黄巾の乱が鎮圧され、長安での董卓の専横を打ち砕き、今ボク達は下ヒ城を目先に据えて布陣している。
城の東には孫堅さん。南には劉備さん。そして西には曹操さんという、猛獣を取り囲むとでも言うような形で……。


「さて孟徳、どうする?」

神妙な面持ちでマスター呟く。

「城にただ突撃するのは愚の骨頂よな。況してや大将はあの呂布だ……生半にはいくまい」
「だったらなんか妙案があるってぇのかい?」
「そう急くな。奉孝、お主の知略を披露してやれ」

そう言われて現れたのが郭奉孝、曹軍きっての軍師さんだそうだ

「私程度の智でよろしいのであれば、御随意に……」

翌日、郭嘉さんの策を採用して水攻めが行われた。

その日の夕刻には下ヒ城が水に苛まれていた。

「なめた真似を……弓も届かぬか……」

そう呟いたのは誰でもない、天下無双と謳われた呂奉先その人である。
そしてその傍には黒い影が一つ。
「なぁに、こんな距離も届かないのぉ?」

ローゼンメイデン第一ドール・水銀燈。彼女がミーディアムとしたのが、呂布であった。

「言ってくれる……ならば貴様には届くのか?」
「当たり前じゃなぁい。……行くわよぉ!」

マスター達は突撃の機を待ち、佇んでいる。
なんだろう……すごく嫌な予感がするのは。
そう思っていた刹那、一筋の黒い何かを見た。

「危ない!マスター!」
「ぐうっ!?」

マスターの呻き声がした。
そこには……眼に矢が突き刺さっていた。

「まさかここまで矢が届くとは……油断したか……」

なんだろう矢羽に何かがくくりつけられている?
それは、見覚えのある黒い羽……。

「まさか……水銀燈!」
「水銀燈……?たしかお前の姉だったな……。面白い……あの呂布にもドールがついているとは……」
「でも……マスターは眼の手当てを……」
「親からもらった眼だ……捨てるわけにはいかぬ!」

なんとマスターは、そう言って眼球を食べてしまった。
結局手当てらしい手当ても眼帯をつけただけだった。

「蒼星石は、良いのか?」
「はい、水銀燈はボクが抑えます。だからマスターは自分の戦いに専念してください」
「わかった、無理はしないでくれ。……さぁ進め!あの狼を討ち取るときだ!」

マスターの一声と共に数多の将兵が轟音と共に、下ヒ城を目指した。
一方城内でも……。

「水銀燈、貴様はどうする?」
「そうねぇ……あっち側の妹に会いに行くわぁ。だからそっちは任せるわねぇ。あなたの生命力を借りるかもしれないけど……」
「そうか、我の力……好きに使え。そういう契約だったな?」
「そうよぉ。ま、あなたの生命力は底が分からないから、大して何も感じないでしょうけどぉ」
「好きにするといい。我は全てを踏み潰す!」

そう言って呂布は愛馬・赤兎に跨がった。

「さぁ行くぞ!やつらに絶対の死をくれてやれ!」

マスターたちの怒号に呼応するように、呂布たちもまた轟音と共に出撃した。
一方ボクは水銀燈を探して、戦場の上を鞄で飛んでいる。

「どこにいる……水銀燈!」
「ここにいるわよぉ。久しぶりじゃなぁい」
「よくも……マスターの眼を!」
「あらぁ?今は乱世なのよぉ?あなたのミーディアムが油断していただけよぉ」「……くっ!」

そうしてボクは鋏を構えた。

「戦うつもりぃ?」
「君は……そのつもりじゃないのかい?」
「少なくとも今回はねぇ……」

視線は戦場をぐるりと見回している。

「ふぅ……わかったよ。今回は、ね」

ここで戦うことに意味は、まず無い。ボクは鋏を下ろした。

「物わかりの良い子は好きよぉ?」
「はぁ……何も言えないよ……」

一転して戦場では蹄鉄や剣戟の音が響いていた。

「見つけたぞ……呂布!この眼の痛み、晴らしてくれん!」
「ふん雑魚が……去ねぃ!」

マスターの大刀と呂布さんの奉天戟が、凄まじい轟音を上げながら交わる。

「どっちが勝つんだろう……」
「強い方に決まってるじゃなぁい」
「そうだけど……負けた方は……」
「死ぬわねぇ」
「そんな簡単に言わないでよ!」
「さっきも言ったけど、今は乱世。弱いものが死ぬのよ」

その瞳に何を思うのか、静かに水銀燈は呟く。

「間違ってるよ……こんなのって」
「これが、この時代の生き方なのよ。お互いが常に生と死の狭間をせめぎ合う……」

いつの間にかボクは水銀燈の言葉に聞き入っていた。
ここは戦場だというのに……。

「だから私たちにできることは、見守ること」
「見守る……こと」
「あなたと私のミーディアムのどちらかは、ここで……。だから忘れることのないように、見届けなさい」
「そうだね……わかった」



「人間はこれだから……すぐに死んでしまうから……嫌いなのよ……」

それがこの時代でボクが聞いた、水銀燈の最後の言葉……。彼女と呂布さんはお互いのことをどう思っていたのか……今は知る術もない。

姉妹が全員揃わない以上、アリスゲームは始まらない。
だからボクはこの時代で、アリスゲームにとらわれずに済んだ。

さらに時は過ぎ、マスターは病に倒れてしまった。
お医者様の話によると、今夜が……峠らしい。

「俺たちゃあもう十分すぎるほど共に歩いてきた。だから最後は、蒼星石が傍にいてやってくれ」

夏侯淵さんはそう言って、曹操さんと一緒にマスターの部屋から出ていった。
夏侯淵さんの肩が……震えていた。
部屋を包む静寂。

「……蒼星石」
「なんですか?マスター」

静けさを破ったのはマスターだった。

「今まで……お前は俺と共に歩んできたが、辛くはなかったか?」
「どうしてそんなことを?」
「幾千幾万もの命を礎に、俺たちは歩いてきたんだ。命が散るのを見るのはさぞ辛かったろう」

「……そうですね。確かに命が失われるのはとても辛いことです。でもそれを治めようと、マスターたちは今まで戦い続けてきました。マスターたちの覚悟から、ボクだけ逃げるわけにはいきません」
「そうか……せめてお前にその肩の荷を下ろさせてやりたかったものだが……」
「いいえ気にしないで下さい。その代わりに荷を支えるだけの想いをくれたのがマスターなんですから」

「そうか……それが聞けただけで、お前と契約できた甲斐があると言うものだ」
「ボクもマスターがマスターで良かったです」

マスターはゆっくりと体を起こして、ボクの額に口付けた。

「マ、マスター?」

あまりの不意打ちに顔が真っ赤になった。

「今まで何度助けられたことか……ありがとう」

そう言って、本当に暖かい笑みを浮かべた。
もうすぐ別れが来る。そう思ったら、出てくるのは涙ばかりだった。

「蒼星石……泣かないでくれ。お前が泣いたら俺が安心できない。俺を不安にさせたまま逝かせないでくれよ」

マスターは、また笑った。
ボクは涙を拭ってマスターの手を握りしめた。
マスターの温もりを忘れないように。

「お前と共に……治世を……過ごしたかったものだな……」

マスターの手から、力が消えた。



時は流れ現在

「そうだったんだ……辛かったな」

悲しい顔をしているのは、今のマスター 。

「確かに辛いけど……今はマスターがいるからね」
「そっか、彼が心配しないですむように、俺も頑張るよ」

マスターは笑ってボクの頭を撫でた。今のマスターと昔のマスター……二人の笑顔はそっくりだった。

心配しないでね、マスター。ボクは今、幸せです。