理想の自分は・・・

タイトル「夢の中の貴方」


「ヒト」は皆心の内に理想の自分を抱きながら忙しい毎日を生きている。それは自分を美化した姿。夢の中の自分。
何故理想を抱くのだろう。空虚な理想など抱く程空しくなるだけなのに。ヒトによってそれは様々である。

「ホントのアタシは売れっ子の歌手。毎日テレビに引っ張りだこなの」

「俺は大リーガー。イチローを遥かに見下す偉大な強打者さ」

無味乾燥な理想に身を浸す理由。きっと、今の自分を受け入れたくないからだ。現実の悲しい自分を受け入れたくないのだ。
せっせと飲食店で働く自分、ヒラとして自分より年下な部下に頭を下げ続ける自分。反吐が出るほど見苦しい自分の姿を認めたくないのだ。
家に帰り一人になると、酒を煽り一人涙を流す。そして一人寝入る。

-ああ、こんなハズではないのに。本当の俺は-

-違うの。こんなのアタシじゃない-

絶望に似た現実の狭間で見る夢。それは何と甘美な物で。見よ、夢の中の自分を。こんなにも、あんなにも生き生きと笑っているではないか。
笑顔で大衆に手を振り微笑む自分を見る自分。それはとても不思議な経験。素敵な夢。

22歳、無職。子供の頃の夢、サッカー選手。小さな頃からサッカークラブに通い、遅くまでサッカーづくしだった。
小中高とサッカー部に入り、大会の度に学校の英雄となった。皆から当てられる羨望の眼差し。とても気持ちが良かった。
俺は皆から尊敬される人生を送るのだ。あるとき芽生えたそんな感情。大学に入ってもそれは変わらなかった。
そして今、俺は完全に社会の負け犬となった。プロ試験に落ちて自暴自棄になった。

「僕ね、大きくなったらサッカー選手になる」

「「」ちゃんはサッカーが上手いわね。お母さん期待してるわ」

母の遺影をじっと見つめる。お母さん、ごめんね。僕試験に落ちちゃったの。プロになれなかったの。
絶望の底に立ち尽くす自分を母はどんな目で見ているのか。
初めて味わう挫折の念が俺に重く圧し掛かる。今まで積み重ねてきた物が一気に崩れ俺を押し潰そうとする。

-羨望、名声、富-おれには全てが約束されていた筈なのに。華々しい幸せな人生。

「マスター、お茶が入りましたよ」

コイツ、コイツは今の俺を見て何を考えているのか。心の底で俺をあざ笑っているのか。今の無様な自分を。

「なぁ、お前は俺を見て笑うかい」

「笑う?何故です」

キョトンとした顔で返すコイツに俺は続ける。黒のオーラを体中から滲ませて話す俺にコイツは言った。

「何をそんなに思いつめているのです」

「何をって、それは」

コイツはクルリと俺に背を向けると台所へと向かいながら言った。


「夢の中のアナタは、もっと生き生きとしていましたよ」


それを聞いた時、心に一筋の暖かな光が差し込んだ。コイツは夢の庭師。コイツは俺の夢の中で何を見たのか。
その夜俺は夢を見た。満員の会場で逆転のゴールを決める俺の姿を見た。笑顔が零れた。理想の自分。

理想とは現実のちっぽけな自分を否定する物ではない。心の内に理想の自分を抱き、それを目指して晴れ晴れとした人生を送るための道標なのだ。
道に迷わないよう、進むべき道を教えてくれる人生のガイドなんだ。

俺、もう一度試験を受けてみるよ。ありがとう、蒼星石。

fin