※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

アイスコーヒー二つ。一つはシロップ2個つけて下さい。
かーちゃんのイメージは自分のかーちゃんでもいいしドクオのかーちゃんでもどちらでも

タイトル「かーちゃん」


俺が家を出て一人暮らしを始めて早三年になる。年を取るにつれ年月の流れは早くなると言った高校の先生の言葉を思い出していた。
実際その通りで、少し前に大学に入学したと思ったら、もう大学の四年生になっていた。凄まじいスピードで時は流れていく。
いつものように寝ぼけたようなボーっとした態度で教諭の講義を聞き流す。時折教諭と目が合うと真面目に聞いているようなフリをして。
高校の頃はあれ程入りたいと思い焦がれたこの大学だが、いざ入るとやはり面倒くさいもので、あの頃と同じで授業の終わりを今か今かと待ち侘びるだけの毎日だ。「世間体」などを気にせず悠々自適に暮らしているならず者の方々がこの時だけは羨ましくなる。
そうしている内に今日の全ての講義が終わり、サークルのサッカーに行こうとした時、右ポケットの携帯が震えているのに気付いた。
蒼星石からのメールだと読んだが、読みは外れた。見知らぬ番号からの電話であった。電話に出ると、中年の女性が耳を劈くような声で話し出した。

「あ、出た出た。「」かい」

「なんだ、母ちゃんか」

電話の主は母親だった。なんだと言った俺の態度が気に入らなかったらしく、あれこれ文句を言い出した。俺は近くのベンチに座ると長電話になると覚悟した。母が愚痴を言い出すと長期戦になるのは免れないのだ。声で母と分からなかった所から実家の番号を登録していない事に気付いたらしく、その事で小一時間言われた後、何の脈絡も無く最近家の周りで起こった出来事をベラベラと話し出した。近所の猫が子供を生んだとか、
隣の家の子供がバイク事故を起こしたとか、どうでもいい事を事細かく話してくれる。俺はどちらかと言えば気の短い性格だが、いつも母の長電話を切ろうとは思わない。家で話し相手のいない母の話を聞いてやるのが今出来る一番簡単な親孝行だと思っているからだ。ベンチから見える人が完全に違う人に入れ替わった頃、漸く母が一息ついたのですかさず本題に入るよう促した。

「で、今日は何の用なの?」

「ああ、そうだったね。来週母ちゃんお前の家に行こうと思ってるんだけど」

突然言われた母の家庭訪問の知らせに俺は思わず「何で」と聞き返した。「お前の暮らしぶりを見たいと」意気揚々と母は返してきた。
電話の向こうから聞こえる母の声は、遠足に行く前日の幼稚園児の様に楽しげであった。これでは止めても来るであろう。
こういう場合焦る理由など特に無いのに自然と焦ってしまうのは何故だろうか。そこに「どうせお金遊びに使っちゃって水だけで暮らしてるんでしょ」
と的確に指摘され更に焦った。母といい蒼星石といい、なぜこうも鋭く指摘してくるのだろうか。これが所謂女の勘という奴なのだろうか。
自販機で買って来たコーヒーを一口飲んで落ち着くと、別に来ても構わないと返事をした。何か食べるも物を持ってきてくれと言うのも忘れずに伝えた。嬉しそうな母の声にやれやれといった感じになると部活があるからと電話を切ろうとした時、母が胸を抉るような質問をしてきた。

「そう言えばお前、彼女が出来たんだっけ?前に言ってたけど」

前に電話がかかってきたときの事を思い出す。一人暮らしで寂しいのではと心配している母を安心させようと、確かにそんな感じの嘘をついたような気がした。良心からついた嘘がまさかこんな所で足を引っ張る事になるとは。母は「彼女に会えるのも楽しみにしているよ」と言うと電話を切った。
無論彼女などいない。いるのは汗の臭いのする男友達ばかりである。さてどうしたものか。これは部活どころではないと友人に具合が悪いと言って部活を休むと、すぐさま家に帰った。モノレールに揺られながら何とか対策を考える。モノレールの扉のガラスに移った自分の顔はこの上なく焦っていた。結局何も思い付かないまま家に帰るといつものように壁に背をもたれCDを聴きながら考えようと思ったが、頭の中で騒がしい音楽がガンガンになっていてはまともな意見が浮かぶ訳が無く、仕方なくCDを止めて改めて考える。「友達の彼女を一日貸してもらう」というのはどうか。
まず友人がOKする訳もないし、彼女も嫌がるに決まっているだろう。その後もいくつか考えが浮かんだが、どれも実用性に掛けるものばかりだ。
ドサリと布団に倒れこむと、携帯を手に取る。授業中に来ていたメールをボーっと見ていると、頭の隅に小さく浮かんでいた「素直に謝る」という諦めの意見が徐々に大きくなってきた。母がガッカリするのを見たくないのと、自分の思考力の無さを否定する為にもこれだけは嫌だったのだが、選択肢はもはやこれしかないような気持ちに駆られてきた。そして今まさにそれに決めようとした時、受信ボックスの上に一通のメールを見て、一つの考えが浮かんだ。

件名 眠いよ「」君 本文 経済の講義はねむいいです。「」君は今何の講義なのかな?

講義の合間に隠して打ったのであろう蒼星石のメールを見る。うつらうつらしながら打ったのか誤字があった。
語尾についている可愛らしい猫の絵文字を使う所などは、やはり女の子なのだと思った。このメールが送られてから既に二時間経っていたが、
俺は祈るような気持ちを込めて返信の内容を打つと、蒼星石に返信した。

Re:今日は心理学だったよ。ところで頼みがあるんだけど・・・

返信はすぐに来た。「バイトが終わったら話を聞かせてもらうよ」との返事だった。後は上手く話を進めて蒼星石に協力してもらうだけだ。
夜になりバイトが終わった蒼星石が俺の部屋を訪ねてきた。俺はささ、始めは部屋に入るのを拒んでいた蒼星石を「長話になるから」と
何とか部屋に招き入れるた。散らかり放題のスペースが無い所に無理やりスペースを作ったので、蒼星石はかなり窮屈そうであった。
「何もしないでよ」と強く念を押す蒼星石を軽くあしらうと事情を話し始めた。

「という事なんだけど」

「へぇ、いいお母さんじゃない。それで僕に協力して欲しい事って何なのさ」

「実は・・」

俺は蒼星石に頭を下げると、蒼星石に明日の間だけ俺の彼女を演じてくれと頼み込んだ。無論「何バカなこと言ってるのさ」と全く協力してくれる気配は無かった。何度頼み込んでも「駄目」の一点張りであった。「僕は帰るよ」と部屋を出て行こうとした蒼星石を何とか引きとめようと、俺は無粋にも思いつく限りの見え透いたお世辞を言い出した。傍から見れば間違いなく出て行く彼女を必死に止める無様な男だと思われるだろう。

「蒼星石、今日は一段と可愛らしいですねえ」

ピタリ、と蒼星石の足が止まる。効いている。人間必死になると凄いもので、自分でも驚くほど流れるようにお世辞を言い続けた。

「スラッとした脚に綺麗な手。それに小さなお尻がとってもキュートだね。美少年にも見えるよ」

「どこ見てるのさ、「」君のエッチ。それに最後のは余計だよ」

クルリとこちらを向くと、蒼星石は元の位置に座った。そして「そこまで褒められたら協力するしかないじゃないか」と協力の意思を示した。
喜んでいる俺を尻目に蒼星石は「ただし」と条件をつけてきた。バイト代が入ったから御飯ぐらいならおごれるぞ、と言うと、蒼星石は
俺から目を逸らし独り言のように話し出した。

「そう言えば明日「くんくん等身大ぬいぐるみ」が発売されるんだよね・・・」

この時点で大体検討はついていたが嫌な予感がするのは避けられなかった。蒼星石は話を続けた。

「でも僕今月余裕無いんだよね。でも「くんくんぬいぐるみ」欲しいなぁ・・・」

チラ、と横目で蒼星石が俺の方を見てきた。目が合ったときの蒼星石の視線は小悪魔のそれに似ていた。

「い、いくらするんだ。それ」

「確か1万2000円だったかな。何処かに給料が入ったばかりで余裕がある人はいないかな」

所詮ぬいぐるみ、大した額でないだろうと聞いたのが間違いであった。軽々しい自分の口を戒めてやろうと思ったがそんな勇気は無く、
仕方なく指で「OK」のサインを出すと、蒼星石の顔がぱあっと笑顔になった。

「流石「」君。イイトコあるじゃない」

「とんだ出費だな。やれやれだぜ」

「そんな事言うと協力してあげないよ」と少し意地悪く言われ、俺は少し焦りながら分かった分かったと言うと、蒼星石は部屋を出て行った。
さて、母親の事だ、きっと朝早く来るであろうと寝る準備をすると、何時もより早く眠りについた。しかし改めて思い出すと我ながら凄い頼みを
したものである。一日だけとは言え彼女の「本当のスマイル」を独り占めできる存在になれるのだから。それに蒼星石も満更でもなさそうであった。
単なる思い違いかもしれないが。胸の奥が熱くなるのを感じたまま夜は過ぎていった。


次の日、予想通り母親は朝早く来た。何処にでもいるオバサン、と言った感じの格好で俺の部屋のドアをドンドンと叩いた。
ドアを開けると白髪交じりの太った女性が立っていた。上から見下ろせる程の背丈の女性は「来るまで随分迷った」と言うとズカズカと部屋の中にに入っていった。俺は母にばれないように外に出ると、蒼星石にメールを送った。

件名 かーちゃんが現われた!! 本文 どうする?コマンド

Re:朝から何してるのさ。とりあえず僕どうしたらいいの?

Re:10時ごろ俺の部屋に来てくれ。彼女として紹介するから

Re:あいあいさー!

始めの頃に比べて随分砕けたメールを返してくる蒼星石に少し微笑ましくなった後、俺は部屋に戻っていった。とりあえず母にお茶を出そうと
キッチンに向かいお湯を沸かす。母は狭い部屋の中を忙しなく歩き回っては部屋にある奇妙なもの一つ一つに説明を求めてくる。
ようやく落ち着いた様子になると、狭い部屋のスペース中に腰掛けた。暫く見ないうちに老け込んだ母を見て俺は時間の流れをひしひしと感じていた。
丸まりかけていた背中が更に丸くなり、白髪も増えた。歯が日本入れ歯になったと外して見せると、私も年だねと「かっかっか」と笑って見せた。
近所の人とは上手くやってるか、と近況を聞くと、皆優しくしてくれるらしく、ホッとした。

「痩せたみたいだけど、ちゃんと御飯食べてるかい」

「ん、まあ一応。」

「それにしても」と部屋を見回し[汚い部屋だね」と言った。大きなお世話だと笑顔で返す。

「ところでさ、10時頃彼女が来るからさ、来たら紹介するよ」

「掃除もろくにせんと、彼女に愛想つかれちまうよ」

母は電話では伝え切れなかった最近の出来事などを話し出した。最近テレビで放映されていたニュースの事なども聞いたが、
少し報道されていた事実と違っていた。それでも俺は「違うだろ」とは言わずに母の話を聞き続けた。楽しそうに話し続ける母に野暮な突っ込みを入れるのは母を傷つけると思ったからだ。そして話の種が尽きた頃、会うたびに何時も聞かされる父の話になった。「前にも聞いたよ」とは言えず、俺は目の前の哀れな老婆の話を聞き続けた。父は所謂エリートサラリーマンであったが、いつものように家を出たと思ったら、帰ってきたときは布をかぶされた冷たく動かない物体に変わっていた。それ以来母は女で一人で俺を育ててくれた。幸いなのか俺は一人っ子だったのと父の保険もあり、然程苦労はなかったらしい。だが、きっと俺の知らないところで色々な苦労があったのだろうと思う。丁度父の話が終わった頃、ドアがコンコンと鳴った。
ドアを開けるとそこには、蒼星石、もとい、俺の彼女、蒼星石がいた。

「母ちゃん、これ、俺の彼女」

これと言われたことに腹が立ったのか、キッと横目で睨まれたが、すぐに笑顔で母の方を見るとニコリと微笑んで挨拶をした。

「はじめまして。「」君の彼女の蒼星石です」

礼をしながら俺の脚を踏むという器用な動作をした後、蒼星石は俺の部屋に上がった。流石に今日はユニクロの服ではなく白のワンピースという
清楚な感じの漂う服装であった。そんな服装でこんな汚い部屋に入ったら汚れてしまうのではないかと俺の方が心配になった。
母が蒼星石を見て「男の子みたいだね」と言うと恥ずかしそうに「僕は女の子ですよ」と言った。第一女の子でなかったら大変ではないか。
母は「いい子だね」と蒼星石を見ると安心したように言った。

「こんなバカな息子の面倒を見てくれてありがとうね。バカで疲れるでしょ」

「ええ、とってもバカでエッチなんですよ。「」君」

さっきのお返しとばかりに「ベー」と舌を出して見せた。だがその後に「でもとても優しいんですよ」とフォローをつけてくれたのは嬉しかった。
母は懐かしそうな目で俺と蒼星石を暫く見つめた後、スッと立ち上がった。そして俺達に外に出るように促した。

「さあさ、若いものは外にでも出掛けてなさい。母ちゃん部屋掃除しといてあげるから」

「母ちゃん無理すんなよ。そんなの俺がやるからいいよ」

「いいから。あ、蒼星石ちゃん。ちょっと話があるの」

何だと俺も聞きに行こうとすると母に「男は外に出てろ」と言われ締め出された。母を騙しているようで少し心が痛むが、これで良かったのだ。
母は俺の将来のことをひどく心配していた。これはついていい嘘なのだ。俺は携帯を取り出すと蒼星石が出てくるまでテレビを見て時間を潰す事にした。

「蒼星石ちゃん。アナタ、本当は「」の彼女じゃないんでしょ」

「えっ・・気付いていたんですね」

「当然ですよ。あの子はね、嘘をつくと私に目を合わせないの。」

母は何でもお見通しと言った感じで蒼星石に笑いかけると言った。

「僕の事、怒ってますか。怒ってますよね」

「いえちっとも。逆に嬉しくなりましたよ。これからも「」と仲良くしてやって下さいね」

深々と蒼星石に頭を下げると、外で彼氏が待ってますよと外に行くように促した。

誰も居なくなった狭い部屋で母は一人呟いた。

「父ちゃん。「」は元気でやってますよ。可愛い彼女も見つけました。心配は要りませんよ」

古ぼけた父の写真に母は言い聞かせるように言った。そして懐かしそうな顔をして掃除を始めた。


「コーヒー二つ。あ、一つはシロップ2つつけて下さい」

「何で2つなの?」

「苦いの苦手でしょ?」

「子供扱いしないでよ」と怒ったように蒼星石が言う。コーヒーが来ると「これはいらない」と一つシュガーを俺に返した。
シュガーを入れてコーヒーを口にすると、蒼星石は「苦い」と言った。俺がからかうように「ここにもう1個あるけど」というと平気だもん、と
無理して飲んでみせた。多くの人で賑わうコーヒーショップで向かい合って座っている。傍から見れば間違いなく恋人同士に見えるだろう。
だが実は恋人同士でないと分かっているのは俺と蒼星石だけだ。互いがコーヒーを飲み終えた後、一息つくと蒼星石にお礼を言った。

「今日はサンキュね。ホント助かった。でさ、これから買いに行かない?」

「何を?」

「くんくんぬいぐるみ」

「「」君はホントにバカだな。まだ気付かないのかい?」

蒼星石に携帯を見るように言われ携帯を開く。画面には日日と時刻が表示されている以外何も無い。「はあー」、と蒼星石がため息をつき、俺に言った

「今日は母の日でしょ。お母さんにカーネーションでも買って行ってあげなよ。僕も行くからさ。」

蒼星石に言われそう言えばと思い出した。母の日を忘れるなんてとんだ親不孝だ。代金を払うと、蒼星石と共に花屋に向かった。
そしてカーネーションの束を購入すると、「帰ろうか」と言った蒼星石に言った。

「買わなくていいの?くんくんぬいぐるみ」

「君お金ないでしょ」

「買ってやるよ。まだ金余ってるから」

そう言うとおもちゃ屋に向かって歩き出した。カーネーションで塞がっている俺の右腕に蒼星石が腕を絡ませてくる。
少しドキッとした後そして少し頬を染めて顔を背ける蒼星石に聞いてみた。

「何してるの?」

「き、今日だけだから」

やれやれ、と言った感じで素直じゃない蒼星石を見て笑う。おもちゃ屋につき、くんくんぬいぐるみを買ってやると、
無邪気にはしゃぐ蒼星石を見て嬉しくなった。そして卑しくもこの関係が一日だけでなくずっと続けばいいと思った。
真昼の交差点で見る白昼夢がいつまでも続けばいいのにと思っていた所を「何してるの」と蒼星石に呼び覚まされた。
部屋に帰ると、部屋は綺麗に片付いており、一枚の置手紙とタッパーに入った母の手料理が置いてあった。


「」へ

母ちゃん帰るけどこれからもしっかり暮らすんだよ。後彼女を大切にね。三人で暮らせる日が来るのを母ちゃん心待ちにしてるから。
後煮物を作っておきました。よかったら彼女と食べてください。

母ちゃんより

母の手紙を見て赤い顔をしている蒼星石に「俺たち期待されてるよ」と冗談っぽく言う。「バカ」と蒼星石は恥ずかしそうに言うと部屋を出て行った。出て行くときに渡した母の煮物を持って。ドアが閉まるときに彼女に抱えられたくんくんぬいぐるみが手を振っているように見えた。
その日が来るのかどうか分からないが、今日だけ蒼星石が俺に見せた恋人の姿が見れただけでもよしとしよう。

fin