ある日帰宅するとそこには一人のドール。
  よく知った相手なので別に驚きはしない。

 マ「やあ雛苺いらっしゃい。蒼星石なら今は出かけてると思うよ。」
 雛「こんにちはなの。あのね、別に蒼星石じゃなくってもいいの。」
 マ「おや、どういうことだい?」
 雛「ヒナね、寂しいから誰かに遊んでもらいに来たの。」
 マ「ジュン君のところには誰もいないの?」

  あれだけの大所帯なのに皆が出かけてしまうとも思えない。

 雛「みんなね、ヒナの相手をしてくれないの。」
 マ「そりゃ冷たいなあ。」
 雛「だからね、ヒナと遊んで欲しいの。」
 マ「まあそれ位ならいいけど。何をする?」
 雛「んー・・・ちょっとお話したいの。」
 マ「はいはい。」
 雛「あのね、抱っこして欲しいの。」
 マ「はいよ。」

  雛苺を抱き上げてソファに腰を下ろす。
  今まで寂しかったのか早速すがり付いてきた。

 マ「さて、何をお話しようか?」
 雛「聞いてもいい?」
 マ「なんだい?」
 雛「あのね、これからもヒナが寂しい時は一緒に居てくれる?」
 マ「いつでもって訳にはいかないけど、時間がある時なら構わないよ?」
 雛「本当?」
 マ「うん、その位ならしてあげられるから。」
 雛「約束よ?・・・ヒナね、もう一人ぼっちは嫌なの。」

  何気ないはずの一言がどこか重い言葉に聞こえた。
  その時、置いてある鏡がかすかな音と共にまばゆい光を放ったのに気付く。
  そして走ってくる足音。
  なんだかやけに慌ただしい。

 蒼「雛苺!?・・・マスターから離れろ!」

  音の主は蒼星石だった。
  こちらを見てなぜか一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐに気を取り直してそう叫ぶ。
  なんだかやけに怒気をはらんでいる。

 マ「どうしたの?」
 蒼「マスター、早く雛苺をどかして!早く!!」

  機嫌が悪いといったレベルではない、明らかに雛苺に対して敵意を向けている。
  それが何故なのか分からずそのままでいると蒼星石の背後から新たに『もう一人』現れた。

 マ「えーと・・・ピチカート?」

  山吹色の光球が飛来して自分の周囲にまとわり着く。

 マ「これは一体?」

  全く事態が把握できない。

 雛「ふふふ、蒼星石ったら何があったのかピチカートに聞いたみたいね。」
 蒼「雛苺、早くそこをどけ!!これ以上僕の大切な人を奪わせはしない!!」

  蒼星石が庭師の鋏を取り出した。
  凄まじいまでの殺気を放っているのが分かる。
  だがそんな事よりも気になる事があった。

 マ「これ以上?奪う?」
 雛「蒼星石にも用事があったの。その庭師の力をね、ヒナに貸してほしいの。」
 蒼「ふざけるな!君のやる事に加担してたまるか!」
 雛「しかたないの。じゃあ蒼星石の能力と記憶も貰っちゃうわね。」
 マ「え?・・・それって!」

  雛苺が膝の上から降りた。
  同時にソファから伸び来る蔦に四肢を束縛された。
  雛苺が苺轍で縛り付けてきたのだ。

 雛「蒼星石と戦わなきゃだからそこで見ててね?」

  雛苺がこちらに屈託のない笑顔を向けてきた。

 蒼「よくもーーー!!」

  蒼星石が鋏を振りかぶり奇襲を仕掛けた。
  武器を持たない雛苺にはかわすほかない。

    キン

 マ「え!?」

  思わず我が目を疑う。
  雛苺が庭師の鋏を受け止めていた。
  しかし、それは雛苺に本来備わっている能力ではない。

  『庭師の如雨露』

  雛苺が手にしていたの間違いなくそれだった。

 マ「な・・・ぜ?」

  答えは聞くまでもなく分かっている。
  仮にも今まで蒼星石のマスターとして過ごしてきたのだ。
  何があったのかは明白だ。
  だが・・・信じられなかった、信じたくなかった。

 雛「流石は翠星石の如雨露ね。蒼星石の鋏を受け止めても平気なの。」
 蒼「やはり本当に君が翠星石を・・・!」
 マ「なんでそんな事を!」

  ここにきてはもう間違いない。
  雛苺は翠星石のローザミスティカを取り込んだのだ。
  それもどうやら自分自身の手で翠星石を倒して。

 雛「あのね、真紅が水銀燈にやられちゃったの。アリスゲームが始まったの。」

  雛苺が悲痛な面持ちで言った。

 マ「だからって・・・」

  雛苺の表情が暗さを増す。

 雛「それでね、そのままだともう真紅に負けてたヒナは止まっちゃうの。
   ずーっと、ずーっと一人ぼっちになっちゃうの。」

  ところがいきなり沈んでいた表情がぱっと輝いた。

 雛「だけどね、ヒナもアリスゲームに復帰すれば止まらないですむんだって。
   だから翠星石のローザミスティカをもらっちゃったの。」
 蒼「なんで翠星石を!彼女は君と戦うつもりなんて無かったそうじゃないか!」
 雛「・・・近くに居た翠星石が悪いの。」
 蒼「貴様!」

  蒼星石の目に憎悪が溢れる。
  いつもの妹を見守る目ではない。

 雛「それにアリスゲームってこういうものでしょ?違うの?」
 マ「・・・・・・。」

  雛苺は本気でそう言っているようだ。
  以前と変わらぬようにも、決定的な何かが違うようにも見える。

 蒼「それでここには何をしに来た?復讐を恐れて先手を打つためか?」

  その質問にまた雛苺が沈んだ雰囲気に変わる。

 雛「あのね、ヒナ止まらなくて済んだけどやっぱ一人ぼっちなのよ。
   みんな、みんなひどいの。ヒナの事を怪物でも見るかのように見るのよ?」
 蒼「当たり前だ!自分のした事の重大さが分かってるのか?」
 雛「それでね、ヒナと契約して傍に居てくれる人が欲しいの。
   ここでね、やっと相手を見つけたのよ。」
 マ「え?」
 蒼「何が言いたい?」
 雛「蒼星石のマスターさんね、ヒナと一緒に居てくれるって言ったの。
   だから契約するの。そうすればもう寂しくないの。」

  雛苺が無邪気に笑う。

 蒼「で、そのために僕も亡き者にしようって訳かい?」
 雛「別にヒナはどっちでもいいの。蒼星石が邪魔しなきゃ一緒に居てもいいわよ?」
 蒼「ふざけるな!なんで翠星石の仇とマスターを共有するんだ。」
 雛「じゃあ契約を止めたら?」
 蒼「・・・もういい。言ったはずだ、これ以上君に大切な人を奪わせないと!」
 雛「仕方ないの、それじゃあ戦いましょう。」

  雛苺が手にした庭師の如雨露を振った。
  急成長した植物が蒼星石に襲い掛かる。

 蒼「甘い!」

  蒼星石が手にした鋏でたやすく切り倒す。

 雛「やっぱりすばしっこいのね。」

  蒼星石の足元から苺轍を伸ばすがそれも一瞬で切り刻まれた。

 蒼「無駄だ、君の苺轍も翠星石の植物もこの鋏の前では敵じゃない。
   君の攻撃の芽は全て刈り取ってみせる。」
 雛「確かに相性が悪いみたいね。・・・じゃあこうするの。」

  さっきからまとわりついていたピチカートが光を放つ。
  気がつくと自分の首筋にバイオリンの弓が当てられていた。
  横目で雛苺の方を見る。
  見覚えのあるバイオリンを手にしているのが辛うじて見えた。。

 マ「ピチカートが傍を飛んでたのは・・・っ!」
 雛「喋ったら危ないわよ?じっとしててなの。」

  その言葉に口をつぐむ。
  今の雛苺なら脅しでなく頚動脈でも切ってきそうだ。

 蒼「金糸雀まで・・・。」
 雛「カナもおばかさんよね。
   自分が丸腰のまま蒼星石のところにピチカートを行かせたから何も出来なかったの。
   おびえてかわいそうだから二人の能力で一思いに倒してあげたのよ。」
 蒼「翠星石の能力を誰かを傷つける事に使うなんて許せない!」
 雛「ヒナは戦わなきゃ、ううん、負けちゃいけないの。寂しいのは嫌なの。」
 蒼「そのために平気で戦いを望まぬ者も傷つけるのか?」
 雛「・・・蒼星石はどうするの?その鋏を捨てなかったらマスターさん傷ついちゃうの。
   戦いを望んでないのにかわいそうよね。」
 マ「駄目だ、鋏を手放したら・・・」
 雛「黙ってほしいの。」

  首に弦が食い込む感触。
  情けないが本能的な恐怖で言葉が続かない。

 蒼「僕が鋏を捨てれば、マスターは無事に解放してくれるのか?」
 雛「ヒナと契約してもらうんだからもちろん平気よ。
   でも・・・蒼星石はどうなっちゃうか分からないけどね。」
 蒼「・・・・・・。」
 雛「鋏をこっちの方へよこす?それとも怖い?どうするの?
   蒼星石も自分が助かりたければいいのよ?
   契約を放棄してこの場から立ち去ればわざわざ追わないの。」
 蒼「・・・・・・。」

  蒼星石が無言で鋏を放る。
  ゆっくりと床を滑り、雛苺の足元で止まる。

 雛「ふうん、蒼星石はやっぱり勇敢なの。」

  蒼星石の足元から伸びた苺轍が今度こそ行動の自由を奪う。
  それからおもむろに雛苺がバイオリンに弓をあてがう。
  かすかに音の鳴った瞬間、弓の弦が爆ぜた。
  ほぼ同時にバイオリンの一部が破壊される。

 雛「!?」
 マ「何か・・・飛んできた!」

  おそらく飛来した何かが弦を切り、バイオリンに命中したのだ。

 蒼「今のは・・・まさか羽根か?」
 マ「え、それじゃあ!!」
 雛「違うの。水晶のつぶてだったの。」
 マ・蒼「えっ!?」

  それが飛んで来た方に目をやると姿を見せる一体のドール。

  「今のが見えましたか。流石に、3つのローザミスティカを持っているだけの事はありますね。」

  声の主が部屋の中に入ってきて蒼星石の隣に立つ。

 蒼「君は・・・」
 マ「薔薇水晶!」
 雛「なんであなたがここに?」
 薔「・・・今はまだ戦いを進行させたくないからだとだけ言っておきましょう。」

  言いながら水晶の剣で蒼星石の足に絡みついた苺轍を斬る。

 雛「そう、分かったの。」

  雛苺が飛び退りながら如雨露の水を撒く。
  巨大な植物が見る見るうちに伸びる。

 蒼「させるか!」

  自由になった蒼星石が鋏に飛びついて回収すると、そのまま植物を切断した。

 蒼「・・・雛苺は?」
 マ「植物の陰から・・・部屋の入り口に。」

  入り口付近に立っていた雛苺がこちらを向くと言った。

 雛「ヒナはバイバイするわね。」

  まるで遊びにでも来ていたかのように言って笑顔で手を振る。

 蒼「逃げるつもりか?ふざけるな!」
 雛「ヒナはね、まだ止まりたくは、寂しい眠りに就きたくはないの。
   わざわざこの状況で戦うほど無謀な自信家じゃないのよ。」

  言い終わると走り出した。
  しばらくして鏡の中に飛び込んだ気配。
  どうやら本当に退散したようで手足の戒めも解かれた。

 蒼「ありがとう、助かったよ。」
 マ「なぜここに来たんだい?」
 薔「先達てnのフィールドで大きな力のぶつかり合いがありました。」
 マ「ひょっとして、それは真紅と水銀燈の戦い?」
 薔「その通りです。私が到着した時、すでに真紅は倒れていました。」
 蒼「本当に真紅も・・・。」

  話を聞いていただけなので半分信じられなかったが、薔薇水晶が見届けたという以上は間違いないのだろう。

 薔「その後、水銀燈の動向を探っていました。
   彼女は桜田家へと赴き、そして雛苺に敗れたのです。」
 マ「真紅の力を手に入れた水銀燈が!?」
 薔「はい。雛苺は既に翠星石と金糸雀の力を手に入れていましたから。
   もっとも水銀燈もさるもので、ボロボロになりながらもかろうじて逃げ延びたようですけどね。
   ローザミスティカの数の違いもあるでしょうが、今の雛苺の状態も関係していると思います。」
 蒼「どういうことだい?」
 薔「今の雛苺はかつての私や、水銀燈と同じ。自己の存在が不確かであるが故の『餓え』を抱いています。」
 マ「『餓え』?」
 薔「彼女は自分が停止することを恐れ、そして周囲の者を失うことを恐れ、自分の存在の拠り所を求めています。
   そのためなら形振り構わずに望むものを手に入れようとする、そんな精神状態です。」
 蒼「だからといって、こんなやり方は看過できない。」
 薔「私もそう思いました。ですから今度は雛苺を追跡して様子を探る事にしたのです。」
 マ「そうだったんだ。」
 薔「私はかつて、不本意ながらも戦った。自分の存在意義を全うしようと己を殺して戦い抜いた。
   その結果、何も得ることは出来なかった。もうそんな思いをしたくもないし、誰かにして欲しくもないのです。」
 マ「ありがとう。」
 薔「それで・・・あなたたちはどうするのですか?このまま戦うのですか?それとも・・・。」
 蒼「僕は・・・僕は・・・。」

  なにやら悩み始めた蒼星石の次の言葉を固唾を呑んで待ち続けた。