チェーンが外れた?直してやんよ
悪代官の笑い方は「ぬっくっくっく」て感じかな?

タイトル「チャリンコ」


周りを服やら何やら沢山の物で埋め尽くされた部屋の中で、俺は鼾を書いて寝ていた。時刻は9時頃だろうか。
すっかり太陽が昇り窓から朝日が差しているというのに一向に起きようとはしない。光の差す方へ背を向ける。
今日は月曜だが大学は休みだ。昨日のC大との試合の疲れもあり俺は今日こそは誰にも邪魔されずに寝るぞと変な意地を張っていた。
友人達にも「明日は朝一で出掛ける所がある」とこの為に嘘をついてきた。人間にとって至福の時間である眠りの時間を二日連続で
邪魔されてはたまったものではない。嘘の成果あってかメールも電話も来る気配は無い。これならばゆっくり寝られそうだ。
そう思った時、何やらカサカサと物音がする。この音はまさか。大体察しがつくが、「奴」はこちらが手を出さなければ暴れる事は無いだろうと
無視することに決めた。放っておけば自ずと出て行くだろう。だがそれは間違った認識であった。

「ん・・・?]

腕がムズムズする。そのムズムズは徐々に移動していき、遂には俺の頬に移動してきた。こんな事で悲鳴を上げるのは情けないと
思っているが、やはり無意識な条件反射には勝てない訳で、俺は部屋に響く様な悲鳴を上げた。
俺は部屋を我が物顔で飛び回る「奴」に向かって大分使って軽くなっている殺虫剤を噴射した。
途端に「奴」はポトリと地面に落ちて腹を見せてもがき始めた。やはり殺虫剤はキンチョールに限る。
俺はのた打ち回る奴を上から見下ろし言った。

「恐怖した動物は降伏の印として自分の腹を見せるそうだが、観念してくれという事か」

無論「奴」は何も答えない。ただのた打ち回るだけである。

「しかしてめーは既に昆虫としてのルールの領域をはみ出した。ダメだね」

とどめと言わんばかりに「奴」に殺虫剤を浴びせる。並外れた生命力を持つ奴だが、やはり人間の前では無力で、
暫くのた打ち回った後動かなくなった。

「やれやれだぜ・・・」

ここぞとばかりに最近読んでいる漫画のセリフを使ってみる。心なしかいい気分だ。さて、奴のお陰で嫌な目覚めになってしまった。
先ずは奴に踏まれた顔を洗いに洗面所へと向かい顔を洗う。その後部屋に戻り朝食を買いにコンビニへ向かう。
おっと、金が無いんだったか。危うく恥を晒す所であった。また蒼星石にお裾分けしてくれと言えるわけも無く、仕方なく何時もと同じ
水で腹を膨らませる事にした。コップの水面に映る自分の顔を見る間もなくグイっと水を飲み干した。
三杯ほど水を飲むと水で腹がタプタプになるのを感じた。そしてまた布団に寝そべるとギリギリで手が届く所にあった携帯を取り、
機能の一つ手あるテレビを実行した。携帯電話が日本に普及してからまだ10年ぐらいしか経っていないはずだが、
もうワンセグなどというテレビ付きの携帯にまで進化を遂げている。ラジオの面子丸潰れだ。凄まじいスピードで日々携帯は進化していると思う。
もう十年ぐらいしたらクーラー、果ては冷蔵庫などもついてしまうのでは?などと下らない妄想を繰り広げて、一人で笑った。
窓から差す日光を手で遮りながらテレビを見ていると、携帯の右上のメール着信マークが点滅した。
一旦テレビを切って内容を確認する。相手はもう馴染みの人物からのメールだった。

件名 なし 本文 どうせ朝御飯も水とかその辺りなんでしょ?お裾分けしようか?

余りにも的確な指摘の内容のメールに思わず「おお」と驚きの声が出た。少し悩んだ後返信のメールを打つ。

Re:ズバリ正解でゴザル。あいやかたじけない。お願いするでゴザルよ・・・

とても物を頼む態度ではないが、そこは彼女もユーモアと理解してくれると信じて返信した。
ぼんやりと携帯の画面に映る自分の顔を見てみる。情けない事に生まれてこの方女性と付き合った事がない。
普通サッカー部というだけでモテるというような偏見じみた風潮があるが、それは大きな間違いである。
やはりモテない奴はモテないのである。なので正直蒼星石にどう対応すればいいのか分からないというのが今の気持ちである。
男友達と同じノリでいいのだろうか、それともやはり何と言うか、言葉では表現しにくいが「ジェントル」な感じで対応した方がいいのだろうか。
気付いたらドアがトントンと鳴り、外から「「」」君と俺の名前を呼ぶ蒼星石の声がした。慌てて開けると蒼星石は少し不機嫌そうに言った。
昨日と同じで3つのタッパーが入った可愛らしい柄が入った紙袋を持っていた。

「もう、さっきから何度も呼んだのに酷いじゃないか。」

「かたじけない。拙者少し考え事をしていた物でゴザルから」

メールと同じ時代劇口調でおちゃらけた感じで返す。すると不機嫌そうだった蒼星石に笑顔が戻った。そして吹き出すように笑った。

「何なのさその口調、メールの時もおかしくて笑うの堪えてたのに、あははは」

たまらず蒼星石が笑い出した。それを見て俺も笑った。時代劇の悪代官のような俺の笑い方をした俺を見て更に蒼星石が笑った。

「や、やめて、可笑しくて息ができないよ・・・あははは・・・」

お腹を押さえて蒼星石が笑い続ける、その蒼星石の笑顔を見て少し心の底でなにかが揺らめいた気がした。
下からの大家さんの怒声でやっと蒼星石の笑いは収まった。

「あいや、よく笑ったでゴザルな、蒼星石殿」

「も、もうやめてよ。また笑っちゃうじゃないか」

「かたじけない」

「だから止めてって!!」

少し怒ったような声で言われてようやくけじめがついた俺は改めて蒼星石の方を見た。
そして「ふざけ過ぎた、ごめん」と謝った。

「ふう・・・忘れて戻っちゃう所だったよ。はいこれ」

蒼星石は右手に提げていた紙袋を俺に差し出した。受け取るときに少し蒼星石の白い肌に俺の日焼けした手が触れた。
蒼星石は「タッパーは昨日と同じで」と言うと部屋に戻ろうとした。そこ「待って」と引き止めて気になっていた事を聞いてみる。

「どうしたの?まだ何か用?」

「そうじゃなくてさ、何で俺にこんな事してくれるの?」

おかしな俺の質問に蒼星石は「うーん」と少し考えたような仕草を見せた後答えた。

「仲良くなりたいなって思ったから」

そう答えると「タッパー忘れないでね」と言って部屋に戻って行った。俺はその言葉の後少しその場に立ち尽くした。
あの「仲良くなりたい」という言葉には一体どんな意味が込められていたのだろうか。
通常の意味以上の解釈をしようとする意識過剰な思考を必死で「そんな訳が無い」と押さえつける。
そしてなんとか押さえつけると、お裾分けが冷めるといけないと部屋に戻ってお裾分けを食べた。相変わらず美味かった。
時計を見ると12時26分。昼食を兼ねた朝食だった。


タッパーを返した後、俺は腰掛けながらCDを聞いていた。寝ながら聞かないのは「食べてすぐ寝ると牛になる」
という迷信を未だに信じているからだ。そんな訳は無いのだが実際体に悪いので変なところで体に気を使ってこうしているのだ。

「ダルイ」

今時の若者が口癖のように良く使う言葉だ。ただ歩いているだけなので使ってみたり、何もしていないのに使ってみたりもする。
そして俺もただCDを聞いているだけなのにその言葉を使ってしまう。無意識のうちに使ってしまっているという事は
自分も類に漏れず今時の若者なのだと思った。最後のトラックを聞き終える頃には、大分窓の日差しの位置が移動していた。
二枚目を聞こうとCDを取りに手を伸ばした時、蒼星石からメールが来た。携帯を見ないでも分かるのは蒼星石専用の着メロを設けたからだ。
恋人でもないのにこんな事をしている自分を馬鹿らしいと心の中で嘲笑しながら携帯を開く。

件名 自転車が 本文 自転車が変なんだけど、見てくれないかな?>< 駐輪場にいるからさ

俺はしめた、と思った。丁度後心の中でろめたい気持ちが大きくなっていた所だ。お裾分けのお礼も兼ねて自転車を直してやろう。
俺は汚れてもいい服に着替えると愛用のサンダルを履き蒼星石の待つ駐輪場へと向かった。
丁度日差しが一番強いこの時間。女性には日焼けが怖いであろう日差しの下に蒼星石はいた。
半そでの青いTシャツにクリーム色の半ズボンと少年のような格好の蒼星石は、俺を見つけると小さく手を振った。

「や。来てくれたね。ありがとう」

「いやこれくらい当然だから。で、どうなっちゃってるの」

「うん。これなんだけど・・・」

蒼星石が指差した自転車を見る。チェーンが外れているのだと一目で分かった。蒼星石は「何度漕いでも空回りするんだ」と
言っていたが、これでは空回りして当然だ。男の子の様な容姿なのに妙に女の子らしい蒼星石の疑問に
少しクスりときた。「任せろ」と修理を引き受ける。子供の頃はこんな事はしょっちゅうであった。無茶ばかりしていたから。
その度に自分で治させられたもので、チェーンを治すなど慣れっこであった。造作も無く治してみせる俺を見たら
少しは蒼星石にいい印象を与えられるだろうか。そう考えると変に気合が入った。

「見てろよ。すぐ治すからさ」

確かこうしてドライバーでチェーンを引っ張って元通りギアに掛ければ治ったはずだ。そして予想は的中した。
子供の頃の感覚は劣っておらず、一分ほどでチェーンは掛かった。「わあ」と蒼星石が驚いてみせた。
そして「流石男の子だね」と褒められ、少し照れ臭くなった。チェーンに集中していて全体を良く見ていなかったが
良く見ると結構汚れが目立った。

「ありがとう。助かったよ」

「お裾分けの事もあるし、このぐらい当然だろ。ついでに綺麗に掃除してやるよ」

そう言うとホースを引っ張ってきて束子でゴシゴシト自転車のボディを洗い出した。
蒼星石は「悪いよ」と言ったがこれは好意だからと掃除を続けた。
無言で掃除してもつまらないので会話を織り交ぜながら綺麗に洗っていく

「その服ユニクロ?」

「うん。普段はこれで十分だよ」

俺も同じユニクロの服なのだが、切る人間でこんなにも差が出るものなのかと驚かずにはいられなかった。
日差しが照りつけて汗が首筋を流れていく。水を空に向かって放出すると、綺麗な透明の放物線を描いて落ちた。
5月なのに夏のような暑さの中で自転車の掃除は続く。会話をしていくうちに蒼星石の事が段々分かってきた。
双子の姉がいること。お爺さんとお婆さんと暮らしていた事。そしてC大生だと言う事。
不思議な存在だった蒼星石が徐々に明らかになっていく。まるで太陽が闇を照らしていくかのように。
そして更に蒼星石の事を知りたくなった。未知なる遺跡を探求する冒険者のように。
日が傾きかけた頃、自転車は見違える程綺麗になっていた。長い時間のはずなのにあっと言う間だった。

「疲れたー。けどピカピカになったな」

我ながら上出来と自転車を見つめて頷いた。蒼星石がお疲れ様と麦茶を持ってきてくれた。

「お疲れ様。ここまでしてくれるとは思わなかったよ」

「ホントはまだ足りないぐらいだけどな」

「じゃあまだ何かしてくれるのかい?」

少し考えた後冗談っぽく答えた。

「体でも綺麗に洗ってあげようか」

「バカ」

蒼星石が恥ずかしそうに顔を背ける。冷たい麦茶を飲み干すと蒼星石と共に階段を上って部屋に戻った。
どっと疲れが出たような気がした。

「今日はありがとね。また晩御飯もお裾分けしようか?」

「いや、今日はもう寝るからいいよ。疲れた」

「そう?後でやっぱりお願いって頼んでもあげないよ?」

少し意地悪そうに蒼星石は言うと、じゃあねとドアを閉めた。俺はじゃあねと返した後自分の部屋に戻った。
布団に横になるとそのまま物思いに耽る。今日はいろいろと収穫がある日であった。
綺麗になった自転車を見たときの蒼星石の笑顔を思い浮かべた。あの笑顔は「買えるスマイル」なのだろうか。
いや、「買えないスマイル」だと信じていたい。そのうちうつらうつらとしていつの間にか眠りについていた。
まどろみの中で見た夢は、蒼星石と二人でサイクリングをする夢であった。ボロボロの自転車の横をピカピカの自転車で楽しそうに走る蒼星石。
いつか本当にこんな日が来るのだろうか。ボロボロとピカピカが並ぶ幸せな日が。夢の中の蒼星石が笑顔で横の俺に微笑みかけた。

fin

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最終更新:2007年05月13日 22:13