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俺は話に聞いただけで草笛さんの住んでいる場所を知らなかった。
芝崎さんの家に行っても翠星石と蒼星石は帰って来ていないとのこと。
桜田君の家に行っても、誰も出てはくれなかった。
菓子折りを持って桜田君の家に行き、チャイムを鳴らし、30分経ったら帰る。
その繰り帰しだけで、一週間が過ぎた。
シャワーを浴びた後、髪も完全に乾ききっていないまま少し埃臭くなったベッドに体を横たえる。

「今日も収穫なしか……」

何としても他のドールに会わなければならない。
何としても蒼星石に関わる情報を集めなければならない。
何としても蒼星石を食ったという奴の元へ辿り着かなければならない。

そのためなら、大学の自主休講くらい厭わない。
そのためなら、どんな労苦も気にならない。
そのためなら、生活が破綻しようと構わない。


俺は指輪が嵌められたままの左手をぼんやりと見つめた。
契約の指輪……これがあるということは、蒼星石は多分まだ―消滅してはいない――




ふと、気付くと周囲が一変していた。ベッドは紫色の藁に変わっている。
周りは見渡す限りの荒野、ネガとポジが反転した寒々しい空にヒビが入っている。

「おやおや、随分と荒廃した世界ですな」

闇の中にタキシードを着た人影が見えた。
その人影が傘を差すとぽぅ…と音を立てて傘の周囲が明るくなる。その姿は……

「ウっ ウサギ人間!? じゃない、確か……ラプラスの魔!!」
「私の名をご存知とは。しかしウサギ人間でもラプラスの魔でも構わないのです。
 名前があるから存在するのではなく、存在するから名前がある。
 もっとも、私に関しては存在するかどうかは貴方次第ですが」
「一体何を……?
 それより、確かラプラスの魔とは蒼星石が話していた『ここじゃないどこかの番人』……」
「名前などという便宜上の物事を知っていても察しはあまり良くないのでしょうか? トリビァル!
 ここは既に彼岸ではない何処か、あなたの夢のフィールドです」
「俺の……夢の中」
「そんなことよりも貴方はもっと知ること、知りたいこと、あるいは知るべきことがあるでしょう」
「……! 蒼星石が遠くに行った時のこと、雪華綺晶!!」

ラプラスは帽子を手に取り、軽く浮かせて会釈をする。

「そういきり立たず、落ち着いてみてはいかがでしょう?
 乞食でなくとも慌てる者は損をするというのが必定です」

こちらの失態を誘うかのような、挑発も含む……そんな語気が感じられる。
俺は半立ちだった姿勢を正し、体についた紫色の藁を丁寧に叩き落とした。

「話してくれるか」
「なかなか好感が持てますね。では、この兎風情の戯言で良ければ存分にお聞きになってください」
「……蒼星石は何故、戦うことを選んだんだ?
 今まで散々忌避してたアリスゲームを突然始めるだなんて…」
「恐らく、ローゼンメイデン第7ドールのお嬢さんが関係しているでしょう」
「第7ドール……雪華綺晶という名前じゃないか?」
「ご明察。
 あのお嬢さんは第6ドール、第1ドールと次々にそのミーディアムを自分の中に取り込みました」

……雛苺と水銀燈のミーディアムを…?

「それはまさに星にも手が届かんばかりの所業。
 その手が貴方に危害を加える前に第7ドールを倒そう、そう考えたのでしょう。
 そして遭えなく第7ドールに体を吸収され、ローザミスティカは第1ドールの手に渡りました。
 もっとも、この答えの前半は私の類推に過ぎず憶測の域を出ない。
 正しいかどうかはマスターであるあなたが答えを出すべきことだと私は考えますが」
「随分、蒼星石から聞いた話と違うな。
 答えをのらりくらりとはぐらかして悪戯に場を混乱させる存在だと聞いているが」
「おやおや、これは手厳しい」

そう言うとラプラスは赤い双眸を細めた。

「貴方に会いに来たこと自体が戯れだとお考えください」
「そうか、それは失礼した。じゃあ失礼ついでだ、答えてくれ」
「何でしょう?」
「雪華綺晶の居場所はどこだ」

自分の歯を噛み砕いてしまいそうだ。
夢の中の出来事と理解しているのに、血の味が口いっぱいに広がった。

「どんな場所でもこの世界は繋がっているのです。
 そして無数に道があるがため、誰にもわからない。
 恐らく、貴方が他のドールに聞いたところで無駄でしょう」
「お前は知っているんだろう!?」
「さてはて、兎風情ではこれ以上あなたの激情を受けると持ちそうにありません」

そう言うと軽く飛び、紫色の藁束からさほど離れていない
人間くらいの大きさの立方体に切り取られた岩を指先で軽く触れる。
立方体の岩には水面のように波紋が立ち、柔らかくざわめいた。

「果たして人は先に道が無いと知った時どう歩みを進めるのか、
 遥か過去から思索を続けていることでもあります」
「待て!」
「貴方がどういう答えを出すのか、私は知りたいのです。第4ドールのマスター」

俺が飛び掛るより早く、ラプラスは柔らかい岩の中に消え、そして世界が光に包まれた――




勢いよくベッドから飛び起きる。だが、今度は自分の部屋だ。
空にヒビが入っているわけでもなく、ただ天井が見えるだけだし、
ベッドはいつものレモン色のシーツが敷かれている。決して紫色の毒々しい藁束ではない。
周囲も荒野でもなく、岩や石ころの変わりにゴミが散らかっているだけだ。

「夢……か」

いっそ蒼星石がいなくなったことも、夢であってくれれば良かったのに……
口の中に苦味が走る。いや、これは…血の味!?
俺は紫色の藁束の位置から見て、ラプラスが消えた立方体の岩がある場所を見た。
そこにあったのは……

「姿見の、鏡!」

間違いない、あの夢は本物だったんだ。
俺の夢の世界にラプラスが入り、そして雪華綺晶のことを話した。
そして俺の夢の世界における鏡からラプラスは去り、夢の世界から引き戻された。

鏡に映る俺の口の端からは、口の中を噛んだ時に出た血が垂れ、半分固まっている。


ラプラスは、雪華綺晶の居場所は誰にもわからない。そう言った。

 『マスター、口元にご飯つぶついてる。ほら、取るね』

だが、俺は……蒼星石のことを忘れない、忘れられるはずがない…

 『大分寒さも和らいできたね。ローダンセの花が咲くよ。花言葉は…ふふ、なんでもない』

そして可能性がゼロであっても、徹底的に足掻いてみせる。

 『ずっと……ずっとマスターと一緒に居られたらいいな…』

俺は絶対に…絶対に諦めない!!


雪華綺晶に会うことは出来ない? 先に道が無い?
そんなもの……そんな言葉…蒼星石と暮らした日々に比べれば、何てことはない。
俺は絶対に雪華綺晶に会ってみせる。それに対して、どんな対価を払おうとも。




…………




「やっと見つけたよ、雪華綺晶…」
「何故? いえ、どうやって? あなたがここにいるのですか……蒼星石のマスター…!」