。マスターちょっとその高さまで抱っこしてもらえる?」
 マ「あ、了解。」
 翠「ちょっと待って下さい、このままじゃ真っ逆さまに落ちちゃいます。」
 マ「じゃあクッションか何かを・・・」
 銀「もう飽きたわぁ。あなた下でナイスキャッチしなさい、いいわよね?」
 マ「え?」

  いつの間にかすぐ近くを水銀燈が飛んでいた。
  右手には剣を手にしている。

 翠「な、何をする気ですか?」
 銀「同じ薔薇乙女のよしみで惨めな姿は見たくないし、助けてあげるのよ。感謝なさい。」
 翠「ちょっと待っ・・・」
 銀「答えは聞いてなぁい、ほぉら♪」

  水銀燈が手にした剣を一閃してロープを斬った。

 翠「ひえぇぇぇ!!」

  悲鳴と共に翠星石が頭から落ちていく。

 マ「危ない!」

  何とか体を潜り込ませて受け止めた。

 翠「はぅ・・・助かりました。こら、水銀燈!」

  身を起こし、身繕いをしながら水銀燈に怒鳴りつける。

 銀「なぁにい?助けておいてもらってその態度ぉ、恩知らずぅ。」
 翠「あんなんで助けられただなんて認めませんっ!」
 蒼「・・・!?気をつけてッ!なにか飛んでくるッ!」

  その言葉の通り、何かが飛んでくる気配。

 銀「・・・っひぎぃっ!?」

  それは水銀燈の後頭部に命中し、水銀燈が墜ちる。

 マ「うげ!!」
 翠「いたっ!」

  頭から落下してきた水銀燈が僕と翠星石の上をバウンドした。

 銀「うー・・・ん。」
 翠「こら、早くどけです!」
 マ「いったい、何が起きたんだ?」
 金「あれよ!」
 マ「あれって・・・中華鍋ぇ!?」

  見上げると紐で結わえられた中華鍋がまだ空中でぶらぶらしていた。
  よく見ると、さっきまで翠星石を吊るしていたロープの根元にそれも結ばれていたようだ。

 蒼「さっき水銀燈がロープを切ったら飛んで来たんだ。」
 マ「じゃあ・・・ここまでワンセットでトラップだったのか!!」
 蒼「多分そうだろうね、エサは写真じゃなく引っかかった『誰か』だったんだ。
   いずれにせよマスターがロープをほどけば中華鍋が油断したところを襲う。」
 マ「なんというキルトラップ・・・。」
 金「策士よ!策士の仕業よ!!」

  誰かは知らないが恐ろしい企みをする。
  どうなってもいいからなのか、手加減を知らないのか、打ち所が悪ければ大ダメージだ。

 翠「ほら、重いからどきやがれです!!」
 銀「あ、いた・・・。」

  ようやく、翠星石の上でのびていた水銀燈が頭を押さえながらゆっくりと起き上がる。
  元はと言えば翠星石の所為だとか開口一番文句を言いそうだ。

 銀「翠星石・・・」

  ほらきた。

 銀「翠星石、あなたは大丈夫?ごめんなさい、ぶつかってしまって。」
 翠「・・・は?」
 銀「こんな情けない姉でごめんなさいね、本当に許して頂戴。」
 翠「ほえ・・・っ!?」
 マ「・・・・・・。」
 蒼「・・・・・・。」
 金「・・・・・・。」





  その部屋の時間が止まった。





  最初に口を開いたのは時を止めた張本人だった。

 銀「あの、二人ともぽかんとしてしまってどうしたの?
   まさか私がぶつかった所為じゃ・・・どうしよう。」

  そう言うと困った顔で縮こまる水銀燈。
  膝の上に乗っていた翠星石がそんな水銀燈を押しのけるようにして蒼星石のところへ逃げていった。

 翠「ひいっ!お、おま・・・お前は誰ですか!!」
 銀「良かった、元気みたいで。私は水銀燈よ?決まってるじゃない。」
 翠「嘘です、お前なんか知らんです!」
 銀「もしかして怒ってるの?ごめんなさいね。」
 蒼「えーと、君は水銀燈なんだね?じゃあ僕等の事も分かる?」
 銀「そうよ、私はローゼンメイデン第一ドール水銀燈。
   あなた達は第二ドール金糸雀、第三ドール翠星石、第四ドール蒼星石よね。」
 金「バッチリ正解かしら!」
 銀「当たり前でしょ。大事な妹達ですもの。」
 翠「ひいぃ・・・。」
 蒼「・・・記憶喪失じゃないみたいだけど。けど・・・何かがおかしい。決定的な何かが!!」

  一同はひたすら困惑していた。
  斯く言う自分もその一人だった。

 マ「あの、すみませんが降りていただけますか?」
 銀「あ、ごめんなさい。」

  水銀燈が立ち上がる。
  が、すぐに体が倒れる。

 マ「大丈夫!?」

  咄嗟に水銀燈を抱き留める。

 銀「ごめんなさい、なんか頭痛がして立つ事が出来なくて。」
 マ「あ、そうなんだ。無理させてこっちこそごめんね。」
 金「頭をぶったからよ。大丈夫?頭痛や吐き気は?」
 銀「大丈夫よ、ありがとう。それにしてもやっぱり殿方は頼もしいですね。」

  まだ頭部のダメージがあるからか、軽く寄りかかってくる。

 マ「あ、ひゃ、そ、そうですか?」

  動揺、と言っても恐怖に近いものだが、そのために口が回らない。

 銀「ええ。広い胸でこうしてると温かくて、眠くなってしまいそう・・・。」
 マ「あ、はい、ありがとうございます。」
 蒼「水銀燈、いつもみたいに飛んだら?」
 銀「飛ぶ?」
 金「翼を出して飛ぶかしら。」
 銀「翼・・・うーん!うーーん!!・・・そんなの出ないわ。」
 翠「やっぱり一部の記憶が消えたんでしょうか?」
 蒼「時間も無いけどどうする?」
 マ「うーん・・・」
 銀「ごめんなさい、私の所為で!どうか私の事は置いて続けて下さい。」
 マ「・・・心配だからちょっと安静にして様子を見よう。」
 蒼「そうだね。」
 銀「いいの?」

  正直あんな事を言われたらかえって放ってなどおけない。

 翠「正直このままじゃ落ち着かんです。」
 銀「ありがとう、みんな優しいのね。私は幸せだわ。」
 金「うわ・・・。」
 翠「はぁ、これは本当に重症ですね。」


 マ「水くんできたよ。」
 金「あ、ちょっと待って。」

  手を伸ばした水銀燈をさえぎり、差し出したコップを金糸雀が代わりに受け取る。

 金「水銀燈はまだ具合が悪いかもしれないから、こぼさないようにカナが飲ませてあげるわ。」
 銀「ありがとう、あなたはいい子ね。」
 金「気にしないで、困った時はお互い様よ。」

  あまり深く物事を考えない性分だからか、金糸雀はもう順応した様だ。

 翠「金糸雀、お前は中々やり手ですね。何も考えてないだけかもしれませんが。」
 蒼「うん、物怖じしないところは凄いと思う。」
 金「だってカナも甘えられる優しいお姉さんが居てくれた方が嬉しいかしら!
   もちろんいつか元に戻った方がいいのかもしれないし、実際に戻るかもだけど・・・。
   でも、だからこそ今のうちに出来るだけ仲良くしておきたいかしら。」

  屈託の無い笑顔で金糸雀が素直な意見を述べた。

 マ「金糸雀・・・それが正しいのかもね。」

  金糸雀の答えに少し反省する。

 翠「・・・そうですね、姉妹仲が良いに超した事は無いのかもしれませんね。」
 蒼「うん・・・皆で・・・仲良くしているのが許されるのなら・・・その方が・・・。」
 金「それにいつもは皆と居てもカナが一番のお姉さんよね?
   だからしっかり行動しなきゃと考えて、実際そうしてるかしら。
   そんな訳で水銀燈の看病だっていつもの延長線上だから平気よ。」
 銀「まあ偉い。あなたが次女で良かったわ。」

 マ・翠・蒼(嘘だっ!!)

  と思ったはずだ、根拠は無いけど。

 銀「ご馳走様。」
 金「あ、はいかしら。」

  金糸雀が水銀燈の差し出したコップを受け取る。

 銀「・・・あ、あら・・・?」

  その時、水銀燈の体が再びぐらりと崩れる。

 マ「しっかり!大丈夫!?」

  慌てて駆け寄って彼女を起こす。
  体を揺すぶっても反応が無い。

 銀「はぁ・・・はぁ・・・大丈夫、ただ・・・ちょっとの間こうして休ませて・・・下さい。」

  なんとかそれだけ口にすると、水銀燈がこちらに体を預けてくる。

 金「水銀燈、大丈夫!?」
 翠「苦しそうですね・・・。」
 蒼「しっかりするんだ!」

  目の前には苦しそうにあえぐ水銀燈の顔。

 マ「こんな風になってるのに、何も出来ないなんて・・・。」
 蒼「それは・・・仕方ないよ。」
 金「あんなトラップを仕掛けるなんて許せないわ!」
 マ「なんだろう・・・なんだか胸が熱くなって・・・。」

  無念さに、思わず水銀燈を抱く手にも力がこもる。

 蒼「マスター・・・。」
 マ「でも不思議と・・・心地良い様な・・・力が湧いて安らぐような・・・?」
 翠「この非常時にお前は何を言ってるんですか。」
 金「不思議かしら。なんだか抱き合う二人がまぶしいかしら。」
 マ「すぐれた絵画や彫刻はそれ自体輝きを放つように見えるそうだが・・・。
   こ・・・これはッ!?ま・・・まさかッ!し・・・失礼!」

  目を瞑ったままの水銀燈を慌てて引っくり返す。

 マ「な・・・なんてことだ。」
 翠「あ、あれは・・・」
 金「ま、ま、ま、まさか・・・!」
 蒼「間違いない。」

  『ローザミスティカ!!』

  水銀燈の胸のところからわずかに顔を出したそれにみんな大騒ぎになる。

 マ「どうする?どうする!?」
 蒼「どうするって・・・出てしまわないようにするしか・・・。」
 翠「こら水銀燈!お前こそこんな間抜けな理由でリタイアしたら薔薇乙女の名折れですよ!!」
 金「こんな時は・・・あれよ!救急処置よ!!」
 マ「救急・・・それ位しかやれる事はないか!」

  水銀燈をそっと床に横たえる。

 マ「えーと、まず気道を確保して・・・」

  わずかに水銀燈の顎を前に出すようにして上に持ち上げる。
  と、口がかすかに開く。

 マ「それと心マッサージ。・・・ってどこを。」
 翠「なんでもいいからとにかくローザミスティカを押し込めです。」
 蒼「そうだよ、この中だとマスターが一番押し込む力は強いはずだから。」
 マ「分かった。」

  今にも飛び出しかねないローザミスティカに両手を添えて体重をぐっとかける。

 マ「熱い・・・火傷するとかの熱さじゃないけれど、何か凄い力みたいなものが僕でも感じられる・・・。」
 翠「ほれ、感想はいいからもっと頑張れです!」
 金「後は人工呼吸・・・じゃ、じゃあカナが『まうす・とぅ・まうす』を!」
 マ「素人がやっても大差ないからしなくてもいいらしいよ。」
 蒼「いや、呼吸は確保しなくていいから。」
 金「はっ!呼吸といえば!!」

  半ばパニックに陥った様子の金糸雀が叫ぶ。

 金「みっちゃんが何か言ってたような・・・えーと、確かこんな時には『ヒッヒッフー』かしら!」
 マ「それむしろ出ちゃうから!」
 翠「えーと『コォォォォ』って。」
 蒼「痛みは和らぎそうだけど血流が無いと。」
 金「そういう問題なの?」
 マ「後はもう祈るしかない!!」

  そんな風にして無我夢中に押し込んでいると、

 銀「・・・ちょっと。」
 金「あ、気付いたかしら!」
 銀「人が気を失ったのをいい事にどこを触ってるのよ!」
 マ「へ?」

  言われた瞬間は何の事か分からなかった。

 銀「その・・・手よ、手をどけて頂戴。」
 マ「あ、ああゴメン!」

  はっと気付いて水銀燈の胸から手をどけた。

 銀「あなたってそんな人間だったわけぇ?案外さっきの翠星石のも・・・」
 蒼「違うよ!マスターは君が気を失ったから助けようと!」
 翠「お前自分の身に何が起きたか覚えていないんですか?」
 銀「・・・何があったのよぉ?」

  水銀燈にかいつまんで事情を説明する。
  面倒になりそうなので頭を打って再起不能になりかけた事だけ伝えて過程は消し飛ばした。

 銀「ふぅん、そんな事がねぇ。そういえば頭が痛むわ。」

  水銀燈が頭を撫でつつぼやく。
  と、脇においてあるコップに目を留めた。

 銀「このコップ誰か使った?」
 マ「いや、水銀燈用に水をくもうとした奴だから。」
 銀「そう、じゃあ借りるわよ。なんだか変な気分だから水飲んでくるわ。」

  水銀燈はコップを手に台所へ向かってぱたぱたと飛んで行った。

 翠「なんというか、懐かしいような、もったいないような・・・。」
 マ「しかしさっきのはなんだったんだろう?」
 蒼「そう言えば聞いた事がある・・・」
 マ「何か・・・知っているの?」
 蒼「まさか目の当たりにするとは思わなかったけど、以前真紅と話した事があるんだ。」



 真「水銀燈?・・・そうね、とてもいい子だったわ。
   美しく、清らかで、もしかしたら、私達の誰よりもアリスに相応しかったかもしれない。」

  どこか遠くを見つめながら真紅が口を開く。

 蒼「え?でも・・・」
 真「そう、でも私の所為で・・・私が彼女の夢を、望みを、支える振りだけして蔑ろにしてしまったから・・・。
   そんな私の裏切りを知り、絶望の底で我を通す力を得た彼女はすっかり変わってしまった。」
 蒼「・・・・・・。」

  ふさぎ込んだ真紅にかける言葉も見つからず、蒼星石は黙って見守る。

 真「私が傷つけた心からドス黒い感情が噴き出したかの様なあの漆黒の翼・・・。
   私の所為・・・きっと、だからこそ水銀燈に辛く当たってしまうのね。
   その怒りの矛先が自分に向けられるのが怖いから、過去の自分の過ちを許せないから。」

  悲痛な面持ちの真紅がそうこぼした。

 蒼「真紅、君も・・・」
 真「蒼星石・・・何かしら?」

  力の無い真紅の視線が蒼星石の視線とぶつかる。

 蒼「・・・なんでもないよ。」
 真「そう。」

  依然として力無くも、真紅がちょっとだけ笑った。


 蒼「その時は、真紅もそんな冗談を言うんだとしか思っていなかったんだけど・・・どうやら本当だったのか。」
 マ「言わなくて良かったね。」
 金「カナは優しいお姉さんの方が良かったかしらー。」
 翠「お前もさっき言っていたじゃありませんか。なるべくして元に戻っただけですよ。」
 金「そうよね・・・はぁ、思い出を大事にするわ。」
 マ「仲良くか、今は無理そうでもいつかは出来るかもよ。今の水銀燈とでも。」
 金「・・・えーと・・・。」
 翠「・・・・・・。」
 蒼「・・・・・・。」
 マ「・・・誰か肯定してよ!」
 金「頑張るかしら。」
 翠「善処します。」
 蒼「そうなるといいね。」

  結局、一同からは微妙な反応しか帰ってこなかった。
  しかし・・・

 蒼「どうしたのマスター?」
 翠「何を考え込んでるんですか?」
 マ「いや、水銀燈の変化の事だけどさ・・・」
 金「どうかしたの?」
 マ「さっき蒼星石がしてくれた話を聞いて思ったんだけどさ。
   『力を得た』のがきっかけなんじゃ無くて『ローザミスティカを得た』のが原因なんじゃ・・・。」
 蒼「・・・かもね。」
 翠「あれが出てればきれいな水銀燈のままだったと。」
 金「でも止まっちゃったら・・・。」
 マ「だよね。」
 銀「あなた達、何を辛気臭い顔並べてるの?」

  そんな事を話しているとは露知らず、戻ってきた張本人はのんきに聞いてくるのだった。


      -残り時間:20分-      残ったドールは・・・4人


 金「ねえねえ、カナ気になったんだけど・・・」
 翠「なんですか?」
 金「水銀燈がああなったのがさっきの予想通りだとしたら、
   アリスになるためにローザミスティカを集めていくと・・・」
 翠「・・・・・・言わんとするところは分かりました。。」
 マ「ますますアリスゲームの意義に疑問を持つようになったよ。」
 蒼「そこは言わぬが華というか・・・触れるのはよそうよ。」
 マ「だね。」