… ガタタンッ…ゴトトンッ… ガタタンッ… ゴトトンッ…

『マスター、次の駅は 《ぷれあです》 って言うんだよ?』
『…すばる星、か。 冬の夜空では一番に好きだ。』
『うんっ、とっても綺麗なんだ。 …もうすぐ見えてくるよ?』

列車の窓から外を見る。 遠く、近く、美しい星々の輝く、漆黒の夜。
真向かいに座った蒼星石の顔が、窓のガラスに反射して微笑む。

『ほらほらっ、見て…!』

蒼星石の指差す方角へ、俺は身体をねじ向けて、外を眺めた。
ゆるやかなカーブを描く軌道。
その先に… 大きなアセチレンランプのような、限りなく青白いガス燈のような、冷たく、やさしい光。

あまりの美しさに、思わず見とれてしまう。
と… いつのまにか、蒼星石がかがみこんで、俺の頬に顔を寄せていた。
「ちゅっ」

頬にキスをして、顔を赤らめて、イタズラっ子のように微笑む蒼星石。
甘やかなミルクのような肌の匂い。 髪の毛のかすかなミントの香り。
俺は笑いかえして、蒼星石の唇をやさしく吸う。

俺は… 眠りから醒めると、いつのまにか夜行列車の中に居た。
客車の中には、俺と蒼星石以外、誰も居ない。
古びた、あちこち木造の、薄暗い白熱灯に照らされた車内。
……
蒼星石の話では、この列車は 《銀河鉄道》 という名前らしい。
地上ではなく、星々の間の宙空を走り、遠い彼方へと続いてる… そうだ。
果てしなく遠い、どこかへ。

キスをやめて、蒼星石を抱き寄せながら、向かい側の席へと移る。
…今まで蒼星石が座っていたぬくもりが、腰に気持ち良い。

『綺麗でしょ、マスター…?』
『ああ。 素晴らしいな。』

蒼星石を膝の上に乗せて、一緒に顔を並べて、近付いてくる駅を眺める。
今は、車内全部を明るく照らし出すほどの輝き。
幾つもの大きな光球が浮かぶ中、青LEDのような方向指示燈が整然と並び、彼方へと続いている。

『あれ? この駅には… 停まらないのか?』
『うん。 ここは、まだマスターの降りたい駅じゃない、みたいだね…。』

残念そうに、でも何故か嬉しそうに答える蒼星石。
列車は、ゆっくりと、輝く水晶のような美しい駅を抜けて、そのまま進んでいった。
やがて… 後方からの輝きは弱まって、また黒々とした宇宙が、目の前に。

『なぁ、蒼星石。 …俺たちは、いったい何処に向かってるんだ?』
『…。』

列車の単調な 「ガタタンッ…ゴトトンッ…」 の音だけが、鳴り響く。
蒼星石は、俺に全身を預けたまま、黙っている。

『もしかして… 蒼星石も知らないのか?』
『ううん。 知ってるよ。 …でも、解らないんだ。』
『知ってるのに、解らない?』


蒼星石は、振り返って、俺の目を覗き込んだ。
暖かで、哀しそうで、吸い込まれそうな… その赤と緑。

『マスターが、ね。 「降りたい」って思うはずの場所が、目的地なんだ。
 それだけは知ってるよ。
 でも、それが何処なのか… ボクには、解らない。』

そう言うと、蒼星石は、また少し哀しそうに笑った。

『ボクの役目は… マスターの居るべき場所へと案内すること。
 無事に、目的の駅まで送り届けて、それから… 』

『… それから?』
『… ボクはっ、ぼ、ぼくは… 』
突然、蒼星石の目から涙が溢れ出した。 遠い星に照らされて小さく輝く、涙。
俺は… 強く抱きしめて、その涙を吸ってやる。
暖かい。

『ますたぁあああ!』

泣きじゃくって身体を押しつけてくる蒼星石。
互いの身体を撫であい、求め合って、…せつない火照りに熱くなり、ひとつに交わって。

誰もいない、仄暗い客車の中。
座ったまま、下から貫いて、レールの振動に合わせて揺れあって。
……
また、いつものように一緒に絶頂して。

蕩けるような余韻に浸りきり、身体を重ねたまま、暖かな吐息を交わして。
やがて身体を起こし、服を調えて、俺の横に座る蒼星石。
俺に身体をもたれかけて、静かな吐息を吐いて… 甘えて、小さな鼻梁をこすりつけて。
でも、哀しそうな空気は、消えぬまま。


『なあ。』

俺は… 蒼星石の目を覗き込んだ。
遠い瞳が、一瞬、俺に焦点を合わせて、…また、遠ざかる。


『あのさ… 正直に、本当のことを話して欲しいんだけど。』

『……』

『俺は… 死んじまった、のか?』

『……』

『俺は何かの理由で、もう死んでいて、
 蒼星石が俺の魂を、どっかの世界へと導いてくれている、
 …そんな感じじゃないのか?』


『… そう、だよ…。』

殆ど 「確信」 を持っていたから… 驚きはしなかった。

むしろ、ホッとした。


小心者だった自分。

いつもいつも 「死」 を恐れてて、忘れるためにいつも 「祭り」 を追っていて、
結局は無目的のまま、くだらない人生を延々と垂れ流しながら、
「悔い」 ばかりに埋もれ始めていた、自分。


でも…
いま、思い出そうとしても、死んだその瞬間の苦しみや痛みの記憶は、無い。

『(あるいは… 蒼星石が、その辛かった部分を消してくれたのか…?)』

解らない。
でも、俺はいま、こんなにも安らぎに包まれて、最後の旅を続けている。


どこまでも遠く、深い蒼。
星々の輝きは青白く、ときおり真紅や橙色を交えながら、遥か彼方まで広がって。

蒼星石は、俺の胸に顔を埋めると、小さく吐息をついた。

『マスター… ごめんなさい。』

『いや。 …ありがとう、蒼星石。 本当に。』

『… マスター…。』


『とっても良い気分だよ… これで、蒼星石とお別れするのが無ければ、最高なんだけどな…。』
『マスター… 』

蒼星石が、顔を見上げて、俺の瞳を覗き込んできた。
……
すがるような、壊れそうな、真剣な目。


『ひとつだけ、方法があるよ…? 』
『え?』

『でも… それは、マスターにとって、良くないことだから… 』


『…なんだい? ぜひ教えて欲しいな。』

『… ずっと、この列車から、降りないこと… 』

蒼星石は、悲しそうに頭を降った。

『あのね… 死んじゃった人は、みんな、この列車に乗って運ばれて、
 降りたい駅に着いて、次の 「転生」 を待つの。
 とっても素敵な場所で、ゆったりと寛いで… 生きてたときの苦しみを癒されて。』

『天国、のような…?』
『そう。 
 …たとえ苦しくても、良い生き方してきた人は、その御褒美に、
 次に生まれ変わるとき、前世よりももっと良い命を与えられて、産まれるの。』

『なるほど… 』


『そして、マスターは…
 頑張って、ずーっと一所懸命に生きてきたから、
 降りれる駅も、とても素晴らしいはずで、本当に幸せになれるはず、なの…。』


蒼星石の瞳は、暖かな尊敬と慈愛に満ちて、輝いている。
哀しそうなまま… 切なそうなままに。

『でも…
 この列車に、いつまでも乗ってると…
 「転生」 もできないまま、二度と、生きる喜びも得られないまま、旅を続けることに… 』

『蒼星石。』
俺は、話の途中で答えた。

『なあ。 …俺が、「転生」 する先の世界でも、蒼星石は現れてくれるのか?』


蒼星石の顔が、寂しそうに歪む。

『たぶん… 無理です。 ここでお別れしたら、もう二度と… 』
『…。』

『マスターの記憶から消えて、でも、ボクはっ!
 マスターのこと、いつまでも覚えてて、
 存在をやめるまで、お、想い出の中にだけっ、…マスターがっ、 』

声が嗚咽の中に沈む。また溢れ出してきた、涙。


俺は… 力の限り、蒼星石を抱きしめる。

『だったら… オレ、何処にも降りない。 ずっと一緒に行こう… どこまでも。』
『… ま、マスター… う…、そ、そんな、そんなっ…!!!』

絶対に手放したくない、最高の存在。
蒼星石は、俺の胸の中で、いつまでも泣き続けていた。

… 無時間の虚空。 遠い星々。

古びた円盤状の速度計を見て、針の振れを確かめる。
少し速度が上がり過ぎ… か。
……
蒸気のバルブを調整し、出力を抑え、徐々に近づいてくる運行指示塔へ信号を送る。
「正常。問題ナシ」
指示塔から、グリーンの点滅が返されてくる。

いろいろ、結構忙しい… 鉄道の運転って。


『お茶、淹れてきましたーっ。』

振り返ると、蒼星石の笑顔と敬礼。
車掌の制服が、本当によく似合う。
抱きしめてキスを交わし、熱いミルクティーを啜りながら、再び計器に目を戻す。


俺たちは、遠い銀河核の中心へと行き着いた後、そのまま銀河鉄道システムの一員となった。

無限の軌道を走り、死者の魂を運び、星々の奥へと連れて行っては、別れを告げて去る。

ときおり、次の人生を営める 「転生」 を、少し羨ましくも思うけど…
いつも一緒に居てくれる蒼星石のおかげで、寂しくはない。


『マスター、いま乗ってきたお客さん、とっても綺麗な人ですよっ。』
『んー、見に行きたいけど、ちょっと、なんか蒸気圧が安定しなくってさ…』

蒼星石は、俺の腕にもたれかかると、
ちょっと不安そうな、でもイタズラっぽいような声で。

『見に行けないほう、嬉しいかも。
 …マスター、惹かれて一緒に 「転生」 行っちゃったら、哀しいから。』
『何言ってんのかな全くっ…』

苦笑しながら、蒼星石の髪に顔を埋めて、暖かな香りと温もりに、くつろいで。


『この軌道、そういえば初めてですよね…
 「フォーマルハウト」? 「秋のひとつ星」 でしたっけ?』
『ああ… 周囲に何も無いけど、空間が澄み切ってて、とっても良い感じだ。』


……
『蒼星石、おまえは俺の 「ひとつ星」 さ。』

そんな 「いまさら」 な台詞を言おうか、言うまいか、少し迷いながら、
俺は、遠い彼方に見え始めた光輝を見つめていた。


END