『犯人は…ヤス!君だ!』
『くっ…さすがはくんくん、私をここまで追い詰めるとはっ…。』

蒼(ドキドキ)

蒼星石はテレビに釘付けになっている。この曜日、この時間、彼女は『くんくん探偵』
だけは決して見逃さない。付き合いで一緒に見てみたがなかなか本格派な話で、俺も
すっかりハマってしまった。

蒼「ヤスがボートピアに逃げることまで想定していたなんて…やっぱりくんくんは
  すごいや」

画面ではくんくんが逃走を図ったヤスをいとも簡単に捕獲、エンディングを迎えていた。
いかにも「堪能した」というような溜息をつき、蒼星石はソファにもたれかかった。

蒼「今日の推理もすごかったね。特にキバヤシの罠を見抜いたところなんか…」

興奮した様子で話しかけてくる。くんくんが終わった後は二人で感想を話し合うのが常に
なっていた。俺は相槌を打ちながら蒼の顔を見る。とても無邪気で楽しそうな表情。
クールな言動が多いこの子のこんな顔が見られるだけでもくんくんには感謝したい。
そう言えば以前、くんくんのぬいぐるみを買ってやった時もすごく喜んでいたな…。鞄の
中にまで持ち込んでいたのは微笑ましかった。

…ここまで夢中だと、ちょっといたずらしたくなるよね…。

翌日俺は特訓をしていた。蒼星石に見つからぬよう、大学の敷地でだ。
「よろし~、くんくん!違うな。
 よろし~、くんくん!もう半オクターブ。
 よろし~、くんくん!…よし、これで完璧だ。」
練習していたのはくんくんの声真似。完成度は高い。コロッケの野口五郎並だ。この声で
家に電話をかける…うふふ。

コール音が響き、ディスプレイに番号が表示される。
「この番号はマスターだね」駆け寄ってきた蒼星石はそう言い、受話器をとった。
蒼「もしもし」
マ「やぁ、蒼星石。誰だかわかるかな…?」
蒼「え…その声は…まさかくんくん!?
ど、どうしよう、電話でくんくんとお話しできるなんて、
  あ、あの、いつも見ています!」
マ「うん。いつも僕を応援してくれてありがとう。
  実はね、今日は君のマスターのことで電話したんだ」
蒼「ま、マスターが何か?」
マ「最近、疲れがたまってるみたいでね。君が癒してあげれば元気が出ると思うんだ」
蒼「癒すって言っても…」
マ「大丈夫。とっておきの方法があるんだ。
  君とマスターの絆のために協力させてほしい」
蒼「う、うん…」


電話を切る。万事うまくいったようだ。帰宅が楽しみだなぁ…。

マ「ただいま~」
ドアを開ける。いつもならすぐに蒼星石が迎えてくれるのだが…。
蒼「お、おかえりなさい、マスター…」
当の彼女は消え入りそうな声でそう言うばかりで、柱の陰から出てこない。
マ「どうかしたの?」いやわかってるんだけどね。ニヤニヤしないよう気をつけながら
聞いてみる。
蒼「あ、あの、最近マスター、疲れてるみたいだし、それで、えと」顔がだんだん赤に
染まっていく。耳まで赤いな、リンゴみたい。抱きしめてまさちゅーせっちゅしたい衝動を
抑えるのは大変だ。
マ「どうしてそんなにもじもじしてるのかな?」靴を脱いで彼女のほうへ近づく。驚いて
逃げようとするが、俺が手をのばして捕まえるほうが早かった。キャッチャーインザライ。
マ「その格好は…!」
蒼星石はいつものエプロンをしていた…いや、正確にはエプロンだけ。普段着の青い服は
どこへ行ったのやら、エプロンから伸びる手足は、人形とは思えない柔らかな、絹のように
細やかな素肌をさらしていた。さっき逃げようとしたときにも、一瞬だが可愛いお尻が…。
マ「…裸エプロン?」
蒼「マスターを癒すために…裸エプロンは犬にとっての骨と同じ、男の夢だからって…
  くんくんが…」
顔もまともに見れないのか、下を向いてしゃべる蒼星石。
もはや堤防は決壊、思い切り抱きしめる。「マ、マスタァ」腕の中であわてているようだ。
ああ背中すべすべ。
マ「俺のために…してくれたんだね、ありがとう。疲れなんかどこかへ行ってしまったよ」
頭をなでてやると、少しは落ち着いたようだった。
蒼「は、はい…でもマスター、やっぱり着てきても…いいですか?」やはり相当はずかしい
か。俺はうなずいて腕を離した。


蒼「すごく恥ずかしかったよ…」まだ顔は赤い。「でも喜んでくれて…よかった」
マ「ああ、くんくんにも感謝しないとな」
蒼「そ、そうだ!マスターがくんくんと知り合いだったなんて!」思い出したように声を
あげる。
マ「時々しか会わないけどね。何せ名探偵、多忙なのさ」
蒼「時々しか会ってないのに、マスターの体調まで見抜くなんて…」
マ「何せ名探偵だからな。ホームズもポワロも裸足で逃げ出すさ」
彼女は目をキラキラさせて心底感心した様子だったが、ふと何かに気づいたように宙に目を
やった。
蒼「…あれ、かかってきた電話はマスターの番号だったような」
ギクリ。
蒼「くんくんが電話を持ってないはずがないし、なぜわざわざ…」
もしかしてまずいか。

今年は例年より男子の少ない有巣大学の応援団ですが、恒例の野球定期選に向けて、応援
 の練習に気合が入っています』
『フレー!フレー!!
 ガンガン有巣!!ガンガン有巣!!』
つけていたテレビから地方ニュースが流れてきた。うちの大学についてか…よし、これで
話題をそらせば…

マ「そ、蒼星石、これうちの大学だよ。やっぱかっこいいよなぁ応援団って」
蒼「…このかけ声…」じっとテレビを見つめる。
蒼「…くんくんからの電話の後ろで聞こえていた声と、同じだ」
そらせない!
蒼「マスターの大学の応援団の声、マスターの番号…
  マスターは今日大学に行ってたんだよね?ということは」
くっ!そう言えば練習場所の裏は応援団室だった!
蒼「まさかマスター?くんくんを騙ってオレオレ詐欺を…!」
マ「お、落ち着いてください名探偵!これは誤解」
蒼「ひどいよっ!僕あんなに恥ずかしかったのに!
  マスターのどろぼうキャット!!」
叫ぶと同時に勢いよく立ちあがると、廊下を駆けていって部屋に閉じこもってしまった。
マ「し、しまった…」








蒼星石とくんくんぬいぐるみに土下座をしてやっと許してもらえたのは、それから3時間後
のことだった。