マ「ふーーっ、ただいまー。」

  普段よりも遅めにマスターが帰宅する。
  ドアの開く音を聞きつけたのだろう、出迎えに走って来る足音がした。

 翠「お帰りなさいですぅ!」
 マ「おや?翠星石が真っ先に出迎えてくれるだなんて珍しいね。どうもありがとう。」

  そう言って翠星石の頭を撫でてやる。

 翠「へへ、帰ってくるのが遅いから待ち遠しかったですよ。」
 マ「へえ、どういった風の吹き回し?」
 翠「早く夕飯を作ってくれです。」
 マ「ああそういう事ね。納得。」

  そこに蒼星石もやってきた。

 蒼「お帰りなさいマスター。」
 マ「うん、ただいま。今からご飯作っちゃうからね。すぐ出来るしお鍋でいいかな?」
 翠「ええーっ、もう鍋には飽きましたよ。」
 マ「だって野菜がたっぷりあるんだもん。味は変えるからさ。今日はキムチチゲでどう?」
 翠「鍋には断固反対です!」
 マ「しょうがないなあ、じゃあ肉野菜炒めでいいかな。」
 翠「炒め物ですかあ?」
 マ「・・・嫌そうだね。じゃあ何がいいのさ。」
 翠「今夜は天ぷらで決まりですっ!!」
 マ「天ぷらー?揚げ物は殆どやったことないし、準備もしてないからまたの機会にしようよ。」
 翠「嫌です、嫌です、天ぷらにしろですーー!」
 マ「わがままだなあ。あれって片付けも大変なんだぞ。蒼星石はどう思う?」

  そばで様子を見ていた蒼星石にたずねる。

 蒼「ええっと、そうだなあ。たまには食べてみたい気もするね。普段は食べる機会もないし。」
 マ「おや・・・まあとりあえず玄関で立ち話もなんだからひとまず部屋へ行こうか。」

  期待していた蒼星石のフォローが無かったのでいったん間を置くことにした。
  部屋に入るとつけっぱなしのテレビが目に入る。
  芸能人が食べ物屋を紹介する良くあるバラエティーだ。
  今回は天ぷら特集とかで、今も画面ではいい音を立てて海老が揚げられている。

 マ「ふむ・・・。」

  テレビの画面と双子の顔をかわるがわる見る。
  二人ともどことなくばつが悪そうにしている。
  どうやら思いっ切り影響を受けたらしい。

 マ「なるほどねー、そういうことか。」
 翠「何をニヤニヤしてるですか!」
 マ「べーつにー。お二人さんにも子供っぽいところがあるなあって。」
 翠「ば、馬鹿にするなですっ!」
 マ「可愛らしくていいじゃない。その気持ちは分かるしチャレンジしてみるよ。」
 翠「本当ですか!?」
 マ「テレビみたいなのを期待されても困るけどね。
   野菜のかき揚げ程度ならあるもので作れると思うよ。」
 蒼「マスター、ありがとう。」
 マ「たまの蒼星石のお願いだからね。そのくらい聞いてあげないと。」

  蒼星石の頭を撫でながら言った。

 翠「何で翠星石だとわがままで蒼星石だとお願いになるですか!差別するなです!!」
 マ「普段の行いを考えて下さいな。じゃあ時間かかるかもしれないけれど待っててね。」

  そう言って上着を脱ぐと、エプロンを着けながら台所へと向かった。




 翠「楽しみですね。」
 蒼「揚げたてなんて食べた事ないよね。」
 翠「衣がさくっとして、中はホクホクしていて・・・うっとり。」
 蒼「楽しみだね。」

  台所からは油の音が聞こえてくる。

 翠「いやー、料理が趣味のマスターで良かったですよ。」
 蒼「いつもいろいろと作ってくれるよね。」

  楽しく話していたらマスターが戻ってきた。
  しかしどことなく気まずそうだ。

 マ「えーっとね、一応は揚がったんだけどね・・・ごめんっ!」

  意を決したようにテーブルに皿を置く。

 蒼「うわ・・・。」
 翠「これは・・・。」

  お皿の上にはテレビの天ぷらと似ても似つかぬ代物があった。

 マ「は、はは・・・見てくれは悪いよね。味は・・・どうかな・・・。」

  二人が恐る恐るといった感じで箸を延ばす。

 翠「なんかべしゃべしゃしてます。」
 蒼「油がしっかりと切れてないんだよ。」
 マ「ごめんね、カラッと揚げたかったんだけど。」
 翠「そういえば衣が厚くてサクッとしていませんね。」
 蒼「衣のつけ方と・・・あと油の温度とかかな。」
 マ「ごめんね、野菜がバラバラになるのを防ぎたかったから・・・。」
 翠「テレビみたいな海老天を食べたかったです。」
 蒼「まあ・・・マスターは本職の人じゃないし仕方が無いよ。」

  三人とも元気がなくなってしまう。
  とてもいつも楽しかった食事の時間とは思えない。

 マ「・・・ごめんね、無理して食べなくてもいいから。」
 蒼「え?」

  さっき脱いだばかりの上着を手に取って部屋を出ようとする。

 翠「待つですよ。ご飯も食べずにどこへ行くですか?」
 マ「えっと・・・なんでもないよ。」
 蒼「なんでもないって、ちょっと待ってよ。」

  結局答えらしい答えをせずに出掛けてしまった。

 翠「怒ったんでしょうかね?」
 蒼「それもあるかもだけど、落ち込んでいたような・・・翠星石が文句ばっかり言うから。」
 翠「それはあんまりですよ。蒼星石だってダメ出ししてたじゃないですか!」
 蒼「僕は・・・。」
 翠「・・・・・・。」
 蒼「まあ二人とも問題があったね。」
 翠「ですね。」
 蒼「どうする?」
 翠「とりあえずしばらく待ってましょう。意外にすぐに戻ってくるかもしれませんし。」
 蒼「うん・・・。」

  そう言って二人で待つ。先程までと違い、空気が重く会話もない。

 蒼「いくらなんでも遅すぎないかな?」
 翠「これは、まさか・・・。」
 蒼「何?」
 翠「いや、いくらなんでもそんな事は・・・。」
 蒼「だから何さ!?」
 翠「ひょっとして・・・家出とか。」
 蒼「家出?マスターが?まっさかあ。」
 翠「ひょっとしてさっきので愛想を尽かせてもう私達の面倒を見るのが嫌になったとか・・・。」
 蒼「ちょっとやめてよ!縁起でもない。」
 翠「まだ手はありますよ。着の身着のままで出て行きましたよね?
   なら一度くらい戻ってくるはずです。そこを説得しましょう!」
 蒼「説得って、そうと決まった訳じゃ・・・まあ対策を考えておくに超した事はないか。」
 翠「ふふん、マスターは腹を減らしているはずですから食べ物で釣ってやるです。」
 蒼「食べ物で釣る?雛苺にやったみたいに竿でかい?」
 翠「いくらなんでもそれは無理ですよ。翠星石達でうまーい天ぷらを作ってやりましょう。
   そうすればさっきの批判も正当性を帯びて一石二鳥ってわけです。」
 蒼「僕達二人だけで油を?それって危なくないかな。」

  二人も何か作る事はあったが、火を使う時にはいつもマスターが傍について監督していた。

 翠「平気ですよ。翠星石は何を隠さずとも、お菓子作りの達人ですからね。
   ドーナツ作ったりで慣れてますから揚げ物なんてお茶の子さいさいです!」
 蒼「まあ大丈夫かな・・・。」
 翠「さあさあ、早くしないと間に合わなくなるです。大急ぎで作りましょう。」


  二人がエプロンを着けて台所に入る。
  踏み台の代わりに鞄も持ってきた。

 翠「しめたです!油も衣もまだそのままです。
   これなら野菜さえ切っちゃえばさくっと出来ますよ。」
 蒼「翠星石、これ・・・。」

  翠星石が蒼星石に示された方を見るとお皿に盛られた天ぷらがあった。

 翠「なんですかこれは?焦げかけてたりグズグズだったりのばっかりですね。
   はっきり言ってさっきのよりも輪をかけてひどいですね。」
 蒼「このお皿・・・いつもマスターが使ってるやつだね。
   きっと僕らが楽しみにしてたから出来の悪いのは自分用に取り分けてくれたんだ・・・。」
 翠「あ・・・!」

  再び重い空気になってしまう。

 翠「ま、まあそれはさておき大急ぎで作るですよ!」
 蒼「うん・・・。」
 翠「それじゃあファイヤー、ですっ!!」

  そう叫んで勢いをつけるとコンロに点火する。
  翠星石が火の番をしている間に蒼星石が野菜を切る。

 蒼「出来た。たぶん一人分以上はあるはずだよ。」
 翠「こっちも大体ちょうどいい温度になってそうですね。」
 蒼「じゃあ早速揚げてしまおうか。」

  小さく切った野菜に薄く衣をつけて鍋に入れる。

 翠「さてと、あとは揚がるのを待てば・・・。」
 蒼「でも・・・なんかバラバラになっちゃったね。」
 翠「そういやさっきのは随分と衣を厚くしてありましたね。」
 蒼「どうしようか、取り出してやり直す?」
 翠「あ!ゴ、ゴゴゴ・・・」
 蒼「ゴゴゴゴ?直して材料別のところまで戻す?確かに時間を巻き戻しちゃえば・・・」
 翠「違います!あそこを見てください!」
 蒼「ん?」

  翠星石が指差す方を振り返る。
  そこには漆黒の姿を持つドール・・・ではなく虫。

 蒼「ゴキブリ!!」
 翠「逃げろーッ!ですぅ!」

  翠星石が鞄に逃げ込む。

 蒼「ちょっと待ってよ!」

  蒼星石も自分の鞄に入った。

 翠「しばらく籠城するとしますか。」
 蒼「そうしようか。」

  隠れてからだいぶ時間が経った。

 蒼「やっぱりここなら安心だね。」
 翠「お父様の作った鞄は世界一ですっ!いざとなれば二重底のシェルターにだって勝るのです!」
 蒼「それなら五十年くらい海の底でも平気そうだね。でもさ、このままで居るわけにもいかないよね。」
 翠「ううー、でも開けた瞬間にあの黒い悪魔と対面したらと思うと・・・。」
 蒼「それは僕だって嫌だ。そうだ、レンピカちょっと見てきてよ。」

  蒼い光の玉が鞄から出て外の様子を窺うと、なにやら慌てた様子で戻ってきた。

 蒼「どうしたの。え、ゴキブリはいないけれど・・・火!?」

  次の瞬間二人が鞄を開けて飛び出す。
  中華鍋の油が火を噴いていた。

 蒼「今ならまだ消せる!翠星石、頼んだよ。」
 翠「任せろです!スィド・・・」

  翠星石が如雨露を取り出したところ、背後から引き止められた。

 マ「ちょっと待った。油が散るとかえって危ない。」
 蒼「マスター!?」

  落ち着いた様子で中華鍋に近づくと着ていた上着をそっとかぶせた。

 マ「おっ、消えたかな。ぼろい上着で良かった。」
 蒼「あの、ごめんなさい。」
 マ「上着?ちょうどいいから新調するよ。」
 翠「そうじゃなくって・・・」
 マ「火が出た事?まあそれは気をつけてよね。
   いつも言ってるけどやっぱり二人には使いにくいだろうしさ。」
 蒼「じゃなくって・・・」
 翠「さっきはワガママをいってすみませんでした。」
 マ「ワガママ?」
 蒼「天ぷら・・・せっかく作ってくれたのに不満ばかり言ってごめんなさい。」
 マ「ああそうだ、天ぷらと言えば急いでこいつを食べよう。」

  マスターが傍にあった買い物袋を手に取った。

 蒼「それは?」
 マ「天ぷら。」
 翠「なんで天ぷらを?」
 マ「二人に美味しい天ぷらを食べてもらおうと思って買ってきたんだ。」
 蒼「だったら一言そう言ってくれれば・・・。」
 翠「私達がどんな気持ちでいたか・・・。」
 マ「ごめんね。出かけたのがもう閉店時間の間際だったからさ。
   行ったけど何も無いとかでまたがっかりさせたくなかったし。」
 翠「あ・・・。」
 蒼「ごめんなさい、また勝手な事ばかり言って。」
 翠「すみませんでした。」
 マ「まあとりあえずご飯にしよう。僕お腹空いちゃったよ。」

  テーブルの上に夕飯が並ぶ。

 マ「さあ食べようか。いただきます。」
 翠「いただきます。」
 蒼「いただきます。」

  そう言ったものの二人とも手を付けようとしない。

 マ「どうしたの?もっと上等なのが良かったかな?」
 翠「いえ、美味しそうだとは思いますけど。」
 マ「なら早くお食べよ。衣がしけって柔らかくなっちゃうよ。」
 蒼「マスターの分は?」

  二人の分のお皿には買ってきた天ぷらが乗っているが、マスターのお皿はそうではない。

 マ「ああ、もうほとんど売れちゃっててね。いいんだよ、作っちゃったのを片付けなきゃだし。」

  マスターのお皿の上に乗っているのはさっき自分で作ったのと、二人が作ったのだった。

 蒼「やっぱりマスターが食べないのに頂くわけにはいかないよ。」
 翠「そうですよ、変に気を使わないで下さい。」
 マ「いいってば。天ぷらなんて今まで何回も食べた事があるし、食べたきゃ外食でもすればいいし。」
 翠「だけどそんな焦げたのまで食べなくてもいいじゃありませんか。」
 蒼「そうだよ、健康にも良くないよ。」

  二人の作った天ぷらは揚げすぎでところどころ黒くなっていた。

 マ「まあ確かに焦げちゃってるけどさ、今はこれを一番食べたいんだ。
   他のどの天ぷらとも違って二人が僕のために作ってくれたのだからね。」
 翠・蒼「え?」
 マ「二人が僕のために作ってくれたんだからその思いを無駄にしたくないんだ。
   まあこれだけ焦げちゃってたら味は苦そうだけどね。」

  そう言ってマスターが笑う。
  双子が何やら顔を見合わせて頷いた。

 マ「そういうことだからさ、そいつは二人で食べちゃいな。」
 翠「やっぱりこれはマスターも食べてください!」
 蒼「僕達もマスターが最初に揚げてくれたものを食べるよ。だからそれと交換。」
 マ「滅多に食べられないんだからあんな失敗作より美味しいのにしときなよ。」
 翠「お断りですぅ♪」
 蒼「マスターが僕らのためだけに作ってくださったんだからね、全部頂いちゃうよ。」
 マ「おやおや本当にそれでいいの?・・・嬉しいねえ。」
 蒼「僕達だってこんなに良くしてもらえて嬉しいんだ。」
 翠「そうですよ、あまりに普通になりすぎてうっかりしていましたがとてもありがたいんです。」
 マ「じゃあそうして食べようか。いただきます。」

  今度こそ食事が始まる。

 蒼「味はどう?」
 マ「・・・苦ーい。」
 蒼「やっぱり。」
 翠「まあ今回は世界規模で暗躍するGの邪魔が入りましたからね。次は見てろです。」
 マ「次?」
 翠「これからは翠星石達も時々ご飯を作っちゃいます。」
 マ「家の丸焼きはごめんだよ?」
 翠「な!日頃の恩返しをしようというのに茶化さないでください!」
 蒼「同じ失敗はしないよ。」

  マスターの言葉に二人がムッとする。

 マ「ははは、ごめんごめん。楽しみにしてるね。」
 翠「じゃあリクエストを聞いといてやります。」
 蒼「なんでも好きなものを言ってね。」
 マ「好き嫌いはないからお任せするよ。
   目玉焼きでもゆで卵でもサラダでも。」
 翠「・・・ちぃーっとも期待してませんね?」
 蒼「期待されてないね。」
 マ「いや、してるよ?二人が作ってくれたらどんなものでも完食しちゃうからね。」
 翠「こうなったら早速明日の朝から作ってやります!
   蒼星石、二人で鼻を明かしてやりましょう!!」

  蒼星石がそれに頷く。
  三人の食事の時間は前以上に楽しくなりそうだ。